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『繰繰 1』
水嶋・琴美8036

 噂だけは、漏れ聞こえて来る。
 苦戦している、と言うその情報が。

 ……同僚に「仕事」の出来ない方がそれ程多いとは思っていなかったのですけれど。
 まぁ、どちらにしても私は私の仕事をするだけの話ですが。
 私に割り振られる仕事、その一つ一つについては特に不満を持った事はありませんので。上の方も、一応ながらそれなりに手応えのある敵を可能な限り見繕って下さいますから(まぁ、あくまで一応、の話ですが)
 それでも今、強いて望みを言うとすれば、同僚が「常々苦戦している」と言うその悪党――そのクズの処分を試しにこちらに割り振ってみては頂けない物か、と言う埒も無い事位。
 まぁ、実際にそうして貰えたとして。それが然程骨のある「遊び相手」になるとも思えないのだけれど――少なくとも、新たな楽しみの種にはなると思うので。
 さておき。

 ――今は目の前の仕事に集中するのが先でしたわね。

 クス、と含み笑い、水嶋琴美(8036)は手の中にある持ち慣れた得物の――クナイの感触を確かめる。柄を握り直すまでもなく、戦闘態勢は構築中。と言っても恐らく、傍目には何処か「くノ一」を思わせる隠密めいた風体のグラマラスな日本人女性がただ佇んでいるだけの様に見えるだろうと思われる。
 そんな琴美の目の前に、今日ここに来てこれまで倒して来た雑魚共とは明らかに違う格を見せる相手が――今目の前に満を持して現れた。の、だが……正直、ぱっと見ただけで何処をどう衝けば倒せるかのシミュレーションは完成している。つまり、格が違うと言ってもこちらは更に格が違う訳で――まぁ、そのシミュレーション内では流石に「必須になる手順」がこれまでの雑魚共を相手にするより少々多めではあったのだが……格が違うと言っても、その程度。
 その「格の違う」相手は顔付きも立ち居振る舞いも粗暴な印象で、体格も良く――裏社会の者と言うだけでなく恐らくは人外が混じっている常人離れした姿を取っていた。今回上に聞いている話からすると、それなりに実用段階にある実験体と言った所か。
 目を見る限りそれなりに知性はありそうだが、話の方はどうもまともに出来そうに無い。観察している間にもその相手は――それだけで人を殺せそうな雄叫びを上げつつこちらに突っ込んで来る。ああ、これでダンプに追突された様な具合の死体が幾つか出ている訳かと思う。それなりの速度で振るわれる腕の勢いと膂力からすると、これでバラバラ死体にされたSPや要人も出た訳だ。
 つまり、紛う事無き悪党の眷属にして殲滅対象で間違いないと肌感覚で再確認。琴美は取り敢えず身ごなしだけでその化物の攻撃を軽々と避け続け、そこまでの観察を完了すると――当たり前の様に攻撃に転じる事をする。
 急制動。それだけで慣性に従い置いて行かれた豊満な肉が――少し変わった形の着物に包まれた胸部や、靡くミニのプリーツスカートとぴったりのスパッツに覆われた臀部がたゆんと魅惑的に揺れる。名残の様に緑なす長い黒髪もはらりと風に乗り――そのゆったりした躍動とは裏腹に、クナイの切っ先が凄まじい速さで的確に幾筋もの軌跡を描く。化物の手首、腕、足、脇、股、首――神速で斬り刻まれていたのは身体駆動に必須である筋や、勢い良く血の通う動脈と言った急所。シミュレーション通りのその「手順」を終えた所で、琴美は軽く地を蹴り、離脱――直後、爆発する様に化物の全身は血に染まり、崩れ落ちる事になる。
 同時に、琴美はやや離れた位置に着地。あれ程間近で斬り刻んでいたと言うのに、化物から飛び散った血の一滴も、その身には付着していない。
 ふぅ、と軽く息を吐きつつ、琴美は幕間のちょっとしたリフレッシュがてら髪を無造作にかきあげる。そんなさりげない仕草もまた、色めいた艶やかさを隙無く強調。

 するのだが。

「ああ、いけない。汚らしい臭いが髪に移ってしまいますわ」

 こういう場面で困る事と言えば、この位。
 そうは言ってもまぁ、後の入浴で全ては解決するのだけれど。



 ……自衛隊、と言えばどういう組織を想像するだろう。
 人によってはその存在や分類について物議もあるだろうが、偏らぬ様にざっくり言えば、日本に於ける「国家公務員特別職で構成された、軍事力を備える組織」である。
 酷い災害時や、ややこしい事故時に出動したりするのが国民としては身近な所だろうか。
 何にしろ、「広く知られた公的な組織」である事だけは確かである。

 が。

 そんな組織であっても、暗部はあると言う事だろう。
 水嶋琴美が所属しているのは、その「暗部」だ。

 ――特務統合機動課。

 自衛隊の中に非公式に設立された暗殺、情報収集等の特別任務を目的にした特殊部隊。そこまでなら何だかキナ臭い話だな、と言うだけ(だけ、と言うのも拙いかもしれないが)で済むだろうが――その任務内容には、魑魅魍魎の殲滅、も大真面目に重要任務として含まれている。
 つまり、「そういう物」が居る事が、「そういう物」への対処が必要であると言う事が少なくとも国の一部には知られていると言う事だ。そしてその「対処をする為の部隊」を作る事が可能なだけの力と立場を持つ者もきちんとそこに居た、と言う事にもなる。
 ……いや、新しく対処の為に部隊が作られた、と言うより、古来よりの組織が今の様に形を変えて脈々と受け継がれていると言った方が正しいのかもしれない。
 例えば、この水嶋琴美は――忍びの血を引き継いだ家系の生まれである。現代である今の世でも幼少期から秘密裏に自然とそんな訓練を受けており、そのまま当然の成り行きとしてくノ一としての技術を確り身に付け――齢十九にしてその技を存分に奮えるこの立場に当たり前の様に居る事になった。
 そして日々、言い渡される過酷な任務に邁進している訳である。

 ……まぁ、琴美にしてみれば個人的には大して過酷でも無いのだが。
 むしろ、正義感や達成感を満たす事も出来る、ちょうどいい適度な運動、に近い。

 殲滅を指示されていたとある違法組織(対処済みな悪党の名前など憶えておく価値もありませんわ)の殲滅後、上へと報告に出向いた琴美は――あろう事かその場で次の任務を言い渡される事になった。偶然か必然か、任務中にちらっと考えていた「同僚が苦戦している」と言う噂の原点と思われる相手。既に何人か任務に失敗しているらしく、お前には必要無いだろうがと前置きつつも――心してかかれ、厳重に注意しろ、危険と思ったら帰投しろ――としつこい位に言われた事には思わず苦笑が漏れた。
 つまり、既にしてその位に課の人員が浪費されていると言う事だ。任務失敗――即ち、殉職だったのだろう。

「憚りながら。初めから私にこの任務を与えて下されば宜しかったのに」
「そうは言ってもな。うちに下される数多の任務を片端からお前に任せる訳にも行くまい」
「ふふ。確かに。残念ながら私は一人ですからね――分身の術では少々心許ありませんし」
「何だ、そんな真似も出来るのか」
「さあ、どうでしょう? 出来たとして、分身の能力は本体には劣りそうだと思いませんこと?」
「それでも課の他の奴らよりは「やる」だろう?」
「まあ、そんな事を言ってしまって宜しいので?」
「……オフレコで頼む。軽口はここまでだ」
「はい。然るべく任務遂行に移ります」

 そこまでの遣り取りを交わして、次の任務に向かう為の準備に移る。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月02日

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