▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『紫煙の語らい』
ケヴィンla0192)&Ashen Rowanla0255


 映画館の昏い室内を、スクリーンの光が照らす。静かな空間に、役者の台詞と客が啜り泣く声が響いた。
 物語は引き裂かれたヒーローとヒロインが、涙の再会を果たすクライマックスまっただ中だ。
 ケヴィン(la0192)はポップコーンを口に放り込みつつ、冷めた目で見つめる。
(「全米が泣いた」って大げさすぎないか?)
 知人から面白いらしいと勧められたアクション映画。ライセンサーとナイトメアが激戦を繰り広げる姿は、戦闘に慣れない者がみたら、迫力を感じるのだろうが、所詮子供だましだよなという感想しかでてこない。
 ストローを咥えて吸おうとして、中身が無い事に気がついた。ポップコーンの塩気のせいで、喉が渇いてしかたがない。見終わったら茶でも飲みに行くかと思いつつ、ドリンクホルダーに置いたところで気がついた。
 隣の女性を挟んで、その向こうに見知った顔がいた。Ashen Rowan(la0255)だ。
 普段から陰気な雰囲気を漂わせている男だが、今日は一段と不機嫌そうに映画を見ている。

 ふとRowanが横を見て、ケヴィンと視線があった。
 他の客がむせび泣く中で、ただ二人だけが真顔だった。それが、たぶん、理由かもしれない。なんとなく映画の後に茶を飲みに行くかとなったのは。



 映画館をでると、秋晴れの日差しに目を細める。陽の光は暖かいが風は強く、体感温度は涼しい。
 ワインレッドのタートルネックセーターに、黒の薄手のコートを羽織ったケヴィンは、夜にはもっと冷えるかもしれないと思いながら肩をすくめた。
 生身より冷える義手に、手袋が必要だったなと。
 Rowanのコーディネートは、黒のVネックカットソーに、秋らしく、ダークブラウンのモッズコート。フードのファーのもこもこが、温かそうだ。
 不機嫌な表情のまま、行列の先をじっと見つめる。
「……茶と聞いたが、これか?」
 ケヴィンが選んだのは、今流行のタピオカドリンクだ。スタンドの周りは女子供だらけで、騒がしい。
「前から飲んでみたいと思ってたんだけど、一人で並ぶのもね」
 ケヴィンが機嫌良くメニューを見るのを横目に、苛立たしげに、コツコツとつま先で地面を叩いた。
 こんな時シガリロでも咥えたいものだが、ここは女子供が多すぎて、煙をだすのが憚られる。
 その点ケヴィンの電子煙草は問題なく、気持ちよさそうに吸っていて、それがまた不機嫌のタネの一つだ。
「ミルクティーって言っても紅茶だけじゃないんだな。ジャスミンティー、ほうじ茶……鉄観音? って何だ?」
「────ウーロン茶だ」
 ちょうど順番が来た為に、ささっと鉄観音のタピオカミルクティーを頼んでRowanは行列を抜ける。
「あ、俺もそれで、タピオカ多めでお願いね、お嬢さん」
 軽い調子で笑みを浮かべながら、受け取って後を追った。
「茶に詳しいんだね」
「たまたま知っていたにすぎない」
 鉄観音はウーロン茶の中でも味が濃い。深いコクと香ばしい香りが、少しだけ煙草を思わせる。それが落ち着く。
 テーブルはどこも混み合っていた為、少し離れた公園のベンチに並んで座った。
 さっそくケヴィンはミルクティーを口にする。ウーロン茶のミルクティーってどうなの? と思ったが、存外悪くない。紅茶よりもすっきりしていて甘すぎないのが気に入った。
「悪くないね。これ。ミルクティーが甘さ控えめな分、タピオカがしっかり甘くて」
「……甘い」
 顰めっ面で啜るRowanの様子に、ケヴィンは軽薄な笑みで返す。
「映画なんて興味があったんだ」
「……銭湯の知人からチケットを貰ったから来ただけだ」
 言外にそうでなければ来ないという含みがあった。
 枯れ葉がはらりと舞う公園で、並んでタピオカをもちもちしつつ、互いになんとなく映画の感想を話し始める。
「物語の進め方、人物への感情移入など、作品としては良く出来ている」
「扇動映画としてはいい出来だが、戦場の作りこみが甘い」
「戦場の描写に現実と差異があるが、娯楽映画である以上陰惨な描写は抑えるべきだ。プロパガンダとしても優秀だろう」
 扇動・プロパガンダ。民間人に対しライセンサーへの憧れを強める為の映画。そうわかってしまったから、二人は映画に感情移入できない。
 扇動内容としては若干複雑な思いもあるものの。今の時代妥当だ。こんなもんだよなーの一言でケヴィンは終わりにするのだが、Rowanはそうはいかないようだ。
「実際の戦場を知らない者が好みそうな内容だ……反吐が出る」
 映画の中でライセンサーは一人では無かった。主人公を助ける少年は、まだ10歳程度。
 敵と戦い怪我をしても健気に笑うその姿を思い浮かべるだけで、Rowanの眉間の皺が深くなるばかりだ。
 そんなRowanの不機嫌な理由を、なんとなくケヴィンは察しがついてしまう。でも何も言わない。
(本当善人ばかりだな)
 子供だろうがなんだろうが、戦力になるんなら問題ない。そうケヴィンは割り切れてしまう。しかし、周りの連中はそうでもない奴らばかりだ。
 甘ったるいタピオカミルクティーに、嫌気が差したという感じで、Rowanはシガリロを咥えながら、ぽつりと呟く。
「────時間はあるか? 口直しに何か食べたい」
「ん? 良いけど……」
 映画館、ミルクティーと散在したせいか、根が貧乏性なケヴィンは、高い店に行きたくないなと思ってしまう。
「ハンバーガーが食いたいなぁ」
「甘くなければ何でもかまわない」
「何なら奢ってくれてもいいんだぜ?」
 ニヤニヤと親指と人差し指で丸を作って見せるケヴィンを一瞥して、その顔にシガリロの紫煙を吹きかけた。
「……好きにしろ」



 奢りと聞いたら遠慮はいらない。
「チーズバーガーの大きい奴にアボカドを入れて、ポテトのLとコーラ」
「……ハンバーガーのSとコーヒー」
 ケヴィンがあれこれと注文する隣で、Rowanのメニューは明らかに少ない。
「それだけ?」
「タピオカが重い」
 食の細いRowanには、Sサイズのハンバーガーでさえ多い。
 席について熱いコーヒーを口にして、ほっと息を吐いたところで、Rowanはぼんやりと思う。
 あの映画を見た後は最悪な気分だったが、今はまだマシだ。一人で溜め込まずに、感想を吐き出したからかもしれない。
 大口を開けて美味そうにハンバーガーを食べるケヴィン見ると、どうして二人でハンバーガーなど食っているのだろうかと不思議な気分になる。
 この男に足を撃ち抜かれた事がある。
 作戦方針の食い違いはあったが、任務で必要な事であったし、その事を恨む気はない──行いには行いで返すべきだとは思うし、同じ戦場になった時を楽しみにしていろと思っているが。
 向こうもそれに悪びれる様子もない。
 普通なら穏便に食事をする仲ではないだろうが、自分達は普通ではないのだろう。
 存外、感性が近しいのかもしれない。異星人のように理解不能な知人に比べれば、ずっとマシだ。
 ハンバーガーをぺろりと平らげ、コーラを啜った所で、ケヴィンははぁーと大きく息を吐いた。
「最近も銭湯にあいつは来てるのかい?」
 あいつと言われてすぐ思いついた。あの異星人だ。
「いや。銭湯では見かけてない」
「また色々騒がれたら、たまったもんじゃないよな。療養中に窓をぶち破られて襲撃されたこともあって。ほんと何で捕まらないのあいつ」
 大きくため息をついて、不機嫌そうにテーブルの足をカンっと蹴りつけた。だいぶご立腹のようだ。
「アレならやりかねない」
 さもありなんと納得しつつ、アレの同居人のちびっ子を思い浮かべて、思わず眉間に皺が寄った。食べかけのハンバーガーをおいて、シガリロを咥える。
「アレのツレに、最近家の場所を何度も聞かれている」
「……小さいのが? うろうろと? あー、ご愁傷さま。聞かれたら答えるの?」
「絶対に教えない」
「尾行されて、特定されたりして」
「隠れ家を複数用意する」
 徹底して関わりたくない。そういうRowanの態度は、一周回って相手を意識しているようにも見えた。どうでも良い人間であれば、放置すればよいのだから。
「いやぁ、大変だねぇ」
 言葉とは裏腹に、ケヴィンは楽しそうに唇の端をつり上げていた。


 先に食べ終えたケヴィンは、電子煙草で一服しながら、Rowanが黙々と食べる姿をぼんやり見ていた。
 灰皿に置かれたシガリロの紫煙に、独特の臭いが混じってる。ただの煙草ではないのだろう。
 Rowanとは何度か共に仕事をした程度の知り合いで、好きでも嫌いでもない。なのに妙にしっくりくるのは、たぶんこの紫煙のせいだ。
 煙草の臭いは染みついて落ちない。この電子煙草に混じる物を辞められずに、己を蝕むように。
 Rowanもケヴィンも、常に燻る戦火の臭いを消し去れない。切り離せない。
 平和な日常の中で、誰にも気づかれなくても、いつも灰の臭いを漂わせている。同類なのだろう。

「……寄っていくか?」
「良いね。温まりそうだ」

 何処へとは言わなかった。いつもこの男は一言足りない。それでもわかった。いつもの所だろう。
 二人が贔屓にしている銭湯だ。



 ハンバーガー屋を出る頃には、既に空は暗くなっていた。雲が分厚く、星も月も見えない。秋風が頬を掠め、その寒さにケヴィンは思わずくしゃみがでた。
 やっぱり手袋が欲しかった。肩をすくめ、ため息を吐くと、その息は白い。
 早く湯船に浸かりたいと、自然と歩くスピードが速くなった。

 銭湯へ着いたら、いそいそと服を脱ぎ、引き戸をがらりと開けた。風呂場の中は柑橘類の香りが漂っている。
 その香りを楽しみつつ、手早く身体を洗って、タオルを頭に湯船に浸かる。湯の温かさにケヴィンは思わず声あげた。

「はーさっぱり、柚子湯かいいねぇ。爽やかで」
「──冬至にはまだ早いが。悪くない」

 両腕の義手を湯につけぬよう、縁にだらんと乗せながら、ケヴィンはちらりと横を見る。いつも思う。風呂場でも眼帯? なんで?
 でも言わない。その代わりに湯船に漂う黄色いひよこのおもちゃに手を伸ばす。くちばしをつつくと、湯の上でゆらゆらと揺れる。それが妙におかしい。

「今日はリチャードがいるんだな」

 ひよこのリチャードを追うケヴィンの視線は少年のようで、稀に見せるこういう子供っぽいところが、よくわからないとRowanは思う。
 左手で湯をすくい上げ、右肘にかけた。その先に手はない。
 ケヴィンの様に義手にする事は可能なのだろう。だが今のところその気は無い。今のままでも不自由はない。
 身体の一部を失った者同士という、奇妙な共通点に……親近感を感じる事は無い。戦いに身を置くものなら、これくらい当たり前だ。

「映画館で会った時は、ローワン君とこんな一日を過ごすとは、思わなかったよ。でも、たまにはこういう日も悪くないな」
「……休養は必要だ。肉体的にも、精神的にも」
「じゃあ、また今度休養しようよ。その時は奢ってくれる? 今度はラーメンがいいなぁ」
「──断る」

 不機嫌そうな表情なのだが、銭湯で気分が良いのか、微かに表情が柔らかい気がしないでもない。
 そのまま二人でとりとめもない話をしながら、湯の温かさを楽しんだ。
 いつもは客の多い賑やかな銭湯だが、今日は他に客は来ず、二人で貸し切りだった。

 休息は必要だ。誰にとっても、ひとしく。
 特に二人にとって、身体に染みついた、煙の臭いを洗い流す時間が、必要なのかもしれない。
 今日一日の何気ない時間が、柚子湯の香りが、ただ一時、忘れられない過去を忘れさせてくれる……そんな錯覚を覚えるように。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【ケヴィン(la0192)/男性/37歳/善を嗤う者】
【Ashen Rowan(la0255)/男性/31歳/善を憎む者】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。

お一人づつは何度も書かせて頂いておりますが、お二人のシーンは初めて書くので、正しく書けているでしょうか?
仲が良いのか悪いのかわからない不思議な関係性ですね。

雪芽の中でケヴィンさんは可愛く、Rowanさんは優しい印象ですが、その内面は滲む程度で、表面的にはドライで乾いた空気がでていると嬉しいです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
パーティノベル この商品を注文する
雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年10月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.