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『原罪なき者たち』
白鳥・瑞科8402

 神聖なる組織の、神聖なる研究で、彼は生まれた。
 そして死んだ。
 失敗作として、殺処分されたのだ。
 その任務には自分・白鳥瑞科(8402)が当たるはずであった。
 結局それは出来なかった。出来たのは、こうして祈りを捧げてやる事くらいである。
「人ならざる者、すなわち原罪なき魂よ。ケルビムは貴方を罰する剣を持ちませんわ……エデンの園にて、どうか永久の安らぎを」
 瑞科は天を仰ぎ、祈りの言葉を唱えた。
 在りし日の彼に、虐待も同然の戦闘訓練を施しながら、瑞科は思ったものだ。
 この子は、恐ろしい怪物にしか育たないと。
 彼の心は、あまりにも純粋だった。あれは破壊と殺戮にしか向かわない純粋さだ、と瑞科は思う。遅かれ早かれ、命を奪わなければならなかっただろう。
 瑞科は前を向いた。今更、彼にかける言葉など何もない。何を言ったところで、もはや言葉は届かないのだ。
 敵を倒す。自分に出来る事は、それだけなのだ。
 倒すべき敵へと向かって、瑞科は歩を進めた。戦いの装いを済ませた肢体が、悠然と歩む。
 美しく鍛え込まれた太股が、修道服の裾をゆったりと割る。何本ものナイフを収納したベルトが、見え隠れした。
 攻撃的な美脚を包むロングブーツが、軽やかに路面を打って足音を鳴らす。
 血まみれの路面である。
 男の武装審問官たちが、原形なき人体の残骸と化し、ぶちまけられている。平和な市街地の一角が、今や虐殺の現場である。
 血生臭い空気を、豊かな胸で押しのけるようにして、瑞科は虐殺者に歩み寄って行った。食べ頃の果実にも似た膨らみは、禁欲的な修道服を内側から突き破ってしまいそうである。
 防弾・防刃性能を与えられた修道服の下には、特殊金属のコルセットと耐衝撃性インナースーツを着用している。装備は、万全だ。
 完全武装の戦闘シスタ一に、虐殺者が眼光を向ける。
「本物の武装審問官……戦闘シスタ一が、ようやく出て来たか」
 人外の美貌が、ニヤリと歪む。その周囲で、頭髪か鬣か判然としないものが、血生臭い風に揺れる。
「このような雑魚どもでは、な……我が力を試すにも物足りんと思っていたところよ」
 言いつつ虐殺者が、死にかけていた武装審問官の1人を、たくましい両手で物の如く引き裂いた。
 がっしりと力強い身体が、返り血に染まった。
 肉体美そのものの、成人男性の体格。だが筋肉も骨格も、人外のそれである。全身各所で、甲冑のような外骨格が隆起している。
 人型の、魔獣。
 美しい。それは瑞科としても、認めざるを得ない。
 微笑みかけてみる。
「……あの子の後継種、とは思えませんわね」
「ふん。あのような出来損ないと、完全者たる我を同列に語るとは」
 虐殺者が、美しいほど白く鋭い牙を剥く。
「その愚昧、許し難し。アダムとイブの愚かなる血統から逃れられぬ人間どもを、原罪なき我が裁く! 完全なる断罪者、それが我よ」
「……あの子は結局、そんな難しい言葉を覚えてくれませんでしたわ」
 血生臭い風が、修道女の被り物をはためかせる。瑞科の茶色い髪が、さらりと溢れ出して煌めきを舞わせる。
「それで良し、ですわね。私、お喋りの過ぎる殿方があまり好みではないと……貴方を見て、再認識いたしましてよ」
 形良い両肩に巻かれたケープが、天使の翼の如く舞う。
 腰に吊った日本刀を、瑞科はスラリと抜き構えた。
 自分に代わって彼を仕留めた、あの女性も、同じ武装をしていた。一瞬だけ、瑞科はそう思った。
「……黙らせて、差し上げますわ」
 思うだけで、彼女が心の中から自分を殺しに現れる。そんな気がする。
 いくらか無理矢理に、瑞科は眼前の敵に意識を集中させた。


 むっちりと格好良い太股が、躍動しながら光を放つ。
 ナイフの煌めきであった。ベルトに収納されていたナイフが全て、綺麗な五指によって引き抜かれると同時に投擲されたのだ。
 全て、私の全身に突き刺さっていた。
 男の武装審問官どもが浴びせてきた銃撃を、ことごとく弾き返した私の筋肉が、女の投げる刃物に穿たれたのだ。
「ば……馬鹿な……」
 私の驚愕は、しかしその事に対して、だけではない。
「我が……完全者たる、この我が……最強の美獣、この世で最も美しき断罪者である、この我が……」
 人間の、女の太股に、一瞬とは言え意識を奪われた。
 豊麗な胸の膨らみが、瑞々しく揺れ暴れる様から、目が離せなかった。
 人間など雌雄問わず私にとっては、断罪と虐殺の対象でしかない。そのはずであった。
「ふふっ、どうなさいましたの?」
 白鳥瑞科。そう名乗った女武装審問官……戦闘シスタ一が、ゆらりと抜き身を構えている。凹凸のくっきりとした女体の曲線を誇示するかのように。
「気高き無原罪の方が……原罪に穢れし、この不浄の肉体の」
 掲げられた白刃が、轟音を立てて発光する。
「……一体、どこを見ていらっしゃるのかしら? ねえ」
 電光だった。
 雷鳴を伴う放電の光が、戦闘シスタ一の剣から迸り出て私を襲う。この全身に突き刺さったナイフを、正確に直撃する。
 体内から電撃に灼かれ、私は踊った。
 美獣たる私が、無様な感電の踊りを披露している。
 そこへ白鳥瑞科が、軽やかに斬り掛かって来る。
 電光まとう刃が、私の体内を激しく通過する。2度、3度と。
「貴方……見かけ倒しもいいところ、ですわね。あの子の方が、ずっと手強くてよ?」
 激烈な斬撃。それは、この女の、腕力と言うより腰の力から生まれるものだ、と私は感じた。
 しなやかに引き締まりくびれた胴から、巨大な白桃の如き尻の膨らみ、やがて両の太股へと至る魅惑の曲線。
 そこに、凄まじい力が内包されているのだ。
 またしても私は、断罪対象でしかない女の肉体に意識を奪われていた。
 そんな私に、白鳥瑞科は背を向けた。身体全体で、横薙ぎに剣を振り抜きながら。
「ああ……ですけど貴方、耐久力だけは、あの子よりも上のようですわね。たやすく死ねないなんて、かわいそうな御方」
 ひときわ強烈な斬撃と電撃を打ち込まれ、硬直しながら、私は戦闘シスタ一の尻を呆然と凝視していた。たくましさすら感じさせる、豊かな安産型の膨らみ。
 白鳥瑞科は、すぐに振り向いてきた。右手で抜き身を保持したまま、左手で拳銃を形作っている。
「ケルビムの剣の代わりに、ね……これを差し上げますわ」
 その銃口、美しく鋭利な人差し指の先端から、暗黒の弾丸が放たれていた。
 それは、重力の塊だった。
 無数の切り込みを入れられていた私の肉体は、重力弾の直撃で完全に砕け散っていた。
 白鳥瑞科が、今の私の如く無残に敗れ去るという事が、果たして起こり得るのか。
 それが私の、最後の思考であった。
 その後、もはや思考とも呼べぬ様々な妄想が、私の砕け散ったはずの脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
 それは私よりも無様に敗れ、全ての尊厳を蹂躙されて醜態痴態を晒す、白鳥瑞科の姿であった。


東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年09月25日

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