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『小虎の一日』
杉 小虎la3711

●現れた新参者
 東京都近郊のとある住宅街。その一角に、ライセンサーとなった女子達が身を寄せ合って暮らす寮があった。集団生活の中で仲間意識を涵養すると共に、有事の際の即応部隊として備えているのである。
 そんな寮の入り口に、スーツケースを転がす一人の少女が立っていた。彼女の名前は杉 小虎(la3711)。彼女もまたとある運命の悪戯によって適合者に目覚め、ライセンサーとして身を立てるべくSALFの門を叩いたのである。
 小虎は背筋を伸ばし、胸を張って正門から堂々と敷地に脚を踏み入れる。ただでさえすらりと伸びた長身は、さらに日々の鍛錬で磨き抜かれている。まさにモデル顔負け、庭で自主稽古に勤しんでいた女子二人も思わず彼女を目で追った。金髪ロールが風に吹かれ、陽光を浴びて輝く。遠目に見る限りは、非の打ちどころの無い美少女である。
 が、そんな美少女が往々にしてちょっとクセのある性格なのも、また世の常なのだ。

 ロビーに脚を踏み入れた小虎は、管理人室にちょこんと収まっている眼鏡の女性の前に立つ。そのままぺこりと頭を下げて、鞄から書類の入ったファイルを取り出した。
「今日からお世話になりますわ、管理人様」
 管理人は手元のタブレットの画面を指でなぞって名簿を呼び出す。そこに映る顔写真と小虎をじっと見比べ、彼女は柔らかく微笑んだ。
「えーと、あなたが杉“ことら”さんですね? 今日から――」
 その呼び名を聞いた瞬間、小虎はいきなりカウンターを叩いた。眉を怒らせ、彼女は強化ガラス越しに管理人へ詰め寄る。
「わたくしは“しょうこ”ですわ! しょうこ! 間違えないでくださる!?」
「ひっ!」
 突然ひどい剣幕で怒鳴られた管理人は、青褪めながらカウンターの隙間から、鍵をぐいと押しやる。小虎は乱暴に拾い上げると、手元で鍵を弄んだ。
「感謝いたしますわ。しかし次からはお気を付けくださいましね!」
 この通りである。旧家の名士となるべく武芸の鍛錬を日々積み重ね続けた彼女は、見事にプライド高く、気難しいお嬢様へと育ってしまったのであった。ありていに言えば、常識知らずなのである。

●強くなるワケ
 ある日。小虎は割烹着に身を包んで食堂の厨房に立っていた。寮の住人は、日ごとに輪番で料理を作ることになっているのだ。野戦の長期化に備えて、それぞれ少しくらいは料理を覚えておけというわけである。そして今日は小虎がその担当になったのだ。が。
「ふむふむなるほど。流石に野菜炒めくらいならわたくしにも作れそうですわね」
 そんな事を言いながら野菜炒めのレシピ本を読み込む小虎。流石にそのくらいは弁えている。だが、お嬢様の彼女が、生まれてこの方料理をしたことなどあるわけが無い。事件が起こるのは必定だ。それに気づかないのは杉小虎只一人である。
 一時間後。彼女の作った野菜炒めを食べた仲間は、さっそく真っ青になった。
「うわっ! 何これ……」
「むむむ……レシピ通りに作れるよう努力したつもりだったのですが……」
 小虎も自ら野菜炒めを口へと運んで顔を顰める。感じるのは水飴を舐めたかのような甘み。塩と砂糖を間違えたし、なんなら大さじと小さじも間違えている。ついでに彼女がキャベツと思った葉物は、その実レタスであった。小虎は深々と溜め息をつく。
「今やわたくしもライセンサーとして自立を迫られている身。こんな料理を仲間に出しているようではいけませんわね」
 立ち上がった小虎は、女へ三角巾を取って深々と頭を下げる。
「もしよろしければ、料理の手ほどきをしていただけません?」
 彼女は殊勝な人間である。武家の名門としてのプライドはあれど、必要な時にはそのプライドを収めて深く頭を垂れる事が出来る。その向上心こそが、彼女が武芸百般に通じる所以だ。
 それなら喜んでと女が頷きかけた時、突然警報が高らかに鳴り響いた。
『……にてレヴェルの暴動を確認しました。出撃可能なライセンサーは、直ちに出撃してください』
「レヴェル……まずはそちらに応じなければなりませんわね」
 ふと顔を曇らせると、小虎は割烹着を脱ぎ捨て走り出した。

 港町の倉庫に火の手が上がる。ローブに身を包み、禍々しく輝く武器を手にした男女が逃げ惑う市民を撃ち、放置された車に火を放っていく。
「Brave New World!」
 彼らは恍惚とした顔をしている。その項には改造の痕が生々しく刻まれていた。倉庫の屋根によじ登った小虎は、そんなレヴェルの群れをじっと見下ろす。
「哀れですわ。ナイトメアの力に屈してしまうなんて」
 眉をしかめ、彼女は篭手型のEXISを握り込む。ライセンサーとしての戦闘経験は、まだ片手で数えるほどしかない。無茶はするなと仲間に厳命されていた。小虎自身もそれはよくよく分かっている。真っ直ぐ行ってぶん殴りたいところだったが、小虎はぐっと堪えた。
 仲間達がレヴェル集団を強襲する。正面からの範囲攻撃を受けた彼らは、慌ただしく倉庫街に散っていった。小虎はそのうちの一人を追いかけると、非常梯子を伝ってその背中に飛び掛かる。
「覚悟するのですわ!」
 男は振り返り、手に持った鎌状の武器を振り下ろす。しかし一対一ならば、小虎に躱せぬ理由は無い。素早く左に身を躱し、拳を鋭く男の鳩尾に叩き込んだ。男が息を詰まらせた瞬間、更に小虎は背後に回り込み、深い傷跡の残る延髄に手刀を叩き込んだ。倒れ込む男。仰向けになった男は、力無く鎌を振り回す。
「大人しくしてもらいますわよ」
 その腕を押さえ込むと、彼女は空いた手で男の喉笛を押さえ込む。しばらく暴れた男は、やがてぐったりと倒れ、意識を失ってしまった。小虎は小さく溜め息をつく。
「……一体確保しましたわ」

 気を失ったレヴェルの一団が、一人一人檻に入れられ運ばれていく。小虎はそんな光景をじっと見つめていた。女はそんな彼女の隣へそっと歩み寄ると、水のペットボトルを差し出した。
「そういや、あなたはどうしてライセンサーになったの?」
「父の命ですわ。わたくしが適合者として認められた日に、いみじくも武芸百般に通ずると己を評するならば、ライセンサーとしても武術を極めるべしと言われまして」
「そりゃまた、何だか変わった家だねえ……」
 女が苦笑すると、小虎はさらに表情を険しくした。
「……あと、わたくしの婚約者が、レヴェルになってしまったのですわ。元々は兄やわたくしと武芸の腕を競い合っていたのですが……ある日の武術大会で兄に大敗を喫して以来、実力の差にひどく焦るようになり、やがて邪な声に流されて、ナイトメアの軍門に降ってしまいましたのよ」
 ナイトメアの力を得た彼はあまりにも強大で、兄も自分も歯が立たなかった。父の想いはどうあれ、小虎がライセンサーとなる決意を固めるには、それだけで十分だった。
「ですから、わたくし誓いましたの。ライセンサーとしても一廉の武辺者となり、いかさまの力に手を出してしまったその男を引っ叩いて、ふん縛って連れ帰ると。その為にも一刻も早く強くならなければなりませんのよ」
「なるほどね……ま、頑張って。応援するわ」



 杉家の姫武者、小虎。父の命によりライセンサーとなった彼女の勇躍の時は、刻一刻と近づいている。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 杉 小虎(la3711)

●ライター通信
 GLDではお世話になっております。影絵企我です。
 一日というより二日になってしまいましたが、彼女の生活を追わせて頂きました。彼女は自分の生活力の無さを素直に認めて寮生活をしていそうなイメージでしたが、間違いではないでしょうか?

 何かありましたらリテイクなどお願いします。

ではまた、ご縁がありましたら。


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グロリアスドライヴ
2019年10月04日

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