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『恋は遠い日の花火』
メアリ・ロイドka6633

「夏祭りがあるそうなので、行きましょう」
 メアリ・ロイド(ka6633)が告げると、高瀬 康太(kz0274)は書類から顔を上げると眉をひそめた。
「……やるべきことは沢山あるんですが」
「少しは息抜きした方が効率も上がりますよ──まあ、本当に忙しいなら無理は言わねえけど、とりあえず待ってるから」
 言って彼女は、待ち合わせ時間と場所を告げると作業に戻っていった。
 邪神戦争が終わり、希望者からリアルブルーに帰還するようになって程なくした頃である。
 元強化人間としての問題も解消した康太は当然軍務に復帰したし、メアリも覚醒者として、技術面などでの協力者として半ば軍属のような形で復興活動に参加している。
 実際やるべきことは沢山あったし、壊滅した地域に戻りたい人々からすれば少しでも急いでほしい所ではあるだろう。
 たが、指定された日時までに康太がやるべきことが終わりそうにないかと言えば……まあ、余りある。
 不眠不休で働くことが最短距離かと言えばそんなことは無いわけで、つまりどちらを選択するにも理はあるのだから、これは完全に康太がどちらを選ぶのか、という問題だった。
 ……行かなかったら、メアリはどうするだろうか。
 暫くは律義に待ち続けて、「まあ、仕方ねえか」と小さく呟いて独り祭に繰り出して……そしてまた、別の機会に懲りもせず誘いをかけてくるのだろうか。
 あまり面白くはない想像ではあった。断るつもりなら、仕事があるからなどとあいまいに濁さずにはっきりと脈は無いと示すべきなのだろう。
 ……で、脈は無いのか。
 正直、咄嗟に仕事だと言ってしまったのは。「何となく反射的に言い返してしまった」だけだと、一人冷静になれば否が応でも康太は自覚していた。何故かと言えば、まあ拗れた性格によるもの、と言えばそうなのだが。つまり。
 そんな奴なのだから、いい加減見限らないだろうか、とどこかで思っているのだろう。寿命が残り少ないと思っていた頃からの悪癖。それはもう解決した問題だし、殉職の危険性も下がっただろう。だから、もう──それで、己に全て問題が無いと言えるのか。そこにいまだに、確信が無い。
 そんな風に思いながら約束の時間までを過ごして……まあ、小骨のように引っかかり続けるそれを彼が無視できるわけが無かった。

「……来て、くれたんだ」
「ええ。まあ……この時点で僕が出来ることは、終えてきましたから」
 康太の返事に、メアリは邪気無しに「流石」と一言、笑顔で応えた。
 そうして康太はと言えばメアリに対し、一度間近でしっかり見たと思えば、僅かに視線を逸らす。
 その意味に、メアリは少しして合点が言ったように「ああ」と声を漏らして、確かめるように袖を翻してくるりと一回転した。
「ただ着てみたかったんだ──日本人じゃねーから、似合わねえかもとは思ってたけど」
 言いながらひらりと舞う──浴衣の袖。
 紺の地に水色の華が鮮やかに咲き、所々に金があしらわれている。全体的には落ち着いた感じだが、メアリの雰囲気とよく調和していた。髪や目の色に合わせられているからもあるだろうか。
「じゃ、行きましょうか」
 無言のままの康太に、別に期待はしていないとメアリはそのまま祭の会場へと向かっていく。
「……一人で納得して急ぎすぎなんですよ」
 咄嗟には気のきいたセリフを思いつけなかった康太は思わず、恨み言のように小さく呟いた。
「……? 何か言いました?」
 が、それで。
「……いいえ。別に」
 言いそびれた褒め言葉を、そうされて改めてスマートに言い直せるほど出来る男でも無い。
 そうして、祭りでにぎわう通りを二人歩く。迷惑にならぬよう、自然、いつもより近い距離で並んで。
 屋台の品々を、メアリは珍しそうに眺め、気になるものがあれば買い求めた。
 康太からすれば殊更有難がるほどの物ではなく、むしろ割高ではないかとも思うのだが……まあ、雰囲気代、というのはあるだろう。笑い歩く子供たちの傍で無粋なことを言う気分にはなれなかったし、夏の終わりとはいえ炎天下で準備する自治体その他の方々の苦労を考えれば。
 あとは。
 ふと横を見る。気が付けばメアリは大きなりんご飴を手にしていた。
 微笑む彼女の口元。浮かび上がるような鮮烈な赤。
 普段と明らかに世界を異ならせる、騒めく声の、中。
(……まあ……いいか)
 ああ、こういうものだったかと。
 康太はそうして。どこかしみじみと、暫しその空気に浸ることにした。
 ──二人、並んで共に。

「静かに花火が見られる穴場があるんですよ」
 やがてただそう言われれば、康太は特に断る理由は無かった。やはり人混みよりは静かな場所の方が好きだ。
 とある神社へと案内され、境内に上がっていく。ここから少し離れた場所に、見晴らしのいい位置あがるという。
 階段を上がるにつれ、成程景色が良くなっていくと思うと共に、疑問が沸く。こんな場所を、地元の者が気付かずに何故メアリが知っているのか。
 ……そして、階段を上がるごとに彼女の表情が俯きがちになっているのは気のせいなのか。
 疑惑が閾値を超え、追及の言葉となる前にヒントは齎された。
 がさりと繁みが音を立てて……──。
「ヒッ!?」
 メアリが小さく悲鳴を上げて、無意識に康太の袖を摘まむ。
 そのままメアリは繁みから康太の身体に身を隠すように移動すると、葉を揺らしながらそこから黒い塊が飛び出してくる!
「……猫ですが」
 康太が告げると、裾から伝わるメアリの手の震えが止まった。
「……」
「……」
「ここが穴場になっているというのは、そう言う事でしたか?」
「は……い。心霊スポットとして有名だそうで……だから康太さんに一緒に来てもらえたら、と。やっぱり、平気そうですね」
「平気も何も。幽霊など、居るとしたら負のマテリアルが引き起こす雑魔の一種でしょう。今の貴女なら蹴散らすことなど訳ないと思いますが」
 現実的な意見を述べる康太に、確かにその通りなのだけど、とメアリは儚げに微笑む。
「……前までは静かな場所が駄目で。何年か誰も居ない家にいたからか震えが止まらなくて」
 分かっていても理屈では無いのだ。独りでいると……何もないはずの場所から何かが出てきて己を襲うのではないかという恐怖は。
「……だったら、無理をしてこんな場所に来ることも無いでしょう」
 呆れるような康太の声に。
「今は康太さんと一緒なら、静寂も寒くないんです。不思議ですよね」
 さっきまでとは違う微笑みを浮かべて、メアリは言った。ほら、結局そうやって気遣ってくれるんだから、と。
 そうして。
「静かな所で花火を康太さんと一緒に見たい気持ちが、一番ですよ」
 告げると、康太はもう、それ以上は何も言わなかった。
 やがて。
 空に、大輪の光の華が咲き乱れる。
 描かれる光を、残像を……それが照らす横顔を、暫し眺める。
「戦いが終わったら、リアルブルーのこういう綺麗な景色を一緒に見て回りたかったんです」
 ポツリ呟くメアリの横で。
 康太が思い出していたのは先ほどのメアリの、弱々しい指先だった。
 ……彼女の能力に。人生に。
 己の存在がどれほどの意味になるだろうかと、ずっと考えていた。
 花火が打ち上がる。
 堂々と華々しく空を彩るそれは、やがて儚げに消えて……その残像を瞼に焼き付ける。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。
そんなわけで生きてたら時空の花火デートです。お待たせして申し訳ありません。
普通に甘酸っぱいですがまだまだ発展途上ですね。ヘタレですいません。
……。まあ、IFもIF、なんですけどね。
なんかこう、色んな意味でこういうので良かったんだろうかと思いつつ……。
どうも有難うございました。
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2019年09月30日

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