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『ドラゴンテイルは終わらない』
ファルス・ティレイラ3733

「確かに魔力を感じるし、この本ってやっぱり本物……だよね」
 ファルス・ティレイラ(3733)は、ドキドキとした様子で腕に抱えている一冊の書物を見下ろす。
 今日の仕事中に偶然手に入れた、魔法の本だ。なんでも、この本を使うと本の中の世界に潜り込めるらしい。
 好奇心旺盛なティレイラが、そんな話を聞いて試してみないわけがなかった。早速とばかりに、少女は本を開いてみる事にする。
 ティレイラの指が、恐る恐る本の表紙を捲った。その瞬間、パッと彼女の視界は白く染まってしまう。
(ま、眩しいっ!)
 そう、最後に思った事だけは覚えている。反射的に目を瞑ったティレイラは、本の中から溢れた光にそのまま包み込まれていくのだった。

 ◆

「ううっ、ビックリした……」
 閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。眩しい光はいつの間にか消えていた。それどころか、先程まで確かに近くにあったはずの椅子や机もなければ、床や天井すらも見当たらない。
 代わりにティレイラの視界に映ったのは、美味しそうなお菓子で溢れた不思議な世界だった。
「お菓子で出来たものが、いっぱい……! 私、本の中に入れたんだ!」
 魔法の本の噂は、どうやら本当だったらしい。嬉しそうに微笑んだティレイラは、その背に竜の翼をはやし、自由に空を飛び始めた。
 当たり前のようにあちこちに存在するお菓子の甘い香りを堪能したり、周囲を漂う妙に質感のある雲の正体が綿あめである事に気付いて驚いたり、ジュースで出来た泉を発見してはしゃいだり……本来は訪れる事の叶わない本の中の世界を、ティレイラは満喫する。
 見渡す限り、珍しいもので溢れた世界。さて、次はどこに行こう……と進路を変えようとした時、不意に声が聞こえた気がして、ティレイラは空中で静止した。
(やっぱり、聞こえる……)
 くすくす、という、誰かが笑うような声だ。声が聞こえた方向を向くと、そこには一体の妖精の姿があった。
 ティレイラと視線が合った妖精は、嬉しそうにまた声をあげて笑った後、背にある羽を使いどこかへと飛んで行ってしまう。
「ま、待って! 妖精さん! どこに行くの?」
 ティレイラの問いかけに、妖精が返事をする事はなかった。ただ、楽しげにくすくすと笑うだけだ。
 けれど、まるでティレイラがちゃんと着いてきているかどうかを確認するかのように、妖精は時々飛ぶ速度を抑えて、彼女の方を何度も振り返る。その仕草からして、妖精はどこかへとティレイラを案内したいようだった。

 妖精に導かれるままに空を飛び、ティレイラが辿り着いたのは一軒の館だった。その館を見た瞬間、ティレイラは瞳を輝かせ思わず「わぁ!」という感嘆の声をあげる。
 館は、飴で出来ていたのだ。美味しそうなのはもちろんの事、透明感のある外観がとても綺麗で彼女の好奇心をくすぐる。
 館の中もやはり飴で作られており、ティレイラの興味を引くもので溢れていた。興味深げに周囲を観察していた彼女の服を、不意に妖精が引っ張る。妖精に促され部屋の中にあったテーブルを見てみると、何故かティーパーティの準備が整えられていた。
 並べられた美味しそうなお菓子の数々に、ティレイラは頬を緩める。そんな彼女の前に、妖精はその内の一つを差し出してきた。
「これ、食べていいの?」
 ティレイラの問いかけに、相手は頷く。どうやら彼女は、ティレイラを館へと招待し、一緒にお茶会がしたかったようだ。
「ありがとう! どのお菓子も美味しそう……いただきま〜す!」
 甘い香りの漂う綺麗な館で、美味しいお菓子をたくさん食べる事が出来、ティレイラはますます上機嫌になるのだった。

 ◆

「次はいったい何を見せてくれるの?」
 お菓子を食べ終えた後、妖精に連れられてティレイラは館の別室に足を踏み入れていた。綺麗な飴で作られた、甘い香りの漂う部屋。一見、そこは先程までいた部屋と変わらない内装のように思える。
 けれども、妖精がわざわざ案内してくれたという事は、この部屋にも何か素敵なものがあるのだろう。
(本の中の世界だし、この後現実では起こらないような不思議な事が起こるのかも? それとも、部屋に何か隠されてるのかな? いったい何があるのか予想がつかないよ〜。楽しみだなぁ)
 ワクワクとした気持ちを抑えきれずに笑みを深めたティレイラだったが、しかし突然背中へと襲いかかった謎の感触に、浮かべていた表情は一瞬で驚愕へと塗り替えられてしまう。
「わわっ!? な、何!?」
 べとべととした溶けかけの飴のようなものが、翼や尻尾を覆った。気持ちが悪そうに眉をしかめたティレイラの耳をくすぐったのは、悪戯が成功した子供のようにはしゃぐ妖精の笑い声だ。
 どうやら、背後にいた妖精が、突然水飴をティレイラに向かって浴びせかけたようた。
「な、何するのよ! これ、どうしたらいいの? はがれるかなぁ?」
 翼や尻尾が、トロリとした水飴の膜に包まれてしまった。優しい感触に、甘い香り……けれど、悪戯にしては少し度が過ぎている。
 妖精に文句を言おうとしたティレイラだったが、ふと違和感に気付いた。翼が、いつもよりも重い気がする。
 否、翼だけではない。尻尾も、何だかいつもより動かしにくい気がした。水飴をかけられた箇所の感覚が、無くなっていく。
「嘘!? まさか、固まってる!?」
 水飴は、包み込んだ箇所を閉じ込めるかのように、硬く固まり始めていた。慌ててその場から逃げ出そうとするティレイラだったが、動かなくなった翼と尻尾はいつもと勝手が違い、バランスを取るのが難しい。
 それでも何とか逃げようと四苦八苦しているティレイラの瞳に、楽しげに笑う妖精の姿が映った。
 魔力をまるで練るような動作をし、妖精は魔法の水飴を得意げに作り上げてみせる。ティレイラの全身を覆い尽くせてしまえるくらい、大きなサイズの水飴であった。
「ま、待って! まさか、それを私に……!?」
 普段なら、美味しそうなそれを見て目を輝かせていたであろう。しかし、あれが甘いだけのお菓子ではない事を……自分を捕らえる凶器である事を、すでにティレイラは知っている。
「や、やめ……っ!」
 ティレイラに襲いかかる水飴は、やめるよう必死に訴える声ごと彼女の事を飲み込んでしまった。
 水飴の中で、なおもティレイラは抵抗し藻掻こうとするが、その嘆きの声は飴というヴェールのせいでくぐもってしまい誰の耳にも届かない。
 足掻いていたはずの彼女の動きは、徐々に鈍くなっていく。魔法の水飴は、時間が経つと共に固まっていった。ティレイラの身体を、包み込んだまま。

 おとぎ話の終わりは、めでたしめでたしで締めるのがお約束だ。楽しいフェアリーテイルにも、必ず終わりというものは存在する。
 けれど、ドラゴンテイルの終わりは、いったいいつになるのだろう。ティレイラにそれを知る術はなく、本の中にいる竜族の少女は、飴の塊の中で誰にも届かない嘆きの声をあげ続けるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
甘い本の世界を冒険するティレイラさんのお話、このような感じになりましたが、いかがでしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、いつもお声掛けくださりありがとうございます。少しでもティレイラさんのお気に召す作品に出来ていましたら、幸いです。
またいつか機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月09日

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