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『正義を為すは 2』
白鳥・瑞科8402

 悩ましいと言いつつ、それは言葉の上でだけ。
 思いながらも笑み混じりなのがその証拠。言ってしまえばこの「悩ましさ」こそが、白鳥瑞科(8402)にとっては任務に赴くに当たっての、頭の準備運動の様な物である。
 己の具えた資質と立ち位置。他者を圧する問答無用の色気と、粛然たる任務遂行の理。擦り合わせる為の思考実験――それらがぴたりと嵌った所で、次に為すべき思考に移る。

 勿論、他の準備も確りと。



 着替えの続き。
 ガーターベルトで留めたニーソックスに重ねてホールド、膝まである編み上げのロングブーツをきっちりと履くのもいつもの事。但し、今日の物は色が白――清楚さが映える色で仕上げている。曲がりなりとも礼装ならでは――かもしれない。
 足元が整ってから、太腿に専用のホルダーを確りと巻き、ナイフを装着する。事あらば咄嗟にすぐ手の届く位置、ここにあるのが副武装として使い易いからこそ。
 用意する武装は当然、それだけではない。今回、主に使おうと思っているのは――ロッド、即ち長めの杖になる。得物としては尖った鋭い切っ先も重さの破壊力も無い代物だが、取り回しに優れ応用が利く――それに「修道女の礼装」としては剣よりも相応しいのではないかしら? と言うちょっとした遊び心めいた発想もある。
 基本的に致死性の低い威力の武器ではあるが――実戦に於ける殺傷力の有無は、使い手次第で振れ幅が広いと言うのもいい。
 そう、瑞科がこの杖を振るうなら、それは必要充分過ぎる程の威力を叩き出す。

 礼装で赴く、今回の任務。
 要するに敵対者からの御指名だ。そっくりそのままを口に出すのも憚られる様な下品な表現で、強いて無難に纏めるならば「白鳥瑞科を潰す」とか何とか裏社会で吠えて回っている身の程知らずの愚か者さんが居たらしい。ただ、その愚か者さんが所属しているのが音に聞こえたちょっとした心霊テロ組織(確か虚無の境界でしたかしら)の上、その中でも中々に立場ある存在だったとかで――ただ捨て置くのでは無く思い知らせる方を選択、指名された瑞科自ら実行に移す様に、と相成った訳である。

 今回特に言い渡された命令は――派手にやれ。

 勝て、とか生き残れ、とか殲滅しろ、とか当たり前の事を言われないのは、瑞科の場合それが当たり前に大前提であるからこそ。どうやら我らが「教会」側でも何度も煮え湯を飲まされている相手との事だが、少なくとも瑞科の場合に限ってはその実感は無い。既に関係する心霊テロ実行犯部隊の殲滅任務を何度か担っているが、悉く叩き潰し焼き尽くしている――勝利の記憶しか存在しない。
 ……ああ、だから名指しで恨まれた、と言う事かもしれませんわね。となると、殲滅対象に取りこぼしがあったのかもしれません。わたくしもまだまだ甘いですわ。

 艶めかしく溜息を吐きつつ、自戒する。人外相手では流石に殺し切れて――いや、死の概念があやふやな輩も多いだろうから――滅し切れていない事もままあるだろう。けれどそんな事は、言い訳にもならない。
 こんな身の程知らずな吠え方をして来ている以上、わたくしの神の威の示し方がまだまだ足りなかったと言う事でしか無いのだから。
 で、あればこそ、今度こそ。
 挑発に敢えて乗り。「教会」の遣り方を。派手にやり、見せ付け、神の地上代行者による神の威を思い知らせなければならない。

 そうする為にこそ――「教会」である証の装飾がふんだんにあしらわれた礼装を、今纏っている事になる。

 後始末は「教会」が。周囲への気遣いは完全無用。遣り方は任せる。必要な物は言えば出す。瑞科なりの遣り方で、存分に「教会」の力を知らしめよとの事。

 amen――然るべく。



 来るのを待っているのでは無く、素知らぬ貌で相手の許へと先回りをするのが肝要。わざわざ相手のペースに合わせてやる必要は無い。慈悲を掛けるべき相手は選ばなければならない――この相手にその資格は無い。
 身の程知らずの愚か者さん当人が居るだろう場所。そこへと先んじる為に必要な行動を瑞科はまず取っている。「教会」で把握している虚無の境界関係の施設や関連企業、アジトの類。そこから愚か者さん当人の発言、名前、立場と言った外から読み取れるだけの情報要素を根こそぎ用いて更に絞り込み、絞り込めた幾つかの場所へと情報班の兄弟姉妹に事前に様子を見に行って貰う。勿論、危険の及ばぬ範囲まで。潜入はせず、外の外からさりげなく――居場所を絞り切る為の、最後の情報を得る為にその行動を頼んでいる。
 少し調べれば誰でも辿り着ける様な情報、それらを俯瞰し読み解く事で、知りたい事は導き出せる。今回だって同じ事。一人で出来る事は限られる。わたくしに出来る事はただ神の威を示す事のみ。だからこそ、それを行う為の手筈は――それらの事柄に秀でた兄弟姉妹に頼る事にしています。

 見つかりましたね――amen。

 では、疾くと参りましょうか。
 一分一秒でも早く、その呼吸を止めて差し上げたいので。



 ……何が起きたかわからない、と言う様なお顔をなさっておいででしたわ。

 現地到着直後の話。場違いな位に艶やかな容姿である瑞科が、何の衒いも無く歩き寄って来るのを見ての事――まず居たのは二人。愚か者さんの直属の部下にして、恐らくは場の見張りに出ている物であろう、と確認済み。さりげない佇まいからして兄弟姉妹では苦戦しそうな腕を持つ相手に見えるが、瑞科の場合はそうでもない。片方が瑞科に気付くと、嫌らしくにやけた獣の貌を晒して無遠慮にじろじろと体を眺めている――その位余裕で居ても本来見張りが成立するだけの力はある、と言う事らしい。
 視線が刺さるのは主にくっきりとラインが見える豊満なバストや際どいミニの縁、太腿辺り。まるで舐め回す様なその視線だったが、もう片方の見張りはそこまで油断していなかった。訝しげに瑞科の様子を窺っている――ポケットに手を伸ばす様な仕草さえ見せた。携帯端末で連絡でも取ろうとしたのかもしれない――こちらには白鳥瑞科の外見情報がある程度回っていたのかもしれない。もしくは、「教会」の装飾に気付いたか。だがそれにしては反応が鈍い。まさか、と言う感覚があったのかもしれない。
 どちらにしても、この瑞科が己が身をそんな視線に晒される事に甘んじる訳も無い。杖持つ右手を緩く前方に動かし、杖の先端は斜め下方へ向ける。左手を添え杖の位置を軽やかに固定。視線の主へにっこりと艶やかに笑い掛けて見せる。そのまま会釈する様に軽く前傾、滑らかな仕草で体が沈められる。膝と足首がぐっと折り込まれ、更にはまるでヒップのボリュームを強調する様に腰も折り込まれたのが次の瞬間。直後、その挙動で溜められていた下半身の力が一気に爆発した。
 ロングブーツの踵が力強く地面を蹴り跳躍、折り込まれていた瑞科の体躯は伸びやかに解放され、彼らに肉薄する。最中、くるりと優雅に回す様にして持ち替えられていた杖の石突が、殆ど一瞬にして見張りを強打。一瞬ではあったが、倒れた見張りに残る複数の陥没痕――どれも致死レベル――を見るに、連撃を入れていた可能性すらある。
 まぁ、最期の瞬間は――至近で瑞科の匂い立つ様な色香に満ちた女体を拝めた事になる訳だろうけれど。

 ……身の程知らずの悪人さんがわたくしの見た目に現を抜かしては、高価くつきますわよ? ふふ。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月21日

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