▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『倫敦、秋の夜長にて』
桜小路 國光aa4046

 ロンドンのとある通りに面したアパート。さる大学の研究室に所属する青年、桜小路 國光(aa4046)はのんびりとトーストを齧っていた。傍らには英字新聞。ロンドンでの有象無象のニュースが伝えられている。
 相棒がパリ・コレクションの見学に行っている以外は、変わりばえの無い平和な朝。今日は時間をたっぷり使ってから研究室に行こう。そんなことを思っていたら、不意に卓上電話が鳴り響いた。朝早くからの電話。思い当たりの無い彼は、首を傾げながら電話を取った。
「はい、桜小路ですが」
『もしもし。桜小路國光君だな。早速だが、妹を何卒よしなに願い奉る』
「え?」
 前触れもないご挨拶に國光は眼を白黒させる。
『妹は全く至らぬ故、これから君を労苦させること数限りなしと思うが……』
 言葉が途切れる。いきなりどたばた足音が響いた。
『バカ兄貴! いきなり國光さんに電凸すんな!』
 澪河 青藍(az0063)の声が遠くに響く。ガタガタ音がして、息を荒らげた彼女が電話口に出てきた。
『すいません、そっちは朝っぱらでしょうに、兄さんが……』
「別にいいけど、一体どうしたんだい?」
『どうもこうも……私が國光さんと付き合ってるんだって知った瞬間にこれですよ』
「え。まさか、まだ言ってなかったの?」
『言ったらこうなるからですよ!』
 また何か取っ組み合うような音がした。妹は誠実な人間だの、恋人を裏切るような真似は決してしないだの言って青藍を売り込んで来る。青藍が必死に叫んだ。
『やーめーろー! ばか! ……ああ、そうだ! 今度私出張でイギリス支部行くんですけど、國光さんの部屋に泊めてもらっていいですか?』
 口汚く罵ってから急にしなを作ってみせる。その変わり身の早さに國光が噴き出しそうになっていると、遠くから兄貴の怒号が飛んできた。兄の目の前で外泊予定を取り付けたことに怒っているらしい。青藍も負けじと反撃している。
『うるせー! 私だってもう社会人だ! 自分の身の振り方ぐらい自分で決めるっつーの!』
 電話越しに口喧嘩を聞かされているうちに、とうとう國光はこらえきれずに笑い出してしまった。青藍は思わず叫ぶ。
『な、なに笑ってるんですかぁ!』
「いや、元気そうで何よりだな、って……わかった。こっちは大丈夫なようにしておくから、いつでも来てよ」
『はい……お邪魔します……』

 一週間後、青藍は旅行鞄を手に國光のアパートへやってきた。二人揃って家で過ごすという時、國光と青藍は必ず二人で夕食を作っていた。どちらがやろうと言い出すわけでもなく、気付いたら二人はそうしていた。そして今日もキッチンに二人は並び、青藍が包丁を握り、國光が火加減を見ていた。
「先日はごめんなさい。お見苦しいところをお見せして……」
 青藍はジャガイモを一口サイズに切り分けながらぼそぼそと呟く。國光はくすりと笑う。
「大丈夫だよ。面白かったし」
「面白かった……」
 彼女はつんと口を尖らす。からかった時に見せる少女らしい顔がどうにも可愛くて、國光はたまに意地悪な事を言いたくなってしまう。あんまりいじめるのも(相棒と違って)かわいそうだから、直ぐにフォローも入れてしまうが。
「ごめんごめん。でも、大切にされてるんだなって思ったよ」
「そうかもしれないですけど。何というかこう……兄さんは私に対して過干渉なんですよ。そりゃ、父さんも母さんもお伊勢様の方で忙しくしてるから代わりに、っていうのはあるんでしょうけど……」
「過干渉?」
「そうですよ。特にワンコ兄さんの方がひどくて。私と國光さんの距離が近くて怪しいからって、前々からこいつはどんな奴だってんで、東京支部に乗り込んで國光さんがエージェントを参加した依頼を一から十まで調べ上げてたらしいんです。ヤバいですよね」
 警察犬のような執念。初詣で澪河神社を訪れた時に感じた、射貫くような視線は気のせいではなかったようだ。思わず國光は肩を震わせた。
「うん……なるほどね……」
「まあ、國光さんは堂々たる戦歴ですし、学業成績も優秀って事でこれは私を委ねても問題ないと兄さんたちの間で結論付けたようですが……ワンコ兄さん、恋愛成就を祈って山籠もりを始めて……まあ英雄だから幾ら籠っても死にやしないんですけど。兄さんは兄さんで、愛した男の心を繋ぎ止めるにはどうのこうのって私に説教を……それはお前の好みじゃねーかって」
 いつもの渋面で恋愛談義を始める彼の表情を思い浮かべ、再び國光は頬を緩める。
「それはちょっと面白いそうだから見てみたいかなぁ」
「嫌ですよ、恥ずかしい……」
「でも、いつかは挨拶しにいかないといけないよ? サルトルみたいな関係を望んでるわけじゃないでしょ」
「挨拶しに行くのは父さんと母さんにであって、兄さんにじゃないですからね! ……もう、さっさと作って食べましょうよ。お腹空きました、私」
「はいはい」
 切り分けられた野菜を突き出してきた青藍の、そのむくれ顔を見て、國光は思わず苦笑してしまうのだった。

 夜。教授から届いたメールへの返事を終え、國光はぱたりとパソコンを閉じる。その時、するりと細い腕が絡まり、ふわりとした感触が背中を包んだ。シャンプーのしっとりとした香りが鼻をくすぐる。國光はそっと目を細め、胸元を這うその手を撫でた。
「寂しかった?」
「もちろん。友達や後輩が目の前で彼氏と仲睦まじくしてるんですもん。寂しいですよ」
 青藍は耳元で囁くように応える。彼女はそのまま國光の肩にしなだれかかった。濡れた睫毛が、デスクランプの照明を浴びて艶やかに光っている。
「でもいいんです。國光さんには、お義姉さんのためにも夢を追いかけていて欲しいし、寂しさを感じる度に國光さんの事が好きなんだって実感できるし……こうして一緒に過ごす時間が、とても尊いものに思えるんです」
「嬉しいよ。俺も同じ気持ちだから」
 國光は立ち上がると、青藍に向き直って彼女を抱きしめる。
「初めて君の事を好きだと思った時は、戦友としての尊敬とか、おっちょこちょいな君を何だか一人で放っておけないっていう気持ちとか、もっと、普段着の君が見て見たいとか、色んな気持ちがごちゃごちゃしてた。だから、あの時もああいう言い方だったけど……今は、君と出会えて、君が俺の事を受け入れてくれて、本当に良かったと思ってる」
 自分の胸に体重を預ける青藍の頭を、國光はそっと撫でた。
「君が応援してくれるってだけで、こんなに頼もしい事は無いんだよ。実験で詰まった時も、論文の内容が思い浮かばない時も、セーラが頑張ってって言ってくれた時の顔を思い浮かべたら、すんなり乗り越えられるんだからね」
「ふふ。だったら、もっともっと私、頑張っちゃいますよ。國光さんが研究員になったら、つまらん事務方仕事で手を煩わせたりなんかしないんですから」
 顔を上げ、青藍は得意げに笑う。
「ああ。だから待っててくれ。もう少しだけね」
「はい……」
 どちらからともなく、二人はその唇を寄せあった。



 秋の夜は長い。しかし、大陸を隔てて暮らす二人にとっては、それでも足りないくらいだった。

 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 桜小路 國光(aa4046)
 澪河 青藍(az0063)

●ライター通信
 お世話になっておりました。影絵企我です。

 二人のデートシーンという事で、告白以降二人の恋愛感情がどう移り変わっていったか色々想像を巡らせながら書かせて頂きました。満足いただける出来になっているでしょうか。
 何かありましたらリテイクをお願いします。

 では、Gでもご縁がありましたら。

シングルノベル この商品を注文する
影絵 企我 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年09月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.