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『不思議の部屋と師と弟子と。』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 シリューナ・リュクテイア(3785)とその弟子であるファルス・ティレイラ(3733)は不思議な空間の中にいた。
 一見すると、古い神殿ような景観の中で、魔法修行が行われているのだ。
「はぁ、はぁ……」
 ティレイラが肩を揺らしながら息を整えている。
 一方のシリューナは、顔色一つ変わらずに弟子の上達具合を確かめていた。
「まだまだねぇ、ティレ。魔力のバランスは大分整ってきたけれど、属性ごとに見れば不安定さは拭えないわ」
「は、はい、お姉さま……もっと精進します……」
 とりあえずは、とシリューナは今日の総評を述べた。そして懐中時計を取り出し時刻を確認して、休憩にしましょうと続ける。
「……あ、じゃあお茶を……」
「今日は私が用意するわ。ティレはそのままもう少し回復に専念してなさい」
「でも……」
「あら、師のもてなしを受けられないというの?」
「い、いえ……っ、では、お待ちしています!」
 シリューナのそんな言葉に、ティレイラは姿勢を正しながら慌てて答えた。
 それを見たシリューナは満足そうに微笑みを残して、自身で作り上げた空間を後にする。
「…………」
 主を失ったその室内は、やけに静まり返ったかのように思えて、ティレイラは僅かに震えた。
「あ……そういえば……」
 ふと、何かを思い出したかのように、少女は顔を上げる。
 天井が見えない高く広い頭上に、金属に似た丸い物質があるのだ。
 師曰く、あれがこの空間を作り出しているコアのようなものだと説明を受けていた。要するには、魔力の源のようなものなのだろう。
「うーん……ちょっと近づいて見てみてもいいかなぁ……」
 そう言いながら、ティレイラは自身の羽根を背中に広げて、飛び立った。
 近づくなとは言われてはいない。それを良い意味に捉えた彼女は、溢れる好奇心に身を任せてその物質へと飛んでいく。
「……不思議な色……金と銀が混ざり合ってるかのような……あ、模様……ずっと渦巻いて動いてる……」
 ティレイラの目の前にある物体――球体のそれは、ゴムボールほどの大きさであった。小さな子供がサッカーボールの替わりに蹴ったりするあのボールのサイズだ。
 だが、そこから感じられるのは強い魔力の流れである。
「さすが、お姉さまのお手製だけあるなぁ……」
 この空間を作り出すため、そして持続させるためにこの球体はあるのだと聞いた。
 つまりはシリューナが作り出した、マジックアイテムそのものであるのだ。
「わ……あったかい……」
 ティレイラの好奇心旺盛な気持ちが、考えるより先に行動へと出た。目の前の球体を、そっと包むようにして、触れてみたのだ。
 意外と馴染む温かさに、ティレイラは安堵した。
 その球体を両手で持ったまま、ティレイラはさらに裏側などを覗き見た。マーブル模様が動き続けていること自体が不思議なのか、興味はさらに深まっていく。
「どうして宙に浮いていられるのかなぁ。それもこの空間だからなのかな?」
 そんな独り言を続けていると、僅かに体がこわばるのを感じて、顔を上げる。
 翼と同時に出していた尻尾が、びくりと震えたのだ。
「あれ……?」
 そうこうしているうちに、両手にしたままであった球体から、魔力が自分へと放出されていく感覚を得て、ティレイラは顔色を変えた。
「え、これ、触っちゃダメだったのかな……」
 慌てて球体から手を離そうとしたが、すでに遅かった。
 触れた箇所を媒体と認識した魔力は、ものすごい速さでティレイラの体へと流れ込んでくる。
「わ、わ……っ、マズいよ……ッ!」
 狼狽えつつ翼を羽ばたかせようとして、それすら出来ずにいる自分に、さらに焦りを見せる。肩越しに振り返り自分の翼を見ると、端からどんどん白金色に染まっていき、硬化していく。
「あ、あぁ……っ、お姉さま、はやく……」
 ――戻ってきて。
 そう言葉に出来ずに、ティレイラはその場で全身が硬化してしまった。
 宝玉を持つ竜少女――そんなタイトルが付きそうな姿だ。
「お待たせ、ティレ。……あら?」
 シリューナがアンティーク調のティーカートを押しつつ空間内へと戻ってきた。直後、弟子の気配の異常さを瞬時に受け止めた彼女は、呆れ顔になる。
「あらあら……まぁ、大人しく待っているとは思わなかったけど……」
 シリューナは空間の端にティーカートを寄せて、やれやれと言った具合で上空へと飛んだ。
 愛弟子は物言わぬ美しき白金の像となってしまっている。特殊な空間内だからという理由で、宙に浮いたままだ。
「ああ、美しいわね……」
 シリューナはくるりとティレイラの周りを一周したあと、うっとりとした表情でそう言った。
 ティレイラという個の存在は、いつでも最高に美しい。本人すら知らない事だが、彼女の美しさは皮肉なことにこの姿になってから、その価値が急激に上がってしまうのだ、と――。少なくとも、師であるシリューナは、そう思っているようだ。
 おそらくこれは、彼女の特権であるがゆえに、思想がやや強くそして傾いてしまっている。そのこと自体には、シリューナも気が付いている。
 だがやはり、その場に咎める者もいなければ、正そうとしてくる存在がいない為に、彼女は彼女の思い通りに事を運ぶだけなのだ。
「この魔力適応力の良すぎるところを、自分の力に転化させられるようになれば、この子も一人前になれるんだけれど……」
 指先でティレイラの感触を確かめつつ、シリューナはそんな独り言を続けた。
「……まだもうしばらくは、私の愛弟子の位置で、もがいて貰うわね」
 ふふ、と笑みを漏らしつつ、彼女はそう言う。
 もちろん、ティレイラをぞんざいに扱っているつもりはない。シリューナなりの愛情は、きちんと存在する。
 白金の愛らしい像は、そんな師の思惑を感じ取ってはいるのだろうか。それとも、意識は途切れてしまっているのだろうか。
 ――どちらにしても。
「解放後は、お茶菓子を用意し直ししてあげないとダメね。お茶も淹れ直し……でも、もう少しだけこのままを堪能させて頂戴ね」
 その声音は、とてもとても優しかった。
 そしてシリューナは、誰の邪魔も入ることのない特殊な空間の中、愛しい弟子が魅せる造形美にその後もしばらく酔い続けていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 いつもありがとうございます。
 少しでも楽しんで頂けますと幸いです。
 またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
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東京怪談
2019年10月03日

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