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『21gの未来』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&美空aa4136)&マルチナ・マンチコフaa5406

「いよいよか」
 医務室のベッドに横たわるソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はぽつり、天井目がけてつぶやいた
「いきなし動かんとってや。点滴ズレんで」
 やれやれとソーニャへ歩み寄り、彼女の肘の内側に差し込まれた点滴の針をチェックするのはマルチナ・マンチコフ(aa5406)だ。
「いつから医者の副業を始めた?」
「アホいいな。デグチはんは普通の人間ちゃうからな。ライヴス知らんお医者じゃどんもならん」
 点滴のほかにもソーニャの体には電極が貼り付けられており、さまざまな生体データが計られていた。そこから知れるのは、血流、血圧、体温諸々、身体機能すべてが低下していることだ。
「問題は原因やんなぁ。過労以外に思いつかんねやけど。あ、もういっこあるわ。それな」
「今さら聞いたところで意味も意義もあるまいよ」
 マルチナの言葉を遮り、ソーニャは小さく息をついた。
 確かに疲労していた。国を亡くした国民を守るため、国を取り戻すため、奪還成った後も復興を推し進めるため――ここまで息もつかずに駆け通してきた。ライヴス循環不全によって成長を止められた、400キロの体に鞭打ってだ。
 しかし、疲れているだけではないことをソーニャは自覚している。生ある者へ等しく訪れる死の指先が、彼女の顎先をなぜていることを。
 そうだ。小官の命はもう、尽きる。
 このまま斃れるのはいい。後を託せるだけのものは築いてきたつもりだし、この国に今必要なのは、民の心の先に輝く英雄だ。
 不肖の身なれど、小官の死が永く民を支える光となれるものならば本望。ただ願わくば小官の命を、この“ソーニャ・デグチャレフ”へと返して逝きたい。
 思いに沈むソーニャの肩をマルチナが軽く叩く。
「今日はなんも考えんと屁ぇこいて寝とき。よぉ寝て起きたら、新しい一日の始まりや」
 それはただの気休めで、励ましだ。
 しかし、ソーニャにとっては天啓そのものだった。
「そうか。寝て、起きて、新しい一日を……死を迎えた後蘇ることで新たな生が始まる。すでにそれを実践した者があるというのに、なぜ小官は思いつかなかったのだ」
 薄暗い熱に浮かされてかすれる声音。
 デグチはん、またアホなこと思いついた! マルチナは体を起こそうとしたソーニャにあわててかぶさり。
「デグチはんなにやる気出してんねやアカンて! 衣装班ー! デグチはんに超恥ずかしいちゃうかった、極東区域における対酷暑仕様慰問用制服持ってきてやー!」
「ええい、ここは祖国で今は秋だ! そんなもん着たら凍え死ぬわ! いや、最終的にはそれでいいのだが、ともかく! 小官にはこのたったひとつの冴えたやりかたを実行する義務がある!」


「なるほどであります」
 マルチナによってカルハリニャタン共和国統合軍司令部へ招待された美空(aa4136)は、応接間のソファにちんまり正座したまま甘いインスタントコーヒーをすする。
「そして共和国の戦闘糧食のコーヒーは超甘いのであります」
 ちなみに美空へそれが出された理由は「食べつけないものを食べてお腹壊すのはいけないのであります」という美空からの要求による。と、それはさておき。
「ソーニャさんのお葬式でありますね」
 きゃるんと丸い瞳を光らせて美空は確かめ。
「せや」
 マルチナは渋い顔をうなずかせた。
「本人が思い込んでもうたからなぁ。第零英雄の自分が死んだら、体ん中の能力者の魂が目ぇ醒ますんやーって。そんなんできたらほんとにクライスト(救世主)やで」
 ふむー。美空は戦闘糧食のエネルギーバーをぽくりと囓り、ふと首を傾げる。
「方法はどうするのであります? 古式ゆかしく短刀で? それとも追い詰められた司令官よろしくオートマチックで?」
「自害一択かい。――もうすぐ自然に死ぬからよろしくっちゅうことらしいで」
 これを聞いた美空は反対側に首を傾げた。
「そんな重大なお話に、どうして部外者の美空がお呼ばれしたのでありますか?」
 そんなん決まっとるやんか。マルチナは電卓を机上へ置いて。
「予算の問題や」

 実に明快な話である。
 今後を見据えたソーニャは、自らの葬式を慎ましい国葬にするつもりだったのだが、共和国の現首相にして防衛大臣と統合軍大将を兼任する“元大佐”は赦さなかった。ついでに復興議会もである。
 当然だ。ソーニャは祖国奪還の英雄であり、復興の旗印である。その死を喧伝して上がる士気など、現状の共和国にはありえない。
 加えてソーニャが死ぬなど信じていなかった、ということもあるだろう。確かに体調は芳しくないにせよ、マルチナの報告は彼女の死を告げるものではなかったのだから。
 と、いうわけで、ソーニャは自費による葬儀の準備にかかり、巻き込まれたマルチナは美空を引っぱり込んで体裁を整えることにしたわけだ。

「とにかく今はデグチはんの気が済むようにしたらんと。人間、思い込みで死ねるもんやからな……それに」
 この葬式ごっこ、もしかすればひとつの決着になるかもしれないとマルチナは思うから。


「小官の魂はやはり軍人。鎮魂曲をもって送られたい」
 自室のベッドに横たわったソーニャ希望にマルチナはうなずき。
「ブラスバンドは高ぁて呼べへんし、某小学校の3年生を課外授業っちゅう名目でお呼びしといたわ」
「……3年生がなにをする?」
 ソーニャとしては当然の疑問に、マルチナはすまし顔で応えた。
「縦笛で鎮魂曲演奏。めっちゃ練習してくれとるらしいで? なのにタダ! あ、みなさんにゃ飴ちゃん配るし、それデグチはん持ちやからな」
 ソーニャは病床(?)のただ中で悶絶した。
 世知辛い話である!

「ソーニャさんの葬儀の様子は美空のカメラで撮影するのであります」
 相変わらずベッドに寝たきりのソーニャは、ぴしりと敬礼を決めた美空をうさんくさげに見やる。なにせこのちんまい少女が絡んできたことにいい思い出がひとつもない。
「別に記録など撮らずともよい。元軍人にして現マイナーアイドルが死ぬというだけのことであるからな」
「いえ、記録は大事でありますよ。生配信サイトでの中継でおひねりがっぽがぽ稼いで美空も共和国も大もうけであります。にゃーたんタワー、いっぱい建てるのでありますよー」
 タワーは俗に云う有料ギフトというやつで、ネットの生配信に対して視聴者が贈ることのできる換金アイテムだ。配信サイトの取り分を引かれた額が配信者――この場合は美空――に入る。
「ソーニャさんの死は無駄にしないのであります」
 ソーニャは病床(?)のただ中で以下略。

「これは大佐殿、いや、大将閣下、ご足労をいただき光栄であります」
 嫌味を混ぜ込んだ慇懃な言葉で、ソーニャはベッドの上から見舞いに訪れた男へ敬礼を送る。
 それを鉄面皮で弾き返した彼は、持ってきた見舞い品の干しスクリパリを囓りながら言ったものだ。
 この時期に死ぬならせっかくだ。この事件とあの案件とその失策はすべて君のせいだったことにしていってくれたまえ。
 ソーニャは以下略。

 あれこれありつつ、ソーニャは順調に衰弱し続け、ついには身を起こすこともままならなくなった。
「……ようようと静かになったな。周囲も、貴公らも」
 霞む目を窓の外へ向け、ソーニャが笑う。ほんのわずかな動きに過ぎなかったが、ずっとそばについているマルチナと美空にはそうと知れた。
「もっとも、祖国が抱える闇のいくらかを押しつけられるのだ。死した後にはまた騒がしくなろうがな」
 この体の持ち主が死せるソーニャではないことを保証してくれるよう、元大佐には話をつけてある。そしてソーニャの“復活”を前にした人々は、闇よりもまずはその奇蹟の光に目をくらませられるはずだ。
 あとは、そう。
「小官の死後をどう扱ってくれても構わぬ。その代わり、目覚めたソーニャ・デグチャレフを頼みたい」
 マルチナは神妙な顔でうなずき、ソーニャに告げた。
「デグチはん、明日の午後には死ぬで。生体データから割り出したとこによると15時17分やな」
 そうか。
 ソーニャは左眼を閉ざし、元から空虚な右眼と同じ闇を見据えた。
 もうすぐ小官はあるべき闇底へと還る。たとえ墓標に唾吐かれ、盛り土を躙られるのだとしても、数えきれぬほど喪い続けた祖国の土の下で眠れるのだ。これ以上に望むことは、ない。
「とりあえず、死体掘り出されると厄介やし、土葬やなぁて火葬にすんで。焼き場の手配できんやったし、運びながら燃やすっちゅうこって」
「――なに?」
「出棺が会場の都合で14時半やん? なんで戦車のヒーターに直結した鉄板にお棺乗せてぇ、15時17分まで引っぱって引っぱって、加熱っちゅう感じで」
 寒冷地仕様の戦車にはエンジンを凍りつかせないためのヒーターが搭載されている。それで鉄板を熱するということらしいが。
「心配すんなっちゅうの。死んだらわかんなくなるんやからやぁ」
「その模様はライブ配信で! であります」
「……」


 果たして葬儀はしめやかに、縦笛の合奏に飾られて執り行われる。
 と言いつつまだ生きているソーニャの棺には、ピンクの花々とどこからか嗅ぎつけてきたらしい涙ファン諸兄の涙が詰め込まれ、美しいながらもどこかむさ苦しい有様である。
 元気なソーニャであったなら「鬱陶しいわ」と蹴り退けていたところだが、今は死を目前にした身。ただ粛々と埋もれている。
「ソーニャ・デグチャレフはまあ、なんちゅうかもう、惜しい人やったなぁって思います。ちゅうこって、そろそろ会場片づけんとなんで出棺してください」
 集まった近所の人たちへ一礼し、ファンの面々を雑に追いやって、喪主のマルチナが合図すれば。
 にゃーピンクで塗装された戦車がホーンを鳴らし、時速5キロでしずしずと走り出した。簡単に言えば時間稼ぎである。
「はい、今出棺されたのであります。ファンのみなさんが泣き崩れてたりして、実にキモいのであります。美空はこのまま戦車を追っかけるのでありますよー」
 大きなテレビカメラのレンズに向けてサムズアップした美空はそれを担ぎなおし、人波をちょこちょこ縫って戦車を追った。
 一方、戦車の上というか、鉄板の上に乗せられた棺の内のソーニャは。
 こうしていると感じるな。一秒ずつ、死へ近づいていることを。
 棺の外からソーニャを呼ぶ声がした。高い声、低い声、いくつもが重なって、不協和な輪唱を響かせる。
 そうか、まだ小官に罪は着せられておらぬのか。その程度の情があったことを、大将閣下に感謝せねばな。
 ああ、それにしてもあたたかい。死とは冷たいものであると思っていたが、どうやらそれは思い違いであったようだ。
 薄笑みを浮かべ、ソーニャはカウントゼロを待つ。不思議なものだ。死ぬというのに、どんどん体は軽くなり、心もまた晴れていった。
 ああ、いい気分だ。死後のことはもうどうでも暑い。
 暑い?
 ソーニャは左眼を見開き、狭い棺内を見回す。なんだこれは! 花から湯気が立っている!?
『デグチはん? 戦車の誤作動でなぁ、ヒーターのスイッチ入ってもうた。いやー、中古はこれやからアカンねやなぁ』
 どこかに仕込まれているらしいスピーカーからのんきなマルチナの声がして。
「ちょっと待て、小官まだ死んでおらんぞ!? マジのガチで蒸し焼きではないか!」
 わめいている間にも、熱はどんどん上がっていく。花は萎れ、棺の端から黒煙が――
 これが小官の最期!?
 葬式代をむしり取られ、罪をなすりつけられ、ライブ配信され、生きながら蒸し焼かれ……こんな最期を、納得できるのか!?
「できるかぁっ!」
 バン。棺の蓋を蹴り上げ、くわっと立ち上がる。そして気づいた。ここは今出てきたはずの葬儀会場で、飾り付けはすべて白からにゃーピンクにすげ替えられていて……しかも自分は、極東区域における対酷暑仕様慰問用制服“慰問用制服600-N12jS”を着せられていたことに。
「おかげであの熱に耐えられたのか、ではないわ! いったいどういうことなのだ!?」
 マルチナはガリガリ頭を掻いて。
『デグチはんの症状な、思い当たるんがもういっこあるゆうたやん?』
「マイク越しに言うな! で、なんなのだ!?」
『冷え性や』
 はい!?
『祖国って日本よか寒いやん? ライヴス循環不全に過労が乗っかって血の循環、悪ぅなってたんや。そら調子悪ぅなるわな。なんで、蒸し風呂であっためたったわけや』
 サウナはソーニャも知っているが、共和国はロシア文化圏で、風呂はバスタブひとつで済ませるのが定番だ。そして軍人の風呂は万国共通、烏の行水である。じっくり暖まって体を解す場ではなく、汚れを洗い流して離脱するだけの場所なのだ。
『――ともあれご希望どおり復活したんや。こっからがソーニャ・デグチャレフの出番やで』
 カメラを回しつつ美空が器用に機材をいじくって、キュー。
「にゃーたん復活ライブ、スタートであります!」
 ちゃりーんちゃりーん。美空の横に置かれたパソコンのスピーカーから、有料ギフトが贈られたことを示す効果音がして、それもまたオケのメロディに塗り潰されていった。
『やることわかってるやろ? これからもがっぽり復興資金稼いでもらわなあかんねやからな。今日はその第一歩っちゅうやつやで!』
 混乱しながらも体は勝手に動き出す。
 あれだけ寝たきりになっていたはずなのに、自分は無意識の内に四肢へ力を込め、体機能を保っていたらしい。
 そうか。小官は結局のところ、安らぎなど求めてはいなかったのだ。
 声は万全ならずとも、歌は自然に身の内から溢れだしてくる。
 歌い上げ、舞い踊り、ファン――彼らもまたマルチナと美空の手で招き入れられたのだろう――の咆哮を受け止めて。
 ソーニャは棺から踏み出した。歌うために、応えるために、なにより生きるために。
 小官は死に損なったわけだが……どうだ。こうなればいっしょにやらぬか? ソーニャ・デグチャレフなる道化を、この命続く限り。
 心の奥底へ語りかければ、ふわり。彼女の脇にやわらかな熱が並び。
 それは貴公に任せよう。ソーニャ・デグチャレフは小官ならず、貴公だ。道化と祖国の先とを押しつけた責は、この茶番を共連れてゆくことで取らせてもらう。
 そして熱は遠ざかる。遙か先へ。彼方高みへ。昇天などという言葉で片づけたくはなかったが、そう言うよりないだろうとも思う。
 魂の重さは21グラムだったか。それを失くした小官は、それ以上のものを背負ったわけだが。
 託されたものの重さは誰より承知している。
 そして託されたからには適当に果たさねば。
 ソーニャはソーニャを辞め損なったことを噛み締め、ソーニャを継続しなければならなくなったことに苦笑した。
 もう死んでいる暇も言い訳もなくなった。
 こうなれば貫くばかりだ。
 ソーニャ・デグチャレフという道化をな。


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2019年10月09日

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