▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『繰繰 3』
水嶋・琴美8036

 ……訪問を知らせる呼び鈴は、こんな物でいいかしら?

 内心で自問しつつ、水嶋琴美(8036)は耳を澄ます。任務の為訪れたビルの中、たった今標的への「呼び鈴」として容赦無く使い潰した暴力装置の下っ端。その下っ端が「呼び鈴」の役目を果たした――助けを求め断末魔も聴かせた当の通信機から返る声は無いか――ザザッ、とまだ通信中だろうノイズが鳴っている。
 話し掛けてみる事にした。

「まだお聴きになってらっしゃいますね?」
(――)
「あら、驚いてらっしゃいますの。今、息を呑まれましたよね?」
(凄まじいな。女だてらに)
「……でしたら、如何致します? 私はもっと手応えのある方――そう、例えばこういった事柄の采配を取っている方に出来る限り早くお会いしたいのですけれど」
(さて、美女の期待に応えるのは吝かでは無いが――)
「……あら。声だけで美女だなんてわかる物ですの?」
(ああ、勿論だ――確か、特機の誇る無敗のくノ一、だったかな。そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ)
「ふふ。では――あなたで間違いありませんのね?」

 打てば響く様にこちらを見抜いて来る以上は。
 具体的な答えが返らずとも、この遣り取りだけで、確認出来る。
 わかりやすい誰何もせず部下を殺された憤りも見せない時点で、この相手はただの「中継係」でも無いとわかる。
 当たりだ。

(大人しく帰って貰えれば有難いのだが、そうも行かないのだろうね)
「ええ。勿論。世間を蝕む犯罪組織を後生大事に護ろうとする様な――あなたの様なクズをのさばらせておいては善良な国民の皆様が困りますから」
(否定はしないが、これも仕事なのだよ)
「全て承知でなさっている以上は、酌量の余地はありませんわね」



 ……「全力を以って御相手しよう」。通信の最後で気取ってそんな風に言われはしたが、それで「これ」とは拍子抜けである。換気口や部屋の扉から、何も無い中空から床や壁から、緩急織り交ぜて「前座」の化物が次々襲い来る。が――正直な所、全てが遅い。見た目が幾ら異形であっても、琴美相手では何のフェイントにもプレッシャーにもなっていない。
 それら個体の一つ一つが現れた時点で――何か能動的な動きを起こす前の時点で、即座に「それ」を絶命させるまでのシミュレーションは琴美の中で完成している。いや、シミュレーションをするまでも無い。殆ど反射の領域で、簡単に全ての急所を斬り裂けた。物理的に直接届かない位置関係の場合はクナイの投擲で事足りる――同時に複数対象があっても同じ事。それらを為せる琴美の動きは、最早常人が視認出来るレベルでは無い――が。

 もし視認出来たなら、それは目にも絢な姿が見えていただろう。女性ならではの美を凝縮した様な、しなやかにして艶やかな肢体が時の狭間で惜しげも無く躍動を続けている。化物の動きに応じ繰繰とクナイを操る精妙な腕の動き、それだけで絶妙に揺れ続ける胸部に目が奪われておかしくない。力強くも大胆に床面や壁面を蹴り縦横無尽に移動する、それだけでたわわに揺れ、プリーツのミニスカートの中からちらちら覗く臀部や美脚もまた目の毒だ。スパッツとロングブーツに包まれていようと、その魅力は些かも減じない。むしろ黒の色が扇情的でさえあるかもしれない。
 最早戦う姿、それを見せ付けるだけで彼女の場合色仕掛けが成立するだろう。繰繰と天女の如く。他者の鼓舞の為では無くただ己が力で敵を屠る為にだけ、披露されるのが彼女の舞踏。

 その舞踏が、ふ、と止まったのは、屠るべき対象が全て動かなくなった時。
 同時に、一気に殺気――の前段階の様な、並の訓練では察知し切れないだろう、けれど不用意に当たれば致死になりそうな気配が爆発的に膨れ上がっている。場所は何処か――後方、上。認識と同時に気配。実際に現れるのと、膨れ上がったその「殺気前段階」を込めた極限の一撃が叩き付けられるのがこれまた同時だった。

 ……ああ、これなら同僚の方が殉職されてしまうのも致し方ありませんわね。

 瞬転の判断で己が身の駆動のギアを上げ、その一撃を躱した琴美は納得する。躱した一撃はそのまま通路の床に命中――途端、ばぐんとばかりの凄まじい破壊音と共に、原型を留めぬまでに床が砕かれ大穴が空いた。もし人体に命中していたとしたらひとたまりも無かっただろう一撃。試みたとしても受けて往なす様な真似は物理的にまず無理だ。殉職したと言う同僚のレベルでこれを事前に察知する事は出来なかっただろう。つまり、強力な道具や場の仕掛けを使わない真っ当な生身一つの対処法としては退避一択。今、琴美が当たり前の様にやってのけた事をするしかない。
 そしてそれは恐らく――琴美以外には無理である。

 今の一撃を下した相手。飛び込んで来た姿は基本人型、ただ――床に振り下されていたその片腕だけが、まともな人間としては有り得ない歪な大きさにまでパンプアップされている。インパクト後にゆらりと起こされた体格、顔の骨格、喉からしてその声の予想もついた。
 先程、通信機の向こう側に居た輩である。

 クス、と思わず笑みが漏れた。

「大物ぶっていながら、不意打ちですの?」
「元々そういう仕事でね。相手が特機の誇る無敗のくノ一ともなれば――獲れれば大金星だ。手段は選ばんよ」
「それはそれは。叶わぬ夢を見るのは自由ですが――」

 ――まぁ、謹んで現実を教えて差し上げましょう?

 宣言と共に琴美は再び舞踏を開始。先程上げたギア状態での速度で――いや、それは既にこいつに見せている事になるから、それよりも更に上げておく。こうなればもう一方的。傍から見れば最早コマ落とし同然だろう速度を以って、一気に斬れる急所を斬り刻んだ。眼球や口腔、耳孔は鍛えられる物じゃない。肉が厚くとも同じ部位に回数を重ねる事で――圧倒的な速度による摩擦の熱も利用するなら刃を届かせるのは難しくない。
 斬り刻まれた当人は何が起きたかもわかっていないだろう。何処がと部位を特定出来ない程の正体不明な致死の痛みに、動かそうと思っても動かせないだろう体。何故目の前が暗いのか、意味ある言葉を喋る事も出来ないのか、何も聴こえないのか――わざわざ説明してやる程、親切をするつもりは無い。
 と言うより、目も耳も潰した以上、説明してやりようが無いとも言うが。

「……さて、こんな所でしょうかね」

 男の末期を見届けてから、ふぅ、と琴美は息を吐く。今回は少しは骨があるかと期待したけれど、最初のあの一撃が最高到達点だった訳か――その時点で結局これまでの有象無象と大差無い。なら結局、琴美の相手は務まらない――こんな調子では、今後共に彼女の敵に足る者など出て来る事は無いのではなかろうか。
 その美しく艶やかな体に触れるだけの事すら、きっとどんな敵にも叶わない。

 まぁ、何にしてもこれでまた一つ悪を取り除く事が出来た事になる。込み上げて来るのは任務完了の達成感と高揚感。琴美はこれを味わう為にこそこの仕事をしていると言える――ただ。

 いつか私の前に、満足出来る様な強敵を。望みは薄く、叶わぬ夢とわかっていても、見るのは自由――それは私自身も同じ事。いつかいつかと期待するのは、私の持てる力を全て出し切り戦える様な――この身を脅かす程の、強き敵。
 ああ勿論、その敵さえも屠って差し上げる事に変わりはありませんわ。

 私が、この手で、確りと。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 水嶋琴美様には初めまして。今回は発注有難う御座いました。
 あとがきについては最後の三話目だけに纏めさせて頂いております。
 お待たせ致しました。

 内容ですが、おまかせ頂いた通り上手く反映出来ているか……が全般として気になっております。水嶋琴美様の性格や口調に能力も初めましてなので手探りですし、本人が圧倒的に強いながらも敵方もまた強者でとなると加減が中々難しく。
 あと、つい初っ端に戦闘持って来てしまったりとシーンの順番も捻くれてしまっていますので……。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.