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『正義を為すは 3』
白鳥・瑞科8402

 見張りを倒して後、先へと進む。

 建物に入ってからも数度杖を振るう機会があったが、殆ど何の手応えも無いのが拍子抜けである。……先程通りすがりに倒した獣人は何処かで見た様な容姿だった気がするが、誰だったか。白鳥瑞科(8402)は何となく頭の隅で考えながら、当の目的である「身の程知らずの愚か者」の居場所を目指す。途中あった邪魔なセキュリティは電撃と重力弾の併用で破壊済み――たったこれだけで破壊出来る様なセキュリティなどよくも導入した物だと思う。虚無の境界に電撃や重力を扱う者が居ないとは思わないのだが――まぁ、テロ組織が隅々にまで行き届いた施設を用意し尽くせる訳も無いか。わざわざ組織が用意した訳では無く単に元々建物にあったセキュリティと言うだけかもしれない。ここは少なくとも臨戦態勢を敷いている場所とは思えない――「先回り」をした結果だとは言え、ここまで無防備だとは。

 ほぼ何も纏っていないかの如き極上の曲線美を見せるシルエット。自信に溢れたまろやかな歩容が施設の廊下を進んで行く。粛々と歩くその流れのまま、ふわりと背から後方に靡くマントの裾や長い髪先の名残。それだけでもいちいち匂い立つ様な艶やかさが醸される。目が奪われる――見ている者が居たならば。
 誰も遮る事など出来ないだろう、さりげなくも美しい、白鳥瑞科の歩みである。

 ……思い出した。先程の手応えの欠片も無い獣人が誰だったか。確か「教会」のブラックリストに載っていたS級の心霊テロリスト。名前など覚えていない――任務に直接関わりでもしない限り記憶する価値も無い。ただその外見的特徴は確かに合致していた。所属が虚無の境界である事も。どれ程の強者であるかと何度か夢想した事すらある。
 つまり、片手間で強敵――である筈の敵対者を倒してしまった訳である。
 瑞科としては、幾ら不意打ちに近かったと言えどあれでS級などと言われてしまっては……嘲笑しか浮かべられそうに無い。はしたないと自覚しつつも。

 ならばせめて今回の任務の理由にして標的、大口を叩いた身の程知らずの愚か者さん位は――もう少し手応えのある御方であってくれればと切に願う。上から派手にやれと仰せ付かっているのに、これでは派手にやる方が難しい。

 見せしめのオーバーキル程度しか派手に遣り様が無いと言うのは、どうなのかしら?



 とん、と着地する。
 漸く目的の相手を見付けたので一気に間を詰めた。同時に杖を打ち出し、石突で顎を下からくいと持ち上げる。その間、相手は反応出来ていない――殆ど、不意を衝く形になってしまった。
 これでは地味である。

「ごきげんよう」
「――ッてめぇ、「教会」の売女かッ!?」
「ああ、何も仰らなくとも構いませんわ。どうせ聞くに堪えない汚らしい言葉しかお吐きにならないのでしょうから」

 貴方はただ、黙ってその身に報いを受ければ良いのです。

 そう続けるなり、反論の口が動きそうになったので――瑞科は相手の顎の下に置いていた石突を勢い良く跳ね上げ力尽くで制止する。が、顎を強か打ち上げられた筈のそこから、愚か者さんの拳が瑞科目掛けて横合いから飛んで来た。顎はきっちりと打ち上げられている。外していない。けれどその態勢でありながら、飛んで来た拳の方も致死の威力が乗っている――然もありなん。相手は虚無の境界構成員、真っ当な常人では有り得ないのだから。……この位の事はして頂かないと困ります。
 つまり今のは、一番簡単な人体の無力化方法が効くか否かのただの様子見。御挨拶。これが効くならじっくりと丁寧に責め苛んで自分が何をしたかをその身に思い知らせてやるつもりだったが、駄目なら駄目で構わない。勿論、反撃の拳は簡単に避けられる――いえ、ただ避けてしまうより。
 杖で受けて軽く往なして差し上げた方がより心を折る事が出来るかしら? 思い付くのと体を捻るのが同時。ぐっと捻られる急な動きにバストの重心が置いて行かれ、激しく揺れる様も瑞科ならでは。避け切るには足りない程度に体を残し、身を庇う形に杖を上げ――威力が充分に乗った相手の拳を、その杖を以って「相手にも良く見える形」に受け流し往なし切る。不意打ちだのまぐれだのの言い訳の余地が無い程、完璧に。

 チッ、と悔しげな舌打ちの音。その仕草にこちらの意図が通じたのを感じ取り、瑞科は容赦無く追撃に入る。顔面、側腹、首筋、肩。脚に側腹、脳天に。杖で次々打ち掛かり、突き通す。まるで戦女神の如く――滑らかかつ力強い動きを連続させる。一回、二回、三回、四回――反撃の余地は与えない。そう動こうとした所から封じ抜く。的確に動く伸びやかな手脚が、急制動で震える魅惑の膨らみがいちいち映える――まともに見ている者が居ないのが勿体無い程。五回、六回、七回、八回――これでもまだ地味な気がしますわね。思い、杖に電撃を纏わせてみる事にした。九回、十回、十一回、十二回――乱舞の中、杖の端で描く紫電の弧が中々に美しいでしょう? 十三回、十四回――ああ、もう黒焦げになってしまいましたわ。
 クスリと笑いつつ、瑞科はくるりと杖を回す様にして収め、乱舞を止める。標的がここから復活して来る可能性――少し考え、部屋ごと重力弾で圧し潰しておく事にした。



 ……これで何とか「派手」に足りますかしら。

 思いつつ、瑞科は任務達成の余韻に浸る。他では味わえぬ達成感と高揚感――神よりの試練を果たした喜びに震え、次の任務に思いを馳せる――それだけでも心が躍る。まみえたいのは強き者。そう、次こそはわたくしの満足に足る様な強き敵をお遣わし下さいませ――そしてわたくしは、その強者さえも容易く屠って見せましょう――「教会」の正義を為して見せましょう。

 正義を為すは強者のみ。そしてわたくしが、その強者。
 その構図は永遠に変わらない。

 この美しく艶やかな体に触れられる敵など、これからも――この先も。決して現れはしないでしょう。
 ましてや、このわたくしが何者かに膝を屈する事など――どう引っ繰り返ろうと決して有り得ない。



 そう、そうである筈――なのだが。



 その構図が崩れる可能性は、本当は――無いとは言えない。
 永遠などは存在しない。
 どれ程華麗で美しく、圧倒的な力を示そうと――それが永遠などとは、本当は、何の確約も無い。
 ただ、彼女がそう言っている――そう信じているだけの事。

 いつ、彼女以上の強者が現れ、新たな正義を示して来るかもわからない。
 そしてそれが、近い未来である可能性も、無いとは言えない。

 瑞科自身に、その予感は全く無い。
 敗北どころか、苦戦の可能性すら予期していない。
 事実、今日の任務についても、危なげなど欠片も無かった。
 彼女は些細な敗北すらも知らない。

 圧倒的な勝利――傍でどれ程強者と言われる敵を相手に回そうと、それしか、今までの彼女の前には存在しなかった。
 けれどだからこそ、それが慢心となり、思わぬ形でその身に跳ね返らぬとは限らない。
 ……いつか神に見放される可能性が、無いとは言えない。

 これまで彼女自身が敵に為して来た事が、そのまま返って来る可能性が無いとも言えない。

 転がり堕ちる様な無様な敗北が。
 片手間の内に蹂躙され、美貌すら見る影も無い程に苛まれ。
 酷い酷い末路を辿る可能性が。

 ……あるかもしれないと言う事を、彼女はまだ――知らない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 今回は再びの発注有難う御座いました。また、この欄については三本目のこちらで纏めさせて頂いております。そして今回もまたお待たせ致しました。
(また、もしお待たせの間に台風等で被害に遭われてしまっていたとしたらお見舞い申し上げます)

 内容ですが、きちんと発注内容を反映出来ているか、色気や華麗さが表現出来ているかが相変わらず気になっております。今回は特に着替えの段は要らなかったのかとも思いつつ、前半がほぼそんな感じになってしまっていたりもしますし。
 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月21日

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