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『百目の巨人』
白鳥・瑞科8402

 白鳥・瑞科(8402)は『教会』と言う名の組織に属している、武装査問官と呼ばれる戦闘シスターであった。
 彼女の戦闘能力は他の誰より優れており、右に出るものもいない。
 これまでずっと彼女は最強と言う言葉を誇りとしてきた。そして、この先もずっとそれを抱いたままでいたいと思っている。
 スリットの入ったシスター服と、インナーには黒のラバースーツを体のラインに這わせ、下半身はオーバーニーソックスとロングブーツ、腰には編み上げて絞り上げるタイプのコルセットを装着している。動きに無駄が出ない、れっきとした彼女の戦闘服でもあった。
「さて、今日もわたくしの欲を満たすために……任務へと向かいましょう」
 瑞科はそう言いながら、ヴェールを被った。そして一度胸の前で手を組み、祈るような姿勢を取った。豊かな胸が、若干窮屈そうに寄せられる。
 栗毛色の髪を手櫛するりと梳いたあと、彼女は自室を後にした。

 日々が任務に追われる彼女ではあるが、自身はそんな生活を苦とも感じてはおらず、むしろ満ち足りていた。だからこそなのかもしれないが、その先を求めてしまうのだ。
 ――身を焦がすような刺激を。
『目標を確認。数秒後に瑞科さんの右手から現れます』
「了解しましたわ」
 現場についてすぐに、瑞科は索敵を開始していた。
 今回は洞窟から地下へと伸びる廃墟と化したまるで遺跡のような基地跡での戦いだ。目視での確認が難しいこともあり、先行隊のモニター追跡がサポートとし付加された活動であった。
 崩れ落ちた建物の角から、大きな影が現れる。それが瑞科の『敵』そのものである。
「異形……とでも言ったほうがよろしくて?」
『チィッ、罠だったか……忌々しい教会め』
 召喚魔術を行った、と情報を得ていた。元は人間であったのだろうが、今の瑞科の前に立つそれは、遥かに想像を超えた異形であった。巨人で体に多くの目を持つ、神話にも出てくるアルゴスとでも契約をしたという事だろうか。
「死角がなく隙が無いのが売りでしたわね」
 瑞科は己の知識を反復して、後ろへと飛び去った。そして太ももに食い込むベルトからナイフを数本取り出して、相手に向かって投げた。
『……見えているぞ』
「まぁ、そうですわよね。……あくまでも今のは余興でしてよ」
 敵は瑞科のナイフをすべて手で叩き落として見せた。たとえ背後を狙っても、彼には見えているのだ。
 だがそれら全ては、瑞科の想定内でもあった。
 そして彼女は最初に飛びのいた場所には既におらず、宙を舞って次の行動へ移っていた。
 手のひらから放ったものは重力弾で、見た目は可憐な花びらのような形をしており、ゆっくりと下降した後に触れるものに対して重力を与えるという特殊な効果がある瑞科専用の投げ武器であった。
 ふわり、と待った後、敵の頭――髪のような部分に僅かに触れて、直後。
『……っ、グアアァァッ!!』
 敵が頭から勢いよく、体を地面に沈ませた。
「その体の大きさが災いするとは……皮肉なものですわね?」
 苦しそうなうめき声を、瑞科は目を細めながら聞いていた。美しい表情に浮かぶ妖しさは、彼女が持ち合わせるサディスティックな色が滲み出たようにも見える。
『クク……勝った、つもり、か……』
「その姿勢で何が出来ますの?」
『グ……』
「!」
 敵は重力に耐えつつ、右手を地面に叩きつけた。
 そして震えながらも、己の体をゆっくりと起こす。
「驚きましたわ。大した力ですのね」
『ア、ァ……ッ、そのために、手に入れたこの力だ……ッ!』
 敵はそう言いながら、重力を振り切った。
 そして瑞科に向かって駆け出し、拳を振り上げる。重いかと思ったその一撃は、見た目よりもずっと早く、瑞科に触れるか触れないかのところまでであった。
 彼女はほんの僅か早く相手の動きを読み、数メートル後ろに飛びのいていたからだ。
『小賢しい……っ』
 敵の巨人は苛立ちを隠せずにそんな言葉を漏らし、瑞科に向かって拳を振った。その先から石礫のようなものを物凄いスピードで投げつける。
「……秘めた技がそこそこにあるようですわね。わたくしには、効きませんけれど……っ」
 礫ひとつひとつに、瑞科のナイフが突き刺さる。寸でのところで彼女にはどれも届かずに、地に落ちていった。
『クソが!!』
 巨人の本音が口から漏れた。
 どの角度からも瑞科の姿が追えるために、尚更苛立ちが増すのだろう。
「……それは甘えからくる、油断そのものですわ!」
 瑞科はそう言い放ちながら、腰に装着していた剣をすらりと抜き、巨人に向かってとびかかる。
 細く鋭利で美しい装飾が光る剣は、迷うことなく巨人の頭に突き刺さった。
『ギャアアアァァ……!!』
 敵の最後の叫びとなった。
 ぐらり、と傾いた大きな体は、そのまま後ろに倒れこみ、二度と起き上がることは無かったのだ。
「……呆気ないですわね」
 瑞科はそんな言葉を小さく吐きつつ、相手の頭に突き刺さったままの剣を引き抜き、優美な仕草で汚れを払った。
『お疲れ様です、瑞科さん。今日もお見事でした』
「ええ、そちらこそお疲れ様ですわ。後の処理、よろしくお願いいたしますわね」
 無線での言葉のやり取りをしたあと、瑞科は倒れた巨人へと向き直り、手を組んだ。
「……哀れな魂に、せめて安らかな眠りを」
 そんな祈りの言葉は、相手への僅かな思いやりなのだろうか。
 悪は許し難い存在。それでも元から悪であったものはいない。それを瑞科は知っているからこその、祈りなのかもしれない。
「次はもっと完全なる悪に染まってからわたくしの前に現れてくださいね。愚かな契約などする前に」
 次の繋げた言葉は、少しだけ嫌みのようなものが混じっていた。本音とでも言うべきか、瑞科の欲していた刺激には程遠かった為なのだろう。
「さぁ……まいりましょうか」
 ――更なる戦いへ。
 白鳥瑞科という魂を震えさせる存在の元へ。

 どんな事が起ころうとも、瑞科には負ける未来など見えていないのだから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ライターの涼月です。再びのご依頼ありがとうございました。
 少しでも楽しんで頂けますと幸いです。

 また次の機会がございましたら、宜しくお願い致します。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月24日

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