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『藤の絆』
榊 守aa0045hero001)&泉 杏樹aa0045)&クローソーaa0045hero002

●20年後
 リオ・ベルデ共和国の発展は目覚ましいものであった。イントルージョナーや残党愚神の度重なる襲撃に悩まされ続けていたが、その一方で、異世界と接触しやすいという環境はまた、異世界と接続するためのワープゲートの開設点としても適していたのだ。アメリカのハワイに設けられたワープゲート第一号に引き続き、このリオ・ベルデでも第二号が設置され、地球の玄関口として大きな役割を果たすようになったのである。

●新しい世界へ
「Man sad tellil? Man sad tellil? Man I eneth lin? 〜♪(どこから来たの、どこから来たの、あなたの名前は?)」
 母なる世界の言葉で歌いながら、クローソー(aa0045hero002)は家の屋根に腰を下ろし、ぼんやりと街角を見つめていた。異世界から来訪した様々な容貌の人間達が擦れ違っている。リオ・ベルデは多国籍どころか、多元宇宙的光景へと変わっていた。この都市自体も急激な発展を遂げたから、オフィスビルの立ち並ぶビル街と、昔々の風情が残る商店街まで、さまざま景色がパッチワークのように入り乱れている。
「いい眺めだ。昼寝日和だな……」
 彼女は呟くと、モヒートの瓶の蓋を開く。ミントの酸味を味わいながら、屋根に寝転んだ彼女はゆるゆると瞼を閉ざした。飛び交う小鳥の鳴き声が聞こえる。その声は、今日も役所で働いているであろう彼女の娘の活躍を、ぴちくりぱちくり噂しているかのようだった。

「初めまして。泉杏樹と申します。本日は皆様とお会いできた事、光栄に思います」
 泉 杏樹(aa0045)は、鳥の翼を持つ男女に静々と頭を下げる。かつて一世を風靡したアイドルも今や四十手前。歌手としての活動はとうに終えた。今ではこうして異世界からの来訪者と毎日のように顔を合わせ、外交的関係の構築に勤しんでいるのだ。
「部下から話は聞いている。この世界……『地球』は、我々の世界に対する脅威に打ち勝つ術を提供する用意があるそうだな」
「ええ。かつてあらゆる世界を呑み込み、自らの意識の中に統合しようとしていた存在……『王』を名乗る存在は、我々の手で討滅されました。ですが、あらゆる世界の歴史の中に、その存在の残滓は残っています。今まさに、皆さんが愚神に脅かされているのがその証左です」
 杏樹は言葉を選びながら語り始める。しかし男は、苛々とその身体を揺すった。
「……簡潔に頼む。我々を助けてくれるのか、くれないのか。助けてくれるのならば、それはどのような形によって行われるのか。それだけが今の我々にとっては重要なのだ」
「もちろん助ける用意はあります。ですが、私達は慎重にならなければならないのです。まさに『王』も、あらゆる存在に手を差し伸べようと心を砕いた結果、絶望し全てをその身に呑み込まんとする存在へと化けてしまいました。王を討ち果たし、言わば革命を成し遂げた我々が、王と同じ轍を踏むわけにはいかないのです」
 焦れる男に対しても、杏樹は一切動じずに受け応える。味方の盾となって戦場に立ち続けたそのしぶとさは、幾つになっても衰えていない。
「ですから、可能な限り慎重に、まずは我々の戦闘記録の拠出及び武官の派遣、それから我々が保管している武器の貸与、また、より事態が逼迫するような事があれば、H.O.P.E.その他から直接人員を派遣します。全ては、状況を見ながら段階を踏んで行う事にしているのです」
「なぜそうまでまどろっこしい手順を踏むのだ。最初から我々に援軍を寄越すというわけにはいかないのか」
「私達は異世界から飛び込んできた英雄の力を得て王を討ち果たしました。私達の介入は、それ以上のもので在ってはいけないからです。それぞれの世界の苦難はそれぞれの実力によって解決されなければならない。そうでなくては、将来の道を見失ってしまう。私達はそのように考えています」

 辛抱強い説得を終え、杏樹はどうにかこうにか地球側の方針を来訪者に納得させた。応接間を後にして、彼女はほっと溜め息をつく。愚神の襲撃で危機に瀕した世界の住人は、皆切羽詰まっている。その中で王を倒したという実績を持つ世界が接触を図ってきたとなれば、誰も彼もが有り余る助力を地球に求めてくる。同じ立場ならば地球もそうしたのだろうと思いつつ、それでも杏樹は心を鬼にしてその要求をはねつける。しかし適当に撥ねつけて怒らせては、リオベルデの街に被害が及ぶかもしれない。だからこそ、彼女は懸命に心を砕くのだった。
「一歌姫が、今や各世界の太守を相手に丁々発止の議論を為すようになるとはな」
 そんな彼女に、一人の獣人が歩み寄っていく。金毛碧眼、豊かな鬣には僅かに白い毛が混ざっている。ヘイシズ(az0117)。かつては愚神として地球に降り立ち、今や地球にとっての無二の友として手を取り合う獅子である。眼鏡を外して目を擦っていた杏樹は、思わずぱっと顔を輝かせた。
「先生! いらしてたんですね!」
 大人になって落ち着きも出て、昔のようにつっかえつっかえ喋るような事は無い。しかし、尊敬する先達を前にしては顔も昔のように綻ぶのだ。
「ああ。H.O.P.E.との合同訓練の内容を擦り合わせるためにな。今年も意気盛んだが、まだまだ青い新兵がたくさんやってきた。そいつらの鼻を少し折ってもらわなければならん」
「こちらも似たようなものかもしれないですね。杏樹達の世界も、少しずつ王との戦いを知らない、新世代の人員が増えてきたので……」
 王との戦いが終わった翌年、世界的なベビーブームが訪れた。その時生まれた子供達が、世界の各地で成人しているのだ。杏樹の所属する外務省にも、そんな彼らが新しく所属している。ヘイシズは小さく頷き、窓の彼方へそっと眼を向ける。
「世の中は移ろい変わるものだからな。私も最近老けてきた。眼の黒いうちに跡目を譲らなければ」
「そうですか? とてもそうは見えないですが……」
 杏樹にとっては、今でも初めて見えた時と同じ、悠々たる大器そのものだった。しかし彼は毛先の白くなった房をつまむ。
「よく見たまえ。今年もたてがみに活きが無くなっていく。私の世界には、『毛皮に白髪が混じった時こそ身の退き時』という格言があるのだ。それ以降は耄碌していく一方、そのまま指導者として立ち続ければ、誤った裁断で家や国を迷わせる……とな」
「そう、なのですね」
 彼女は溜め息をついた。獅子は首を傾げる。
「どうした? 終わりと言うのは誰にでも訪れるものだ。だからこそ、君は晴れ舞台から降りて、ここで泥臭く仕事を続けているのだろう?」
「わかっています。わかっているのです。……が、ヘイシズさんは杏樹にとって紛れもなく先生です。ですから、こうして顔を合わせる機会がなくなってしまうのは、寂しいな、と」
「確かにな。だが……政から身を引いたからとて、人生からも身を引くわけではない。肩の荷が下りて自由になるわけだ。手持ち無沙汰で茫洋と過ごすのも勿体ない。それからは、私の世界と、地球とを行脚し、この目に変わりゆく世界を焼き付けていくつもりだ」
 顎も白くなった彼の横顔を、杏樹はまじまじと見つめる。少し痩せて頬骨の形が見て取れるほどであったが、それでもその眼には希望が満ちていた。
「もしそんな時が訪れたなら、君に時間がある時にでも、私にこの地球を案内してくれないかね。あの京都の町を見て回った時のように」
 彼は振り返り、杏樹に向かって小さく微笑んだ。
「その時は、君が私の先生になるわけだな。老獅子にこの世界が歩んでいこうとしている未来を示してくれるか」
「……わかりました。その役目、杏樹が謹んでお引き受けいたします」
 獅子と出会い見つけた道標。彼の背中を追いかけ続けた杏樹は、今まさに彼を追い越し、彼の先に立って新たな道を切り拓かんとしていた。
 杏樹の表情を満足げな目で見つめたヘイシズは、ふと辺りを見渡す。
「そういえば、君の執事であったあの男はどうしている? イザベラと共に諸国行脚の旅に出ている……という話は聞いていたが」
「ええ。……でもそれも少し前までの話です。イザベラさん、やっぱり誰かのために働いていないと落ち着かないというので、最近戻ってこられたのですよ」
 イザベラ・クレイ(az0138)。十年の間仮面を被り、複雑怪奇な戦後情勢をリオベルデが乗り切るために陰日向で一人戦い、更に五年間を使ってイントルージョナーの出現に悩まされるリオベルデが組織した特殊部隊『ブラックコート』をH.O.P.E.と並ぶ地球の盾と認識させるまでに成長させた。その後彼女は暇乞いし、リオベルデを離れて世界中をのんびりと旅し回っていたのだ。心を許した男と共に。
「そうか。彼らとも話をしたいと思うのだが……今はどこにいる」
「ええと、今はここにはいないんです」
「どういう事なのだ……?」

●We’re Empires
 枯草が広がる大平原に、従魔の大群と鎧を纏った兵士の大軍が対峙する。従魔の背後には一人の愚神が立ち、その右手で采配を振るっていた。
「喰らえ! 目の前に立つ生きとし生ける者全てを喰らえ! それが我らが王の望みである! 今再び王の御世を顕現させるのだ!」
 愚神と従魔は一心同体。次々に吼え叫び、一斉になだらかな丘陵を駆け下ってくる。もう一方の丘からその光景を見下ろし、榊 守(aa0045hero001)は眉根を寄せる。その手には愛用の電子タバコが握られていた。
「かわいそうなもんだ。王がどんな思いを抱えて戦って来たのか、どんな思いで死んでいったのか、奴らは最後までわからないままなわけか」
「そういうモノだろう。文字通りの殿上人が何を考えているかなんて、下々の愚神にはわからんだろうさ」
 愛用のキャンピングチェアに腰掛け、イザベラは肩を竦める。何だかんだで二人も十年の付き合い、守は還暦が迫り、イザベラも五十が目前。長年連れ添った夫婦のような雰囲気を纏っていた。そんな二人の下へ、鎧を纏った兵士が一人駆けてくる。
「クレイ将軍、敵が進軍を開始しました。下知を!」
「焦るな。敵は大軍、力も勝るといえど、知恵まで勝るわけではない。この局面で愚かにも突撃など選んだのがその証左だ。冷静に頭から矢を射かけてやれ。進軍の手が鈍ったところで騎士団が突撃を駆けろ。それで終いだ」
「はっ!」
 兵士は立ち上がると、バタバタと隊列の中へ引き下がっていく。そんな彼らの姿を見送り、守は紫煙を吐き出した。大軍を前に兵士達が鬨の声を上げながら対峙する、戦場特有の騒がしさ。守はかつての大規模作戦を思い出し、ふと懐かしい心地になった。
「結局戦場に舞い戻ってきちまったなぁ」
「ま、内政屋の椅子など私には似合わん。その為の勉強もろくにしていないしな。さりとて外政に掛かっては、君の娘が存分に差配している。となれば、やはり私達の居場所は“ここ”になるわけだ」
「だよな」
 守は溜め息をつく。戦場では、まさに従魔の頭上から兵士が矢を射かけたところだった。僅かにその足が止まったところに、左右から猛然と騎兵が突っ込んでいく。霊石が埋め込まれた刃を振るって、彼らは次々に従魔の首を刈り取った。かつては自分達もその最前線に立っていたのだと思う時、彼はまさに隔世を感じるのだった。
 そんな彼の背中を見遣り、イザベラは身を乗り出して尋ねた。
「何か不満か?」
「いいや。とっても悪くないさ。お前といられるだけでな」
 守は首を振り、にっと白い歯を見せた。

 会戦で大勝を収めた守とイザベラは、後を現地の兵士達に任せ、一か月ぶりに地球へと帰ってきた。馴染みの酒場を訪れると、隅っこの席でいつものようにクロトは背もたれへ身を預けていた。その隣では、杏樹とヘイシズが並んで席に座っていた。
「待ちかねたぞ、榊くん」
「獅子公か。いやあ、あんたほどこの店が似合わねえ奴もいないな」
 小さな椅子に収まる獅子を見て、彼は思わず肩を揺らす。ヘイシズは鼻面に皺を寄せた。
「お前が指定したのだろうが」
「確かにその通りだな。笑ってすまん」
 守はぺこりと頭を下げ、すとんと席に腰を下ろす。丁度正面に座っていた杏樹と、守は静かに向かい合う。
「お帰りなさい、守さん」
「ああ、ただいまだ」

 藤の絆で結ばれた杏樹と守、それからクローソー。三者三様、片や異世界の来訪者を出迎える外交官として、片や異世界でなお愚神の脅威に苦しむ者達に手を差し伸べ、或いはそんな二人の活躍を見守っている。それぞれの居場所で、彼らは新しい世界の未来を切り開いていくのだった。



 To be continued…



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 泉 杏樹(aa0045)
 榊 守(aa0045hero001)
 クローソー(aa0045hero002)
 ヘイシズ(az0117)
 イザベラ・クレイ(az0138)

●ライター通信
 影絵企我です。
 クローソーさんは杏樹がアイドルを卒業したこともあって、特にする事も無く、歌って飲んでのんびり過ごしています。最初の歌はちゃんとエルフ語です。杏樹さんはリオベルデの外務省で働いていますが、主にリオベルデを玄関口として訪れる来訪者の相手をしています。そして守さんはイザベラさんと派遣武官として活動……という形としてみました。
 何かありましたらご連絡ください。

 これまでありがとうございました!

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2019年09月30日

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