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『感染する憎悪(3)』
水嶋・琴美8036

 その一瞬、周囲からは音が消えた。先程まで溢れていた悪魔達の悲鳴も、意思を持っているかのように暴れ狂う暴風すらも止み、刹那の間だけ場を支配したのは静寂だ。
 だからこそ、悪魔達は気付くのに遅れてしまう。自分達にとって上質な獲物でしかないと思っていた少女が、音すら追いつかぬ程の速さでナイフを振るえるだなんて、彼らは想像すらしていなかったのだ。
 そして、その一瞬の隙は、ナイフを振るった少女――水嶋・琴美(8036)にとってはあまりにも長すぎる時間であった。
 悪魔がようやくすでに自分達が攻撃を受けているという事実に気付いた時には、更に数体の悪魔の身体へと彼女の長くしなやかな足が叩き込まれていた。容赦のない追撃が、休む時間すら必要とせず続けざまに何度も振るわれる。
 それは一方的で、無慈悲な猛攻。けれど、琴美の動きに合わせて揺れる黒髪とプリーツスカートの愛らしさも相まってか、戦場を駆ける彼女の姿はまるでステップを刻んでいるかのように可憐でもあった。
 琴美は再び、近くにいた悪魔を蹴り飛ばす。威力の高い回し蹴りが、美しい軌跡を描き周囲にいた敵を巻き込んで一息で数体もの悪魔を倒してみせた。
 異界からやってきた悪魔は、上位の力を持った存在だ。そこらにいる魑魅魍魎よりもよっぽど醜悪であり、残酷で戦い慣れている。けれど、そんな悪魔であっても……否、そんな悪魔であったからこそ、彼らは琴美へと反撃する機会を掴めずにいた。たった一人の少女に圧倒された経験など悪魔達には今まで一度もなかったがために、琴美の攻撃に対処する事が出来ないのだ。
 されど、悪魔は笑う。倒されても倒されても、いつの間にか復活を遂げる悪魔の笑声が、不気味な不協和音となり森へと響き渡った。
 何十、何百もの淀んだ瞳が、全てたった一人の少女を見つめている。殺気の乗った視線が、琴美の魅惑的な身体を無遠慮になぞった。だが、彼女は怯む事もなく、どこまでも正確で適切な攻撃を敵へと与えていく。琴美の動きには一切隙がなく、この場に鑑賞席がない事が不自然に感じるくらい華麗であった。
 美しく、強い少女。そんな琴美だからこそ、自分達の今宵の獲物に相応しいと悪魔は再び思う。そして、その欲望に塗れた手を、琴美へと向かい伸ばした。凶器である爪が、琴美の軍服に包まれた柔らかな肌を喰らおうと振るわれる。
「穢らわしいわね。そうやって気味の悪い笑みを浮かべながら、今までいったいどれだけの人を襲ってきたのかしら?」
 琴美は、その数え切れぬ程の爪の猛攻を華麗に避けてみせた。端正な眉を僅かに歪めて、彼女は艷やかな唇から侮蔑の言葉を吐き捨てる。琴美の瞳にある感情は、軽蔑だ。
 人を超えた力を持つ悪魔達。倒した瞬間にはもう復活してしている彼らの数は、未だに減っていない。
 だが、琴美が恐れたり戸惑ったりする事はなかった。いつもの余裕と自信に溢れた笑みを崩さないまま、彼女は冷静に状況を見極めて戦場を舞い続ける。
 疾駆した少女は、再び華麗な格闘術を披露した。彼女の攻撃をまともにくらった悪魔達は、おどろおどろしい声で悲鳴を奏でる。
 しかし、倒しても倒しても、何事もなかったかのように再び悪魔はその場へと姿を現す。それでも、少女が攻撃の手をゆるめる事はない。

 ――戦場に変化が訪れたのは、それから数分も経たぬ内であった。
「終わりね」
 不意に、琴美は呟く。その艷やかな唇から零れ落ちた言葉の意味が分からず、悪魔はしばし琴美の様子を伺うような素振りを見せた。
 そんな彼らに対して、呆れたように琴美は肩をすくめる。瞳に宿る軽蔑という感情は、より色濃くなっていた。
「その反応は何かしら? まさか、私が無策で戦い続けていたとでも思っていたの? 馬鹿にしないでほしいわね」
 呟いた琴美の周囲を、風が渦巻く。少女の操る風が、再び凶器となり悪魔達の身体へと襲いかかった。悪魔の奇声じみた悲鳴の中、それでも落ち着いた面持ちで琴美は自在に風を従えてみせる。
 不気味な笑みを浮かべていた悪魔の表情が、次の瞬間陰った。どうしてか、悪魔は先程までのようにその姿を復活させる事が出来ないようだ。
「あら、どうしたの? 何か不都合でもあったのかしら?」
 くすり、と琴美は悪戯っぽく笑ってみせる。悪魔すらも見とれてしまう程に美しい笑みを浮かべた彼女は、分かっていながらもとぼけたフリをして悪魔達の心を一層かき乱すのであった。
 この悪魔の性質に、琴美は早い段階で気付いていた。彼らは、いくつもの世界で人々を襲い、そうして手に入れた穢れなき魂を媒介にする事で自らの身体を蘇生する事が出来るおぞましい悪魔だ。
 魂がある限り、その身体は何度でも再生する。彼らは、琴美によって身体を壊された後も、罪なき者達の魂を再利用して身体を作り直していたのだ。
 無限に再生し続ける、死ぬ事の決してない悪魔。悪魔というより、リビングデッドと呼んだ方が良いかもしれない。人々を襲いその魂を媒介にして増殖するかのように仲間を増やしていたところは、ゾンビや吸血鬼とも似ているだろうか。
 感染するように仲間を増やし、魂を再利用し続ける事で永久に潰える事のない悪魔の軍団。彼らのその性質に気付いたとしても、勝機を見出す事は難しいだろう。
 彼らにとって唯一にして最大の失敗は、琴美を敵に回した点に他ならなかった。
 最初の攻撃を振るった時点で、琴美は違和感に気付いていた。手応えが、あまりにもなさすぎたのだ。まるで、人形を殴っているかのような感覚。無数の悪魔を屠ってきた琴美でなければ気付く事はなかったであろう、些細な違和感。
 琴美はその違和感に気付いた瞬間、すぐに思考を巡らし真実へと辿り着いていた。事実、彼らは人形なのだ。人の魂を媒介にし復活はしているものの、その魂はこの場には存在しない。魂すらも残さない威力の琴美の攻撃を受けても悪魔が何事もなかったかのように復活し続けている事が、それを裏付ける証拠になっていた。
 ここではないどこかに、悪魔が媒介に使用する魂を貯蔵し管理している者がいる。悪魔は、その管理者が持つ無数の魂を使って蘇生しているのだ。
 近くに、ゲートのようなものは存在しない。故に、そう遠くない場所にその者は潜んでいるはずだ。
 悪魔達を倒した後に復活するまでの僅かな時間の差異から、琴美は計算して森に潜んでいた管理者の位置を見事に探り当てる事に成功していた。そして、華麗な戦いぶりと魅惑的な身体で悪魔達の注意を一身に集めながらも、密かに操っていた風でその管理者の命へと狙いを定めたのだ。
 琴美は自らの格闘術を使い戦場を舞いながら、その裏で風を操り管理者である悪魔を討伐していたのである。
 管理者が討たれ魂が使えなくなった事にすら気付いていなかった悪魔達を、見下しながら琴美は笑う。
「悪魔なんて所詮その程度だとは思っていたけれど、予想以上にあなた達って……弱いわね」
 小馬鹿にするように、彼女はそう告げた。それは、悪魔にとっての死の宣告であった。
「あなた達が犯してきた愚行に見合う罰を、与えてあげるわ」
 ここから始まるのは、琴美による蹂躙であり虐殺だ。
 少女の手が、武器であるワイヤーを引く。いつの間にか周囲へと張り巡らされていた凶器が、恐怖と絶望に染まった表情の無数の悪魔へと制裁を下すのだった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月18日

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