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『紅葉と共に深まるは』
不知火 仙火la2785)&神取 アウィンla3388)&日暮 さくらla2809)&不知火 楓la2790)& 桃簾la0911)&不知火 仙寿之介la3450

「すまない、では先に行っておいてくれ」
「あ、おい」
 受付の構いませんよとの言を聞くなり、止める間もなくアウィン・ノルデン(la3388)は身を翻した。走らずとも過分に仕事を詰めたがるその気質のせいか、早足に自動扉を潜って、そして玄関脇に停まったバスを降りる人々を躱してから、陸上選手もかくやというフォームで走り去る。
 せめて疲れを取ってほしいと、この旅行を計画したのも頷けるものだ――と、中途半端に上げた腕を下ろし振り返った息子の不知火 仙火(la2785)と目が合い、不知火 仙寿之介(la3450)は唇に微笑みを刻んだ。ペンを手に取って、宿帳に名を書きつつ口を開く。
「そう不安な顔をせずとも、友の誘いに乗って休もうというのだから大丈夫だろう。人の性格など簡単には変わらん」
「……そうだな」
 書き終わりペンを差し出せば、若干の間を置き、何やら複雑そうな面持ちで低く同意した仙火がそれを受け取って同じように記入する。その姿を眺めながら、自身も思い及ぶ点があったのではと気付いたが、仙寿之介が言葉を思案する内に馴染んだ声が聞こえた。
「おや、仙火と仙寿さんじゃないか。奇遇だね?」
 先ほどの送迎バスで来たのだろう、それぞれ別の友人の娘である不知火 楓(la2790)と日暮 さくら(la2809)、それと面識のない女性がもう一人一緒に歩み寄ってくる。本人が名乗る前に楓とさくらが友人と紹介し、それで彼女が桃簾(la0911)と分かった。場所を譲って手続きする三人を眺めながら、仙寿之介は言う。
「妻から話は聞いていた。俺は仙火の父で仙寿之介という。今後とも、楓とさくらをよろしく頼む」
 現在は二人とも親元を離れた身だ、代わりではないが家族同然に思っているのは間違いないので、そう挨拶をする。彼女は頷き、優雅に一礼して応えた。
「これからよしなに。改めてわたくしの名は桃簾です。楓、さくらとは勿論仲良くします」
 二人の名前を口にした途端ぐっと力が入るのを見て、高嶺の花が手を伸ばせば触れられる距離に近付いたような印象を抱く。同時にその立ち振舞いに違わず、しっかりとした芯を持った娘と感じた。
「こんな偶然もあるものですね」
「本当にな」
 さくらと仙火は驚きをまだ消化出来ていないらしく、何処か夢見心地で言い合う。
「もしかして桃が見かけたっていう、仙火に似た人もそうだったのかな?」
 と桃簾の隣に立ち、彼女を見守っているらしい様子の楓が不意に言って、さくらが確か――と近くにある見事な紅葉で知られる寺を挙げる。それは確かに数時間前訪れた場所だ。言われてみれば仙寿之介も楓に似た後ろ姿を見たような気もする。
「父と息子で二人旅とは、仲が良いのですね」
「あー、いやそれは……」
 まあ、有り得ないとはいわないがそうない。歯切れの悪い仙火に代わり、やんわり否定する。
「桃簾の知り合いかは分からないが、もう一人アウィンという連れがいる。紅葉を見ながら酒でも飲んでゆっくりしようと計画してな」
「ということはライセンサーですか。残念ですがその名に覚えはありませんね」
「紹介したいが、近くの茶屋に忘れ物したって言って探しに行ってるんだよな」
 そろそろ戻ってきてもいい頃だが。本当にすぐ側なので大丈夫と思いつつも、案外抜けたところがあるので迷子になっている可能性も否めない。もしくは同じ観光客に道を訊かれているだとか。考えることは一緒だったようで仙火と顔を見合わせる。ルームキーを受け取ったのを確認し揃ってフロントを離れて、往来の邪魔にならない所で立ち止まった。
「俺たちはアウィンを待ってるから、先に行ってくれ。……っていうかそっちも予定立ててるだろうし、別に一緒に行動しなくてもいいよな」
「だね。それぞれの旅行をそれぞれで楽しもう」
 仙火の言葉に楓も同意を返し、この場にいる全員の意見が一致したところで、女性陣は女将に連れられて部屋へ向かう。品良く会釈し、歩いていく三人の距離はぐっと縮まっていた。それだけで花名三人娘と称されるその仲の良さが窺える。特に無愛想と思われがちなさくらなどは友人との旅行に胸を躍らせているように見えた。と、その背中が二人の視界から消えた頃、
「お、アウィン」
「二人とも俺を待っていてくれたのか……」
「失せ物は無事見つかったか?」
「ああ、大丈夫だった。直に取りに来るだろうと出しておいていたらしくてな」
 言って彼は急いで戻ってきたのだろう、手に持ったままの手帳を鞄に入れる。空いた時間で明日の予定を確認していて、置き忘れてしまったらしい。ならば良かったと笑って頷けば、アウィンも微笑んで感謝の意を口にする。先程の出来事を話す仙火と真面目に聞き入るアウィンと共に、仙寿之介も自分たちの客室へと向かった。

 ◆◇◆

 折角だからと源泉かけ流しの温泉に加えて、山と海に挟まれた盆地という立地を生かした海の幸・山の幸をふんだんに使った美味しい料理で有名なこの高級旅館を予約したのは数ヶ月前の話。厳密にいえば、連絡は楓がしたのだが。譲れない一点を条件に出しただけで仔細は二人に任せきりだったが、二間続きの部屋は想像よりも広く、へぇと楽しげな声音で呟いて窓際に近付く楓の正面には彼女と同じ名前の葉が黄色から赤へグラデーションを描いている。
「桃簾、平気ですか?」
 ぱたんと控えめな音を立てて扉が閉まって、三人だけになると気遣わしげにさくらが訊いてくる。もしかしたら食事の用意にはまだ時間が掛かると女将に入浴を勧められて、その際の動揺が伝わったのかもしれないと思う。しかしと桃簾は平静に努めて、かぶりを振ってみせた。座椅子に腰掛けると温泉の前に食べるといいと勧められ、テーブルの上にある菓子の封を切る。さくらが淹れてくれたお茶を飲めば、肩の力が抜けるのを感じた。
「少し、緊張はしています。ですがこれはわたくし自身で決めたことですから。貴女たちと一緒なら何も問題はありません」
 胸に手を当てて、こうして旅行出来る親友が二人もいることを嬉しく思うこの心中がそのまま伝わればいいのにと思った。そう聞いてさくらは胸を撫で下ろし、楓が頷くのに桃簾も頷き返す。
「それじゃあ、そろそろ浴衣に着替えて温泉に行こうか」
「そうしましょう」
「はい」
 と女将の提案通り先に温泉を満喫することにした。着替えにも多少抵抗があるかと思ったが、楓が自力で着る方法から衿の開き具合まで教えてくれたので、倣うのと彼女の楽しげな様子に気を取られて少しも気にならなかった。
 向かうのは浴場エリアにある女風呂ではなく、やや奥まった場所にある貸切風呂だ。談笑しながら歩いていると、仙火と仙寿之介が男湯の暖簾を潜るのが見えた。もう一人、背中しか見えなかったのがアウィンだろう。確か義弟になる人物もそのような名前だったが、所詮ありふれた名である。偶然鉢合わせれば挨拶の機会もあるだろうか。思考は見ず知らずの相手から、今日初対面の仙寿之介に転換する。容貌も雰囲気も仙火と似ているが父だけあり、落着きがあるという印象だった。
 こちらに配慮し、楓とさくらは先に脱衣所から出ていく。桃簾は勇気を振り絞って浴衣の帯を解いた。
 この世界に転移して大変に思う最たるものの一つが夏の暑さである。それは桃簾が人前での肌の露出が苦手だからだ。程度の大小に関わらず己の身体を晒すのに抵抗がある。故郷では使用人が共に浴室にいたがそれはあくまで世話をする為。人と入浴するのは今回初めてで、親友らとの貸切風呂で精一杯だった。
 待っていてくれたらしい二人に温泉の作法を教わり、まず掛け湯をしてから檜で出来た湯船に浸かる。徐々に全身が温まり出してほっと息をついた。
「気持ちの良いものですね……」
「景色も綺麗で癒されます」
「ここでお酒を呑めたら風流だけど、そういう訳にもいかないね」
 酒豪の楓は残念そうに肩を竦める。真っ赤な椛を仰ぎながら飲む酒は格別だろう。髪を纏めているタオルがほどけないよう整え直していると視線を感じ、桃簾はその主――さくらの方へと向いた。
「さくら、どうかしたのですか」
「不躾だったらすみません。その……二人ともスタイル抜群なので流石ですねと思って……」
 恥ずかしいのか言葉尻が段々小さくなって、湯に沈みこそしないものの視線が左右に泳ぐ。ありがとうとその言葉を受け止めれば、彼女の視線は再びこちらに向いた。切なる響きを含み零れる声。
「……私も成人したら二人のようになれるでしょうか」
「うーん。まあ、いいことばかりじゃないけどね……」
 と呟き、一緒に褒められた楓は何処か遠い目をする。女性として魅力的な肢体であるよう磨き育てられたので不満などないが、任務中に走ると胸が痛くなるのと合う下着が少ないのは難点か。楓が笑顔でさくらのスタイルの良さを褒めるも本人的には微妙らしい。まだ未成年なのだから成長途中だろうと思うが。
「さてと、背中の流し合いでもしようか」
 言って、楓は浴槽から出ると洗い場へと向かう。それから桃簾が何か言うよりも早く振り返って、冗談だよと笑った。さくらもこちらに近付いてくると、
「それは桃簾がしてもいいと思ったときに取っておきます」
 と柔らかく微笑んで告げ、彼女も湯からあがる。桃簾もすぐに立ち上がった。そうして話している内に緊張が解けたことに気付き、胸の奥も温かくなるのを感じ。きっと遠くはないとそんな風に思った。

 ◆◇◆

 湯船に浮かぶ盆が三つゆらゆら揺れる。アウィンは風呂で他人と一緒だろうと特に気にしないが、それでも紅葉に染まる山並みを仰ぐ露天風呂、そして入浴しながら酒が呑めるという初めての経験に気分が高まるのを自覚した。入ったときにいた人も殆ど入れ違いにあがった為、大浴場なのに貸切も同然の状況になっている。
「……あー。何かこれ、普通に飲むよりも酔う気がするな」
 猪口を置いた仙火が言いながら空を見上げるが、彼の顔がほんのりと色付いて見えるのは酒のせいか、それとも温泉の影響か。仙寿之介や楓ほどではないにしろ、仙火も酒に強いので後者だろうと思い直す。纏めあげた長髪が重そうな素振り一つ見せず、仙寿之介もなみなみ酒を注いだ盃を手に、自然が作り出した絶景を愛でるように眺めてから口をつけた。裸眼の見え辛い視界に何とか二人を映す。
「酒を呑みながら入れる温泉は少ないものなのだな」
「危ないからって理由だろうなあ。アウィン、お前も気を付けろよ――とまあこの程度じゃ酔わねえか」
 ウイスキーやウォッカならともかくとして、アルコール度数十数パーセントの地酒で量も小振りの徳利一杯のみと制限がかけられている。秋も深まり外を歩いていると肌寒さを感じるようになってきた近頃、適温の温泉と熱燗の組み合わせは、寝入ってしまいそうな心地良さがある。とはいえ自宅飲みのときのように急に、ということはない筈だ。
「最近の調子はどうだ?」
 酒の当てに仙寿之介がそう訊いてくる。浮かぶのは穏やかな微笑みで似ても似つかないのに、アウィンの脳裏に故郷の父の顔が過ぎった。
「俺は……学校も任務もそれなり。つーか同じ家に住んでるんだし、父さんも知ってる通りだ」
「意外と見えない部分もあるとは思うが――いや、アウィンも近頃は忙しいようだな。大学と、それから自動車学校だったか」
 前半は独り言のように呟き、気を取り直したように水を向けられる。間に険悪な空気はない。ただ間違い探しのような僅かな違和感が生まれてすぐに跡形もなく消え去った。
「そうだな、バイトと任務を少し減らして通っている。無事免許が取れたらまた新しいバイトを探してみるつもりだ」
 ライセンサーの任務中は無免許でも問題ないが、あれば任務外での活動範囲以外にもバイトの幅が広がるという利点がある。外部聴講生として講義を受けるようになって教授や学生との交流を深める機会も増えた。今までにない、充足した日々だ。任務先で酒を呑む機会も増えて結構頻繁になってきた。しかしこれは初めての感覚だ。
「楽しいんだったら俺も嬉しいけどな、でもあまり根を詰めるなよ?」
「? 別に何も問題はないぞ」
 やりたいことが山程あって、時間が足りないくらいだが。任務で足を引っ張るまいと体調管理には気をつけている。
「何も心配しているのは俺たちだけではない。それに今日その為に来たのもあるしな」
「ああ、そうだよな」
 と二人で何やらよく解らない話をしている。頭の上に疑問符を浮かべつつアウィンは酒で喉を潤した。本番は食事とはいえ、美味さと立ち上る湯気の温かさを暫し目を閉じて堪能する。日頃の疲れがするすると解けるようだった。

 ◆◇◆

 風呂から帰ってすぐ夕食が部屋に運ばれてきた。刺身の盛り合わせから鮑、霜降り肉と彩りを添える生鮮野菜に松茸の香りが漂うお吸い物等々。価格以上の絶品料理に舌鼓を打つ。さくらは未成年なので酒は遠慮しようかとも思ったのだが、入浴中の何気ない一言を気に留めていたようで率先して用意出来ないかと尋ねてくれた。桃簾もそれなりに飲める部類で、旅行の前に時間が取れなかったことを埋め合わせするように互いの近況を語り合った。ジュース入りのコップを持つさくらも、いつかお酒も飲んでみたいと無垢な憧れの眼差しを注いできた。下戸だったら大変だろうなと思いつつ、酌み交わす日を心待ちにする。
 食後、広縁で椅子に座って暫く休憩するも、眠るにはまだ早い時間だ。窓を覗き込めば控えめにライトアップされた日本庭園の奥、屋外に足湯が設置されている光景が見える。桃簾に無理をさせたくないが足湯ならばいいと、再び浴場フロアに向かうことにした。

「桃簾の場合は、甘い物ではなくアイスは別腹ですね」
「ふふっ、そうだね。もう少ししたら迎えに行こうか」
 湯を跳ねさせないよう加減しつつ動かせば、ムラが掻き混ぜられて丁度いい具合になる。さくらもくすりと笑み、はい、と首肯した。ついこの前まで内心参るような暑さだったが、もう羽織を着ないと肌寒く感じる外気温だ。とはいえ浸かっていれば血行が良くなり、爪先から全身へ、ともすれば石段を上ったりパンフレット片手に情緒ある街中を徒歩で移動したりした昼間の疲れもあり、気を緩めると船を漕いでしまいそうである。この頃のさくらも最初の頃の張り詰めた空気が和らぎ始め、リラックスした姿を見せてくれるようになった。二人占め状態だったがふと人の気配を感じ振り返れば、彼はレンズの奥の瞳を僅かに見開き立ち止まる。
「やあアウィン、まるで幽霊でも見た顔だね」
「ああいや……話は仙火殿と仙寿之介殿に聞いて知っていたが、実際に顔を合わせるとこういった偶然もあるものだなと、改めて驚いたというか――」
 楓たち不知火家と同居人のさくらは旅行自体は知っていたが、具体的な話はせず、行先が同じとは思いも寄らなかった。多分それも知らなかったアウィンや桃簾の驚きは尚大きいだろうと容易に想像がつく。
「アウィンも座ってください」
 と彼が足湯目的にここに訪れたことを察したさくらが促して、アウィンは二人の正面に腰を下ろした。脚を湯に浸しながら、その視線は彷徨う。
「桃――もう一人の連れなら休憩所だよ」
「そうなのか。今頃は二人と顔を合わせているかもしれないな」
 すれ違ったのが残念そうだ。息をつく彼の眼鏡が湯気で曇る。
「様になってるね」
 とだけ呟く。楓が見ているのが浴衣と気付きアウィンは得心したようだ。
「まだ手際よく着るには至っていないのでな、仙火殿に着付けを手伝ってもらった。仙寿之介殿にも旅館のマナーや過ごし方を教わっている」
 なるほどと思う。仙寿之介は言うまでもないが仙火も和装や礼儀作法について充分な知識がある。
 楓は自分の首元に巻いた襟巻を撫でた。胸も押さえているのでアウィンにはいつも通りの自分に見えている筈だ。さくらが羨むスタイルの良さは自覚しているが、正直歓迎すべき事柄ではない。だってありのままだともう彼の身代わりにはなれない。それどころか父と彼の母のような関係にさえなれない――そんな漠然とした不安。
「……楓?」
「ん? いや何でもないよ。ちょっと酔っちゃったのかもね?」
 言ってから嘘臭いと思うも笑って誤魔化し、楓は月を眺めた。

 ◆◇◆

 温泉で飲んだ酒も良いが、美味い料理と相性に拘った酒を味わって相乗効果が生まれるのもまた良い。全員が泥酔とは無縁なので、羽目を外すでもなく素材本来の味を活かしたという自慢の料理を楽しんだ。その後満腹感も引いてきたところで再び浴場フロアに行き、今度は内風呂に幾つかある浴槽をあれこれと試したりした。足湯も気になるらしいアウィンについていこうとも思ったのだが、仙火は休憩するという父と共に休憩所に向かった。そして、座敷に足を崩して座る桃簾の姿を見とめる。彼女は視線に気付きスプーンを持つ腕を下ろした。
「奇遇ですね、二人とも」
「桃簾はまた……凄い量だな、それ」
「アイスは無限に食べられますから」
 と桃簾は当然のように言う。彼女の前に置いてあるのは半分以上食べ進んだバニラアイスで、だが脇には空の器が三つばかりあった。アイスが何種類販売してあったかは覚えていない。そう多くなかった筈なのでこのまま制覇しそうだと、アイス教徒なる称号を持つ彼女の様子を見て思う。
「同席してもいいだろうか?」
「ええ、勿論。もしかしたら、楓とさくらもそのうち来るかもしれませんが」
 桃簾が六人で座るには狭そうな机の対面を示し、仙寿之介の隣に仙火も腰を下ろす。最初は一緒に足湯を利用していたらしいが、楓がここの休憩所でアイスを販売しているのを思い出して、食事の前だと湯上がりのアイスを食べ損ねていた桃簾が喜び勇んで訪れたようだ。二人も付き合うといったが長引くと遠慮したらしい。頼んだお茶を運んできた従業員が空の器を下げる。予想通り桃簾はアイスを追加注文した。
「もう一人は何処に?」
「アウィンはその足湯の方に行ってる。俺と父さんは喉乾いたんでこっちに」
 納得する彼女から視線を外しお茶に口をつける。まだ充分温まっている身体だが熱い緑茶が染み渡るようだ。
(とかいうと年寄り臭いか?)
 思いつつ横目で父を見れば、お茶を飲むだけの所作が妙に画になっている。
「桃簾は本当にアイスが好きなのだな」
「ええ。こうして店のものを食べるのも好きですし、自作するとより一層美味しく感じますね。近頃は氷に塩をかけて冷却する、という作り方も覚えました。冷凍庫を使わずに作れるのが嬉しいです」
「機械に触ると壊れるんだもんな」
 電化製品が使えないのは不便だろう。しかし、それを苦と思わない前向きさは尊敬に値する。
「まあ氷は出してもらわなければなりませんが……アレンジもし易いので飽きません」
「ほう、アレンジ……では苺のアイスなども?」
「苺ジャムを入れれば作れる筈ですよ」
「それは良いことを聞いたぞ」
 と何やら盛り上がり始める。桃簾もアイス効果か、何だか更に機嫌良く見えた。
(父さんもこの旅行を楽しんでくれてるよな?)
 家事は任せてと母に背中を押される形で誘いに乗ったので若干の不安はあった。空気を悪くする気はなくとも何処かぎこちなさは付き纏って。アウィンがいてくれてよかったとしみじみと思う。と。
「仙火、アイス作りで勝負してみるか」
 いつになく悪戯っぽい響きを帯びて、仙寿之介がそう持ちかけてきた。ぽかんと口を開けて見返して、それから唇の端をあげて挑発的に笑う。
「絶対に負けないから覚悟しとけよ?」

 ◆◇◆

 朝食を済ませ、身支度を整えるとさくらは楓と連れ立って客室を出た。中に残した桃簾が気になるも、
「かえって邪魔になるからね」
 と微笑を浮かべた楓に背中を押され、ロビーの方向に向かおうとする。と、丁度隣の部屋の扉も開き、アウィンと仙寿之介、そして忘れ物がないか声を掛ける仙火が出てきた。
「隣だったのですね」
「同じ不知火の姓と住所だからと、宛てがわれたらしい」
「成る程。そういうことでしたか」
 仙寿之介の言に納得しつつ、隣同士で一泊したのに気付かなかったのが滑稽に思える。顔を合わせたのはいずれも部屋から離れた所なので当然ではあるものの。
「今日は何処に……っていうのは聞かない方がいいよね。ここまできたらさ」
「だよな。これで帰りも一緒になったら笑うが、流石にそれはないと思うぜ」
「それは逆にフラグっぽくない?」
 軽口を言い合う二人を間近に見ていても、もう理不尽な苛立ちは湧きあがらなかった。ただ、胸の奥がきゅっと痛んだ気がしてさくらはそこに手を添えてみる。しかし幻だったかのように忽然と消えていた。
「桃簾という女性はいないのか?」
「保護者の方から旅館宛てに何か電話があったみたいで」
「手続きに必要な情報を確認しておきたいって話らしいから心配いらないよ」
 とアウィンの問いにさくらが答えて楓が補足を入れる。桃簾は故郷について詳細を語ることはないし、さくらも当事者の仙火は勿論、彼女のような友人にも宿縁の話は今の所するつもりがないので気持ちはよく理解出来た。全てをつまびらかにせずとも仲を深められる筈と信じられる。
「ではよろしく伝えておいてくれ」
「了解したよ。次また会うのは帰ってからだね」
「ああ。そちらの旅も最後まで楽しいものになるように願っている」
 全員すぐまた会えると分かっているので、挨拶も外で会って別れるときのようにあっさりしたものだ。
「帰ったらまた鍛練の日々ですよ」
「分かってる。息抜きした分、気合い入れ直さないとな」
 念の為忠告をとそう言えば、仙火は平時通りの余裕を見せながら返事する。戦いの際もずっとそうしていれば文句無しだというのに。とはいえ侮れない反応を見せることもあるが。
 背三つが廊下の角に消えたところで、後ろの扉が開き桃簾が顔を覗かせる。
「すみません、待たせましたね」
「まだ時間はあるから平気だよ」
「ええ。気にせず、今日も楽しみましょう」
 帰るまでが旅行。だから楽しみ抜こうと笑い合い、仙火たちの後を追うようにロビーへ向かった。が、そこには彼ら三人の姿はない。どうも会えそうにないのでアウィンの言伝を口にしながら、まるで運命の悪戯のような彼と桃簾の巡り合わせをさくらは心底不思議に感じるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
別行動ですが大所帯で旅行だー、とわくわくしたものの
全編旅館で食事の場面も省略せざるを得なくて無念です。
ですがアウィンさんと桃簾さんが顔を合わせないという
制限下でいただいた情報をどれだけ取り入れられるかと
試行錯誤する過程がとても楽しくて面白かったです!
可能な限り分かり易いように意識したつもりですが
誰が喋っているか分かり難い箇所があったらすみません。
もしもいい思い出になれていたなら嬉しい限りです。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年09月27日

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