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『青の世界』
ケヴィンla0192

 忘れ物を思い出したようなごく自然な雰囲気で立ち止まり、片足を引いて身体を半歩ずらせば眼前に銀色の光が閃いて通り過ぎていった。代わりに現れた腕を掴み、ケヴィン(la0192)は躊躇なく引き倒すと、起き上がろうと上半身を捩るその腹に軽く蹴りを入れる。尚も暴れ続ける彼の胸郭を軋ませるように、ある程度は加減をして脚で押さえ付け――やれやれと息を吐き出した。その心中はせいぜい纏わりつく羽虫を払うような、あるいは少々目に余る素行の子供を嗜めるくらいの僅かな煩わしさが細まる眼差しに垣間見えただけで、それももう終わった出来事かのように直に消えて無くなった。ケヴィンが見下ろす先にはまさに親子程も歳の離れた、幼気な面影を残す少年が地面へと転がっている。煮え滾った憎悪と拙い殺意を宿したまま。それを受け流しつつ視線を少しずらす。彼を倒した際に落ちて転がった刃物が陽光に晒されて鈍い輝きを放っていた。もう一度深く息をついてから口を開く。
「別に恩着せがましくしたつもりはないんだけどね……もし何か気に障ったなら謝るよ」
 少年の眼差しは凡そ偶然居合わせた初対面の同業者を見るものではない。尤も今のケヴィンの本職は傭兵ではなくライセンサーなのだが。嫌われてしまったどころの話ではないのは承知の上で淡々と、他愛ない雑談を振るが如く声音で続ける。それは単純に自らの気質でもあったし、実際動揺するほどの状況ではないのもあった。
「まだ戦闘中だったら、どさくさに紛れて殺すことも出来ただろうね。でも今ここでやるのは流石に悪手だ。何せ俺とキミ以外の連中は皆あっちにいる。三文推理小説にすらならないだろうさ」
 言い、ケヴィンは背後数メートルの所にある扉を立てた親指で示す。黙り込むまでもなく、騒々しいの一言に尽きる大声が漏れ聞こえてきた。途端にケヴィンはげんなりした表情を浮かべる。子供に襲われるよりも、いい歳こいて傭兵稼業に身をやつしているなら酒くらい呑めるだろう、そんな空気で絡んでくる連中の方がよっぽど鬱陶しい。もう少し酷かったら蹴りの二、三発は入れていたかもと思う。匂いだけでも酔ってしまいそうで辟易し、逃げ出してきた矢先にこれだ。
 諦めたのか否かは不明だが、やがて少年の唇から零れたのはライセンサーへの罵詈雑言だった。世界の脅威であるナイトメアに対抗しうる存在と、好遇を受けていることに対する妬みに近い。しかし、それは酷く生々しい話でもある。ライセンサーには作戦に参加する義務はないし、住む場所がなければ住居を支給され、武器に関しても拘らなければ充分な援助が受けられる。任務を受けなければ不自由のない生活は難しく、問題行動を起こしたらそれ相当の処置はあるだろうが。特別扱いは事実だった。
 それに比べ非適合者はといえば、いつナイトメアに襲われるか不安を抱きながら、人口が減少の一途を辿っているが故に人工知能に居場所を奪われる。ここのような発展途上国ではそれもない代わり、子供が戦場に身を投じているのが実情だ。口振りから察するに、少年もその手合いだろう。余所者が衣食住を保証され、力を持たない原住民に差し伸べられる手はない。その理不尽さは放浪者のケヴィンとて理解は出来る。やっと脚を離せども言葉にして吐き出したことで憂さ晴らしになったのか、少年は地面に横たわったまま口を噤んで、腕で顔を覆った。
「――たまたまナイトメアに襲われて、たまたま傭兵にライセンサーが混じってた。それで完結する話だと、俺は思うけどね……生憎ライセンサーもただの人か、まあそれに近い存在、ってだけだ。俺にはその地獄からキミを救い出すことは出来ないし、人一人が護れるものなんてたかだか知れてるよ」
 返事がなくともお構いなしに喋りながら、これこそ説教がましくて自らが引く線を逸脱しているのではないかという思考がふと脳裏を掠める。常に人手不足が囁かれるSALFではあるがインソムニア攻略作戦の後などには任務が少ない時期もあり、そういうときケヴィンは決まって出稼ぎに行く。前に見た顔と再会する場合も有り得るのであまり干渉すべきではないだろう。――敵にしろ味方にしろ。
 屈んで拾いあげた刃物は鈍く光っている。所々曇っているのは手入れを怠っているからか。銃火器が主役でも使い道はそれなりにはある。ケヴィンも後方支援が主だがその気になれば体術で人を殺せるだろう。この世界の人間は恐ろしいくらい脆い。
 刃をこちらに、柄と刃の境目辺りを持ち、少年にそれを差し出した。体を起こし受け取った彼が腰のホルダーに収めるのを確認してから、ケヴィンはその腕を掴み、半ば無理矢理立ち上がらせる。犬死するつもりは更々なく、仕事前にはメンテナンスを頼むようにしているから義手の力加減を誤ることはない筈だ。少年はこちらを見上げ口を開いては閉じる。
「まあ、こんなおっさんに使う労力があるなら、他に回した方が有意義だ。それだけは間違いないね」
 彼が何か言葉をかけてくるのを待つことなく、去り際に肩を叩くと笑い、ケヴィンはそのまま今回味方として戦った面々がいる方から遠ざかっていく。歩きつつポケットを弄り、取り出した電子煙草の電源を入れていつもの出力に調整したあと咥えた。自然な仕草でボタンを押せば、アップルミントのフレーバーが口内と鼻腔を刺激する。一仕事した後くらい、禁制のスーパーミントを楽しんでも罰は当たらないのだろうが。思いつつ実際はあらかじめ入れ替えるのを忘れていただけである。
 故郷に比べればこの世界の置かれている状況は生温い。だってここには、生身で呼吸出来る自然が息衝いているではないか。ナイトメアという共通の敵が存在するため人間同士の争い事も少ない。
(いや、裏を返せばいつ何処の世界でも人は争いたがる生き物ってわけだ)
 こんなにも空は青いのにと、頭上を仰ぐ。吐き出した蒸気が雲のようにたなびいて消えた。
 人は己の脆さ儚さを厭って機械に近付き、機械は自我を得て人になりたがる無い物ねだり。結局はどれだけ永らえたところでいつ目の前に死神が現れるかと不安に駆られ続けなければならないし、心があっても余計なことばかり考えるだけだ。――例えば二度と蘇ることのない記憶だったり、遠くない日に訪れるであろう己が消える瞬間だったり。人は詮無きことを考えたがる。他人の人生まで背負えない癖に一人で生きられないのは厄介極まりない。しかしまあ、そういうものだと納得してもいる。
 束の間立ち止まって目を閉じる。厚く垂れ込める雲と淀む空気、機械の動物による過激な娯楽。戦場に積み重なる屍からは機械化した部品のみ奪い去られて肉塊が残る。強化改造を施した肉は食い出以前の話だ。それが当たり前の光景だった。ケヴィンの知る世界の全てだった。
「次こそ何か丁度いい依頼があると助かるんだけど……無いなら無いでまた何処かで戦うだけか」
 右手で電子煙草を口から離して、左手で取り出したスマホを弄りながら歩き出す。こんな腕でも滑らかに動いてくれるのは有難い限りだ。
 増やしては消しを繰り返す写真フォルダのサムネイルをざっと眺め、ふとケヴィンは振り返る。そのうち消すなら消すでいいと、紛争が真横に横たわっているとは思えない賑やかな街の様子を収めた。再び歩き出し、電子煙草を持つ腕で陽射しを遮る。――暑くもないのにいやに眩しい光を。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ケヴィンさんが普段、他の人と接する際の距離感や
そのとき心中ではどういった考えが巡っているのか、
現在過去未来についてどんなふうに思っているのか。
そんなことをつらつら考えながら任務外での一幕を
勝手に想像しつつ書かせていただきました。
故郷にはない文化について真面目に勉強する様子も
素敵だったので書いてみたい気持ちがありましたが、
自分自身の知識が全くもって足りず無念な限りです。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年09月20日

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