▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『極天にて』
八朔 カゲリaa0098)&ナラカaa0098hero001)&夜刀神 久遠aa0098hero002

●太源へ至る
 富士の山の頂上に立ち、青年と少女は果てまで広がる雲海を見つめていた。青年の名は八朔 カゲリ(aa0098)。少女の名はナラカ(aa0098hero001)。東の方から昇る朝日に照らされ、カゲリは相変わらず仏頂面、ナラカは晴れがましい表情で見つめていた。
「やれやれ。王も結局は人の子に過ぎなかったというわけか」
 王の最期を最前線で見届けた二人は、どちらからともなく示し合い、霊峰の頂上へと至った。変わり始めた世界の姿を、その眼で見渡すために。カゲリは眉を顰める。
「奴は一切衆生を導くだけの力を手にしていた。観世音のように。だが、その力を振るうだけの器が奴には無かったというわけだ」
 ナラカは期待していた。王の接近によってこの世の人類に試練が下されることを。その試練によって、人類は新たなる高みへ至る事を。
 しかし、その望みは果たされなかった。リンカー達は、まるでそれが運命だと言わんばかりに王を討ち果たしてしまった。無論、リンカー達が一つの試練を乗り越えたという意味では喜ぶべき事ではあるのだが、ナラカにとっては到底満足のいく結果ではなかったのである。
「奴の本性は菩薩と同じ。あらゆる人類に救いを与えるべく立った者。畢竟、衆生に対しては手緩く対峙するというわけだ。だが私は違う。私が求めるのは阿羅漢だ。人類は自らの手で自らを助け、導けるようにならなければならんのだ。そうだろう?」
 ナラカはカゲリへ振り返る。彼は黙々と雲海を睨んでいた。いつもそうだ。彼は何をも否定しない。ただ運命によって照らされた道を突き進むのみである。ナラカの輝きが示した道を。
「覚者よ、汝も感じているだろう。何処かの世界に眠っている、私の太源を」
「……ああ」
 この世に顕現する時、置き去りとした神の本質。不死の霊峰に立った今、その存在の接近を確かに感じていた。
「では参ろうぞ。王亡き今、私こそが衆生を見定めねばならぬのだ」


 王が去って、全世界に立ち込めていた抑圧的な雰囲気が立ち消えた。戦で失ったモノを埋め合わせるように人々は睦びあい、新たな命が次々にこの世へ生まれ落ちる。『主様』も同じく――彼に限ってはそんな戦の終わった解放感に身を委ねたわけでは決してないだろうが――、この世に落胤を残していた。
「姫様」
 列を成すベビーベッド、その中に寝転ぶ一人の乳飲み子を夜刀神 久遠(aa0098hero002)はじっと見つめていた。周りで赤ん坊たちがぐずったりすっかり寝息を立てていたりする中で、その赤子だけは、真ん丸に見開いた眼で天井を見つめていた。生まれて間もなくして、己の運命と対面しているかのように。
 何はともあれ、主様はとっくの昔にいなくなってしまった。今も己の存在がこの世界に繋ぎ止められている以上、世間が言うように、死んでしまったわけではないのだろうが。
 久遠はタブロイドを握りしめる。『時代を切り開いた英雄、一人去る』。紙面にはそんな文字が躍っていた。


 リオベルデ共和国とアメリカ合衆国の国境に丁度位置する洞窟、サンクトゥス。聖域と名付けられたその洞窟は、今もなお、異世界と重なり合って出現した有象無象の廃墟がモザイクのように散在していた。H.O.P.E.や二国の政府によって、遺跡の発掘調査が計画されたが、それは遅々として進まない。大いなる邪魔者達が次々に現れるからだ。
 カゲリとナラカは共鳴する。洞窟の暗闇の中でも、さらりと流れる銀色の髪は天の川、深紅の瞳は蠍の心臓の如くである。暗闇に響き渡り、瓦礫を震わせる声に向かって、二人はただひたすらに突き進んだ。
『わかっているな、覚者よ。我が本懐を果たす時は今宵を於いて他に無い』
 カゲリは無言のまま頷く。王は消えたが、王が引き合わせた世界間の距離はなおも縮まったままだ。世界が揺れて接触する度に、その接触を通してイントルージョナーが現れる。意思持つ者から、ただの鳥獣に過ぎぬ者まで。世の中の人間は新たな世界の秩序における障壁、程度にしか考えていなかったが、ナラカはそうではなかった。
『見失うなよ。我が世界に住まう者がこの世界に到来するその瞬間を』
 ナラカが言った瞬間、巨大な蜥蜴が部屋に飛び込んで来る。カゲリは黒い炎の灯る刃を素早く抜き放つと、蜥蜴の正面へと向き直る。蜥蜴は鱗を赤熱させると、燃え盛る舌を鋭く伸ばして振り回す。上に下に、岩壁を蹴って躱すと、鋭く刀を振り抜いた。黒炎の刃が飛び抜け、蜥蜴の舌を切り落とす。蜥蜴が怯んだ瞬間、今度は蜥蜴の脇へと素早く回り込み、その眼を刃で抉り抜いた。
 蜥蜴は甲高い悲鳴を上げて仰け反る。その隙にカゲリは洞穴の奥深くへと踏み込んだ。白燐の輝きを秘めた湖の脇を駆け抜けて、坂道を深く深く下っていく。闇の彼方で、陽光が不意に眩しく輝いた。
『来たな……やはり』
 甲高い咆哮が響き渡る。霊石が蒼く輝きを放つ空間の中、黄金の毛並みを靡かせた狼が、空間の裂け目を背にして立っていた。一目見てナラカは悟る。この獣こそ、ナラカを太源へ導くために来た者であると。
『さあ、行くぞ』
 カゲリは狼へ向かって走り出した。身構えた狼の頭上を高く踏み越え、一直線に空間の裂け目へと飛び込む。それはまるで、奈落へ続く顎の如くだ。
 後に続いてきたリンカー達の声が聞こえる。だがそれもしばしの事、やがて彼は満ち満ちる闇の中へと沈んでいった。

●一切皆苦
 鄙びた屋敷の裏庭で、幼い少女が一人遊びに興じている。久遠は縁側に座って、そんな彼女の姿をじっと見つめている。母親が働きに出ている間、その娘を見守るのが、彼女の日常となっていた。
 昼下がりになり、小学生達が学校から帰ってくる頃合いになった。父親が仕事から早引けして迎えに来たのか、少年と男の声が、塀の向こう側から聞こえてくる。鞠をついていた少女は、ふとその手を止めて外を見つめる。やがて鞠を放り出すと、ぱたぱたと久遠へ駆け寄ってきた。
「ねえ、私の父さんは? いつ帰ってくるの?」
 何度繰り返されたか分からない問い。久遠も何度も繰り返し応える。
「時が満ちた時に。必ずこの世へ戻られるでしょう」
 それ以上の答えは久遠にも用意できない。彼女が存在している以上、カゲリもナラカも消えている筈がない。どこかで放浪を続けているに違いないのだが、世界の裂け目に飛び込み姿を消してしまった今、その痕跡を辿る事は叶わずにいた。
 手招きすると、久遠は少女を自らの膝の上に乗せる。年々その太ももに掛かる重みが増してくる。すくすくと成長する彼女をこの手で育てられることは喜ばしく感じているものの、やはりもどかしい感情が腹の奥底でのたうっていた。
 父さんはどんな人だったの。そう姫君は尋ねてくる。三年ほど共に居る中で、初めてのことだった。久遠は少女を膝から下ろすと、隣の座布団に座らせてじっと真っ直ぐ見つめ合う。
「貴方の父上、私の主様は、それはそれは強き意志をお持ちの方でした。如何なる苦境においても怯まず、厳冬に輝く太陽のように雄々しく眩しく在ったものです。そして……」


 闇は果てしなく広がっていた。一寸先も見通せない、奈落の底。カゲリはナラカと共に、黙々と歩き続けた。その果てに彼らは辿り着く。闇の中に茫洋と漂う黄金の炎を。
「さあ、触れよ」
 ナラカが口を開くと、炎の中からも彼女の声が響き渡る。虚空に浮かぶ太陽と等しく見えたその焔は、その実一羽の鳥であった。世界を炎で嘗め尽くす神の鳥。カゲリは普段の仏頂面のまま、そっと神鳥の嘴へと手を伸ばした。
 刹那、神鳥の纏う炎が弾ける。金色の奔流が溢れ出し、灰燼に覆われた廃墟を眩く照らす。その光は、カゲリの身体へと瞬く間に吸い込まれていく。
「これは」
 やがてカゲリは一つの世界の像を見る。神鳥の光は、闇に覆い隠された未来まで明らかにするのだ。
「……変わらない、か」
 光の中で、カゲリはぽつりと呟く。彼が視た未来は、何の変哲もない未来の姿だ。カゲリ一人が勇往邁進したところで、世界はビクともしない。王という未曽有の脅威を乗り越えても、人類というものは相変わらず度し難いものだ。善悪の秤があれば悪へと傾くが自明とでもいうかのように、次から次へと悪人が現れる。正しく在ろうと努める者の傍で、悪は常に蔓延っている。
「世は餓鬼や修羅ばかり、阿羅漢に至らんとする者は無し」
 カゲリが呑み込んだ黄金の焔は徐々に黒く染まっていく。彼が肯定し、踏み挫いても意味は無い。天に向かって光を掲げても、その輝きに報いる者は無し。世の無常こそが常なのだ。
「それならば……」
 今や、ナラカの意志はカゲリの意志となっていた。再び暗闇に堕ちた世界の中で、カゲリの双眸だけが、ただ金色に輝いていた。


 カゲリとナラカが消えてから十年が経った。物心ついた姫君は、久遠と誓約を結ぶ事を望んだ。父親の姿を見たという、風の噂を聞きつけて。無謀な旅であろうと思ったが、姫君の瞳は、止めても無駄であると雄弁に物語っていた。なれば、拒むよりも傍にいようと心に決めて、久遠は姫君の手を取った。そして、彼女達は地球で最も高い霊峰へと足を踏み入れたのである。
『……感じます。やはり主様はこの先にいるようです』
 たとえ共鳴しても、霊峰は身を切るような寒さに違いない。少女は黒いコートに身を包み、深い雪に足を絡め取られそうになりながらも、黙々と山を登っていた。
 やがて、二人はその姿を捉える。霊峰の頂上に立つ、一人の男の姿を。
『姫様。あれに見えるがあなたの父君です』
「あれが……」
 カゲリは黒炎に燃え盛る刃をその手に引っ提げ、じっと娘を見下ろしていた。その姿に久遠は懐かしく、また喜ばしい思いに駆られると同時に、王への怒りに晒される。
 今やカゲリはこの世の者ではない。神鳥と完全に融け合い、異世界からの来訪者と化したのである。その証拠に、彼の双眸は今なお金色に輝いていた。
 久遠は娘を促し、刃を抜かせる。カゲリもまた刃を構えた。燃え盛る黒い炎が、山頂の雪を嘗め尽くそうとしていた。


●極天にて
 世界を救った英雄が、今や『黒い鳥』として、懼れと共に語られるようになっていた。それは闇に生きる仕置き人の如く、法の裁きを経る事無しに悪人を殺していく。アメイジングスとしての力を悪用するヴィランや、旧態依然の犯罪集団まで。闇の世界に屍を転がし続けてきた。影から影へと飛び回る彼の姿は誰も捉えられない。今日も哀れな畜生共が、生まれたての小鹿のように震えてカゲリの姿を見上げていた。
「何なんだ……何なんだよお前は」
「『勝利』を求める者」
 カゲリは剣を振るい、鋭く男の首を刎ねる。傷口は黒く燃え上がり、男の亡骸を灰燼に帰していく。隣でそれを見ていたもう一人は、震え上がって頭を垂れた。
「わかったよ! 俺達の負けだ! だから……!」
「……是生滅法、されど寂滅為楽に在らず。諸行が無常なら信ずる意義は無く、然しなればこそ信ずる事は尊いのだと、証明するために」
 彼の振り下ろした刃は、男の身体を真っ二つに切り裂いた。

 カゲリは決着を求めていた。己の身を戦の火にくべてでも、新しい世界を切り拓く事を求めていた。そしてそれが、神鳥の望みであった――


 南極。かつて王が最初の侵蝕を齎した地。今でも断続的に異世界との接触が続いている地だ。重装備に身を包み、娘と共鳴した久遠は、南極点へと向かって進軍していた。その供廻りには、白銀の鎧に身を包んだ、狼の修道騎士達が就いている。異世界で邂逅し、友誼を結ぶことになった者達だ。
『心してください、姫君。此度は先日の様にはいかないでしょう。喩え娘だとしても、殺す気で来るでしょう』
 分かっている、と娘は頷く。隣の狼に目配せすると、彼女は静かに剣を抜き放った。刃は光を呑み込み、凍れる闇を纏った。
『……王よ。我々は帰ってきました。全てを終わらせるための戦を始めるために』
 久遠は言い放つ。極天に立ち、燃え盛る炎を刃に纏わせたカゲリが、彼に対峙する軍勢をじっと見据えていた。娘は刃を正眼に構えると、朗々と言い放つ。
「あんたは倒す! そして父さんは返して貰う!」
『ふふ。良いぞ。良いぞ』
 カゲリの奥底で眠っていた神鳥は、くつくつと笑い出した。カゲリの影が燃え上がり、神の鳥の形を成す。
『万事に立ち向かう覚悟を抱くが良い。無間の地獄を踏破しろ。その果てに、私を納得せしめよ。神は不要と、人間讃歌を謳わせてくれ!』

『良き夢であったと、終わらせ給えよ』



 かくして、長きにわたる父娘の死闘が幕を開いたのだった。



 おわり





━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 八朔 カゲリ(aa0098)
 ナラカ(aa0098hero001)
 夜刀神 久遠(aa0098hero002)

●ライター通信
 お世話になっておりました。影絵です。この度はご発注ありがとうございました。
 色々と想像を積み重ねていった結果このような形になりましたが、満足いただける出来になっているでしょうか? 何かあればリテイクをお願いします。
 では、Gでもご縁がありましたら宜しくお願いします。
パーティノベル この商品を注文する
影絵 企我 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年11月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.