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『楔』
御剣 正宗aa5043)&CODENAME-Saa5043hero001

 御剣 正宗(aa5043)。
 時代物のヒーローのような名前だが、実際はイギリス人の父と日本人の母との間に生まれたハーフである。
 父親と母親がどのようにして出逢い、ロンドンの東部――貧民街に得た八坪ほどの土地へプレハブを建て、親子3人で暮らすこととなったものか、正宗は知らない。が、物心ついたときにはもうそんな有様だったから、むしろ自分を哀れまずに済んだのは幸いだったのだろう。
 正直、目立つ一家だった。襤褸をまとった英国紳士と、その父から譲り受けた白い肌に金の髪を持つ、男子か女子か知れない子ども。そこにまた貧相な身なりの東洋人女性が並ぶのだから、たとえ意識していなくとも目を引き寄せられずにいられない。
 そして、義務教育の名の下にプライマリースクール(小学校)へ通うこととなった正宗は、それなりに辛い目を見た。イギリスという厳然たる階級社会内では当然のことだ。
 しかし、彼がそれを気にする様子はなかった。
 なんでニホン人なのにイギリス人みてーな顔してんだよオトコオンナ!
「……イギリス生まれの、イギリス人……だからな」
 おまえんちすげー貧乏なんだろ? お願いすんならパンやるぞ!
「善意なら喜んで……でも、悪意ならだめだ。それは……ボクじゃなく、おまえを侮辱することになるから」
 淡々と、しかし堂々と、怖れることなく悪意を拒み、同じように怖れることなく善意を受け入れる正宗の姿勢を前にして、騒ぎは尻すぼみに沈静化していった。
 いじめっ子たちにしても張り合いがなかったのだ。なにを言われようとしかけられようと動じることなく受け入れ、受け流す正宗にかまうのは。
 そうして諸々の問題はありながらも、正宗は友だちとそれなりに楽しいプライマリースクール生活を、続くセカンダリースクール(中学校)生活を送れるようになったわけだが。
 16歳、最上級生になった正宗は、すでに悟っていた。自分が6th Form(高校)へ進学できないことを。
 成績だけで言えば奨学金を受けることはできたかもしれない。が、「学校へ通う」ために必要な金が授業料ばかりではないことを、正宗はこれまでの義務教育期間の中で思い知っていたのだ。
 だから。
 卒業式に手を振って友だちと別れた彼は、迷わずに踏み出した。
 今、世界は異世界からの侵略者である愚神に侵蝕されつつある。ならばボクが戦おう。ここまでボクを放り出すことなくあたためてくれた父母、そして同じ時間を笑顔で過ごしてくれた友だちのために。
 それこそが両親に迷惑をかけることも友だちに気づかわせることもない、たったひとつの冴えたやりかただと、正宗は肚を据える。

 幸いにしてイギリス軍の兵役適齢は16歳。さらには世界中に次々出現する愚神の脅威に対抗すべく門戸を大開きにしていた。イギリス国籍を持つ者ならば、出自問わず歓迎しよう!
 ――質の悪い兵士など、どれほどの量がいたところで役には立たない。それを誰よりも知る軍がそんなことを言い出したのはつまり、切羽詰まっていたのだ。平和めいた情景の裏側で、軍も国も。
 果たして、たった3週間の教育期間を経て陸軍第19軽歩兵旅団へ叩き込まれた正宗は、6人部屋をあてがわれた3日後には従魔ひしめく戦場へ駆け込まされることとなる。
 ありがたいことに、軍には消耗品であるはずの促成兵士すら使い捨てていい余裕がなかった。そして強力な従魔や愚神に対しては、速やかに専門機関――このときにはまだ、その組織の名を彼は知らなかったのだ――が出動し、掃討してくれた。
 おかげで正宗は引き金の絞りかたや情報の見極めかた、同僚との連携と連動について実践で学び、生き残ることができたのだ。
 そして彼は、出動の合間に昇進試験へ向けて勉強を進めていく。
 寮に居れば衣食住のすべてが無料だが、元々が人好きのする性格ではないし、見た目が見た目なせいもあって、体育会系を煮詰めたような輩と同じ部屋へ詰め込まれている生活は堪える。なんとか早めに出世して、外に部屋を借りたいところだった。
 それに、偉くなれば権限が増す。命じられるばかりの立場としてではなく、自ら隊を率いて貧しいながらも日々をたくましく生きている父母や、愚神の影を怖がりつつもそれなりに退屈な高校生活を送っている友を――それ以上に多くの人を救うことができるかもしれない。無能な上官というものに嫌気が差していることもあったが、いろいろと弁えている自分なら、もう少しうまくできるはず。少なくとも、権力闘争の場などではない、戦争の場においては。
 かように必死でありながらも、どこか茫洋と緩んだ日々。
 それはまったくもって唐突に終わりを告げる。

 その日の戦いはまさに泥沼だった。
 戦車群は殺到した従魔によって“中身”を引きずり出され、ちぎられて噛み裂かれた。戦車に随伴していた歩兵たちはもう、言わずもがなである。
 空対地装備で固めたヘリは混戦の上空を行き交い、なんとかガトリング砲を撃ち込んでいたが、愚神の体に針の穴ほどの傷を穿つこともかなわないまま、一機、また一機と墜とされていく。
 莫大な予算をかけて造り上げたはずの兵器が、あえなく沈黙させられる。
 あれだけ訓練を重ね、実戦を超えてきたはずの兵士が、あえなく死ぬ。
 愚神群の陣容は昨日までと変わらない。ただ数が多いというだけだ。しかし、その数にまかせて突貫し、飲み下し、すり潰す。
 正宗は混乱の中、小隊長を助けて隊員を促し、戦い続けていた。
 愚神群、シェルターに到達! 一般市民の被害甚大!
 このときにはどこかで起きた不幸を告げるだけの通信だと思っていた。正直、構っている余裕がなかったのだ。死線をなんとか渡りきる、それだけに集中していたから。
 失われていく隊員たちの応答、体温、射撃――それらをなんとかこの世に縫い止めておきたくて彼はあがき、もがき、吼え、ようやく足を止めることができた、その後。
「……ああ、そうなるのか」
 兵器の残骸とその狭間に落ちた戦友の骸、そして襲撃されたシェルターの中で折り重なって“散った”父母だったもの、友だちだったものを見下ろして、深く息をついたのだ。


 天使と悪魔のハーフとして生を受けたCODENAME-S(aa5043hero001)は、出自の難しさこそあれすべてを飲み込んで丸く収まった世界の中、何不自由なく育ってきた。いや、たったひとつ不自由があるとすれば、背から伸び出す羽――右は悪魔のそれで、左は天使のそれだ――では空を飛べないこと。
 彼女の生活には愛と情と誼(よしみ)が満ち満ちていた。だからなのだろうか。成人として認められる年齢に達した彼女が、異世界へ続く門へと踏み込んだのは。すべてとは言わないが、満ち足りた生活の中ではけして見いだすことのできない「冒険」に心躍ったのは確かだ。
 知らないものを知りたい。
 自分が知らない自分ってやつを見つけたい。
 その思いをもっていくつもの世界を渡り、願いどおりにいろいろなものや事を知った。
 ある世界ではまるで価値のないものが別世界では宝石に勝る高価をもたらすこともあり、資金に困るようなこともなかったが、結局はこれだと思えるものも見つからなくて、結果的に彼女は世界を転々とする。
 いくつもの世界でいくつものことを成し遂げ、あるいはやらかして、気ままに流れ流れて……気がつけば、現地の者が地球と呼ぶ星の上にいた。
 どうやら愚神という侵略者の侵攻を受けている世界らしかったが、そこまで追い詰められているようでもなかったし、どうせ通り過ぎるだけの場所だ。初めて見るスイーツやかわいいものにだけ注目して味わって、危なそうな場所からはさっさと遠ざかる。今までどおりにそうして来たのだ。
 そう、ロンドンは今、安全だった。
 先ほどまで続いていたらしい戦闘は終わり、煤や血にまみれた兵士たちが担架や兵員輸送車に重傷者を乗せて行き交っている。
 こんな場所に、おいしいものやかわいいものがあるはずはない。訪れるタイミングを、完全に間違ってしまった。
 おかしいですねぇ。こんなに読み違えるなんて、今までなかったのに。首を傾げてみても理由はわからなかったから、とにかくできることだけはしておこうと決めた。
 働いている人々の邪魔にならないよう注意しながら、道端にうずくまる軽傷者へ声をかけたり手持ちのお菓子を配ったりしながら、彼女は倒壊した街を行く。
 このまま世界を離れてしまおうかとも思ったのだが、さすがに人目が多すぎる。せめて街から抜けてしまわなければ。
 そうして歩いているうち、Sは戦場の中心部だったと思しきシェルター跡に辿り着いていた。
 ブルーシートが被せられ、隠されてはいたが、その裏になにがあるかはすぐに知れる。潰えた多くの命、その残骸が隠されているのだ。
 そして。
 彼女は見つけてしまうのだ。呆然と立ち尽くすひとりの兵士の背を。
「あの……飴ちゃん、いります?」
 今もSは不思議に思うことがある。あのとき、どうして自分はあの兵士に声などかけてしまったのだろうかと。
 同時に思うのは、多分、放っておけなかったからだろうということ。兵士が憤怒に震えていたなら、もしくは悲哀に泣き崩れていたなら、他の誰かに助けてあげてくれるよう託して通り過ぎていたはず。そうできなかったのは、子どもが道に迷って途方に暮れているような、そんな風情を見せられたからなのだろう。


 Sの声に、兵士が振り返った。
 思いがけず若い、中性的な顔。元々白い面からは血の気が引き、一層白々として見える。
「飴か……。そういえば、もらったことが……なかったな。昔は、ボクが特別な存在じゃなかったからだと、思っていたんだが……」
 いや、特別な存在じゃなかったからこそ、こうなっているわけだ。胸の内でつぶやき、目を伏せた。
 英雄になりたかったわけじゃない。ただ、大事な人たちを守れるくらいの男になりたかった。それすらボクにとっては無謀な願いだったわけだけど。
 兵士――正宗は開きかけた口を閉ざし、かぶりを振る。
 もう願う必要はない。階級に拘る必要も、ここに留まる必要すら、ない。
 語らない彼の心を推し量ることなど、Sにはできなかった。だから。
「言わなくちゃ伝わらないこと、あるんですよ。他の誰かにも、自分にも」
 自分にも、伝わらない?
 いや、ボクはボクがなにを思っているか知っている。ただ、考えないようにしているだけで。って、どうして考えないようにしている? 考えるまでもない。
 ボクは。
「あ、ああ」
 ボクは。
「あああああ……あ……ああああああああああああ」
 ボクは、こんなにも苦しくて、悲しくて、どうにもできなくて!
「あああああああああ」
 泣きながら、彼は天を仰いだ。こんなにも自分を突き上げる激情の名を、彼は知らない。それこそが憎悪であり、悔恨であることを。
 そしてSは、泣き濡れる正宗をまっすぐに見つめていた。
 もう、立ち去るつもりはなかった。
 こんなふうに取り残されて泣く誰かが、目の前にいる。
 それだけじゃない。確証などないはずなのに、確信があったから。
「私にあなたの涙を止めることはできません。でも、あなたじゃない誰かが泣かなくていいよう、間に合うことはできます。――あなたがそれを望んで、いっしょに飛んでくれるなら」
 見てしまった以上、見なかったことにはできない。ならばこの手で守り、救う。おいしいものもかわいいものも、そうじゃないすべてのものだって。
 決意して手を伸べる。精いっぱい、正宗へ向けて。
 Sの言うことを、正宗は理解できずにいる。しかしどこかでわかっていた。この伸べられた手は楔だ。世界にボクを繋ぎ止めて、たくさんの誰かの涙を縫い止めるもの。
「ボクは……間に合いたい。もう誰も泣かなくて、すむように……」
 愚神を倒す。もう二度と、誰かに誰かを喪わせないために。ボクのような人を生み出さないために。楔を、打ち込むんだ。


 正宗はSの手を取り、ふたりは誓約を交わした。
 かくてふたりがエージェントとしてH.O.P.E.に登録し、あれこれ迷いながらも戦場へと踏み込んでいく日は、そう遠くない未来の出来事である。


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2019年09月27日

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