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『選ばなくなった道』
ユリアン・クレティエka1664

 どうしてこんな所まで来たのかを問うのなら。
 きっと自分は、思考を何よりも明確にしたかった。

 吸い込む空気が薄い、周辺の多くは岩と土で、草木は森という形で遥か遠方にしか見えない。
 膝ほどの高さにある岩を見繕い、安定している事を確認してユリアン(ka1664)はその上に腰を下ろす。残量を確認しながら水筒の水を口に含み、呆れのような笑みを心の中の自分に向けた。

 世界を一望する。
 人工物は何一つ存在せず、岩盤と絶壁だけが背にあり、眼前の空は少し色褪せていて、薄い大気が冷たさを帯びて顔を撫でる。
 険しいと表現するのに何ら遜色がない高山、下調べに数日かけて、此処まで来るのに更に多くの時間をかけた。
 相棒のグリフォンの手を借りたら此処まで苦労はしなかったと思う。
 知識や慎重さが要求される事には変わりないが、彼らなら通常は行けないルートだって選択する事が出来たし、体力を肩代わりしてくれる事が可能で、夜はその体温と羽毛を分けてくれる。
 心強い相棒だと思う、でも今回はその助けを借りないことを選択した。

 思考を明確にしたかった、即ち自分を見つめ直したかったという事で、何より“道”を選ぶ事の勘を取り戻したかった。
 今選ぼうとしている道は果たして自分に抜けられるものなのか、生きて帰れるのか、リスクはどれくらいなのか。
 “なんとなく”じゃ駄目だ、思い浮かぶ懸念を明確化するように務め、自分の中で討論と対策を重ねていく。

 以前は経験と感覚で漠然と選ぶ事が出来た、死にたかった訳ではなかったけれど、そうなっても仕方ないという無頓着さは心のどこかでちらついていた。死にたかった訳じゃないのだ、ただ、そこまで執着してなかっただけで。

 此処は違う、無計画では確実に死ぬ。
 下調べを念入りにして尚起こり得るリスクと予想外、全ての対策を突破されて自身に不測があった場合、果たして自分は生き残れるのか。
 そもそもとして――自分は彼女を連れて、危険から生還するだけの覚悟と足掻きを持てるのかどうか。

「……まぁ、それにしたって此処は極端すぎるけど」
 どれ位あるかわかったものじゃない崖下を一瞥し、万が一にも吸い込まれないように視線を切る。
 無自覚というのも中々馬鹿にならない、そして此処から落ちて無事で済む算段はユリアンにはついてなかった。
 崖に背を向ける、自分にどうしようもないなら近づかないことだって選択だ、今の自分にとって、そういう選び方もなしではないと思える。

 高い場所から一望する風景を振り返って、今一度目に焼き付けた。
 この場所だけで見れるものは確かにあったけれど、違う道を選択に入れる自身を後悔することはないだろう。
 危機感と勘は必要だ、いつも最善が選べるとは限らないから。
 此処で得た感覚を大切に抱えて、ユリアンは違う道を歩いていく。

 惰弱? その通りだ、此処に来るまで何度も自身を責め続けた。
 強さを張り続けることはできず、自身を見つめる事にすら数えきれない回り道をした。
 次は出来るとか、出来るまで強くなるとか、そんな結論に自身が至ることはついぞなかった。
 自分を過信する事は二度と出来なくて、だから、崖っぷちに立つ今のような、ひりつくまでの危機感を必要としていた。
 大切なものを間違えることなど、もう二度と許したくない。
 逃げる時は一緒に行こう、近くにいなくて守れるものなど無いと、十分思い知ったから。
 かつて犯してしまった間違いに手を合わせて、痛みを心に埋め、再び歩き出す。

 選ばなくなったものがあるけど、それは代償ではない。ただ選ばなくなったもの以上の誰かが席に座っただけ。
 誰かの事を考えて選んだ旅路を悪く思うことはない、少し新鮮で、感慨深くて、君が奏でる旋律はどんなものだろうと思いが募る。
 少ししたらこの話をしてもいい、どんな道を選ぶかは、二人で話し合って決めよう。

 でもこの事はもう少し秘めたままで。
 何かあった時は君を連れて逃げようと思っているけど、もう少しは危険のない優しい世界で君と笑いたい。
 君が強い事、一緒に歩いてくれる事を知っているけれど、出来るなら綺麗に笑って欲しいから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせしました。
次は出来るとか、出来るまで頑張るとか、そういう結論に至らなかったのがユリアン君らしさかな……と思った心情でした。
生きるかどうかの選択をする時は、きっと無自覚に顔が険しくなってしまう。いずれ訪れる事にしても、もう少し先延ばしにしたい……というちょっとしたわがままでした。ユリアン君の甘さは多分こっち方面かなぁって。
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ファナティックブラッド
2019年10月15日

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