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『夢みた夢はいつまでも』
夢洲 蜜柑aa0921)&ヴァレンティナ・パリーゼaa0921hero001)&アールグレイaa0921hero002


 朝早くからまぶしいほどの日差しが降り注ぐ、夏のある日。
 夢洲 蜜柑(aa0921)がキッチンに入ると、ちょうど眠そうな目のヴァレンティナ・パリーゼ(aa0921hero001)と出くわした。
「また徹夜したのね?」
 両手を腰に当て、ヴァレンティナに向かって目を細める蜜柑の口調には、ちょっと棘がある。
 言われたほうのヴァレンティナは全く気にする様子もなく、欠伸交じりで返事した。
「半分だけ当たり、というところよ。正しくは、単に寝るのが遅くなっただけなのよね。じゃあおやすみー」
 ひらひらと手を振って立ち去ろうとするヴァレンティナの肘を、蜜柑がしっかりと掴んで押さえた。
「だめよ」
「……どうしてよ?」
 蜜柑はちょっと大げさな溜息をついて、諭すように言った。
「今日こそはシーツもカーテンもお洗濯するの! お日様の出ている間じゅうずっと締め切ってるんだもの、お部屋にカビが生ええちゃうじゃない!」
「大丈夫よー。エアコン使ってるもの」
 ヴァレンティナはするりと蜜柑の手をほどき、いきなり走り出した。
「そういう問題じゃないの! もうっ、また逃げる気!?」
 自室に逃げ込もうとするヴァレンティナ。
 逃がしてなるものかと追い掛ける蜜柑。
 あと少しでヴァレンティナの部屋のドアが閉まるというところで、しっかり追いついた。
「もうっ、人の安眠を邪魔しないでよ!」
「健康を心配してあげてるのよ!!」
 ドアを挟んで、ふたりは押し問答を繰り返す。

 ヴァレンティナは蜜柑の英雄であり、養い親のような存在である。
 が、スタイル抜群の美女という外見を裏切る、たいへん残念な性格の持ち主であった。
 しかも家事全般は蜜柑にお任せ、精神レベルは26歳児と呼ばれる有様。
 現在の仕事は文筆業で、よく昼夜逆転生活になっているようだ。
 そんなわけで家の中のことに関しては、逆に蜜柑がヴァレンティナの面倒を見ているようなものだ。
 もっとも、蜜柑は家事が得意なので、適材適所ともいえる。
 幼い頃に家族を失った蜜柑にとっては、『家庭』を守ることがとても大切なのも当然だ。
 だからいつも家にいて、世話を焼くことのできるヴァレンティナの存在は、蜜柑の心の安定にもつながっている。
 ――この点を蜜柑自身がどう考えているかは、わからないが。

 結局、今日は蜜柑の勝利だった。
「ほらね。空気を入れ換えたら、すっきりするじゃない! あ、掃除機もかけなきゃ!」
 カーテンを外した窓を開け放して、蜜柑はぱたぱたと忙しい。
「それぐらい自分でやるわよ。だから今日は寝かせて……」
 ヴァレンティナは生気のない目で、恨めしそうに蜜柑を見ている。
「ちょっと待ってて!」
 蜜柑は手早く替えのシーツを広げると、ベッドを整えていく。
「何なのよもう。張り切っちゃってさ」
 ヴァレンティナはまたひとつ欠伸をする。
「ちょっと前まではすーぐ落ち込んだり拗ねたりしてたくせに。最近、妙に自信持っちゃって」
 蜜柑がぴたりと手を止めた。
 反撃が来るかと身構えるヴァレンティナに、くるっと振り向くとにっこり笑って見せる。
「ほらできた!」
 ヴァレンティナはやれやれというように窓を見て、眉をひそめた。
「こんなに明るくて、寝られないわよ」
「じゃあ起きてれば?」
 14歳の蜜柑といい勝負の言い合いは、別に睡眠不足が理由ではない。
 頭がクリアなときでもこんな調子なのだから。
 ヴァレンティナは結局、まだ何かと世話を焼こうとする蜜柑を強引に部屋から追い出すと、すぐにドアを閉めた。


 蜜柑はカーテンとシーツを抱えて、大きなため息をついた。
「んもう。こんなにいいお天気なのに、もったいないと思わないの?」
 とはいえ、今日はとうとうお掃除に成功した。
 あとは大物を洗濯するだけだ。
 前が見えないほどに洗濯物を積み上げて、蜜柑は廊下をもどっていく。
 不意に荷物が軽くなり、視界が開けた。
「大丈夫ですか、蜜柑」
「えっ」
 洗濯物の代わりに視界に入って来たのは、アールグレイ(aa0921hero002)の麗しい憂い顔だった。
「だっ……大丈夫よ!! こんなの慣れっこだし!!」
 声がひっくり返っているのが、自分でもわかる。
 この世界で一番素敵だと思っている人が突然目の前に現れて、自分のことを気遣ってくれたのだから仕方ない。
「ではせめて、運ぶのをお手伝いしますね」
 アールグレイは蜜柑の返事を待たずに、洗濯物の籠を抱えて歩き出した。
 蜜柑は、彼は洗濯物を運ぶ姿すらカッコいいと思う。
 少し前なら、籠で前が見えないほどちんちくりんの自分と、優しくて気の利く紳士のアールグレイを見比べて、暗くなっているところだ。
 でも今は違う。
 蜜柑はヴァレンティナが嫌味っぽく言った通り、以前より前向きだったし、自分を信じられるようになったのだから。
(だってアールグレイが一緒にいてくれるんだもの)
 思わず口元に笑みが浮かぶ。

 世界中の人々を巻き込んだ戦いが終わり、生き残った能力者と英雄たちは、それぞれにこれからの生き方を考えるときがきていた。
 蜜柑は初めて出会った時から、ずっとアールグレイ共にありたいと願っていた。
 けれど過去の記憶もあいまいで、こちらの世界では異邦人であるアールグレイが、本当の意味で蜜柑の世界にいたいと思ってくれるのか、
自信がなかった。
 もっと言えば、蜜柑自身には彼を引き留められるほどの何かがないと思っていた。
 けれどアールグレイは、これからもずっと蜜柑と一緒にいると言った。
 英雄としての契約ではなく、自分の意志で、望んでそうするのだと。
 彼の心が望むことが、蜜柑の心と同じかどうかは分からない。
 それでも蜜柑は嬉しかった。とびきりの初恋は、まだ散ってはいないのだ。
 蜜柑はとても幸せだった。


「ねえ、ちょっと」
 囁くのは、聞きなれた声。
「こんなところで寝てていいの?」
 そうっと肩が揺すられ、蜜柑はゆっくりと目を開く。
「あれ? ヴァレンティナ……?」
 ぼんやりとした意識が、少しずつ戻っていく。
 ちょっと真面目な表情のヴァレンティナの顔が、だんだんはっきり見えてきた。
 蜜柑は居間のソファに横になっていて、手から滑り落ちたシーツが床に広がっている。
 お日様をいっぱいに浴びたシーツは気持ちよく乾いて、とてもいい匂いがしていた。
「やだ、あたしったらこんなところでうたた寝してたの!?」
 慌てて体を起こす。
 ソファの正面に据えられたテレビ画面に、びっくりして目を見開いた蜜柑の姿が映り込んでいた。
 今の蜜柑はもうちんちくりんではない。
 背はすらりと伸びて、かつてヴァレンティナと共鳴したときに変じた姿そのままの大人の女性になっていた。
 ヴァレンティナの見た目が昔と変わらないので、蜜柑のほうが大人びて見えるほどだ。

「……ヴァレンティナは相変わらずね」
「は?」
 くすくす笑う蜜柑の顔を、ヴァレンティナが覗き込む。
「あんた大丈夫?」
「ああごめんね、なんだか変な夢をみてたのよ。おかしいの、あたしは戦争が終わったときぐらいの歳で、やっぱりヴァレンティナの部屋からカーテンを強奪してるのよ」
 ヴァレンティナはにやりと笑い、鼻を鳴らした。
「ちんちくりんのおこちゃまだった頃ね! 見た目はともかく、今でもそんなに中身は変わってないと思うけど」
「そうかもしれないわね。でもヴァレンティナなんて、あの時から全然変わってないわ」
 蜜柑は少し遠いところを見るような目をした。
 ヴァレンティナはどこか疑わしそうに、蜜柑を見る。
「あんたったら、まだ寝ぼけてるんじゃないの?」
「あら、寝ぼけていたって、ヴァレンティナよりは上手にスコーンが焼けるわよ」
「それならいいけど? 時間は確認したほうがいいわよ。寝ぼけて時計の見方を忘れたわけじゃないわよね?」
 そう言われて壁の時計を見た蜜柑は、びっくりしてソファから立ち上がる。
「やだ! どうせならもっと早く起こしてくれたらよかったのに!」
「いーんじゃないの? 王子様のキスで目が覚めたほうが幸せかもしれないし」
 ヴァレンティナがニヤニヤ笑う。
 一瞬だけ、蜜柑は昔の蜜柑になって、顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「あんたがいたらロマンチックな場面も台なしじゃない!」
「はいはい、シンデレラも王子様と結ばれたら、魔法使いのおばあさんは用なしだもんね。邪魔者は消えるわよ」
 多少反撃できたのが嬉しいのか、ヴァレンティナが機嫌よく回れ右した。
 と思うと、振り返る。
「あんた、ほんとにうたた寝とか気をつけなさいよ!」
「わかったわよ! ……ありがと」
「素直でよろしい」
 ヴァレンティナの姿が、キッチンへ消える。


 蜜柑はまだ夢の中にいるような気持ちで、リビングに立ち尽くしていた。
 実際には自分は、あの夢の頃の年齢を倍近くにしたぐらいの大人になっている。
 変わらないものと、変わっていくもの。
 ヴァレンティナは相変わらずで、そんなヴァレンティナとの関係はやっぱり相変わらずのまま。
 頑張って素敵なレディになろうとして、多少は実現した蜜柑だが、あの頃のじゃじゃ馬気質が残ってしまったのは、ヴァレンティナとの共鳴のせいではないかと思う。
 ――変わらずにいられたのは、ヴァレンティナがいてくれたからなのだ。
 蜜柑にもそれは分かっていた。
 まあできれば、もうちょっとしっかりした大人の女性と運命がつながっていたほうが良かったとも思うけど。

 そして変わったのは、もうひとりとの英雄との関係だ。
「本当。もうこんな時間! 早く片付けなきゃ」
 かつての憧れの君、アールグレイ。
 今では愛しの旦那様だ。
 あの頃の自分に、初恋はちゃんと実ったのだと教えてあげたら、どんな顔をするだろう?
(アールグレイは、やっぱりとっても素敵な人だったのよ……って、それは当り前かな)
 蜜柑と一緒に歳を重ね、かつての美青年はダンディな大人の男性になっていた。
 そして森の民エルフであるアールグレイは、この世界でも自然を守る仕事を選んだのだった。
 世界中を飛び回り、調査し、傷ついた山や森や川を元の姿に戻す手伝いをしている。
 当然ながら誘惑も多いだろうが、今の蜜柑は動揺しない。
 今回のように数か月不在でも、元気でいて欲しいと祈ることはあっても、彼に伸びる誘惑の手を案ずることはない。
 蜜柑は、アールグレイを信じているからだ。
 一緒に過ごした時間を、蜜柑の勇気を受け入れてくれた言葉を、全てを信じているからだ。
 ――そんな風に変われたのは、やっぱり相手がアールグレイだったからだろう。

 あの日誓った言葉。
 互いを信じ、尊敬し、病める時も健やかな時も愛は変わらないと。
 蜜柑は左手の薬指にはめた指輪に口づけする。
 アールグレイもまた、蜜柑と同じ誓いを立ててくれたのだから。

 そのとき、玄関のチャイムが鳴り響く。
 まるで祝福の鐘のように。
 蜜柑が顔を上げると同時に、キッチンからヴァレンティナが飛び出してきた。
「ほーら、そんなところでぼんやりしているうちに、帰ってきたわよー」
 ニマニマしながらも部屋に向かうのではなく、気を利かせてさっさと幻想蝶に消えて行った。
 このヴァレンティナが、結婚式の日に親代わりに参列し、大号泣したのは驚きだった。

 蜜柑は玄関ドアにとびつき、思いきり開く。
 少し日に焼けた顔、優しい瞳が目に入る。
 蜜柑はとても幸せだった。
「おかえりなさい、アールグレイ」
「ただいま、蜜柑。長い間留守にしていて……」
 言い終わらないうちに、蜜柑はアールグレイの首に両腕を回して力強く抱きしめる。
 今の蜜柑はこんなに簡単に、アールグレイを抱きしめることができるのだ。
「話したいことがたくさんあるわ。でも一番はじめに話さなきゃいけないことがあるの」
 蜜柑は目の前の、少し長い耳に囁きかける。
 新しい命が、宿ったのだと。
 アールグレイが驚いて蜜柑の顔を見ようと身体を離す。
「本当に?」
「ええ!」

 そのとき、アールグレイの顔に広がっていった幸福に満ちた笑顔を、蜜柑は一生忘れることはないだろう。
 夢見た夢は醒めることなく。
 世界は優しくふたりの未来を包んで、続いていく。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

とうとうここまで来ましたね。
ハッピーエンド(エンドレスだけど)を書かせていただけて、大変光栄です。
長い間、沢山のご依頼をいただきありがとうございました。
最後の一篇が、お気に召しましたら幸いです。
またどこかでお目にかかれましたら、その際にはまたよろしくお願いいたします。
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2019年10月18日

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