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『ふるさとの風』
ゼノビア オルコットaa0626)&ヰ鶴 文aa0626hero002)&レティシア ブランシェaa0626hero001


 背の高い建物。通りにあふれる人、そして車。
 久しぶりのロンドンは、やっぱり賑やかだった。
 ゼノビア オルコット(aa0626)はその光景を暫くの間、無言で見つめる。
「どうした? なんか変か?」
 肩にそっと置かれる、暖かな手。ゼノビアの英雄、レティシア ブランシェ(aa0626hero001)だ。
 声と手で我に返り、ゼノビアは慌てて首を振る。
 そして心配ない、と笑顔を向けた。
「すっげ、やっぱり建物がちがうな……」
 もうひとりのゼノビアの英雄、ヰ鶴 文(aa0626hero002)はかすんだ空に向かって伸びる建物を見上げていた。
 年季を感じさせる装飾が見事なビルは、長年に渡って大事に使われてきたことを示している。
 戦火を逃れた街に特有の光景だ。

「ああ、そうだな。折角なら川べりを歩くか」
 ゼノビアに腕を引っ張られて、レティシアが頷いた。
 それを見ていると、文の胸は少しばかりざわめく。
(いや、まあどうしようもないことなんだけどな)
 ふたりの繋がりは、文とゼノビアの繋がりよりもずっと長い。
 例えば、文にとっては初めての英国旅行だが、ふたりにとってはしばらくぶりの帰郷だ。
 何がどこにあるのか、依然と何が変わっていて何が変わっていないのか。
 それを確かめるように街を歩くゼノビアとレティシアを見ていると、何も感じないと言えばうそになるだろう。

 そんな風に思いながら、少し遅れて歩く。
 だがゼノビアがくるりと振り向く。と思うと駆け寄ってきて、文の手を掴んで引っ張った。
「え? ……いや、そんなに急いだら、転ぶ……」
 ゼノビアは文の心配をよそにずんずんと進み、川沿いの遊歩道から街に向かい、更に複雑な経路をたどった。
「ここは……」
 ゼノビアが満面の笑みを浮かべるのは、アイスクリームを売る店の前だった。

 それぞれに好きなフレーバーを選び、通りが見渡せる窓際のブースに陣取る。
「……美味しい」
 文が思わずそうつぶやくと、ゼノビアはまるで自分が作ったかのように嬉しそうに笑う。
 レティシアがアイスをつつきながら、ふと思いついたように提案した。
「……あー、文はそうか、二階建てバスって見たことねぇよな。乗ってみるか?」
「……いいの?」
「折角来たんだから、色々楽しめばいいだろ。俺達も観光で来るのは久しぶりだからな」
 ゼノビアもうんうんと頷いている。
 依頼を受けて戦うために訪れたときには、辺りをのんびり見て回ることなどできなかっただろう。
 ゼノビアが時間を惜しむように歩き回る理由も納得できる。
 文はもう、共に過ごした時間の少なさを振り返ることはやめようと思う。
(今から一緒に過ごす時間のほうが大事だからな)

 それから二階建てバスに乗って市内をめぐり、目についた気になる場所を順に回る。
 おもちゃ箱のようにきれいな街は、いくら歩いても飽きることはなかった。
 それからマーケットに立ち寄り、店先を冷やかして歩く。
 薔薇はみずみずしく香り高かったし、紅茶はびっくりするほど安い。
 文はゼノビアが差し出すお菓子を何の気なしに口に放り込み、あまりの甘さに目を白黒させる。
「何、コレ……」
 ゼノビアが笑う。
 笑いながら、ファッジというお菓子なのだと教えてくれた。
 濃い紅茶といっしょにいただくと、格別なのだという。

 気が付けば、太陽は建物のむこうに隠れようとしていた。
「そろそろ夕飯を済ませてホテルに帰るか。明日は移動だからな」
 レティシアの提案で、近くのパブに入る。
 お酒を飲むところかと思えば、女性や子供も多い。
 観光客を気軽に受け入れるが、ちゃんとした料理が気軽に食べられる店だった。
 地元の人々が賑やかに会話する声を聴きながら、定番のフィッシュアンドチップスや、ミートパイをほおばる。
 どれも想像以上に美味しかった。
「ロンドンの食事だって、そんなに悪くもないだろ?」
 レティシアが冗談めかして言ったが、文もそれには同意だった。


 ホテルも手ごろな値段の割に、清潔で、内装もなかなかに凝っていた。
 この辺りは手配したレティシアの手腕というところかもしれない。
 続き部屋をとり、ゼノビアは(一応レディなので)1人部屋ということになる。
 だが、なんだかんだで自分の部屋に入ろうとしない。
 昼間に買ったファッジを熱い紅茶と共に楽しんだ後も、レティシアと文の寝る部屋のソファに座り、クッションを抱えていた。

 レティシアはそんなゼノビアを、好きにさせていた。
 だが夜も更けてきたのを見計らって、寝るように勧める。
「ゼノビア、そろそろ寝ろ。長旅の後に歩き回って、疲れてるだろう」
 ゼノビアは言葉よりも雄弁に意思を伝える瞳をじっと凝らしていたが、のろのろと自分の部屋へ向かった。
「……ここで帰ってもいいんだぞ」
 レティシアが背中に声をかける。ゼノビアが足を止めた。
 文は息を詰めるようにして、成り行きを見ている。
 やがてゼノビアはゆるゆると首を横に振った。そして扉を開け、自分の寝る部屋に消える。

 見届けたレティシアが小さなため息をついた。
 レティシア自身、明日の旅は元々乗り気ではなかったのだ。
「ゼノビア……大丈夫かな……って、何!?」
 気遣う文に、レティシアがクッションを投げてよこした。
「あいつももう成人したんだ。自分なりに覚悟したことだしな、俺達は見守るだけだ」
「……そうだな」
 文が頷いた。
 だがレティシアも内心では、複雑な思いを抱えていた。
(やっぱりまだ早かったか?)
 部屋を仕切るドアをノックしたくなる気持ちを、どうにかなだめる。


 今回の英国旅行の本当の目的は、ゼノビアの帰郷だった。
 ゼノビアの生まれ育った田舎町は、敵の襲撃に遭って壊滅した。
 ゼノビアの大事な物を、根こそぎ奪うような出来事だ。
 愛する両親の墓はその町にあるが、レティシアは墓参を今日まで許さなかった。
 ゼノビアのほうでも、レティシアに駄目だと言われればすぐに諦めた。
 本当は故郷の町を見るのが怖かったのだ。
 目を閉じれば思い浮かぶ、温かく優しい人々。
 懐かしい街並み。
 そして優しい両親と、居心地のいい家。
 それが今はないことを、改めて思い知るのが怖かったのだ。
 今の姿を見なければ、もしかしたら破壊の記憶が夢だったかもしれないと思える。
 眠りの中で見る故郷の夢、曖昧なままで残しておきたい記憶。
 けれどやっぱり、両親に会いたかった。
 お墓でもいいから、繋がれる場所に行って、存在を感じたかった。
 だから決心したのだ。
『お父さんとお母さんのお墓参りに行きたいの』
 スカートの裾を握り締めて訴えたゼノビアに、レティシアはしばし迷った後に頷いたのだった。

 少女は大人になった。
 今ならもう、廃墟となった故郷の姿を受け止められるだろう。
 いつまでも子供のままでいられるわけではない。
 辛い記憶を胸に抱いて、未来に向かって進まなければならない。
 いつかは、と思っていた日が、ついにやってきたのだ。


 ロンドンの賑やかさを体験した後では、郊外の広々とした田園風景は少し寂しく見えた。
 文はゼノビアとレティシアの重苦しい空気を感じながら、列車の窓の外に通り過ぎる風景を見つめる。
(ゼノビアの故郷……どんな町だろう……)
 共に過ごしていれば、楽しい思い出だけを共有するわけにもいかない。
 文はどんなことになっても、ゼノビアの心を守ろうと思った。

 人気のない駅に降り立ち、待っていた車に乗り込む。
「あそこには見るところなんざ、何にもないですぜ」 
 人のよさそうな運転手は目的地を聞いて、景色の綺麗な場所へ案内しようと提案した。
 何にもない。
 それを聞いた一瞬、ゼノビアの肩がびくりと動いた。
 だが表情は変えないまま、車に乗り込む。
「どうしても用があるんでな。悪いが、頼んだ場所へ行ってくれねぇか」
 レティシアが乗り込みながら、チップを手渡した。
「まあそういうことなら……」
 車は砂埃を上げて走り出した。

 運転手の言う通り、道中にも何もなかった。
 行き交う車も、人の気配も、まともな建物も何も。
 膝の上で固く握りしめたゼノビアの手が、ほの白い。
 文は、今にもゼノビアが泣き出すのではないかと思った。
 だがゼノビアはしっかりと顔を上げ、窓の外を見つめていた。


 やがて車は、開けた場所にたどり着いた。
「着きやしたぜ」
 そう言われて外に出るが、見渡す限りの廃墟だ。
 崩れたコンクリートや木材やレンガ、その隙間から覗くボロ布はかつてのカーテンだろうか。
 ゼノビアがふらふらと一歩を踏み出す。
「おい。大丈夫か」
 レティシアが差し伸べた手をそっと押しのけると、ゼノビアが強張った笑みを向ける。
 そして背筋を伸ばし、歩き出した。

 レティシアと文はゼノビアの後をついていく。
 ゼノビアは1軒1軒の家を確認するように、ゆっくりと歩いていく。
 やがて瓦礫はまばらになり、焼け焦げた針葉樹の名残の果てに、なだらかな丘に向かって道が続いていく。
 ゼノビアは迷うことなく、その道を歩いていく。
 やがて緩やかな坂道を登り切った先に台地が現れ、そこには白い墓石が並んでいた。
 ゼノビアの後に続いてレティシアが墓地に入っていくが、文は足を止める。
「来ないのか?」
 振り向いたレティシアに、文が頷いた。
「ご両親と、ゆっくり話したいこともあるだろ。こんな機会、あまりないから」
「別に初対面でも、気にしなくていい。寂しそうな顔で、こんなところから見つめられてると落ち着かねぇしな」
 からかうようなレティシアの言い草だが、文の気遣いは分かっている。
「……べつに、さみしがってなんか、ない」
「そうか。じゃあすぐ戻るから、待っててくれ」
 レティシアは足早にゼノビアの後を追った。

 ゼノビアと並んで、レティシアが墓に対面する。
 墓石に刻まれた名は、ゼノビアと同じ姓。
 レティシアが生きている間に会うことは叶わなかったが、とても身近に感じる人たちの名だ。
「やっと会えたな」
 ゼノビアが頷く。
『やっと、会いに来れた。……おそくなってごめんね』
 持参した花束をそっと墓前に供える。
 伝えたいことがたくさんある。
 どれだけ会いたかったか。どれだけ辛かったか。どれだけ頑張って来たか。
 涙と共に、こぼれそうになる言葉をぐっとこらえる。
『……ここで泣いたら、お母さんとお父さんに心配かけちゃう、から』
 今はもう、苦しみも悲しみも遠い世界で、眠っているはずの両親だから。
 ゼノビアは泣かない。
 もう大丈夫だと。こんなに頼りになる英雄と一緒に、誰かを救うことができるのだと。
 両親にはそれだけを伝えたかった。
 だから今日まで、逢いに来なかったのだから。

 レティシアはやはり無言のまま立ち尽くす。
 けれど心の声が語る言葉は、謝罪だった。
(本当にすまない。成り行きとはいえ、ゼノビアを戦いに巻き込んじまった)
 優しい少女を、死地に連れ出したのは仕方のないことだった。
 だが何度仕方ないと繰り返しても、レティシアの後悔は拭えない。
 ならばせめて、守り抜く。連れ出した危険な場所から、絶対に連れて帰る。
(俺があいつを守れなかったら、恨んでくれていい。呪ったっていい。……絶対に戦場では死なせない)
 声に出さずに誓う。
 声に出せば、それはゼノビアにとって重荷になるだろう。
 だからこれはレティシアと、ゼノビアと両親だけが知る誓いなのだ。


 ふたりの姿を見守る文は、ふと不思議な物音を耳にする。
「なんだ?」
 見回すと、丘の周りに広がる草原を、風が奔ってくるのが見えた。
 草が倒れて見えない風を形作る。
 それが縦横無尽に平原を走り抜け、近づき、丘を駆けあがってくる。
 レティシアとゼノビアも気づいて顔を上げた。

 ――それは一瞬のことだった。
 風は駆け抜け、人々を置いてまたどこかへ走り去っていく。
 けれどゼノビアははっきり聞いた。
 頬を撫でる風の残して行った言葉、それは――愛してるわ――。

 見上げれば空は高く、日の光はキラキラとまぶしく降り注ぐ。
 瓦礫にも草原にも、空を見上げる人々にも。
(ありがとう、今まで見守ってくれたのね)
 自分がここにたどり着けるようになるまで、両親が寂しくないように。
 ゼノビアは強くそう思った。
「また逢いにこよう」
 レティシアがゼノビアの肩にそっと手を置く。
 ゼノビアは強く頷いた。その目にはもう、涙はない。

 もうこの場所へ来ることを、恐れることはない。
 だから笑顔で手を振ろう。
 また来るね、だから安心して、ゆっくり眠っていてね――。

 ふるさとの風は、ゼノビアの髪を優しく撫でて過ぎて行った。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

この度のご依頼、誠にありがとうございました。
ロンドン観光については不案内でしたので、描写に違和感がないようにと祈るばかりです。すみません。
リンクブレイブのエピソードもこれが最後と思うと感慨深く。これまでのご依頼に、改めてお礼申し上げます。
またどこかでご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
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リンクブレイブ
2019年10月03日

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