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『丁々発止にはほど遠い』
常陸 祭莉la0023)&六波羅 愛未la3562

 日曜日の昼下がり。
 滑り込める陰を見つけられないまま、常陸 祭莉(la0023)はげんなりと息をついた。
 日曜日なのに、な……。
 休日オブ休日、それこそが日曜日だ。カレンダーの左端へ美しく整列した赤い姿! 祝日みたいに飛び飛びでもでっぱってもない、時と世界との間で交わされた確かな約束!
 それが任務という無粋で半分切り取られて――やっと解放された祭莉は、もう半分を取り戻す気もないまま、知らない湾岸部を歩いている。ようするに、直帰する理由を思いつけない程度に暇を持て余しているわけだ。
 ……それにしても暑い。台風の影響らしいが、もう夏は過ぎたはずなのに気温は30度を越えている。
 養母いや“化物”に少しでも涼しい服を着ていけとどやされ、風通しのいいパーカー(しかし長袖)と、丈の短いパンツを履いてきた。とはいえ、それらは多少の熱を逃がせる装備というだけで、冷やしてくれるわけではない。
 人が多い割にこちらへ寄って来ず、触れ合わずに済んでいるのが不幸中の幸いだ。と、もう一度息をついたとき。

「ひ・た・ち、くぅ〜ん♪」

 裏返る寸前の高さに留められた声音がねちりと投げかけられて。
 大脳に問うことなく反射神経にお任せして。祭莉は鋭く踵を返して強く石畳を蹴った。
「常陸君は素直だなぁ。でもパパ、常陸君のことだぁ〜い好きだからね。次の行動くらいはお見通しさ」
 祭莉が駆け出す寸前に背から抱きつき、ささやきかける六波羅 愛未(la3562)。
「父親は……息子を、名字で……呼ばない、だろ」
「家族の形はいろいろだよ? おかしいねぇ、常陸君はそれ、よく知ってるんじゃない?」
 あっさり返された大量の言葉に、祭莉は溺れそうになる。
 そもそもこのアラファの優男、祭莉にとっては宿敵とも天敵とも言える相手だ。最近見かけないから安心していたのに。
 とにかく関わりたくない。穴を掘って埋めてしまいたい。火口に投げ込むかブラックホールへ撃ち込むかでもいい。というかぜひ撃ち込みたい。
「……なにか、用?」
 しかし、口から出てきた言葉はそれだけ。頬の端に苛立ちを滲ませるくらいがせいぜいの抵抗だ。
 こういうときだけは、自分の質がいやになる。余計なことを伝えないのはプラスに働けど、言いたいことを伝えられないのは超マイナスだ。

 なんてことを考えてるんだろうな、常陸君。
 愛未は口の端をかすかに上げた。
 身長差は10センチほどだが、ピンヒールの分を足せば倍近くになる。頭ひとつ分の高みから見下ろす祭莉の顔には、常の眠気を押し割って顔を出した嫌悪感が居座っていた。
 子どもは苦手だけど、子どもっぽさは嫌いじゃない。ま、僕自身が年相応とはとても言い難い感じだしね。だから大人らしく言ってなんてあげないよ。

「子どもの顔はわかりやすいね」
 次いでポケットから抜き出したものは、ここからほど近い場所にある遊園地のフリーパスチケットだった。
「そんなお子様にプレゼントだ。パパが連れてっちゃうぞー」
 言いながら、祭莉を抱え上げてずいずい進んで行く。
「ちょ……なに、ロクハラ……」
 祭莉は当然抵抗したのだが――ただ抱えられているのではなく、なんらかの技をもって拘束されていて動けない。さらには愛未のものなのだろうステーションワゴンまではあと10歩。
 それはもう、拉致られるしかなかった。


 果たして車で2分の先にある遊園地へと押し込まれた祭莉は、ファンシーなメロディと人々の声音で満ち満ちた場に呆然と立ち尽くす。
 なんというか、気圧されていた。これほど多くの人々が、同じ場でそれぞれ別の楽しみを味わっているのだという事実に。
「さて、どれから行こうか。コーヒーカップ? それともメリーゴーランドかな?」
 早速構ってくる愛未に、むすりとジト目を振り向けた。
 ああ、このすかした悪意の主の顔を曇らせてやりたい。無様を晒させてやれれば、少しはおとなしくなるだろうか。うん、少なくとも、試してみる価値はある。
 肚を据えた祭莉はがっし、愛未の腕に両腕を巻きつかせ、小刻みに跳ねながらぐいぐい引っぱった。
「パパ……ボク、ジェットコースターに、乗りたい……な」
 そのしゃべりかたで浮かれてる振りは難しくないか?
 さすがに思ってしまう愛未だったが、もちろん口にはしない。理由は簡単。50になってなお大人げがないから。
「常陸君がおねだりしてくれるなんてパパ感激! よぉ〜し、パパいちばん前に乗っちゃうぞ〜!」
 大きな声で言い放って周りの人々の注目を集め、ついでにスキップまでしてみせて、祭莉の逆襲を叩き潰す。
 息子に負けるようじゃパパは務まらないさ。
 祭莉の渋い顔を見下ろし、愛未はくつくつ喉を鳴らす。


 ジェットコースターの順番を待つ列に並んだ祭莉は、横の愛未に早速しかけた。
【次の方はご利用になれません】の注意書きの中にある『心臓の悪い方』、『年齢60歳以上の方』を指して。
「……やっぱロクハラ、乗らないほうが……いい、かも」
「制限されるまでにまだ10年もあるし、そもそもこれがダメで戦闘機に乗れるはずないでしょ」
 確かに、アサルトコアの機動はループどころじゃない。これは意味がなかっただろうか――思いかけて、祭莉はいやいや、かぶりを振った。
 人間、物や所が変われば気分も変わる。アサルトコアは大丈夫でもジェットコースターはだめだってことも普通にありえるのだ。なぜそう言い切れるか? 決まっている。
 祭莉が絶叫系に超弱いから。
 それでも。自分を犠牲にすることで愛未がびびるのを見られるなら、いい。
 なんてこと、常陸君は考えてるんだろうけどねぇ。愛未はこっそりと苦笑を閃かせた。

 ジェットコースターの順番がきて、ふたりは運良くか運悪くか、最前列の席へと案内される。
「じゃ、ループのときは両手挙げていこっか」
「……いいよ」

「待ち列もないし、もう1回行ってみようか」
「……好きに、すれ、ば」

「んー、アサルトコアのマニューバ・クルビットに比べるとかなり緩いかな。もう1回確かめていいかい?」
「……好きに……」

「もう1回」
「好……」

「もう1回」
「……」


 結局10周して、ようやく地上に戻ったふたり。祭莉の表情は相変わらずだが、瞳孔はすぼまり、肌の色味は青ざめて暗い。
 ボクはやっぱり、ジェットコースターとは相性悪い……。
 もっとも、となりにはもっと相性の悪い元気なおじさんがいるわけで。
 色はともかく表情だけは平静を保たなければ。弱いところをこれ以上見せなくていいように。
「ああ、結構はしゃいじゃったからね、喉が渇いたよ。常陸君はなにがいい?」
 祭莉の希望を聞いて、愛未はすぐそばのスタンドへ向かう。
 自分が飲むついでに買ってくると言わないのは、曖昧にしておくことで祭莉に財布を出させないためだ。そして降りてすぐではなく、今になって言い出したのは、スタンドの近くでなら無理なく返事を急かすことができるから。
 すべては疲弊した祭莉に、そぶりを見せることなく気づかうための愛未の手、
 その周到なお膳立てに、祭莉は胸の内でつぶやくよりなかった。
 ロクハラは、ほんとに嫌なヤツで、嫌な大人だ。

 ――なんて思ってるんだろうね、常陸君。
 愛未は口の端をかすかに吊り上げる。
 もちろん、この園内で1円だって祭莉に払わせるつもりはない。好意なんかじゃなく、過ぎるほど純粋な悪意から。
 いや、おじさんの悪意は満々だけど、それだけじゃなくて。僕はちょっと怒ってるのかもね。
 ならば理由を語って説いてやるのが人の道というやつなのかもしれないが、その道はもう数十年前に踏み外している。だから彼は構えず、慮らず、語らず、少年を翻弄するのだ。
 たっぷりと時間をかけてひねくれた僕にはそれしかできないし、それ以外はする気もない。ようはご愁傷様ってことだよ常陸君。


 飲み物を入れて一応の落ち着きを取り戻した祭莉は、おばけ屋敷へと愛未を誘った。
 発見されてから2時間、ずっとやられっぱなしだ。せめて1秒だけでも、このいけ好かない大人をやりこめてやりたい。
「この歳のボクが18歳の君とお化け屋敷ってさぁ……」
 引き気味の愛未に、内心でぐっと拳を握る。
 そして。

「……」
 跳び出してきたゾンビを前に、頭と心をフリーズさせる祭莉。
 そう、彼と相性が悪いのはジェットコースターだけじゃないのだ。
「こんなのグロ系のナイトメアに比べたらさ」
 言葉を切っていやな顔をする愛未だったが、内心はけして穏やかじゃなかった。
 いやいや、しかたないだろう? まさか時間差でもう1体出てくるとか思わないってば。
 しかし、いくら驚いたところで、祭莉のようにわかりやすく固まったりしないところが年の功だ。と、いうことにしておいて、すました顔を左右に振ってみせる。
「手、繋いであげたほうがいいかな?」
 述べた手を「うざい」とはたき退けられて、愛未はまた苦笑した。
 まったくもう、まったくまったく。今日は笑わせられてばかりだね。


 結局乗ることになったコーヒーカップは、実にバイオレンスでエキサイティングだ。
「……」
 無言のまま全力でハンドルを回し続ける祭莉の背には、お化け屋敷で愛未に見せてしまった失態への憤りが込められていて。
 遠心力で長い灰色の髪をたなびかせる愛未は小さく肩をすくめてみせるのだ。
 ここで茶化すともっとムキになるかな。障らぬ神に祟りなしってね。
「お化け屋敷のことは気にしなくていいよ? なに、子どもにはよくあることだし」
「……!」
 結局言わずにいられなかったので、祭莉は一層力を込めてカップを超回転。係員に強制ストップをかけられるまで、騒がしくない騒ぎは続いたのだった。


 その後もあれこれありつつ、ついに閉園時間が差し迫る。
「常陸君はかわいいなー」
 観覧車のゴンドラの内、向かいに座す祭莉へ愛未は言った。
 眉根をかすかにしかめる祭莉。
 今、ゴンドラはいちばん高いところに差し掛かったばかりで、下へ着くには数分かかる。逃げようがなかった。
「うん、かわいい」
 どうして愛未はこんなことを言うのか? 考えるまでもない。こちらを翻弄して、混乱させたいからだ。では、どうしてそんなことがしたい? それがわまるでからない。
「前……ボクの、服の中……のぞいたの、どうして……?」
 わからないから苛立って、そうして苛立つことにも苛立って――話題を逸らす。
 対して愛未はなんでもない顔のまま。
「ああ。あのときの君、血のにおいがしたからね。怪我したときは誰にも近寄らないほうがいい。世の中、優しい人ばかりじゃないんだから」
「……ロクハラみたいに、いやなヤツ……ばかりだって……?」
 精いっぱいの反撃への返答は、哄笑。
「いやごめんごめん、さすがに思いつかなかった!」
 笑みが愛未の面から溶けるように消え失せて。
「まさか君が、僕に優しく心配してほしかったなんてさ」
 言の葉の端から滴り落ちる黒ずんだ皮肉に、祭莉は息を詰まらせた。
 どうしたらボクは、この男を揺るがせられる?

 なんて、考えてるんだろう? 常陸君はわかりやすすぎて困るよ。
 愛未はゆっくりと下がり行く景色に目をやり、口を開いた。
「僕とやり合いたいならもっと経験を積んで弁えるんだね。たとえば戦いの後、殺気を引きずったまま表を歩いちゃいけません……とかからさ」
 これは心尽くしのアドバイスなんかじゃない。かわいい君に楽しませてもらったイヤな大人からの、悪意に満ち満ちたお返しだよ。

 言われて初めて祭莉は思い至った。
 愛未に拉致られる前に誰も近づいてこなかったのは、戦いを終えた自分が殺気だったままだったからなのだと。だから愛未は強引に彼を拉致り、遊園地という“夢”の国へ連れ込んだのだと。
 ボクは、弁えてなかった。
 ヒーローになるって決めたはずなのに、そんなこと考えたこともなかった。
「ありがとう……絶対、忘れない」
 なんの意図もなく、自然に滑り出した言葉。
 それなのに愛未はすごく面食らった顔をしていて。
 どうやらやり込めてやれたようだが、少しも心が晴れないのはどうしてだろう?

 ゴンドラが地上に着くまであと2分。
 ふたりはそれ以上言葉を交わすことなく、押し詰まった空気を見るともなく見やり続ける――


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2019年10月18日

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