▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【死合】上弦月/下弦月』
藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001)&東海林聖aa0203

 濁っていた。
 頭の中も胸の内も手指の先も全部、全部全部全部。
 たまらない濁りの逆巻きの奥底、東海林聖(aa0203)は思う。これ、あれだ。“喰われた”んだ。あのときみたいに、オレ、喰われて、邪えい――うるさいよヒジリー。こっちはお腹が空いてどうにもならないんだよ。だから早く。全部喰わせて。
「オ、レは、ああ、あ、あああああああああ!!」

 チームの全員が戦闘不能に陥るまで、数分とかからなかった。
『聖さん、なんでだよ!?』
 内のリオン クロフォード(aa3237hero001)が奥歯を噛み締める。
 同じように噛み締めたくなる歯を力尽くで緩めて呼吸を保ち、藤咲 仁菜(aa3237)は星剣「コルレオニス」の柄をぎちり、握り締めた。
【絶零】と呼ばれる極北の戦いの中で邪英に堕ちた聖は確かに取り戻したはずなのに……なぜあの姿を再びここで見、対峙しているのか。
「喰、わせろ」
 邪英は虚な笑みを傾げ、右手ひとつで魔剣「カラミティエンド」を振りかざした。暗赤に刃を色づかせた大剣は、聖の友であった美しいまでに愚かな男が遺した異界のひと振りで、銘を闇夜の血華という。
『……引き戻す。今回も、何度だって、俺たちが!』
 リオンの万感を押し詰めた言葉に、仁菜もまた思いを心へ押し詰め、据えた。
 聖さんたちを引っぱり戻せるのは私たちだけなんだから。


 聖は仁菜を待たなかった。いや、待てなかったのだ。飢えと餓えに突き上げられるまま、まっすぐに駆け、駆けながら、
「喰わせろ!」
 重刃を力任せに振り下ろす。
「っ!」
 傘さながらに掲げたアイギスの盾の真ん中へ叩きつけられた刃。技などではありえないただの力に、仁菜の踏ん張った両脚が揺らぎ、膝から力が噴き抜けた。
「喰わせろォ!!」
 受けた衝撃のいくらかはリフレックスによって聖へ返っているはずなのに、まるでかまう様子もなく聖は盾を押し割ろうと叩き、叩き、叩く。
『足捌き!』
 リオンの言葉に頭よりも体が反応し、仁菜は刃を押し止めた盾を支点にするりと反転、星剣をサイドスイングで振り込んだ。
「はッ」
 盾の上にある刃を引きずり戻しながら聖は下がる。衝動に突き動かされていながら、その体軸は直ぐに保たれていた。
 忘れていないのだ。体ばかりでなく魂にまで刻みつけた千照流の技を。
「おオオォ!!」
 吼えながら聖が魔剣を打ち込む。
 仁菜は盾を斜めに傾げてこれを受け、腕ならずサイドステップでずらし、いなした。
 しかし聖は止まらない。仁菜を追って踏み出し、魔剣を振る。
『踏み込むより先に剣が来る! 下向くなよ!』
 わかってる! 内ですらリオンに声を返せないまま、仁菜は聖の剣先を払い続けた。
 聖の剣が重いことなど最初からわかっていたのに。それを上回るほどに重く、迅く、執拗な連撃に、仁菜は押し込まれていく。
 これが邪英なんだ。
 でもこれは聖さんじゃない。
 思い出してもらうんだ。
 聖さんに、聖さんを!
 仁菜は盾で固めた肩を出し、聖の袈裟斬りを受け止める。盾の守りを得てなお斬撃は彼女の肩を砕き、腕の支えを損ねさせるが、それでいい。沈み込む左腕に吸いついた聖の剣は共に落ちる。どれほどの時を稼げるものかは知れないが、たとえ刹那であれ、それは確かな隙。
 聖さん!!
 思いと共に繰り出された切っ先が、聖の鼻先へ向かう。
 聖の濁った瞳に明緑が閃き。
 星剣の剣身に頬を預けた聖は、裂かれながら仁菜へと肉迫、肩を打ちつけて彼女を突き退けた。
 これまでの獣さながらな動きではない、確かな戦技。
 よろめいた足を繰って飛び退いた仁菜へ、傷から拭い取った血を舐めた聖がぎちりと口の端を吊り上げる。
「ああ。わざだ。わざ、わザ、ワザ……」
 魔剣を八相に掲げた聖が一歩、踏み出した。重心を高く置いた構えは、どこへなりと踏み出し、踏み込んで攻め立てるための、アタッカーの基本姿勢だ。
「……技」
 聖の濁りを一条の清浄が裂き。
「千照流、奥伝」
 言の葉が、それを発した聖に追い越され、かき消される。
 瞬時に眼前にまで踏み込まれた仁菜は、ケアレイで癒やした左腕へ咄嗟に右腕を組み合わせ、十字受けの構えを取ったが。
「鶯雷千」
 真芯へ斬り下ろされた魔剣にガードを崩され。
「連」
 続く二段突きで両腕を浮かされて。
「破斥ッ!!」
 最後の斬り上げで防具ごと胸を裂かれた。
「あ、あ」
 息が、抜ける。
 命が、こぼれ落ちていく。
 ああ、これはリジェレネーションでは間に合わない。
 すとんと膝が地へ落ちた衝撃で、仁菜はようやくリオンの声に気づいた。
『ニーナ! ケアレイかけるぞ!』
 致命傷が深手にまで押し戻される中で、酷い痛みが跳ねた。痛い、痛い痛い痛い。でも、おかげで頭が冴えた。
 聖さん。思い出せたんですね、千照流。
 両膝にライヴスを注ぎ込み、仁菜は間合を開けた聖を見やって立ち上がった。
 次は心を思い出させて、引き戻す。

 聖の燕返し、その伸び上がる刃へ仁菜は体ごと盾を打ちつけ、抑え込む。
 数瞬の拮抗。それが解かれぬうち、仁菜は切っ先を聖の足へと突き込んだ。体と盾とで視界を塞いでの、完全な奇襲。
 しかし、あるべき場所に聖の足はない。すでに振り上げられていたからだ。
「っ」
 盾を膝で突き上げて仁菜を浮かせた聖は、その体をあらためて蹴り退け、抑え込まれた刃を引き抜いた。
 地に転がりながら、仁菜は思う。こんなことをもう何十回繰り返したの? なのに届かない。私の剣は、聖さんへ。
 聖と彼の英雄の先を他の誰にも委ねたくなくて、仁菜は共鳴体の主導を無理矢理に取った。後悔はない。しかし、このまま繰り返したところで、意味なんてないんじゃないのか。
 どうしたら、私の拙い剣を、聖さんに届けられるの?
 悩んでみて、仁菜は冷めた笑みを閃かせた。こんなの、最初からわかってたことじゃない。なのに私はためらって、思いつかないふりしてる。
『やるしかないよね』
『ニーナ、なに言ってんだよ。もっと集中しろよ、聖さんを引っぱり戻すんだろ、なあ?』
 頼むから思いつくな。それしかないんだって決めるな。勝手に覚悟を据えるなよ。必死で仁菜へ語りかけるリオン。
 仁菜よりも先に思い至っていたからこそ、彼はそれを口にしなかった。俺は聖さんたちが大事だよ。でも、ニーナは――ニーナのためなら俺は――
 リオンの願いは、仁菜の強い声音で打ち砕かれた。
『私が私を尽くさなくちゃ聖さんには届かない。だから、ほんの少しだって惜しまない』
 ニーナ! リオンの悲痛の叫びを振り切って、仁菜は聖へと跳んだ。

「聖さん!!」
 呼ばわると同時、仁菜は上体を低く倒し込んで聖の懐へと滑り込む。盾は掲げず、下へも向けず、前へ置いていた。上下どちらからの攻めにも即応できるように、もしくは、どちらも気にしないために。
 聖は一歩下がり、下がった歩を踏み止める反動で踏み込んだ。退くと見せて攻め込む歩法である。
 すかされたことで体勢を崩す仁菜。しかし聖はもう十全に踏み込み、剣を振り上げている。避けられるはずはない。そして、避けるつもりもない。
 盾を地へ叩きつけ、それを支えに体を引き起こした仁菜が星剣を突き上げる。片手ではなく両手で。
 盾を捨て、直ぐに伸び上がってくる仁菜は、聖にとってはただの的でしかなかった。
 果たして。
「千照流……破斥、哮牙!」
 二連斬りから仁菜の鳩尾を縫い止め、深く突き込んで、抉る。
「喰わせ、ろ」
 聖は本能のまま言の葉を吐き出し、とまどう。
 喰う? オレが――なんで、こんな――オレは、こんな――
 仁菜は体を振り込んで体重をかけ、自らを押し割った太い刃へさらに深く食い込んでいく。波のエージェントならばとっくに尽きているはずの命だが、適性とリジェレネーションとに支えられた彼女はまだ、止まらない。
 そして鍔元にまで達した彼女の眼前には聖の顔があって。
 力なく剣を投げ落とした右手を開いて。
「今、喰らわ、せて、あげます」
 ぱちり。聖の頬に、掌を打ちつけた。
「え? あ、オ、レ、は」
 この感触、憶えている。これは……だめだ、これはだめだだめだだめだ!
 激しくかぶりを振り、聖は仁菜を蹴り飛ばして剣を取り戻した。
 アレはオレを侵すモノだ。早く消しちまわねェと、オレがオレを思い出しちまう。
 もどかしい歩で倒れた仁菜へ迫る。最高の戦技を叩き込み、このどうにもできない焦燥から逃れ出るため。
「千照流!!」
 そのとき。仁菜の手がかすかに上がった。その手からはライヴスの光が拡がって、速やかに空間を満たす。
 邪英の本能が聖へ告げた。あれは鏡、我らが天敵だ。足を止めて下がれ。
 しかし。
 うるせェ、かまうもんかよッ! オレは……だぜ!
 黒きライヴスを乗せた必殺の攻めが光――ライヴスミラーを打ち据え、反射されたすべてが聖を侵し、噴き飛ばした。
 宙に舞いながら聖は思う。
 これでいい。オレはアタッカーだ。悔いるなんてのはぶっ込んだ後にすりゃいい。
 自分を縛りつけていた不可視の縛めが解れていくのを感じながら地へ落ち、そして、同じように解かれたらしい英雄に急かされ、仁菜を見る。
 助けられちまったな。命賭けの仁菜に。

 ニーナが死ぬ。
 ニーナは満足かもしれない。大事な友だちを取り戻せたんだから。
 でも、遺された俺が、そんなことで納得できるはずないだろ。
 俺の守りたいものはニーナだ。
 ニーナが守れるんだったら、あとはどうだっていい。
 ニーナ。
 ニーナ!
「ニーナ!!」

 仁菜ではありえないものが立ち上がる。
 黒きマントをたなびかせ、優美なしぐさで拾い上げた星剣をひょうとひと振り、薄笑んだ。
「ニーナは死なない。俺が死なせない。でもそのためにはライヴスが要るんだ。俺がニーナを喰い尽くさずにすむだけのライヴスが」
 切っ先を直ぐに聖へ向けたまま、それは小首を傾げて。
「だから、くれるよね? ニーナに救われたんだ、今度は聖さんがニーナを救う番だ」
 少年から青年へ――自分が無力な子どもだったから家族を亡くしてしまったという後悔が生み出した虚像へ変じたリオンが、そこにいた。

 邪英になっちまったオレを助けて邪英になっちまうって、なんの冗談だよ!
 聖は混乱をかき分けるように血華を構えた。
 腰を据えることで心もまた据わる。動のイメージが強い千照流だが、その根底には起であり結である静の思想と心得があるのだ。
 冗談じゃねェ。
 リオンが言うとおり、今度はオレが救う番だ。ただし、命賭けだけど命賭けねェで、な。
 踏み出しながら、聖は口の端を引き結んだ。
 生きて還らなくちゃ意味がねェ。そうじゃなきゃ、無意味に死んじまっただけで終わる。それだけはダメだ。
 ま、結果的にオレが死んじまうってのはあるかもだけどな。内で英雄に苦笑してみせれば。英雄もまたしかたなさげに息をついた。
 邪英化により、リオンの力は再生の域を超えて高まっている。
 対してこちらのスキルはエンプティ。体力も気力も大きく削れ落ちていた。つまり、打てる手はない。
 やべェな。結局んとこ命賭けるしかねェ感じだぜ。
 牽制を兼ねての突きを鍔元で巻き取り、リオンが突き返してくる。
 とはいえ聖も当たるとは思っていない。引き戻した魔剣の鎬で切っ先を上へ押し上げ、踏み込んで、鳩尾へ柄頭を打ち込んだ。
 身を巡らせてふわりとかわしたリオンはくつくつ笑み、回転する中で突き込んでくる。
 やりづれェ! 胸中で吐き捨てる聖。
 リオンは背やマントに切っ先を隠し、振り向きざまに、正面から、背中越しに、まさに変幻自在の技で突き込んでくる。そしてさらに――回転に乗せた横蹴りで聖を蹴り放した。
 地へ転がって跳ね起きた聖は構えを取り直し、そして衝撃にかきまわされ、破れた臓腑からこぼれた血を口から吐いた。
 フェンシングっつうか、決闘剣技? その割にえげつねぇのは元の世界の経験値ってことかよ。やっぱただの王子様じゃねェな。
『リオンの剣は受けからのカウンターだ。オレといちばん相性悪ぃやつ』
 千照流は攻めるだけではないだろうと言う英雄にかぶりを振ってみせ。
『オレはアタッカーだぜ。そいつを見せてやんねェと』
 聖を引き戻すため、仁菜とリオンが尽くしてくれたのは命で、差し出してくれた心だ。
 そのふたりに贖えるものは、アタッカーを名乗る聖の生き様以外、ありえようははない。
 やれやれ。内でかぶりを振った英雄がけろりと吐き出した。――英雄のライヴスを押し固め、磨き上げたライヴス結晶を。
 左手に顕われた結晶を見下ろし、聖はなにを思うよりも早く、それを握り潰した。
 聖が“始まる”。重なった英雄と縒り合い、織り合い、溶け合って、純然たるひとりとして顕現した。
「ひと息で決めるぜ」
 その言葉に引き寄せられたように、リオンが突き込んできた。
 半身の構えは胴を敵の剣から遠ざけ、さらに捕らえにくくさせるためのものだ。そして手首から余分な力を抜いているのは、敵の剣がどこから繰り出されてこようとそれを巻き取り、突き返してしとめるため。
 切っ先がかすったくらいじゃどうなるもんでもねェ。そもそも届くかどうかもわからねェんだ。でもな。どうすりゃいいかは、
「見せてもらったからよ!!」
 かくて聖は踏み出した。フェイントも技もなく、ただまっすぐに。
 星剣が聖の胸へ突き立ち、貫いた。その瞬間、筋力のすべてを込めて体を締め、ライヴスを滾らせる。
「千照流奥伝」
 憶えてなどいないのに、「今度こそ」と思う。
 貫かれながら踏み込めば、そこは血華の間合。
 おまえらはオレを助けてくれた。迷ったりためらったりなんてしなかったよな。そういうヤツらだって知ってるからさ。だからオレも迷わねェし、ためらわねェ。今度こそ、オレの技の全部を、尽くす!
「鶯雷千連破斥ォッ!!」
 まっすぐに魔剣を斬り下ろしてリオンを揺らがせ、肩で突き退けながら斬り上げ、大上段から刃を返して袈裟斬り、胸の内を刃でかき回される凄絶な痛みへ自らをさらに一歩押し込み、そして体ごと回転させた横薙ぎを決めた。
「くっ、ふふ、はは、あはははははははぁ」
 突き退けられたことで自由を取り戻したリオンは、刻まれた傷にもかまわず、重刃を振り抜いて動きを止めた聖へ星剣を突き込む。
 対する聖は動けず、そして動かない。
 思うよな。もう終わりにしてやるってよ。でもな、終わらねェ。こんなとこじゃ終わせねェんだよ、おまえらも、オレらも。
 リオンの切っ先をもう一度、胸を出して受け止め、貫かせて、もう一度踏み出して、踏み込んで。
「還ってこい、仁菜! リオン!」
 突き返した剣を離した右手で、思いきりリオンの頬を張り飛ばした。
「あ」
 リオンがずれる。
 その跡に、仁菜が浮かび上がる。
 届いたな。オレの手が、おまえらに。
 バーストクラッシュの淵へと落ちていきながら、聖は口の端を吊り上げた。


パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年10月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.