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『踊る魔女人形』
松本・太一8504

 良心的だ、と松本太一(8504)は思った。
 美しい少女ではある。メイド服が似合ってもいる。
 だが明らかに、人間ではないとわかるのだ。
 肌の色艶は硬質で、それは少女の体表面が生身の皮膚ではなく樹脂である事を証明している。
 こうして動いていると、体内で歯車が噛み合ったり回ったりする音が、それほどうるさくないにしても聞こえてくる。
 音を発しながら、テーブルに2人分の紅茶を置く。その動作は、しかし思いのほか自然なものであった。かなり人体の動きを研究して作られている。
(それでも、人形である事を隠してはいない……)
 太一は思った。
(人ならざるものが、人間に化ける。それに比べて、何と良心的な……)
 口では、別の事を言った。
「ありがとう」
 その言葉を、認識したわけではないだろう。
 それでも少女は、エプロンの前で両手を重ね、しとやかに一礼した。体内でカタカタと歯車を鳴らしながら。
 お茶を持って来る、置く、お辞儀する。一連の動きをするよう、歯車が組まれているのだ。
 テーブルを挟んで太一と向かい合う女性が、言った。
「もちろん、AIなんて組み込んじゃいないわよ?」
「この子に、AIを搭載したら」
 一口、紅茶を啜ってから太一は言った。
「それはそれで凄い事なんでしょうけど……何と言うか、台無しですよね」
「よくわかってるじゃないの松本さん」
 この博物館の、館長を務めている女性。
 先程、名刺を交換した時から、太一はずっと不吉なものを感じていた。自分が今まで出会ってきた、ある種の女性たちと共通する何かを、この女館長は雰囲気として漂わせている。
「そう、そうなのよ。私が作っているのはロボットじゃなくて『からくり人形』なのよね」
 からくり人形、自動人形。そんなものばかりが展示された博物館である。
 人形たちに囲まれて、太一と館長は紅茶を飲んでいるのだ。
「時に、松本さん」
 女館長が、テーブル上で微かに身を乗り出してくる。
「あの人は、今日は御一緒じゃないの?」
「……あの人、とは」
 その言葉には答えず、館長はただ微笑むだけだ。
 太一は、苦笑するしかなかった。
「貴女も……そうですか。夜会関係の方? ですよね。弊社の重要な取引先に、魔女の方々がことごとく名を連ねていらっしゃる。果たして偶然なのでしょうか」
 本日の松本太一は、48歳の熟年サラリーマンである。仕事として今回、この人形博物館を訪れた。取引先との……商談、という事になるのだろうか。
「彼女は今日もいますよ、私の中に」
 太一は、隠さずに言った。
「二日酔い、いやもう五日酔いくらいになるのかな。この間の夜会で、ちょっと飲み過ぎまして」
「残念、私は行けなかったのよね」
 言いつつ館長が、展示品の1つを眼前の卓上に置いた。
 人形、ではない。出来損ないの石の彫刻、にしか見えぬ奇怪なもの。
 いや、金属か。
 錆びた、どころではない経年変化を起こし、岩塊のようになってしまっている。
「じゃ、恐い人が起きてこないうちに」
「あの……それは?」
「歯車よ。紀元前の、ね」
 よく見ると確かに、いくつもの歯車が錆びて固まったもの、のようでもある。
「古代ギリシャの人たちが、精巧な機械を作っていたという……」
「まあ、あれの同類ね。ちょっと手に取ってごらんなさいな」
 言われた通り太一は、それを掌に載せてみた。
「その時代の人たちはね、現代人がパソコンやスマホでやってるような事を全部、歯車で間に合わせていたわけよ」
 館長の言葉を聞き流しながら太一は、己の掌にあるものを見据えた。じっと見入っていた。
 歯車の塊。それがバラバラになって組み合わさり、何らかの機構を成しながら回転を始める。その様を、太一は幻視した。
 実際、そんな事はない。それは、錆びた歯車の塊のままである。
 バラバラになったのは、太一の身体の方であった。
 己の肉体の、様々な部品が、床一面にぶちまけられるのを、太一は呆然と感じていた。
 館長が、ふっと微笑む。そして太一の部品の1つを拾い上げた。
 肉片ではない、骨のかけらでもない、内臓の切れ端でもない。それは、歯車であった。
 無数の歯車が、床一面にぶちまけられている。
 歯車だけではない。螺子、枠、重り、その他諸々。
 女館長の綺麗な繊手が、てきぱきと枠を拾い上げ組み立ててゆく。
 材質は不明である。木製か、軽金属か、合成樹脂か。
 とにかく、枠が完成した。
 その枠内で、館長は無数の歯車を組み合わせてゆく。
 優美な五指が、執刀中の外科医の如く細やかに躍動する。
 歯車が、軸棒が、螺子が、重りが、その他様々な部品が、枠の中で整然と配置されていった。
 それら全てが、今の松本太一の、骨格であり筋肉であり臓器類であった。
 配置・構成の終わったそれらの上から、樹脂製の外殻が被せられてゆく。
 あの少女と同じ、硬質の色艶を帯びた人形の素肌。関節も隠れておらず、可動部分の境界が露わである。
 人間ではない、明らかな人形の身体。
 胸も尻も豊かに膨らみ、胴はしなやかにくびれている。女性の体型であった。
『あ、あのう……』
 太一は声を発した。相手に聞こえる肉声になったのかどうかは、わからない。
『これは、一体……どうして……』
 呆然とする顔は、紛れもなく『夜宵の魔女』の美貌であった。みすぼらしい48歳の熟年男など、もはや面影すら残っていない。
 今の太一は、『夜宵の魔女』の等身大人形であった。
 その身体に、するりと手際良く下着を巻き付けながら、館長は楽しげである。
「50歳近い冴えないオジサマのお人形なんて……まあ、それはそれで味わい深いと私なんかは思うけど、お客さんは呼べないわよね」
 和服の、下着であった。
 その上から色鮮やかな着物が被せられ、帯が巻かれる。
『や、やっぱり、こんな事に……はうっ!?』
 太一は悲鳴を上げた。背中のあたりに突然、何かが突き刺さって来たのだ。
 それが、ギリギリと回転し、抉り込まれる。体内で、何かが絞られてゆく。
 ゼンマイが、巻かれているのだ。
 極限まで巻かれ締められたゼンマイが、太一の中で稼働する。
『ああっ、動かなきゃ動かなきゃ。もったいない。ゼンマイが元に戻っちゃう』
 あたふたと、カタカタと、滑らかにぎこちなく『夜宵の魔女』の人形は踊り続けた。



東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月07日

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