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『スポ根詰めても』
杉 小虎la3711

●これまでのあらすじ
 杉 小虎(la3711)は新米のライセンサーである。齢十八、歳若ながらも既に武芸百般に通じる彼女は、婚約者がナイトメアの讒言に乗せられて皆を裏切った日に、適合者として目覚めた。事態を重んじた彼女の父は、再び杉家の名を世に響かせるため、未だ婚約者の身分ではあるものの、杉家に連なる者の乱行を食い止めるため、小虎をSALFへと派遣した。彼女もそれを受け容れ、一般人の枠を飛び出し、ライセンサーとしても一廉の武辺者となるため、修行の日々を始めたのである。
 その修行のやり方が、またとんでもないものだったのであるが……

●燃えろ根性
「杉小虎! ファイトですわー!」
 小虎は女子寮の駐車場を疾走する。その腰にはベルトが巻かれ、大型トラック用の大きなタイヤがロープで括りつけられている。黒いゴムがアスファルトで削れて、彼女の走った痕跡を駐車場へ残している。窓から顔を出した少女達は、そんな彼女の様子を不思議そうな顔で窺っている。
「強靭な肉体の養成こそIMDを使いこなすための鍵なら! わたくし、どこまでも鍛え上げてみせますわ! 目指せシックスパック!」
 杉家代表として送り出したからには、実家の援助も手厚い。その資金力でEXISは一級のライセンサーも使っている最高品質の物を取り揃えた。少し身のこなしの感覚が違うとはいえ、昔から培って来た彼女の戦いのセンスは存分に通用した。この女子寮における訓練場での戦績は既に一、二を争うほどになっている。既に新たなエースの一角になるとも噂されるようになっていた。そんな状況でも彼女は天狗になる事無く、自らの戦闘経験の少なさを認めてひたすら研鑽に努めているのだ。
「ふんぬぬぬ……」
 摩擦でタイヤが削れ、接地面が増えてくる。あっという間に摩擦係数が増え、彼女に新たな負荷をかける。こうなってくると大変だ。一歩前に踏み込む事さえ楽ではない。しかし彼女は任務で居合わせた男から聞いたのだ。IMDの力を最大限に引き出すには、あらゆる恐怖を跳ね除ける肉体を作り上げる事こそが肝要である、と。
「わたくしは戦士なのですわ。これしきの負荷で……!」
 唸る彼女だったが、やがて彼女は足下がおぼつかなくなる。足が前へと出なくなり、彼女はその場に転げてしまった。肩で息をしながら、彼女は秋の空風に晒された冷たいアスファルトの上に寝転がる。吹く風が彼女の金色の髪を撫でる。青い空をぼんやりと見上げ、彼女はぽつりと溜め息をつく。
「……まだまだ!」
 しかし小虎はへこたれない。起き上がると、腰のベルトを外してタイヤを駐車場の外へと転がす。小虎の特訓メニューは、何もタイヤを引きずり回す事だけではないのだ。

 郊外にある寮から、自転車でさらに西へと向かい山を登る。流れる小川を辿っていったところに、小虎が居た。派手にロールさせた豊かな金髪を下ろし、白襦袢に着替えた彼女は川へとその足を踏み入れようとしていた。秋口の清流は十分過ぎるほど冷たい。小虎は眼を見開いたが、それでも構わず突き進む。彼女の目の前には、高さ三メートルほどの滝が流れていた。唇を結んだ彼女は、意を決して滝の中に足を踏み入れる。
「ひっ……」
 心臓を撫でさするような冷たさに、思わず声が漏れる。しかし、武門の娘はたとえ誰にも見られていなかろうと、堂々たる振る舞いをしなければならないのだ。彼女は赤面して唇を結び直と、胸の前で指を組んで正面を見据える。
「……厳冬の川に比べればどうという事はありませんわね。いついかなる状況においても揺るがぬ精神を磨く……これもライセンサーとの戦いを制する鍵というなら、わたくしはいつだってやり遂げてみせますわ」
 小虎は自らに言い聞かせるように言い放ち、静かに眼を閉じる。実家で叩き込まれた滝行の作法を思い起こし、彼女は真言を唱え始める。
「ノウマク・サラバタタギャテイビキャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ……」
 流れる滝の水が降り注ぐ。その勢いに負けない、凛とした声で彼女は叫び続けた。水に打たれ、ロールは解れて背中に張り付く。襦袢もぐっしょり濡れて、小虎の身体にぴったり纏わりついた。水も滴るいい女。山菜取りに来た老人が一人、そんな彼女を食い入るように見つめていたが、修行に夢中の彼女は少しも気づかないのだった。
「強く、より強く、誰よりも強く!」

●導き手を求めて
 そんな妙ちきりんな修行に明け暮れる傍らにも、ナイトメアは進軍作戦を繰り返す。そして小虎にもそのお鉢が回ってくる。そこで彼女は数人の仲間と共に、揚々と出陣するのであった。

 SALFの支部から飛び出した輸送ヘリ。仲間と共に揚々とロープで降下し、小虎は武器を構える。長柄の大槌。何にでもフルスイングで打ち込む彼女に相応しい代物だ。
「さあ、行きますわ! 今こそ修行の成果を見せる時!」
 小虎は力強く叫ぶと、早速戦場へと突撃する。逃げ惑う人の波を掻き分けて、通りの中央で暴れる蜘蛛型ナイトメアへと殴り掛かる。
「いざ、神妙にするのですわ!」
 力任せに上から下へと振り下ろす。蜘蛛は咄嗟に飛び退いた。彼女の力任せの連続攻撃から、蜘蛛は逃げるように走り去る。小虎は槌を担ぎ直し、飛ぶようにその後を追いかけた。
「待ちなさい!」
 風のように走り、蜘蛛の逃げ込んだ路地へと小虎も躍り込む。彼女が槌を振り回して構えると、蜘蛛も振り返って威嚇するように前腕の鋏を振り上げた。小虎は不敵な笑みを浮かべると、蜘蛛の間合いへ鋭く踏み込む。次々に繰り出された鋏の刃を右へ左へと躱し、小虎は渾身の一撃を蜘蛛の頭に叩き込む。
 甲殻が罅割れ、体液が沁み出す。しかし、蜘蛛はそれでも生きていた。
(いけませんわ。思ったほどの出力が……)
 一撃で沈められるはずだった。当ての外れた小虎の動きが僅かに鈍る。その隙に、蜘蛛が鋏の一撃を小虎へ叩き込んだ。張られたシールドに深い罅が入る。
「何の……これしき!」
 彼女は歯を食いしばると、下から擦り上げるような一撃を蜘蛛の顎へと叩き込む。頭をぐちゃぐちゃに砕かれた蜘蛛はそのままその場に崩れ落ちた。
 尻餅をつく小虎。亡骸を見つめ、彼女はほっと溜息をついた。

 戦いは何とか終わった。噴水の縁に座る彼女に、打刀を佩いた一人の女が近寄っていく。同じ寮に住まうライセンサーだ。
「大丈夫か、小虎」
「ええ。お気遣いは必要ありませんわ……」
 小虎は彼女へ頭を下げる。彼女は肩を竦めた。
「功を求める気持ちはわかるが、無闇な突撃は怪我の元だぞ」
「反省しますわね。ご忠告に感謝ですわ」
「焦る事は無い。お互いに強くなろう」
 彼女はそれだけ言い残すと、他の仲間達の様子を確かめにその場を駆け去る。小虎はその背中をじっと見つめる。外套に刺繍された澪標丸紋が眩しい。眺めた小虎は嘆息した。
(戦いの後で、仲間を気遣う余裕も残しているなんて。思わず嫉妬してしまいそうですわ)
 自己流のトレーニングでは思ったほど強くなれなかった。ライセンサーの世界でもやはり導き手は必要だ。そう痛感した彼女は、静かに決意する。
(噂によれば、彼女はこの世界に来る前から戦いを続けてきたとか。……強くなるためにはやはり、彼女に師事を仰ぐ必要がありますわね……!)

 小虎の戦いは、まだまだ続くのである。



 つづく?

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 杉 小虎(la3711)

●ライター通信
 影絵です。いつもお世話になっております。この度はご発注ありがとうございました。
 スポコン訓練といえばタイヤ曳きに滝行……と勝手にイメージして書かせて頂きました。絶妙に強くなれそうでなれない感じです。
 もし何かあればリテイクをお願いしますね。

 ではまた、ご縁がありましたら。

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2019年10月15日

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