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『plot device』
マクガフィンla0428


 幾多の世界をまたぎ、暗躍する組織がある。
 名は『梟』。暗きところに生き、行き、眩しきものへ降りかかる闇を掃う。
 などというば正義の使者のように聞こえるが、果たして実態は。真相は。
 暗きところを寝床にしても、わからぬことは多々。

 これは『この世界』でマクガフィン(la0428)と呼ばれる『彼女』の、そのコード<役目>が与えられる前の一幕。




 暑すぎず、寒すぎず。何処に在るともしれぬ梟の寝床の環境は、一定に保たれている。
 朝も、昼も、夜も、変わらない。
 何時如何なる時も対応できるよう。向かうべき場所へ飛べるよう。
 個々が最善のコンディションを保つための寝床であり、最善を保つことが努めであり。


 天井からランプの下がる薄暗い通路。並ぶ幾つもの扉。
 一つの扉の向かい側、革張りの長椅子に浅く腰掛けて、私はコードが呼ばれるのを待っている。
 体調は、良くもなく悪くもなく『普段通り』。そうあることが今の役目であるから。
 昨日のことを響かせることのないよう、今日もまた明日へ引きずることのないよう。
 淡々と。淡々と。

 ――マクガフィン
 誰かの声が聞こえる。通路の出口、中央の広間からだ。
 私はつられるように顔を上げた。
(無事に帰られましたか)
 コード『マクガフィン』。代えの利くもの。
 梟より与えられた役目は『敵性の人間の掃除』。
 誰でもいい、その任を確実に遂行できるならば。
 誰でもいい、その席に空きができたならば。
 誰でもいいゆえに、求められる内容は危うい。遂行し、帰還したことに私は少しだけ安堵する。
 彼とも彼女ともつかぬ身体的特徴・声を持つそのひとと、言葉を交わしたのは一度だけ。

 ――忘れておくれ
 
 何を、と問う前に、そのひとは姿を消していた。闇に溶けていた。
(代えは、どこにでも)
 日ごと変化するコード。英数字、色の名、知らぬ世界の単語。
 本来の名など、初めからあったのかどうかすら疑わしい。
 代えが利く、その意味で言うならば私も『マクガフィン』であろう。
「……、――――」
 落ち着いた男性の声が、私のコードを呼ぶ。
「はい。参ります」
 返す私の声も、静かなもの。
 これから向かう実験室で行なわれる内容を、知らぬわけではない。
 術式。薬物。兵器。
 科学化学非科学の隔てなく、この体を用いておこなわれる。
 立ち上がると、厚みのある布地が頬に触れる。
 ヴェールのように面のように、この顔を覆う布は、重なる実験にて変貌した皮膚を隠すもの。
 人体実験の場で隠す必要性はないけれど、コードが変わった場合――すなわち違う役目を与えられた際――周囲へ悪影響を与えぬよう。
 この視界に常から慣れておく必要がある。

 ――忘れておくれ

 あの言葉を、思い出す。
(覚えていては、いけないのでしょうね)
 私の容貌と同じく。




 witchcraft。妖術をもつと言われる少女と私が対面するのは、今のコードを与えられた初日と今日とで二度目。
 無意識に発動する術式を意図的に・個人の素養である能力を汎用的に活用できるかどうか、という実験なのだそうだ。

 初日。私は少女の一族を滅ぼした魔女。と紹介された。

 たちまち体の内部が沸騰し、脳が融けるような苦痛に見舞われた。
(三日ほど、動けなくなって。あの時は周囲へ迷惑をかけました)
 行動不能となることも織り込み済みだったようで、回復経過は細かに記録されている。
 そして、今日。
 少女の隣には見知らぬ青年がいる。初顔合わせだが『梟』の一人であると、物腰から知れた。
 物腰の柔らかな青年と少女は、親しそうに手を繋いでいた。
「今日は、よろしくお願いいたします」
 私が一礼すると、今日の実験は始まった。

 一つ。少女が憎しみを制御できるか。
 一つ。少女の能力を、青年が使役できるか。

 肩口を超える程度の長さの、射干玉の髪がさらりと落ちる。私のそれを見て、少女の表情が変わった。
(嗚呼。あの時は面を着けていませんでしたから)
 ひと目では『私』と認識できなかったのだろう。
 少女は目を見開き、怒り・憎しみ・悲しみがないまぜになった表情を浮かべる。
(なんと眩しい)
 私には喪われてしまったもの。
 喪ったものを想い揺らぐ感情。それを持つ者。
 どんな思いで私が少女を見つめているのか、少女は気づくまい。
 青年に宥められ、落ち着きを取り戻そうと本能の狭間で揺れている。
 幾度か嗚咽を呑み込んで少女は床にぺたりと座り込んだ。
 少女の背を撫でてから、青年がこちらへ顔を向ける。
 面に隠れて見えないはずの、私の目を的確に見つめ返す。

「――――ッ」

 ぐらり、足元が崩れるような感覚が私を襲う。
 底なしの沼。沼の底から幾多の泥の腕が伸びてくる。全ては幻覚だ。
 泥に掴まれたところから、内側が熱くなる。
 私は声にならない声を上げ、遠のきそうな意識を掴む。
 熱さ。力の強さ。ひとつひとつを記憶に刻む。記録する。
 四肢がちぎれる。
 脳裏に浮かぶのは燃え盛る小さな集落。おそらくは少女が過ごした場所。
 喜びの咆哮。勝どきの声。黒い髪。女の。
(混ざり合っている)
 少女の記憶に、私が融け込んでいる。そうであると掛けられた暗示が、そのままに流れてくる。
 少女の意識は、的確に青年へコピーされている。

 血混じりの吐瀉物が床へ広がる。一度。二度。三度。


 そこまで、と担当官の声が響いた。




「お役に立てましたか」
 医務室。ベッドの上。真白の天井を見上げ、私は担当官へ訊ねた。
 結果は経過観察ののち、ということだけれど『生き残った』ことでまずは及第らしい。
 死しては術式の威力を調べることができないから。
 どこまでが幻覚で、何処までが現実か。
 少女の制御と青年の意思は、どこまで反映されたか。
 『実験』は一つだけ追うわけではない。
 明日には一週間前の。その翌日には一月前の結果が出るはず。
(その次は――)
 体の軋みを確認しながら、これであれば明日には起き上がれるという確信を抱き。先について考える。
(また、コードが変わるのかもしれません)
 震える指を伸ばし、面の下の皮膚に触れる。
 この生活にも随分と慣れた。動きに支障はなく。
 実験体としての役目と並行し、今は接近戦の習得も進んでいる。
 いずれ別の部署の実習相手、という選択肢も浮かんでくるだろう。
(そういえば昨日、実習戦担当のコードを持つ方が一人、亡くなられたと)
 実験体の役目も同じく。

 誰もが『代えの利く』存在であり、誰もがそのひとでなければ成せぬ役割を負う。
 仕損じれば命を落とし、他の誰かがコードを継ぐ。あるいは新しいコードが生まれる。

「……忘れておくれ」

 憎しみに燃える少女の瞳を思い、私は呟いた。
 明日にもいなくなるやもしれぬ魔女を憎んでも、彼女の為にはならないでしょう。
 眩しき彼女なれば、世界へ戻ればいくらでも道はあるのだろうから。
 代えの利かぬ存在には、憂うこと無く生を謳歌してほしい。
(実験とはいえ『梟』と接触した彼女が、世界へ戻れるのでしょうか)
 叶わぬこともあるだろう、という考えも他方に在るが。誰かを思うことは、今となって私には珍しい。


 嗚呼。ゆえに。
 私は暗きところの底、この『梟』の寝床に在るのだろう。
 眩しき世界へ戻れないと、知っているから。




【plot device 了】


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
『この世界へ来る前の一幕』お届けいたします。
素顔時代も非常に気になりますが……!
お名前については、今回は一人称とさせていただきました。
ダーク……とも少し違うような仄暗さ、ですが
楽しんで頂けましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年09月24日

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