▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『月光の誓約』
ウェンディ・フローレンスaa4019)&ロザーリア・アレッサンドリaa4019hero001


 満月を少し過ぎた月が、ゆっくりと空を渡っていく夜。
 降り注ぐ光は余りに明るく、ちりちりと微かな音を立てるようだ。
 ウェンディ・フローレンス(aa4019)はその音に呼ばれたように、静かに瞼を開いた。
 普段なら、そのまま再び夢の中へと戻る時間だ。
 だがどういう訳か、ウェンディは静かに体を起こす。

 寝室には、一筋の金色の光が矢のように差し込んでいた。
 カーテンの僅かな隙間から漏れるほどに、今夜の月の光は明るい。
 ベッドに起き上がったままの姿勢で、ウェンディは暫くの間それを見つめていた。

 ウェンディの金色の瞳は、真っすぐにそちらを向いている。
 だが、ゆったりと編まれた金の髪に縁どられた耳は、静寂の中に潜む物音を探っていた。
 余りに静かな夜だった。
 そう、少し不自然なほどに。

 意を決したようにウェンディが爪先を床に降ろす。
 絹のスリッパを探り当てると、そのまま寝室のドアに手をかける。
 暫しの迷い。
 何かの予感に押しつぶされそうに胸が高鳴る。
 ひとつ、ふたつ。
 静かな息をつくと、音もなくドアを開いた。

 廊下にも金色の光が差し込んでいた。
 その光の差し込む先、大きな窓の傍には、すらりとしたシルエットの人影。
 ウェンディの気配に気づくと、僅かに身を捻る。モノクルが月の光を弾き飛ばした。
「眠っていたんじゃないの? どうしてわかっちゃったのかな」
 剣士の正装姿のロザーリア・アレッサンドリ(aa4019hero001)が、そう言って微かに微笑んだ。


 この世界の命運を決する、激しい戦いが終わった。
 人々の熱が燃え盛るような夏だった。
 ロザーリアはその余韻に浸るように日々を過ごしていた。
 傍らには大事なパートナーのウェンディがいる。
 ロザーリアをこの世界に呼んだ、かつての哀しい声はもうウェンディには似合わない。
 共に死地を駆け抜け、見違えるほどに強くなったパートナーだ。
 ウェンディと共に過ごす穏やかな日々は、ロザーリアにとって宝物だ。

 だが、それはロザーリアの役目が終わったことを意味する。
 理不尽で哀しい運命に囚われた姫君を救い出す、それがロザーリアの宿命だ。
 かつて病に侵され、哀しみの中にあったウェンディは、ロザーリアと契約することでその運命から解き放たれた。
 ウェンディは、もう大丈夫だ。
 そう感じたと同時に、別の声がロザーリアを呼んでいることに気づいたのだ。

 どこかの世界の、哀しい姫君。
 助けてくださいと祈る、か細い声。
 ロザーリアはその声に耳をふさいだままでいることはできなかった。
 旅立ちの日がやって来たのだ。


 金色の光の中に、ネグリジェ姿のウェンディが立っている。
 その顔はどういうわけか、少し怒っているように見えた。
 ロザーリアはほんの少しだけ、視線を逸らす。
「わたくしを、黙って置いていくつもりでしたのね」
 ウェンディの言葉に答える代わりに、ロザーリアは帽子のつばをわずかに引いた。

 結果的には、そうなってしまう。
 ウェンディにとって、それが喜ばしいことではないこともわかっている。
 それでもロザーリアは、別れを告げて旅立つことができなかった。
 ――湿っぽいのは苦手だ。
 それは間違いのない本心なのだ。
 けれどそれをいつものように、粋な調子でウェンディに語ることができないのが不思議だった。

 ウェンディは真っ直ぐにロザーリアを見据えている。
 月の光に照らされた顔は、それ自体が輝いているように美しかった。
「希望が見いだせない中、わたくしの声に応えてくれたのは……ロザリー、貴女ですわ」
「……うん」
 ロザーリアは頷く。
「世界を越えてやって来た貴女と響き合って、めぐり合って。数々の冒険を潜り抜けて今日まで来ましたわ」
「そうだね」
 シルエットのロザーリアが微笑む。
 かけがえのない、冒険の日々。
 救い出された姫君は、いつしかロザーリアと共に戦えるほどに強くなっていた。
「それなのに」
 ウェンディが言葉を切って、息を吸う。
「それなのに、わたくしを置いていくなんて」


 ウェンディにも分かっていた。
 ロザーリアは、半ば自慢話のような、可愛い女の子をたくさん救い出したという武勇伝を何度も語ったからだ。
 それが嘘ではないことをウェンディは知っていた。
 特別なパートナーとして、時折その経験を夢の中で共有することもあったからだ。

 夢の中で、ウェンディはか弱い姫君ではなかった。
 いつしかこの世界を覆う危機に立ち向かう中で、夢の中だけでなく、現実のウェンディが誰かを救う人となった。
 ロザリーと共に冒険を重ねるうちに、彼女の冒険心に影響を受けたのかもしれない。
 あるいは、ウェンディ自身が本来、冒険心にあふれる性格だったのかもしれない。
 いずれにせよ、いろんな場所へ行って、困っている誰かを助けることは、ウェンディにとっても喜びとなっていた。

 だからこそ。
 ロザーリアが自分を置いて、誰かを救いに行くことを、簡単に受け入れることができないのだ。


 ロザーリアが困ったように幾度かまばたきする。
「うん、だけど」
 ウェンディは続く言葉を待つ。
「ウェンディにはもう、あたしは必要じゃないから」
「どうしてですの?」
 今度はウェンディが目を見開く。
 大事なパートナーが必要じゃないなんて。そんなことがあるだろうか。
 ロザーリアが顔を向ける。
 金の髪がまるで後光のように輝き、その神々しさにウェンディは見惚れてしまう。
 だがロザーリアの表情は暗くてよくわからない。

「ウェンディは強くなったでしょ。もう病気に悩まされることもない。あたしがいなくても、自分の力で夢見ていた幸せを掴みに行けるよ」
「わたくしの夢?」
 ウェンディは首を傾げた。だがすぐに小さく笑う。
「そうですわね。昔に夢見ていた幸せも確かにありましたわ」
 それは本当にささやかな夢だった。
 元気になって、学校に通い、友達を作って一緒に遊んで。
 そしていつか素敵な男性と知り合い、夢を語り合い、結ばれて共に生きる。
 普通の女の子が、普通に夢見る夢。

 ウェンディがくすくす笑う。
「でも今の夢は変わってしまいましたわ。どなたのせいかしら?」
「え?」
 ロザーリアの声には戸惑いが混じる。
「ねえロザリー、囚われのお姫様を助けるときは、ひとりでなければいけませんか?」
「それは……」
 ロザーリアにもウェンディの言いたいことがようやくわかった。
「わたくしも、囚われのお姫様を助ける運命に巻き込まれたいのですわ」
 迷いなく輝く笑顔が美しかった。
「でも!」
 ロザーリアは戸惑い、思わず窓に向かって一歩下がってしまう。
「そんなことになったら、ウェンディが夢見た幸せは手に入らなくなっちゃうかもしれないでしょ。次の世界で、どんな危険が待っているかもわからないし」
「もしそうなら、ロザリーにとってもわたくしが一緒にいたほうがいいと思いますわ」
 即答だった。

 ロザーリアは、これ以上何を言ってもウェンディの気持ちを変えることは難しいと悟る。
 けれど。でも。
「本当にいいの?」
 ためらいながら、手を差し出した。
 ウェンディは羽のように軽く一歩を踏み出すと、迷いなく自分の手をロザーリアに預ける。
 それからもう片方の手を包み込むように添える。
「もうこの世界には戻ってこられないかもしれない」
「もしそうなっても、後悔する暇もないと思いますわ」
 ウェンディの微笑みが、ロザーリアの迷いを打ち砕いた。
 鼓動が早くなる。
 これまでも元気になってから、ロザーリアの戦いについてきた女の子はいた。
 だが世界を飛び越えてまでついて来ようとするのは、ウェンディが初めてだった。
 ふたりを結び付ける不思議な絆が、ウェンディが本気だと教えてくれる。

 ロザーリアがマントを翻す。
 ウェンディの手を恭しく引き寄せると、そっと唇を寄せた。
 それは、淑女への完璧な礼。
「ずっと一緒に居よう」
 ロザーリアの表情から迷いは消えて、いつもの凛々しい、けれど少し茶目っ気の混じる微笑みが浮かぶ。
 ああ、やっぱり素敵だ。
 ウェンディは改めてそう思う。
 この世界で知る限りのどんな男性よりも格好よく、どんな女性よりも綺麗なパートナー。
 この微笑みに魅了されて、ウェンディは新たな世界へと迷いなく飛び立つのだ。

 ロザーリアはウェンディの細い身体を優しく、けれどしっかりと抱き寄せる。
「連れて行って下さいますのね」
 声が、触れ合う皮膚を通じて直に伝わる。
 ロザーリアは囁いた。
「ずっと一緒にいよう、離さないから」
「ええ。ずっと一緒ですわ」
 それは新たな誓約。
 能力者と英雄という世界のルールとは違う、心から湧き上がる思いの証。
 これからの冒険を、ウェンディと一緒に。
 待ち受ける未来はとても素晴らしいものになるに違いない。

 大きな窓を開く。
 明るい月の光を浴びて、木々も建物も静かに眠っている。
 ロザーリアはウェンディを軽々と抱き上げた。
 ウェンディのネグリジェが月の光を浴びて翻り、まるでウェディングドレスのように輝く。
 誓いのように、ウェンディはすぐ目の前にある白い頬に唇を寄せた。
 終生のパートナー、自分だけの剣士様。
 今宵交わした誓いは、きっとずっと忘れない。


 月を背景に、ふたりのシルエットが浮かび上がる。
 次の瞬間、窓からその姿が消え失せた。


 開け放たれた窓から、月の光が誰もいない廊下にむかって静かに差し込む。
 交わされた誓いを見届け、月は少し西に傾いている。
 輝く未来へ向かって旅立つふたりのために、道を譲ったかのようだった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

ついにリンクブレイブが終了となるのですね。
MSとしては関わることのない私でしたが、ノベルのご依頼を通じてずっと楽しませていただきました。
改めて、ありがとうございます。

もちろんこれからもキャラクターの皆様の冒険は続きます。
おふたりのこれからの物語が、輝く光に満ちたものでありますように。
そんな想いを籠めて、旅立ちは月夜の物語とさせていただきました。
もしお気に召しましたら、これ以上の喜びはありません。

沢山のご依頼をいただき、本当にありがとうございました。
また何かの折にご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
イベントノベル(パーティ) -
樹シロカ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年09月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.