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『優しき空と気さくな風の交差点』
イェルバートka1772)&ルキハ・ラスティネイルka2633

 今日も今日とてイェルバート(ka1772)は黙々と家路を進む。――といっても帰る所は畦道を抜けた先にある、いつも賑やかに駆動音が響いているような故郷のあの小さな機械工房ではない。殆ど眠る為だけに借り、時にはそれすら怠ることもある――そんな仕事場への通い易さを考慮した家だ。時間帯も宵の口も遠い真夜中である。同規模の町と比較すれば平均の域は出ないとはいえ、元の人口がそれなりに多いだけに女性一人で出歩くのはお勧め出来ない。もしこの頃の帰宅は珍しくないと包み隠さず話したなら、あの気さくな友は「イェル君、アナタも気をつけなさいね!」と年齢と経験の差を滲ませて優しく窘めるのかもしれないけれど。邪神戦争から早五年余りの年月が流れ、気が付けば目線の高さは随分変わった。久し振りに会った人には見違えたと言われるくらいに。だから。
(……会いたいなぁ)
 思いつつ、軽く肩を回せばポキポキ骨の鳴る音がする。取り組んでいる研究が大きな前進を見せようという状況で、このところ同僚に殺気を感じるレベルの修羅場が続いていた。当然ながらハンター業も当面の間休業し、フィールドワークに出向く予定もない。つい欠伸が出たのも、睡眠不足が祟っているせいだ。いっそ、運動を兼ねて遠い家を選ぶべきだったかと、ぼんやり考えている間に家に着き、ポストの中を探る。と、さらりと滑る感触にイェルバートはそれを手に取り裏返した。踊るのは自分が知る誰よりも流麗な文字。そして描かれているのは差出人であるルキハ・ラスティネイル(ka2633)の名前だ。最後の綴りがハートマークになっているのも相変わらずで、ふっと笑みが零れる。
 幾らか元気を取り戻して帰宅し、部屋に入るなりペーパーナイフを持ち、丁寧に封を切る。手に取り易いところに置くようになったのは、彼と祖父母がくれる手紙が待ち遠しいからに他ならない。これまでに貰ったものも大切に保管している。
 別の形だが偶然にも願いが叶った興奮が鼓動を高鳴らせた。椅子に腰掛けて、紙を広げた途端香るのはルキハが大人の嗜みと前からつけている香水とそれに混じる別の何かの匂いだ。――多分彼が手紙を書く場所にあるもの。郷土料理に足すスパイスとか、身近にいる動物とか。言うなればその町の色だ。稀にイェルバートも知っている場合もあるが知らないものの方がずっと多い。まるで目の前にいて話しているかのようなルキハの文面と共に、映像が頭の中に映し出された。一文一文を目で追う動きが止まる。
 いつもと同じ内容を綴っているのだと思っていた。途中までそうで、彼的には不本意だろうが思わず笑ってしまうエピソードから胸に迫る依頼の発端まで、感情を揺さぶられつつ読み進めた一番最後。
『P.S. そうそう、今後そっちに立ち寄る予定よ♪ もし時間があったら久し振りに会いましょ!』
 とその後更に到着予定日が記されていた。立ち上がり、カレンダーの前に近付く。丁度規定により休日となっているうえ特に依頼も入れていない。
「……何か運よく叶ったみたい?」
 呆然とし、頬をつまんでみるもしっかり痛い。そこでようやくルキハと会える事実が現実味を帯び、一人でにやける顔を覆い隠した。

「ほらほら、乾杯の音頭をとって」
「え、僕?」
「だってイェル君ももう立派な大人じゃない?」
「そうかな……ええっと、じゃあ再会と互いの健勝を祝して――」
『かんぱーい!』
 戸惑いつつのまだ馴染みが薄い乾杯の挨拶は、顔を合わせた時点で既に上機嫌だったルキハの楽しげな声音につられて若干勢いが増した。グラスの縁が触れ合う小気味いい音に合わせてなみなみと注がれた地酒が少し波立つ。初めて飲酒したのは帰省時で、祖父が用意してくれたそれは奮発した上等なものだった。その酒とは比べるまでもない、質より量を重視した安酒だが、気にした様子もなくルキハは飲み進める。幾らか飲んだところで息をついて、まじまじと注がれる視線。普段なら目を逸らしたくなるがルキハのそれは初対面の時から全く不快ではなかった。
「はぁ〜……元から文句なしの美男だったけど、更に男前に成長したわよねぇ」
「男前なのかな……? まあでも、よく一緒にいた頃よりだいぶ背は伸びたよ」
「もう殆どアタシと変わらないものね」
 感慨深げに溜め息をついて、しかしすぐに気を取り直すと「見れば見るほどかっこいいわ」とうっとりした声で言い身をよじらせる。以前からルキハのことをかっこいい人だと思っているだけに、同じ言葉を向けられるのが照れ臭かった。しかし彼も細身だが、イェルバートも線の細さは変わらないままなのでもう少し筋肉が欲しい今日この頃である。
 そういうルキハは元々外見的にも精神的にも成熟した大人なだけに、数年越しの再会にも違和感がない。ただ互いに別の生き方が主眼の為、ほんの少し距離は遠くなったように感じた。自分で選んで決めた人生なので、後悔は微塵もないけれど。きゃっきゃとはしゃいでいたルキハがふと自らの目の辺りを指差してみせる。
「研究のしすぎで目が悪くなっちゃったのかしら?」
「あー、違うよ。ちょっとは悪くなったかもしれないけどこれ伊達眼鏡だから」
「あら、そうなの?」
「うん。流石にずっとフードを被ってるのもどうかと思って、変えてみたんだ」
 とはいえ依頼を受ける際やフィールドワークの時には利便性の高さもあって、フード付きコートを愛用し続けているが。室内で顔を合わせる相手も一緒だ、普段はこの眼鏡で未だに人形めいていると表現されがちな顔を誤魔化し、人前では裸眼でいることの方が減った。
「よく似合ってるわ♪ お揃いみたいで何だか嬉しいわね!」
 ルキハは笑いながら言って、自身の眼鏡の蔓を動かしてみせた。その様子を見ていて、あまり考えず選んだつもりだったが、彼の影響で似た形のものに決めたのかもしれないと思う。
「それに機導浄化術の研究も順調だって風の噂に聞いてるわ。次に会う時には、すごい研究を実らせて偉人になってるかもね♪ 今の内にサインとか貰っておこうかしら」
 冗談めかした言葉の語尾はもし手紙だったらハートマークがついていそうだ。
「実現はまだまだ難しいけど……でも、もっと力入れて、負の領域を開拓出来ればって思ってる」
 負の領域全てを浄化しきるには何世代もかかるだろう。けれどその先駆けになりたい。欲をいえば豊かな農耕地にするのが夢だ。故郷が土地の痩せた農村部で、おまけに寒冷地という獲れる農作物が限られる環境だった故に尚更思う。だから頑張ろうと汗を掻いたグラスの前で拳を握る。と。

 ◆◇◆

 俯けばレンズが煌々とした光を跳ね、イェルバートの感情表現が控えめな中で口ほどに言う目が見え難くなる。ルキハはそっと身を乗り出し、対面に座る彼の細く伸びた大人らしい手に自らの手を重ねた。咄嗟に顔を上げ見えた目許に隈が浮かぶ。
「イェル君、頑張ることと無理することは違うのよ? アタシはアナタが目指す夢は叶う筈って心から応援してるわ。けれど、笑ってくれるのが一番なんだから。いつかその方が素敵だって言ったでしょ?」
 優しい彼に気遣わせないように、努めて柔らかい口調で語りかける。見た目が成長し、様々な経験を経て大人になった今もルキハにとってイェルバートは弟のような存在だ。するりと手を解いて座り直せば視線が追いかけてくる。
「ルキハさん……」
「アタシでいいなら話してみなさいな。言うだけで気が楽になることもあるわよ?」
 うん、と頷く彼の唇が安心したように笑みの形を作る。その後このバルの賑やかな空気に紛れる声で話したのは有り体にいえば研究室勤め故のしがらみだった。人間関係や派閥のいざこざに最近巻き込まれることが増えたという。
「爺ちゃん、これが嫌で田舎で機械工房やってたのかなあ……って思ったりもして」
 難しいなぁとイェルバートは己が立たされている現状についてそう締めくくった。初対面の相手にはとっつき難く、親しくなればその優しさに付け入る人間も出てくる。因習に囚われて、外からの文化を忌避する故郷を離れ、勝手気ままな放浪生活に戻った身としては色々思うところはある。
「誰も彼も、自分の居場所を守ろうと必死になってるんだわ」
「自分の居場所……」
「そう。大事なものだから執着するといった方が分かり易いかしら?」
 負の領域で人々が生活出来るようになればそれは革新的なことだが、それを結実させるには途方もない労力がいる。イェルバートが持っている熱意も。彼の同僚と面識のないルキハには彼らの思惑がどうかは分からない。ただ少なくとも、求める結果は同じなのだろう。自分だって、秘伝の魔法そのものは誇りに思っている。
「若いからって無理はしちゃダメ。でも色んな新しい刺激に触れるのはオススメよ。そうすれば見えるものもきっと変わってくるわ☆」
 言ってウインクをつければ、イェルバートはふっと堪えきれず吹き出す。それは当時の面影を映して、けれど確実に成長し続けてきたことが窺える、そんな可愛らしい笑みだった。

「今日お仕事なのに、お見送りしてくれてありがとうね♪」
 数年振りに再会して営業時間ギリギリまで話し、駆け込みで宿屋を探そうと思っていたが、イェルバートに強く勧められて部屋で寝泊りさせてもらった。滞在期間は幸運にも休日と重なっていて、観光案内をしてもらったり、部外者でも立ち入れる範囲で研究室にもお邪魔させてもらったり。思い返せど只管楽しい三日間だった。最低限に纏めた荷物を手に振り返れば、家を出てからというもの、寂しいと顔に書いてあるイェルバートがいる。思いを振り切るよう頭を振り、意を決して彼は口を開く。
「あの、ルキハさん。久し振りに会えてすごく嬉しかった。でも今度は僕からもルキハさんに会いに行くから!」
 同じ高さの目には心配は要らないと言わんばかりの意志の光が宿る。ルキハは微笑んでみせた。
「その前にまず、研究に没頭しすぎて寝落ちするのはやめなさいね?」
「それは……ええと」
 簡単に確約は出来ないと口籠る真面目さに笑みが深まる。仲のいい同僚によって時々書類の山に囲まれたまま寝ていると暴露された時のイェルバートは恥ずかしそうだった。
「冗談! アタシはこの通り旅烏だから捕まえるのは簡単じゃないわ。でも会いに来るなら大歓迎よ」
 言いながらぎゅっと抱きしめればその成長がよく分かる。回し返される腕に名残惜しさを覚えつつ離れた。何年も経っても環境が変わっても、これからも大切な友人であることに変わりなく。レンズの奥の瞳が嬉しそうに細まったのが微笑ましい。特に表情を隠せていないのは内緒にしておこう。
(これはこれで可愛いしね☆)
 とまあそれはさておき――。
「ちなみに、だけど……これからどこに行くか訊いてもいい?」
「そうねぇ、次は西に向かおうかしら。前にバルで飲んだお酒、そっちが原産らしいから本場の味を確かめに行くわ」
 そっかとイェルバートは頷いた。彼への手紙に記したように、ルキハはイケメンの噂を聞けば山を越え、美酒の噂を聞けば海を越えと、自らの好みに忠実な旅を続けている。その旅先でも小物の歪虚が起こす事件や戦後の治安悪化に伴う小競り合い等の解決に関わることが多い。それでもやはりハンターとして活動していた頃とは色々と勝手が異なるが。国の目が行き届かない場末、そこで腐らずに自分らしく生きようとする人間は美しい。今は研究がメインのイェルバートにも折々の手紙を通じ、その空気が伝えられればと思う。手紙では「世直し旅よぉ☆」と冗談っぽく語りながら好きでやっていることだ。
「それじゃ、またねぇ〜」
「うん。またいつか必ず」
 言葉と一緒に差し伸べられる細く長い大人の手。ルキハはそれを見下ろして、すぐに握る。イェルバートも同じように握り返してきて擽ったさにどちらからともなく、ふっと笑った。彼は彼で研究室へと行かなければいけない時間なので、手を振りそれぞれ別の道を歩む。
 きっと自分は一生風のようにあり続けるだろう。しかし頭上にはいつも優しい空があって、まっすぐ一つの夢を追い続ける筈だから、離れていても寂しくはない。この先も道が交わる日は訪れる。
「次に会う時が楽しみだわ!」
 そう声を弾ませれば足取りもまた軽やかになり、吹き抜ける爽やかな風の中をルキハは一人進み出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
途中、大人になったイェルくんが今置かれている状況と
過去にルキハさんも経験したかもしれないという共通点から
人間関係と絡めてみた結果、若干シリアス風になりましたが
全体で見るとなごやかな雰囲気にまとまっている……筈です。
もしもご希望に沿えていなかったら申し訳ないです。
イェルくんの周りにはどういう人がいるんだろうか、
ルキハさんの一期一会の出会いにはどういうやり取りが
あったんだろうか、そんなお話とは直接関係のない部分まで
想像が膨らむほど、とても楽しんで書かせていただきました。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年10月11日

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