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『踏みしめた世界は、限り無くて この想いに果ては無い』
鞍馬 真ka5819)&カートゥル(ワイバーン)ka5819unit005

 快晴だった。
 雲ひとつ無い朝の空はいっそう澄み渡ってみえた。涼しい風が頬を撫でていくと、鞍馬 真(ka5819)はごく自然に笑みを浮かべる。
 いい天気だ。雨が悪いと言うつもりはないが、遠出をしようという朝はやはりこんな天気がいい。思って横を見れば、伊佐美 透(kz0243)もやはり同じような微笑を浮かべて空を見つめていた。
 見上げて、では無い。空の青は今二人が真っ直ぐに見つめるその先に広がっていた。地平まで見渡せる平原、その上を飛んでいく旅路。二人を乗せる真の愛龍カートゥル(ka5819unit005)もまた、気持ち良さそうに一鳴きする。
 目的地まで、その気になれば転移門であっという間に辿り着くこともできる。それでも今回、あえて飛龍での移動を選んだのは、これが世界を見て回る為の旅行だからだ。
 ……透がリアルブルーへと帰る、その前に。
 互いに新しい生活を始めて、また忙しくなる前にと。
 翼がはためき、風を切っていく。流れていく景色を、その空と大地を、二人見つめながら進んでいく。
 草原を。森を。湖畔を。次々と表情を変えていく世界に。
「……この世界は、広いなあ。それに、綺麗だ」
 と、透がぽつりと言った。
 その横顔を、真は感慨深く見ていた。
 これらは透が今まで目に入れつつも意識から逸らしていた物だ。帰れるか帰れないかはっきりしないその中で。どうしても帰らなければ、やり残したことがあるんだという想いを、この世界への愛着が越えてしまわないように。
 今、全てを終えて。
 ようやく彼は、何の蟠りもなくありのままの想いで広がる光景をその眼に写し、受け止めているのだ。
「……この旅が、きみの、この世界の思い出として残ってくれたら、嬉しいな」
 囁くように真が言った。
「……うん。楽しい旅に、しような」
 透が応えると、カートゥルもそこに加わる様に鳴き声を上げて。
 勿論君の事も忘れてないよ、と、二人、顔を見合わせて微笑みあったのだった。

 目的地へと近づいて行くと大地ははっきりとこれまでと異なる様相を見せ始める。
 初めに変化を感じたのは風だった。撫でるようなそれに鋭さが混じる。はっきりと刺すようなものに変わる前に防寒具を取り出し纏うと、眼下の景色からはちらちらと白い輝きが見て取れるようになった。
 この地になお生える草葉の露が凍り、土には霜が降りて……やがて氷原へと突入する。
 カートゥルが一層強く羽ばたいて、高い声で鳴いた。
 大丈夫か? 無理させてないかと透が視線で問うと、真は頷く。
「どちらかというと少しはしゃいでるんだと思うよ。……カートゥルにとっては故郷だから」
「ああ、……そっか。そうだったな」
 言われて透は思いだしたのか、少し照れくさそうに鼻頭を掻く。
 行先を考えれば当然の事ではあった。
 眼下の景色に視線を向ければ、何時しかそこはもう完全に雪と氷に覆われた蒼く輝く大地。
 顔を上げれば、飛竜便の影が横切っていくのが遠目に確認できた。
 極寒の北方の地。ワイバーンたちの故郷──北方王国リグ・サンガマの龍園ヴリトラルカ。
 それが今回、真が提案した目的地だった。
 真は何度か訪れたことはあるが、透はこれが初めてだ。
 過酷な地に暮らしていくための特徴的な街並みに、飛龍と共に在る生活。
 羽ばたきの音に顔を上げると、カートゥルが数匹の群れに向かって飛び立つところだった。仲間に帰郷の挨拶、といった風情だろうか。
「行ってらっしゃい! ゆっくりしてきてね!」
 暫くは同族水入らずの時間もいいだろう。真が声を上げて手を振ると、カートゥルも嬉しそうに応えるように鳴いて、群れと共に暫く空を旋回したのちに離れていった。
「……こういうのも、良い光景だな」
 複数の飛龍が仲良さそうに飛び立っていった光景、その名残の空を暫く見上げながら透が言った。
「うん。……それじゃ、私たちも観光に回ろうか」
 真も満足げに頷いてから、そうして二人は暫し異郷の街を散策に出るのだった。

 龍園の中を歩いて回る。初めて来た透は勿論、真もまだ馴染みがあるとは言い難い。この土地ならではの料理を味わったりしつつ興味深くあちこちに視線を送る。
 ……逆に。特に行事があるとハンターオフィスに告知があったわけではない、ふらりと観光に訪れたという二人もまた、龍園にとって気になる存在ではあっただろう。
 歓迎の声をかけてくるものが居て──それから、遠目に警戒を感じさせるものが居た。
 青龍を信仰するこの国の民はその教えに従い長らく他の世界の人類を排他的に考えていた。
 交流が開かれた今、だからこそ積極的に外の者と関わろうとする者も居るが、長らく根付いていた感覚というものを払拭しきれるほどの年月は経っていないだろう。見慣れぬ姿に戸惑う反応は、まだ当然と言えた。
 変わりゆく環境に敏感に反応し馴染もうとする者と、かねてよりの価値観が消えてゆくことを危惧する者。どちらが間違いとは、一概に言えまい。
 だからただ、この空気は。
「クリムゾンウェストとリアルブルーは。覚醒者とそうでない人は、これからどうなってゆくだろうね」
 ふと呟いた真に透が頷く。これから交わっていくだろう世界。その過渡にある中で、己は何をするのか、どうあるのか。
 この国の空気は、そんなことを考えさせもした。
 一通り龍園内部を見て回ると、飛龍便に乗って氷のドームの設置された郊外の氷原へと向かう。
 大きな飛龍はそれに見合う大らかな性格なのか、懐くように擦り寄る真を、客も少ないし時間もあるからと受け入れていた。うっとりと幸せそうな真は、透は良いの? と言いたげな視線を向けたが……透の眼には、普段依頼で目にするよりも一回りか二回りも大きいワイバーンは威厳と迫力ある存在で、遠慮というより純粋に、遠巻きに見ている方が良かった。珍しくデレデレとしている真の姿も含めて、かもしれないが。
 そんな一幕もあった後、二人は手ごろなドームを目指して歩き始める。
 氷の世界。半透明のドームが立ち並ぶ景色はそれだけでも幻想的だった。吐く息も凍り煌くような道行き。氷原用の装備で踏みしめる足元の感触。何もかもが非日常を感じさせる体験。
 二人で過ごすのに程よい大きさのドームの一つに入ると、風を感じなくなったそこは思った以上に快適で、思わず安堵の息が漏れた。
 腰を落ち着けると、そこでも一度、顔を見合わせて微笑み合う。
 これからは、待ち時間。
 オーロラが現れるまで、ここで二人、じっくりと待つ。
 時折に、暖めたコケモモ酒を勧める者がやってくるので、ちびりちびりとそれをやりながら、いくらでも尽きない会話をして。
 真がそれを切り出したのは、そんな中の話題の一つだった。

「……私は、一先ずは、こちらの世界でハンターを続けていこうと思うんだ」
 伏せがちな目で、遠慮がちに真が言ったことは。はっきりと二人の生活が分かれることになるだろうその前に伝えておきたい事だった。
「……私は、ハンターとしての生き方しか知らないからね。今更別の生き方ができるとも思えない」
 落とした視線の先には両手で包んだカップのコケモモ酒の水面。生まれた間を取り持つように一口付ける。ぬるくなっていた。
「すぐに連絡が取れる場所に居なくてごめん。でも、公演が決まったら絶対に見に行くから」
 そうしてから、付け足すように──でも本心から約束するつもりのそれを──言うと。
「……ん」
 透は、一度短くそれだけ言って、少し考えるような顔をしたあと……そっと、真に向かって手を伸ばした。
 透の指先が向かったのは真の手にだった。カップを持つ手の甲に触れると、真はきょとんとした表情を浮かべて、だけど促されるように片手をカップから離す。
 そっと、透はそのまま真の手を取った。
「邪神戦が終わった後にさ、ハンターオフィスで再会して……あの時、君が手を取ってくれたじゃないか」
「……? ああ、うん。そうだった、ね」
 突然の話の転換に戸惑いつつも、思い出して真は照れ笑いを浮かべた。感極まって、思わず、だったけど……──。
「あの時さ。ふと思ったんだよな。……剣胼胝すごいよな、って」
 握る、というより手相を見るように掌を上にして捧げ持って。その掌を透の親指が撫ぜていく。
 勿論、それなりにハンターとしてやってきた透の掌だってその痕は残しているわけだが……それでも、『似たような物』というには憚られた。
 この手に滲んでいったもの。
 染み込んでいったもの。
 あくまでハンターを「帰還方法を探すための手段」と考えていた透より、もっと重く。もっと深く。
「今更別の生き方……か」
 改めるように、透は真の言葉を繰り返してみて。そうして。
 目を閉じて、また掌をなぞると。
「……うん」
 応援するというより。
 肯定するというより。
 ただただ、納得するように、深くゆっくりと頷いて。
 それから……──

「あ」
 声を上げてから、思ったよりも大きいそれに真自身も驚いていたように思う。
「え?」
 当然透は目を丸くして硬直する。そのままの姿勢──手を降ろして真の手から離しかけたところ──で。
「ご、ごめんその、つい……」
 言いながら、意識が手の甲に向かっていくのをそこで真は自覚した。さっきまで……いや、今もすぐそこにある、温もりに。
「ごめん。嬉しくて」
 そう言って一度手を引いて、今度は真から、包むように透の手を握った。
 その感触。その温度が。
「二人とも生きているんだなあって、急に実感して」
 それは。
 至極当たり前のようであって、少し前まではそうじゃなかった。
 思い返す戦いの場面のいくつか。あと少しずれただけで、生きてはいなかったと思うところも実際あって。
 今ここでこうしているのは、ギリギリを潜り抜けてきた果てなのだ──それこそ、奇跡のように。
 そのことが、今。じわじわと、さざ波のように胸を満たしていって。
「……さっきの、話だけどさ」
「うん?」
「ハンターを続けるってことは、当面、オフィスとは繋がりがあるんだよな? ……だったら全然問題ないよ」
 それだったら十分、公演に関する連絡は間に合うと透は言う。
「リアルブルーに来るんだったらさ。その時は……飯くらい一緒に行こうよ。俺だってこっちに来るときは連絡する……しさ……」
 伝える透の声には、少しずつ涙が滲んでいた。
「うん……うん!」
 その意味を理解して、応える真の声も震えていく。
 必死で前を見てきた。希望を口にしてきた──本当は、不安でたまらなかった。
 だけど、これからは。
 希望なんて大層なものでなく、何の強がりも誤魔化しも無く、もっと──ただの約束、何気ない誘いとして……未来の話をして良いんだろうか。
 再び重なる掌に感じた、その時。
 ──空が輝いた。
「……」
「……」
 二人同時。声もなく、呆然と空を見上げた。
 濡れた眼球に、光が乱反射する。
 ほろりと涙がこぼれて落ちると、滲んで一面に輝いていたそれが、光のカーテンの輪郭に収束していく。
 初めにぼやけてしまったそのことすら、今この時、この気持ちでしか見られない光景だった。
 この瞬間を共にした、それは。
 どう言葉にしても違ってしまう気がして、あとは二人ただ、無言で空を見上げ続けた。

「お待たせカートゥル。そっちもゆっくりできた?」
 思い出深い旅行も帰りの時を迎えて。真と再会したカートゥルは、里心が付くんじゃないか、なんて心配は皆無という風に真と仲睦まじく寄り添っていた。
 世話になった龍園の人たちに、飛龍たちに、帰還を伝えると共に感謝を述べて、そして来た道と同じように、二人カートゥルの背に乗って帰路に飛び立つ。
 氷原を抜け、大地を吹く風がまた柔らかなものに変わる頃。
 労いと、離れていた間の機嫌を取る様にとふと真が笛を奏でると、透がそこに歌声を乗せて。
 その邪魔にならぬよう、合間にカートゥルが機嫌のよい声を上げる。
 心地の良い時間。
 心地の良い旅。
 帰り道、その時までも。
 世界が、互いの生活がもうすぐ変わりゆく、その節目の時間。
 また思い出を、一節として重ねていく。
 それでも。この旋律はきっとまだ続いていく。
 まだ見ぬ光景、この先の未来へと──









━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注有難うございます。
やあ、色々あったけど色々決着して、もう言うべきことも言ったしあとはほのぼの余生かなーとか発注文見るまでは思ってたんですが。
なんかまたこう、色々と溢れてきてすみません。
ところでまあ呟きとかは本来はIFでシナリオには反映できないんですが。OMCだからその辺そういうこともあったことにしちゃっていいよね!
段々何が史実でそうでないのか分からなくなりそうですね。気を付けます(
堪能させていただきましたが、互いに思い出となる旅に出来たでしょうか。
改めて、ご発注有難うございました。
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2019年10月15日

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