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『移ろう季節と変化の兆し』
神取 アウィンla3388

 切欠は小雨が降り続く梅雨の頃、紫陽花寺で催された慰霊祭。兄姉の母へ弔いを捧げたあと精進落としに向かった蕎麦屋での一幕だった。酒を酌み交わしたとある教授の誘いを受けて、大学の外部聴講生として、異郷文化学基礎なる分野を学ぶことになった。それ自体は自ら関心を惹かれた故に決意したことである。しかしながら一つある問題が浮かび上がった。それは、アウィン・ノルデン(la3388)にはそういった場に着ていく服がよく判らないという由々しき問題であった。
 そもそもアウィンの生活に必要な服装といえば、コンビニ店員然り警備員然り、土木作業員も――程度の差はあれ、いずれも制服かもしくは作業服の着用が義務付けられているものだ。SALFの方は必須ではないが特別着たい服もないので、標準の制服に改造を施している。では仕事外はというとジャージ一択だ。脱ぎ着が楽で急にシフトが入ったときも安心な上、筋トレもし易い。安価なのもあり愛用しっぱなしである。しかし真面目な講義の場でジャージは流石にどうかと思う。が、地球の服については未だ理解が及ばないのが実情だ。友人に助言を請うのも考えたが生憎都合がつかず、雑誌で予習をと考えてもその為の時間を取るのがなかなか難しい。単位を取る目的ではないので急ぎはしないものの、都合がついたときに行けるよう準備はしておきたい。なのでとりあえず何か買いに行こうとアウィンは店へ向かったのだった。
 軽いジョギングの後に念の為身嗜みを整えてから入った店は、居酒屋バイトの同僚曰く、二十代男性をターゲットにした流行りのブランドらしい。大学生御用達というから間違いないのだろう。笑顔の店員に出迎えられアウィンは周囲を軽く見渡した。明るい店内は外観より広く感じるが、棚やハンガーラックの間隔が空いているので一通り見るのにも時間は掛からなさそうだし、気兼ねせずじっくり見ても良さそうだ。と楽観視しながら手近なディスプレイへと近付き、適当な一着を取ってみるアウィンだったが――。
 アウィンは文官であると共に領主家の次男でもある。母親が庶民出身の後妻故に陰口を叩かれることはあれど、ノルデン家の人間に相応しい振舞いをと努め、しかし特に拘りがなかった為、衣装に関しては体裁が保てれば充分だと側近に任せきりにしてきていた。それに受けようとしている講座がまさに表している通り、所変われば品変わるもの。何故か自分は目立つタイプのようで、だがなるべく学生や聴講生の集中を阻害したくない。無難かつ馴染む服装を選ぶとなると難易度が高かった。参考にしようとバイトの同僚やライセンサー仲間の姿を思い浮かべてみるも、折しも今は八月下旬。既に秋冬向けのファッションがメインになっている。
 生地の質の良さと縫製技術の高さにつくづく感心するが、また一つ勉強になったところで買い物は少しも捗らない。このままでは悪戯に時間が過ぎるだけと思い、アウィンは店の目立つところに置いてあるマネキンへ目を向けた。これだけで一通り揃う上に門外漢の自分が見ても違和感は全くなく、きっとお洒落なのだろうと感じる。辺りを見回して店員の姿を認めると、アウィンはそちらに向かった。ちょうど店員も手が空いたようで、すぐこちらに気付きどうしましたかと尋ねてくる。
「あそこにある服を一式纏めて購入することは可能だろうか?」
 とマネキンを示して訊くと特段おかしいことではないらしく、店員は笑顔で平気ですよと答えながらアウィンを促してそちらへと向かう。飾ってある衣装は剥かずに、個別に並べてある同じ服を取りに行くと言うのでそれについていきながら、ひとまずの目的を達成出来たことに安堵した。途中で店員は黙りこくっているのもどうかと思ったのか、こちらを見る。視線は流れるように通り過ぎ、笑みを浮かべるとこういった店に来るのは初めてでしょうかと問われた。図星を突かれハッと目を瞠る。転移した直後ならまだしもさしたる話もしていないのに何故判ったのか。紋は髪で隠れているのに。――と現在はまだ仕事前なので自分の服装が例の如くジャージであることを忘れているアウィンである。束の間思案し聴講時に着る服を探しているのだと打ち明ける。
「どういった服が良いのか分からないので困っていたところだ」
 ここは素直にプロの意見を求めるのがいいだろうと、言えば店員は条件に合うコーディネイトを数点見繕いましょうと頼もしい言葉をくれた。
 とりあえず最初に自分が選んだ一式を預かってもらったところで、早速店員が断りを入れて合う服を考えてくれる。と、そこに女性店員が現れて同僚に状況を訊き始めた。先程話した内容を掻い摘んで説明しているので口を挟む必要はないかと考えつつ、何とは無しに女性の方を見る。すると目が合い、こちらを見返す女性店員は途端にぽかんと口を開けた。まじまじ凝視する瞳。
(特段、おかしいところはない筈だが……)
 汗を掻くほどの運動ではなかったし、不快にさせるような格好はしまいと今でも細心の注意を払っている。普段通りのクールな面差しの下で不思議がるアウィンを見返し、彼女は不意に我に返ったようだった。具合が悪いのか急に顔が赤くなったので大丈夫か訊くより早く、女性店員はぐっと身を乗り出してくる。その勢いに思わずアウィンは若干腰を引いた。
 ――絵に描いたような超絶美形のクール系男子。真面目でちょっと冷たそうに見えるけどそのドストレートさがポイントが高い。高身長なのに背筋もしゃんとしてるし、眼鏡もシンプルなデザインだからどんな服でも合わせられそう。目の色に合わせるなら青系かモノトーンが合いそうだけど、この時期だったらシャツはマスタードにするのも――と、上から下まで無遠慮だが、不思議と不快に感じない勢いで繰り返し観察しつつ女性店員が独り言のように呟く。よく分からないが、大人しくしておいた方が良さそうだと判断し、何も言わず事の成り行きを見守った。直に女性はアウィンにはとても真似出来ない満面の笑みを浮かべ、それでは少々お待ち下さいと告げて、一切躊躇わない足取りで服を取りに行った。
 若干気まずそうな男性店員と待つこと数分。一人だった女性店員は三人になり、全員が両手で抱えるほどの服を持っている。――そして始まる店員による(多分)アウィンの為の着せ替え劇場。試着室に半ば押し込められた末に、手渡されるワンセットを着ては彼女らは盛り上がり、こっちの方がいいかもとインナーなりアウターなりを変更することになる。ファッションの素人であるアウィンには何が何やらといった状況だが、素材が良いという台詞は解った。
(……どの衣装も良い素材ではないのか?)
 内心首を傾げるものの、プロが言うならきっとそうなのだろう。と、自身の容姿に頓着のないアウィンは最後の最後まで誤解したままなのだった。
 あれもこれもと試着し、着た内のコーディネート何種かを購入した。これで当座は人と会うときの私服に困ることはないだろう。四季は新鮮で面白い事象だと思っていたが、その都度新しい服を用意しなければならないのは何気に難儀だ。
(買い物をするのも大変だな)
 と思わずにいられない。図らずも故郷とこの世界の文化の違いを身を以て理解してしまった。この短時間でどっと疲れながらもアウィンは重みのある紙袋を両手で持ち家路をまっすぐ辿るのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
何だか自分が知っている範囲でのアウィンさんの交流を
振り返った感も強いですが、どんどん親交を深めていく
アウィンさんを見ていると、嬉しく思ったりもしました。
普段文字数の都合で外見に描写を割くことがほぼ無いので、
女性店員目線でちょこっと触れられたのが楽しかったです。
イラスト的に髪に青が入っている&見た目は冷徹系なので
似合いそうな色の幅が狭く感じたのがちょっと意外でした。
(ジャージ等のラフさは逆にギャップで似合いそうなのに)
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年09月25日

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