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『感染する憎悪(2)』
水嶋・琴美8036

 ドレスコードは守らなくてはいけない。どのような場であっても、その場に適した服というものは存在する。
 たとえ、今から少女が向かう先が――戦場であったとしても。
 任務を受領した水嶋・琴美(8036)は、現場へと向かう前に拠点にある私室へと足を運んでいた。少女の爪先まで手入れの行き届いた手が、ワードローブを開く。
 慣れた手付きで、琴美はその中に丁寧にしまわれていた衣装を取り出した。軍服が、彼女の滑らかな肌を撫でる。琴美の美しいボディラインを崩す事なく、その衣服は貼り付くように彼女の身体へとフィットした。
 少女の肌に寄り添うように、その艷やかな肢体をぴっちりと包み込んだ戦闘服の色は、赤を基調としている。黒いストッキングに包まれた美脚が覗くミニのプリーツスカートも、彼女の長い髪に似合うベレー帽も、揃いの赤色に染まっていた。
 軍人である彼女が着るに相応しい、美しい衣装だ。元来の体格のラインを損なわないデザインのため、琴美のように完璧なプロポーションを持つ者が着ると一層素敵なものに見える。琴美が身にまとうからこそ、この衣装は完成されるといっても過言ではなかった。
 彼女が華麗に着こなしているこの軍服は、軍の最先端の技術で作られており機能性にも優れている。見た目以上に頑丈な素材が使われているため、琴美がどれだけ速く戦場を駆けたとしても衣服が破れてしまう事はない。風を操る能力を持つ琴美が起こす暴風にも耐えきれる事が出来、むろん敵の攻撃からも彼女の肌を守ってくれるに違いなかった。
 もっとも、未だかつて琴美は敵からの攻撃を受けた事はおろか、その魅惑的な肌に触れる事を許した事すらもないのだが。
 膝まである編上げのロングブーツを履き、少女は全身鏡で自身の姿を確認すると満足げに一度頷いてみせる。
 この靴を履いて彼女が歩んできた道には、いつだって正義と勝利があった。これから先も、きっとそれは変わらないだろう。
 武器を携帯し、彼女は悠然とした足取りで部屋を後にする。向かう先で待つ敵を徹底的に叩きのめす未来を想像し、その麗しい唇は楽しげな笑みを浮かべるのであった。

 ◆

 音がする。まるで、虫が飛び交っているかのような、ひどく不快な音が。
「確かに、資料通りね。悪魔の数が多すぎるわ」
 その音の正体は、悪魔が背にある翼を揺らす事で起こる羽音であった。琴美の視線の先には、街を目指して森を進む悪魔達の姿がある。
 遠目で見るだけでも大量の悪魔がそこに列をなしている事が分かり、琴美はその端整な眉を僅かに歪めた。敵の数が多くて不安というわけではなく、単純に下劣な悪魔達が我が物顔で歩いている事が不愉快なのだ。
 周囲に、悪魔召喚の儀式を行えそうな場所はない。調査の結果でも、ここ数日の内に近辺で儀式が行われた形跡はなかったと聞いている。
 その調査が間違っているようには琴美にも思えなかった。けれども、現に大量の悪魔が現場には存在している。召喚ではなく、別の方法で悪魔達はこの世界にやってきているという事だろう。
 不意に、風が吹いた。まるでその風自体が一つの生き物であるかのように、大きな流れとなって辺りに暴風は吹きすさぶ。悪戯に一度琴美の髪を優しく撫でてから、風は悪魔達の方へと向かっていった。
 ただの風ではない……琴美の操る風だ。それは彼女の忠実な下僕となり、琴美の思うままに動く。悪魔に近づくに連れ風は徐々にその強さを増し、巨大な凶器と化して敵へと襲いかかった。
 邪魔な障害物を振り払うように、琴美は一瞬の内に多数の悪魔を屠る。
 確かに、悪魔達は消滅した。欠片一つ残す事なく、その淀んだ魂に見合った呆気ない最期を遂げる。
 ――はずだった。
 しかし、次の瞬間には、どういう事か同じ場所に同じ姿の悪魔達が何事もなかったかのように現れていた。召喚されたわけでもなければ、どこかを通って異界からやってきたわけでもない。本当に、突然その場へとふっと湧いて出てきたのだ。
「なるほど。そういう事ね……」
 琴美は睨むようにその悪魔の軍団を見据えながら、納得した様子で一度頷く。
 普通の者なら、その数に圧倒されて言葉を失っていてもおかしくはない状況だ。しかし、たった一人であの大群と……倒しても減らない相手と対峙しなければいけないというのに、琴美が浮かべる表情は、やはり可憐な笑顔であった。
 落ち着いた様子で、彼女は冷静に相手の動向を伺う。それでいながらも、少女の横顔はどこかいきいきと輝いていた。
 彼女の自信に満ちた表情は、決して崩れる事はない。琴美にはその実、自信があるのだ。自分ならば彼らに勝てるという、絶対的な自信が。
 今回の任務も傷一つ負う事なく自分は勝利を収めるに違いない、と。そう確信しているとでも言うかのように、少女は毅然とした笑みを深める。
「せいぜい、少しは楽しませてほしいものね」
 琴美が構えたナイフが光る。悪魔の数は、その間にも増え続けていた。
 淀んだ無数の瞳が、琴美の姿をとらえて愉悦に歪む。上質な獲物を見つけたとでも言うかのように、悪魔は歓喜の声をあげた。
 耳障りな笑い声の響く戦場に、少女は降り立つ。風を味方につけ、目にも留まらぬ速さで疾駆した少女の振るったナイフが、まずは周囲にいた悪魔を容赦なく切り裂くのであった。


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東京怪談
2019年09月30日

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