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『Test Dream』
リィェン・ユーaa0208

「あんえおうあおんあえいぃ〜っ!?」
 防刃繊維で編み上げられた猿轡を噛まされ、パイプ椅子型タングステンチェアに単分子ワイヤーで腕と胴を縛りつけられた上、セラミック材で組まれた小部屋へ閉じ込められている礼元堂深澪(az0016)がわめく。
 なんでボクがこんな目にぃ〜っ!? とか言ってるんだろう多分。少なくとも、この部屋に在るもうひとりの男はそう理解し、応えた。
「テストのためだ。ああ、他愛のないテストさ」
「てすとぉぉぉぉぉ!」
 噛みちぎれるはずのない猿轡をぶっちん! 深澪は絶叫した。裏返っているせいで、示現流の猿叫みたいなのはともあれ。
 テストと言う男はリィェン・ユー(aa0208)だし、さらわれてるし縛られてるしテストだしテストだしテストだし!
 こんなのもう、アレしかないじゃないか。テから始まり料理で終わるやつぅ!
「誰よりも彼女に近い君じゃなきゃ、最終テストは任せられないからな」
 前に聞いたのと同じようなことを言うリィェン。
 あ、だとしたらテ料理じゃなくて手リょうりってことじゃね? あれからボクもいろいろ鍛えたからねぇ〜。自然物からケミカルまで、毒って毒に耐性できてるから!
「なんだ、うれしそうだな」
 リィェンは渋い顔で舌打ち、眉根を顰める。そして取り上げた皿の中身へ目を落とし、しみじみと。
「女の友情ってやつか。テのにおいを正確に嗅ぎ当てるなんて」
「ホンモノかよ!!」
「今し方作ってもらった。俺の監修だから、味は大丈夫だろう」
「もうだめだぁぁぁあああ!!」
 H.O.P.E.が誇るジーニアスヒロインことテレサ・バートレット(az0030)の手料理、それこそがテ料理であり、そこから発せられる理不尽な力こそが“テ”である。
 テは筆舌しがたいまずさと食らったものの生命力を直で削る毒を併せ持つ。簡単に言えば、テーブルに並んだテ料理を完食した者は絶望のどん底で死ぬよりないのだ。
「我が家の明るい未来のため、俺の仮説を実証してくれ」
「仮説ってなんすかい!?」
 深澪もっともな質問にリィェンは小首を傾げ。
「テも慣れれば生き延びられる」
「慣れる前に死ぬぅ!!」
「なに、君も俺も生きてるじゃないか。まずは俺の料理で十倍に薄めたやつから試そうか」
 果たして深澪の絶叫が、セラミックの裏に貼られた遮音材に跳ね返されて室内を揺るがせた。
 曰く、「くっ殺おおおぉぉぉ」。


 後日、リィェンはホームパーティーのための料理を準備していた。
 とはいえ、ここは彼の家ではない。恋人と言っていいだろう間柄となったテレサの家である。まあ、ようするにそういうことだ。
「リィェン君、キューカンバーサンドは辛子バターでいいのよね?」
 横で食パンの耳を落としながら問うテレサへうなずき、彼は息をつく。
「君はパーティーのホストだ。こっちは俺に任せてみんなを出迎えることに集中してくれてもいいのに」
 ホストがするべきことは多い。そのあたりは付け焼き刃のリィェンよりも社交の世界に長く身を置くテレサのほうが弁えているはずだ。なのに料理まで自分でそろえたいというのは、これが気の置けない友人たちを招くからという気負いが作用してのことなのだろう。
 まあ、この前のテストでわかったこともあるしな。
「せっかくだ、イギリスとも中国とも縁のある酢豚も作ろうか。鍋は俺が――」
「手首じゃなくて肘を支点に腕全体で振る、でしょ。大丈夫、わかってるから」
 ああ。それだけを返し、リィェンは具材をテレサへ託した。
 重い四川鍋を振るにはコツがある。それはしっかりとテレサに伝授していたが、やはり心配で……つい気を回してしまいたくなるのはよくないことだ。
 自らを戒め、リィェンは飾り切りの蝶を量産していく。

 そして友人たちがやってくる。
 ひとりひとりを笑顔で出迎えながら、テレサはついに深澪の姿を発見、そして。
「ミオ!」
「テレさん!」
 がっし。ハグと称するがっぷり四つを披露するふたりに、奥で人々に挨拶をするリィェンは微量苛立つが、水を差すような真似はしない。なにせ大切な人のズッ友だ。敬わなければならないテスト以外のときは。
「今日は立食だから、あたしのことは気にせず好きに食べて! ただし紅茶だけはだめよ。イギリス人として、それだけは譲らないんだから」
 腰に手をあて、女王然と言い放つテレサ。
 ああ、ジーニアスヒロインは凜々しいが、テレサはかわいらしい。リィェンは相好を崩しつつ、深澪へハンドサインを送る。
 ――時は来た。速やかに為すべきを為し、成すべきを成せ。
「あ〜、ボクってばテレさんのお手製料理、食べたいっすわぁ〜」
 それはもう酷い大根ゼリフに、テレサは満面の笑みでサムズアップ、周囲の人々はなんとも言えない顔でサムズダウンである。
 当然だ。テレサはぽんこつで、人々はテの恐怖を知り尽くしている。このパーティーを生き延びるためには、テレサのパートナーたるリィェンの手料理を引き当てるしかない。
 そのはずだったのだ。
「お、テレさん腕上げた感じっすか? 酢豚、パイン効いてていい感じっすわぁ」
 人々がどよめく。
 あのテ料理をがっつり食らいながらも海老反ることなく、それどころか箸を進めちゃうとは!
「俺特製の中国料理をどうぞ。きっとテレサの料理はみなさんにまで行き渡らないでしょうからね」
 言いながら、リィェンもまたテ料理を手に取り、笑みと共に噛み締める。
 その様に、人々はおののくばかり。リィェンを知っている者は、ついにピリオドの向こう側へいっちまったのか!? と。リィェンを知らぬ者は、あのテを進んで喰うとか、人間か!? と。
「ああ、そうそう。私の大事な人を紹介しなくちゃ! リィェン君、こっちに来て!」
 リィェンはテレサに促され、笑みを湛えたまま踏み出した。

 ――テはテによって相殺される。
 それがさんざん深澪と、時に自分を使って繰り返したテストにより、解明した唯一の正解だった。
 百倍に薄めたテ料理を先に食らい、体内にテの毒を巡らせることで一種のワクチンが形成される。
 まあ、他の連中に勧められる方法でもないし、これは俺と礼元堂だけの秘密だな。
 真実へ至るため、過ぎるほど大きな犠牲を払ってきた。
 深澪は猿叫を発して海老反り、リィェンは胃を爆ぜさせ、床を転げ回って壁に頭を打ちつけて、となりに控える死神の手を幾度となく振りほどいては海老反って爆ぜて転がって打ちつけて……
 そういえば、俺はどうやってあのテスト場から帰ってきたんだ?


 リィェンはふと目を醒ました。
 パーティーは……混濁は戦士として鍛え上げてきた本能によって瞬時に払われ、正しい現状を理解させられる。まあ、目の前に海老反った深澪が転がっているわけなので、理解せざるをえなかっただけなんだが。
 繰り返されるテストの果て、意識を失ったリィェンは夢を見ていたのだ。テを克服するという、なにより甘やかな夢を。
「一応理屈は通ってただろうが。それもだめなのかよ」
 吐き捨てて、立ち上がる。
 すぐにふらつき、倒れ込むが、それでもリィェンはあきらめなかった。
 そうだ、俺はあきらめない。絶対に!

 後に彼は、思わぬ方法でテへの耐性を得る。
 はっきり語ることはできないが、子どもは母乳で育てたいというテレサの主義、その恩恵によって……。


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2019年10月17日

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