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『重ならない。』
化野 鳥太郎la0108


 対ナイトメアの本拠地たるべく造られた人工島、グロリアスベースの片隅に。Shelter『GLORIA』はある。かつてどこかの富豪が私財をはたいて造らせた秘密のシェルター。そこへ至る道は数多あれど、誰として一人その正確な位置を知らない。

 そのシェルターの管理人である化野 鳥太郎(la0108)が、座っている。年季の入った椅子は座面に張られた人工革も色あせて、ニスと塗料の罅に人々は重ねられた年月の重さを知る。

 キシリ。キシ──。

 姿勢を正し、手を、何度か握っては開く。指の一本一本に神経がピリっと入り、鳥太郎という指揮者を得て十人の演奏家が息吹を吹き返す。ポン、と静かに、深く。押し込むように鍵を踏む。Bm(b5)の調べが帳を上げる。窓から覗く光の薄絹を纏いて、幻想の少女が脳裏に浮かぶ。

 それを視るものはいない。ただひとり、鳥太郎を除いて。


 出会いは冷たい荒野だった。
 吹きすさぶ風の中で少女は笑っていた。泣いていた。戸惑っていた。

 見るに見かねて、問うた。「闇雲に模倣するのはよくない。きみは、何になるのか」と。
 きみは答えなかった。答えられなかったのか。答えるべきものを、持たなかったのか。

 それは未だにわからない。

 高低、左右から階段の進行で、歩み寄る。ダイナミックに、撥ねるように。ところどころを踏み外すようなステップで勢いを増しながらもその旋律は中央で交わる──はずだった。

 そう、交わるはずだった。鳥太郎には、理解ることが出来るはずだった。目の前の少女は、かつて見た姿に重なって見えた。

(──。アイデンティティの確立に苦しむ、人の子と。何が違う?)

 寄る辺なく風に吹かれて立つ少女は、かつての自分と何が違ったというのだろうか。

 煩悶する。躊躇いが指に乗り、旋律が行きつ戻りつ。変拍子を奏でる二つの音は響かない。半音。何かがずれている。


 少年は笑っていた。泣いていた。戸惑っていた。

 笑わなければ、ひどい目に遭うから。
 泣かなければ、心が潰れてしまうから。
 戸惑わなければ、道を見つけられなかったから。

 幸福だったか、と言われれば違うだろう。人には無い経験を、多く経てきた。母親である人の声を知らず。母親の温かさを知らず。

 只々、生きた。

 父親の覚悟を理解したから。分かってしまったから。生き様を、背中を見たからこそ理想を抱いた。

(ヒーローなんか、いらねぇんだ)

 そこにはひとつ。平凡に生きていくだけの穏やかな生があればいい。覚悟を知らぬ者が指さして嗤うと言うならば、覚悟はいらない。
 覚悟がなくとも、そこに在ることが赦されるように。

 そう、ヒーローはいらない。英雄を亡き者とする、ヴィランはその為に。


(──だから)

 生まれてこなければ良かったとは思わない。

 生まれてきた意味を伝えたいと、共に探したいと思う。心の底から、狂おしいほど。

 求められるのであれば差し出したい。

 その想いを籠めてフォルテッシモが響く。だだっ広い、シェルターの中。
 音響も何もない、無機質な部屋。

 知らないというのであれば、教えたいと思う。寄り添い、支え、道を示したい。この星の広さを、美しさを、尊さを識って欲しい。学ぶことの大切さを識る彼女だからこそ、その力になりたかった。
 無垢な少女のままに曝け出した好奇心を、手を取って導きたかった。


 再会は適わなかった。人伝手に消息を聞いた。

 旋律は、交わらなかった。不協和音がそこにはあった。たった一つの音が流麗な調べを乱した。ゆっくりとベースを刻むように、テンポを取るように。その実、在り方を、軌道を思うが儘にねじ伏せるような悪意のある不協和音が彼女の傍にあった。

 その闇の醜悪さを見た。

(あれは、だめだ)

 人の貌をしながらにして、人に非ず。常しえの奈落に在りて純潔をドス黒い汚水に叩きこむような。粘りつくような狂気。

 黄泉戸喫を越えてしまった。

 生者と死者が交わらぬように。人間と、ナイトメアもまた交わることはない。それであれば。せめて。敬意を以って終わらせよう。見苦しくなる前に。音が、濁らぬ前に。



 ながく、長く。永く──。

 余韻が棚引いて、フッと消えた。


 パタリ。ゆっくりと、鍵盤に蓋をする。

 想いも迷いも。すべてをここに置いていこう。

 いつしか、静寂すらもが消え去っていた。

──了──

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは、かもめです。
いつもご発注どうもありがとうございました。
本来であればこのノベルは無かったのかなと思うにつけて、ご縁や偶然は怖いものだなと思います。

いずれ来るエンドロールには鳥太郎さんの名前も刻まれていると、そう確信しています。
ここまでに彼女を愛してくれて、ありがとうございました。
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かもめ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年10月09日

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