『それはまるで補色のような』

ユリシウス（ka5002）＆タラサ＝ドラッフェ（ka5001）

　パーティー、特に王侯貴族が多く集まる場には独特の雰囲気がある。傍目からは華美にしか見えずとも決してそればかりではない。貴族スワロウテイル家に連なる者として、ユリシウス（ka5002）もまたそう感じずにはいられなかった。
　数分ばかりの歓談を終え、別の人に挨拶しに行くと言う男性に深々と会釈し。顔をあげればその背は女性の輪に覆い隠されている。自身もこうして出席している以上彼女らのようにすべきだと解っていた。しかし踏み出す気にはなれず、人知れず息を吐き出す。中途半端なことをするくらいなら依頼を受けているていで断ればよかったのだ。実際に出向けば罪悪感も薄れる。壁際に寄ろうと考えていると、目に映るドレスの膨らみに影が差した。顔をあげると同時、
「ユーリ悪い、待たせたな」
　若干低めの通る声がユリシウスに向けられる。幼馴染のタラサ＝ドラッフェ（ka5001）の声だ。真正面に立つ彼女の顔をじっと見つめ、それから視線はすいっと下がる。不躾にならない程度に眺めてからもう一度タラサの顔を見つめ返すと彼女はバツが悪そうに頬を掻いた。
「私にドレスが似合わないのは、今に始まったことじゃないって」
「そんなことはないわ。よく似合ってると思う」
　どこで誰が耳をそばだてているとも知れない、そう思って声を絞りつつもいつもの調子でユリシウスは反論する。とはいえ苦手意識は拭えないらしく、笑顔に困惑が窺えた。眼帯の位置を整えて居心地が悪いのか辺りを警戒するように隻眼で周囲を見回す。
　タラサが着ているのは覚醒時の彼女の髪色のような真紅のドレスで、前に一度着てもらったことのある橙色のそれと比べるとやや力強い印象があるが同時に情熱も感じ取れ、こちらはこちらでよく似合っていると思う。その竹を割ったような性格も魅力ではあるが、世話焼きで、きっと母性と呼ばれる側面も持つタラサは女性らしい格好との親和性も高い気がするのだ。綺麗だと思うし、苦手なのに場に則ろうとしてくれたのが嬉しい気持ちもあった。だってそれは彼女の優しさだ。気が付けば自然と笑えるようになっていた。と、和やかな時間も束の間、呼ばれて声の方へと向き直る。目が合った瞬間、顔が強張りそうになるのを自覚しユリシウスは平時通りの微笑みを心掛けた。
「ご挨拶も出来ずに申し訳ありません――兄上」
　片方の足を引いて逆の足の膝を曲げ、ドレスの裾を摘んでお辞儀をする。頭上からかけられたのはお前が代理なのかという無感情な声だった。正妻の子供だけでも多いのだ、顔も知らないほど昔に家を離れた妾を母に持つ自分のことなど良い意味で気に留める兄弟姉妹はいない。
　注がれるのは妹に向けるものではない眼差し。零れたのは、よりにもよっての一言だ。
（こうなることは解っていたのに）
　落胆を覚えたのは何処か期待していたからだ。母はおらず、父は悪い人ではないが子供の多さと家の貴族としての立ち位置から会話する機会も少ない。そして兄弟姉妹は家督争いにご執心だ。継承権に遠く率先し継ごうとも思わないユリシウスのことさえ、目の敵にする人間もいる。――ただ家族の情に触れてみたかっただけ。けれど、それも許されない。萎れそうになる心を奮い立たせるように拳を握って、顔をあげ口を開けど、何も言葉が浮かばなかった。兄との間に割り込むしなやかで頼もしい腕。侮蔑の色を乗せた瞳がタラサへと向き、ユリシウスは血の気が引くのを感じた。
「血を分けた妹にその言い草は幾ら何でもないんじゃないか？」
　そう口火を切る彼女の声音は驚くほど冷静沈着なものだった。誰に向かって口を利いていると高圧的な態度にも臆するどころか小さく笑う気配がする。
「本当なら私も親友の兄には礼をもって接したいさ。けどその親友に冷たく当たるなら話は別だ。私はただ長い物に巻かれるほど出来た人間じゃないし――失うものも何もない」
　それは、ナイフのような鋭さを帯びた言葉だった。これまでとは別の意味で心臓が冷える。彼女の家も大所帯で、けれどもう一人もいない。ユリシウスから見えるのは薄く朱を引いた唇と眼帯だ。それでもあの澄んだ瞳は兄をまっすぐ見据えているのだと分かる。
　息を吸って吐き出す。タラサの腕に手を添え、そっと下ろすように促した。
「わたくしもスワロウテイルの人間として、決して家名に恥じない行ないを貫き続けますわ。ですからどうか、兄上も……次期当主に相応しい振る舞いをと願わずにはいられません」
　言って、父によく似たその顔から、視線をふっと横へと流す。歴史も権力も半端な家だが、王国貴族の中で捨て置かれているわけでもない。挨拶しようと様子を窺っていた同じ招待客が気まずげに顔を逸らす様子が見えた。兄もそちらを見つめ、向き直った途端に鋭く睨みつけてくる。しかしそれ以上は何も言わずすぐに微笑を象って離れていった。頭を下げ、背筋を伸ばし、それから隣のタラサを見る。が、予想外に申し訳なさそうな表情をしていた。
「どうしたの、タラサ」
「いやあその……余計なことしたんじゃないかって思って。そんなつもりじゃなかったけど、恥掻かせただろ」
　と兄の面子を気にしていたらしい。ふと思わず息が漏れ、ユリシウスは口元を覆った。声をあげるのは堪えても肩が若干震えてしまっているのが自分でも分かる。訝しげな目を向けてくる親友に、あくまで淑やかに笑いかけた。
「物心つく前から確執があったもの、きっとそう簡単には分かり合えないでしょうけど……けれど貴女の言う通り、わたくしたちは兄妹。だから後悔しないように向き合いたいと思うの」
　タラサが失ってしまったもの。けれど心の奥底に押し込めていた感情を掬って、ユリシウスにはと望んでもくれる絆、家族の愛情――。自分だって理不尽な貶めに甘んじるだけの人にはなれない。なりたくもない。
「そのことを教えてくれてありがとうね、タラサ」
　見計らったようにクラシックの演奏が始まって、ユリシウスは彼女の前に手を差し伸べる。タラサは何度か瞬きして、それから躊躇いがちに手を重ねた。仄かに頬を赤らめて笑う。彼女をエスコートし目立つ方へ移動するユリシウスの足取りは淀みなかった。

　◆◇◆

　名を呼ばれてタラサは一も二もなく身を翻した。歪虚に背を向けるなど普通なら自殺行為、だが恐れはない。それは己の怪我に頓着しない気質ではなく信頼によるものだ。戦闘には不向きに見えるドレスを纏った友の空気の変わりようには、今でも不意にどきっとさせられる。タンタンタン、と乾いた軽い音が二挺拳銃から間断なく響き渡った。反動を熟知したその細腕が正確に急所を捉えていることは、見ずとも疑う余地もない。引き金にかけた指が丸まって、陽光の下で薄紅色の瞳が細まる様は狩人のようでいて男を誑かす悪女にも似た蠱惑的な色も帯びている。
（まあ、ユーリはユーリのままなんだけどな）
　思いながら再度身体の向きを反転させれば、リロードするまでもなくユリシウスが敵にとどめを刺していた。ついこの前まで猛威を振るっていたシェオル型ならともかく、自然発生した雑魔にそこまでやる必要はなさそうだが、と傷口の周辺が凍りついているのを見て思った。何だかんだでパーティーを満喫しつつも、遠出の誘いに予定の空きを確認するなり乗ってきたのだから、偶然歪虚に遭遇する可能性も織り込み済みだったのではなかろうか。
「流石に大したことなかったか」
　言って、視界を掠める髪を掻きあげる。覚醒状態を解除したことで目に痛いくらいの色が本来のそれへ変わった。同様に銃を仕舞ったユリシウスの黒髪もブロンドに戻る。剣を肩に担ぎ、新手が来ないか念の為確認していると歩み寄ってきた彼女が手袋越しに頬を撫でる。僅かに走る痛みに、回避が間に合わず怪我をしたことを思い出した。所詮は擦り傷程度だ。タラサがそう軽く考えていれば、目端の利くユリシウスにはお見通しだったようで眉根を寄せながら俯いた視線の先は痛めた脇腹である。他に見る者がいるでもなしと裾をたくしあげた。見事なまでの青痣が浮かんでいる。
「心配だから真っ向勝負はやめてって……いいえ、わたくしに注意が向かないよう、気遣ってくれてるのよね」
「好きでやってるんだから、そう気に病むなって。それにこの目だからどうしても、ってのもある」
　と、右目を覆う眼帯を指先で軽くつついて笑う。それからこれ以上ユリシウスを心配させまいと、再度覚醒して拙いながら自己治癒力を促進しておいた。タラサとて痛いのは勘弁願いたいが我慢出来るだけの忍耐力はある。一息ついて、ようやく本題に戻る。
「さて、この辺に流れ着いてるらしいんだけどな」
「……ここまで来て言うのも何だけれど、すぐに見つかるかしら？」
　手で庇を作って辺りを見回していると、ユリシウスがそんな疑問を口に上らせた。二人の髪を潮風が揺らす。ポルトワールとフマーレを結ぶ街道から逸れた海岸、ここには依頼で訪れたのではなく、ずばり宝探ししに来たのだ。
「まあ他の誰かが回収した可能性も十二分にある」
　今より海上交易が危険だった時代、沈没し海の藻屑と化したある商船。その航路と沈んだと思しき凡その地点が特定されたのは先日だった。それは独占ではなく、同盟内である程度知れ渡った話だ。大掛かりな探索を行なうという噂も聞いたが発見したとは聞かない。邪神討伐を果たして一区切りつき、出来た暇にふとそれを思い出して意気揚々と乗り出してきた次第だ。
「それはそれでいいことね。わたくしも目一杯付き合うわ」
　乗りかかった船だものと、楽しげにユリシウスは微笑む。タラサもニッと笑ってみせ、
「頼りにしてるからな、ユーリ」
　手を顔の高さまで上げる。それで彼女にも意図が伝わり、お互いの拳と拳を合わせた。

「美味しい……！」
　と向かいに腰掛けたユリシウスが目を瞠る。んな大袈裟なと呆れつつ自分も味わった。所詮持ってきた調味料をざっと振りかけただけの焼き魚だが。
　すっかりと夜も更けた中、夜営の準備を済ませ二人焚き火を囲う。転移門を介した移動にも限りがあるので、野宿も慣れたものだ。
「こっちもちょっと空けとくか……うえ、酷いなこりゃあ」
　魚だけというのも良くないので携帯食料を空けてみるも、控えめにいって不味い。
「捨てるのは駄目。勿体無いわ」
「分かってるって」
　これで栄養バランスは取れている。涼しげな顔のユリシウスと一緒に携帯食料を齧りつつ、時折飲料水で口を湿らせ。横たわる沈黙を破る。
「……ユーリ、悪いな」
「どうしたの、急に？」
「いや、見つかりそうもないだろ？　わざわざ付き合ってもらって空振りってのもなあ」
　ガシガシと髪を掻き、溜め息をついた。一人なら外れ籤でも浪漫に想いを馳せて楽しめる。しかし付き合わせて何もなしはどうにも気が咎めた。
「あのね、タラサ」
　不意に、ユリシウスの真剣な眼差しがこちらを見据える。タラサも黙って彼女を見返した。
「これはわたくしが好きで選んだことなのよ。貴女が苦手なドレスを着てまで、一緒にパーティーに来てくれたのと同じで」
　一拍置いて、とても楽しんでるわと微笑む。お返しに来たわけではないと言いたいらしい。
「……不思議よね。タラサの側にいるとどんどん自分が変わっていくのが分かるの」
　胸に手を添えて、目を閉じて。ユリシウスは言葉を紡ぐ。そんな大層なことが出来ているとは思わない。しかしと、タラサも口を開いた。
「私も同じだ。ユーリにはいつだって助けられてるよ」
「本当？」
　真面目に返したつもりが訝しげな声音が返ってきて、何故だかおかしくてぷっと吹き出す。
　歪虚の襲撃に遭って家族全員と右目を喪ったあの頃。復讐心が沸き立ち、心の何処かでいっそ刺し違えて死んでしまってもいいと思っていたような気がする。彼女は家族ではないが掛け替えのない友には違いない。家族の絆に飢えている彼女に何か出来ることがあるのではないかと、悲しませたくないと、そんな想いが息衝いているのは確かだ。
「もしこれからもそうして支え合えるなら、こんなに嬉しいことはないわ」
「行動しなきゃ何も始まらないぞ、ユーリ」
「ふふふ。そうね、そうだったわ」
　ユリシウスに笑顔が戻るのを見ればタラサも嬉しくなる。宝探しも諦めるまいと、気合を入れながら背筋を伸ばした。命を繋いだ星の下、この親友と何処までも共に歩いていく。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
こうしてもう一度ご縁をいただくことが出来たので、
今度は前回には書けなかったお二人の魅力をがっつりと
入れてみたいなと思い立ち、二部構成で詰め込みました。
その分駆け足になってしまったのでもしも言葉足らずに
なっている点があったなら申し訳ないです。
見た目通りの性格ではなく、共にギャップがありつつも
息が合うというか、歯車が噛み合っている感が好きです。
今回も本当にありがとうございました！

パーティノベル

りや

ファナティックブラッド

2019年09月30日