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『8月のカエデ』
柳生 楓aa3403


 蝉の鳴く声。どこまでも青い空に、背の高い入道雲。

「暑い、ですね……」

 柳生 楓(aa3403)は日傘の下、汗ばむ額を手の甲で拭った。
 いでたちは涼やかなアイボリーのマキシ丈ワンピースだ。シンプルで落ち着いたデザインは、時が経ち楓が乙女から淑女になった証でもある。長い髪は一つにまとめて、首筋を夏風にさらしている。
 機械の脚は、昔はソックスで見えないようにしていたけれど。最近はこれも自分だと受け入れたのと、時代の流れと共にアイアンパンク用の素敵なオシャレが増えたのとで、ヒールのついたレースアップサンダルを履いている。
 これは凄い利点なのだが、機械の脚は靴擦れをしないし疲れないのだ。女の子の靴とは洒落たものほど足に厳しい。だが機械の脚ならば、どんなオシャレだってできてしまう。
 それに最近は、脚部アイアンパンク用のペディキュアまで充実している。そしてこれも利点なのだが、足の爪という塗りにくい部位も、足を取り外してしまえば楽に塗れてしまうのである。そういうわけで楓の爪先を彩っているのは、夏らしいターコイズブルーの色彩だった。

 ――これらは裏を返せば、楓にオシャレを謳歌するような心の余裕ができた、とも言えよう。

 そんな日傘の淑女が歩いているのは、随分と古びたアスファルトの坂道だった。
 季節は8月。今年も猛暑だとテレビのニュースが言っていた。その報道に偽りはなかったようで、じわじわと立ち昇る熱気は容赦がない。おかげさまで出歩く影もなく、歩いているのは楓一人だけだった。

 ――あれから――世界が破滅を免れて、愚神という脅威がなくなってから、数年。
 楓は駆け出し作家となっていた。ちょっとした小説や、自分目線の戦いの記録を記したエッセイを出版する身となっていた。
 今日はお仕事はお休み。楓は家族に会う為に、8月の空の下を歩いていた。

 たどり着いたのはお寺である。昔からこの景色は変わらないなぁ、と坂を上りきった楓はちょっと息を弾ませながら、休憩がてら風景を見渡した。
 水筒の中の冷たいスポーツ飲料水を飲んで、もうひとふんばり。楓の目的地は、柳生家のお墓だった。

「お久し振りです、皆」

 楓は『家族』へ柔らかく笑った。
 日傘を畳み、軍手をはめて、丁寧に手入れをする。花を供え、線香をあげる――入道雲の空に、白い煙が立ち上っていく。墓石に水をかければ、真夏の太陽がキラキラと反射した。
 手を合わせて、しばし――蝉の声だけが響く世界。遠くで車の通りすぎる音がして、楓は目を開いた。

「あれから、色々ありました。楽しいことも辛いことも、いっぱい。敵である人と信念をぶつけあったりも。……その人とは、今は……そうですね、仲間に近いかな。一方的な感じだけど、助け合ったりもしてます」

 ひとつふたつ、語り始めるのは最近の出来事だ。自分のこと、自分の英雄達のこと、友人のこと、大切な人のこと、仕事のこと、オフのこと。
 そうして思い返すのは、少女時代にここへ来た時のこと。

 ――「助けることができなかった」。あの時の楓はそう言って、こぼえれる涙と共に「ごめんなさい」を繰り返した。
 少女の人生は、失ってばかりだった。だからこそ……自分だけ幸せになってもいいのだろうか、そう悩んだ時期もある。

 ――必ず、そちらに行きます。だけどそれは私がやるべきことを全て終えた後。その時たくさん謝るから、だから。待っててね。

 少女はあの時、そう言った。
 そして大人になった今、楓は目を細め、深呼吸を一つする。
 背筋を伸ばし、真っ直ぐに家族を見澄まし、楓は凛と言葉を続けた。

「私は、まだそちらには行かないです。まだやることがありますし、何より、別れたくないんです。今まで関わってきた人達、皆と。だって私――世界を、皆と護ったのですから。皆が護ったこの世界に、皆と一緒に、生きていたいんです」

 この世界を否定することは、この世界を護るために命を懸けた皆を否定することなのだ。今の楓ならそう言える。だからこそ、楓はこの世界を、この世界で生きる自分を、肯定してみようと思うのだ。

「私はまだ、ここにいたい。この世界で、生きていきたい。……過去を忘れたわけではありません。痛みも傷も全部全部せおった上で、私は前を向きたい」

 積み重ねた全ての時間は、全て楓自身なのだ。そしてそれら全ては、今の楓に繋がっている。
 ――それは恥ずべきことじゃない。

「私は――前へ、歩いて行きたいんです。この脚で」

 そっと、球体関節である機械の脚を撫でる。爪先のターコイズブルーが、太陽の光を寸の間だけ跳ね返した。

「……今日は、ちょっとおしゃれして来ました。どうですかね……似合ってますかね? 最近は、アイアンパンク用のグッズもいろいろと増えたんですよ」

 一般的に、墓参りに洒落た服はあまり推奨されない。だが楓は、今を謳歌している自分を家族に見て欲しかった。足を失ったことが辛く暗い気持ちばかり連れて来るのはもう過去のことなのだと、知って安心して欲しかった。
 このいでたちは、楓なりの決意表明でもあるのだ。オシャレをして自分を飾るということは、自分を肯定すること。前向きなこと。今を生きるということ。自分を愛してあげることなのだから。
 だから、少女の時にはしなかったメイクもした。ナチュラルなものだけれど、ブラウンのアイシャドウに自然な色合いのリップ、ほんのりと桜色のチーク。少女時代と比べて、楓は随分と大人になった。

「世界には、素敵なことがたくさんありました。もう、目を背けたり躊躇ったりしません。私は私の為に、皆の為に、幸せになります」

 その宣言は、過去を受け入れた上で過去を乗り越えた楓の、宣言にして誓いである。「あ、でも……」と少女は苦笑して付け加えた。

「世界一幸せに……というのはなかなか難しそうですから、できるかぎりの精一杯で幸せに、ということで」

 ――楓はこれからも生きていく。
 それは贖罪のためとか自罰のためとかではなくて。
 自分自身の人生を、前を向いて生きるためだ。

 ――『柳生 楓』という、一人の人間として。

「……また来ます。その時も、いろいろ話しますね」

 一礼して、最後に手を合わせて、楓は優しく微笑んだ。
 真夏の風が吹く。草葉が揺れて、まるで楓に手を振って見送るようだった。だから楓も、小さく手を振り返した。

「それじゃ、またね」

 少女の物語は幕を下ろした。
 これから続編として続いていくのは、少女から大人に成長した淑女の物語。
 救いだとか、希望だとか、そんな大仰な話ではなくて――でも少女だった時に、絆と希望で世界を救った、とある人間の物語。

 彼女はこれからも歩いていく。
 愛する仲間達と、愛せるようになった世界で、愛おしい日々を。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
私なりに大人になった楓さんを解釈させて頂きました。
メイクや服など『女の子のオシャレ』って、とびきりポジティブな自分への肯定行為だと思うのです。自分の手で自分を綺麗に可愛くして、お気に入りの服を着て、外に出かける……そんな女の子って最高に自信たっぷりでキラキラしていると思います。
カエデって秋になると真っ赤になって綺麗になるじゃないですか。メイクアップ&ドレスアップじゃないですか。それとかけました。
自分自身を生きていく女の子は本当に美しいです。
ご発注ありがとうございました。
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2019年10月17日

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