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『感染する憎悪(4)』
水嶋・琴美8036

 少女の扱うワイヤーが、悪魔達の身体を切り裂く。騒がしかった戦場は、悪魔の発した耳障りな悲鳴を最後にしんと静まり返った。
 しばしの静寂の後、彼らの屍の中央に立っていた水嶋・琴美(8036)は、その美しい見た目によく似合った澄んだ声で呟く。
「呆気ないものね」
 無限に蘇生し続ける、大量の悪魔。もしあの悪魔達を野放しにしていたら、人々の魂は彼らの糧となり世界はたちまち闇に支配されてしまっていた事だろう。
 しかし、琴美からして見たら、あの程度の悪魔など所詮は烏合の衆。大した力を持っていない奴らが集まったところで、絶対的な強者一人に敵う事はない。任務を達成した高揚感を胸に、琴美はその場を後にする。
 ――だが、上機嫌な様子で歩いていた彼女の事を、死角から狙う影があった。
 姿を隠し隙を伺っていたのは、一体の異形だ。先程琴美が倒した悪魔達とはまた違う種類の悪魔。
 しかし、戦闘を終えた後の少女を狙う卑怯な悪魔の攻撃は、彼女の肌に届く事はなかった。軽く、それこそ何という事でもないように琴美は跳ねた。敵の攻撃を避けると同時に、彼女は相手に向かいナイフを投擲する。敵の方を一瞥すらしていないのに、琴美は正確に悪魔の急所を狙い撃ってみせた。
 悪魔は悲鳴をあげ倒れ伏した後、おどろおどろしい声で呪いのような言葉を吐き出す。いつか必ず絶望する日がくる、悪魔達はお前を許さない……そういった類の、恨み言だ。
 趣味の悪い負け犬の遠吠え。そんなものを琴美が気にするわけがなく、彼女は何事もなかったように肩をすくめてみせた。
「あら? 今、何かいたかしら? あまりにも弱すぎて……気付かなかったわ」
 そう言って、琴美は悪戯っぽく笑ってみせる。彼女の嫌味を最後に聞き、悔しそうな顔をしながら悪魔は消えて行くのであった。

 今しがた倒した悪魔の顔に、琴美は覚えがないわけではなかった。彼女の頭の中には、今まで戦った敵の情報が全てしっかりと記憶されている。戦場に必要なのは、力だけではない。こういった知識を戦闘に活かしてこそ、真の強者と言えるのだ。聡明な彼女は、そういった面でも特別秀でていた。
 先程彼女へと襲いかかってきた悪魔は、その外見の特徴と戦闘時の構えからして以前琴美が討伐したとある大悪魔の配下であろう。自らの力を過信し、盲信したその大悪魔もまた、大量の悪魔を率いていたが琴美の力を見誤り無様な最期を遂げた。大悪魔の咲かせたどす黒い赤色の血の花は、その心の醜さを表しているかのように穢らわしく醜い色であった。
 大悪魔の死を知った他の悪魔達は、どうやら琴美の事を狙っているようだ。先程の悪魔が最期に残した恨み言の内容からして、それも一体や二体の話ではない。少女への憎悪はそれこそ感染するかのように、悪魔達の間に広がっているらしい。
 それも、そこにある感情は、純粋な憎悪だけではなかった。琴美という少女は、人ならざる者すらも魅了してしまっている。彼女の美しい見た目と、その華麗な戦いぶりの噂を聞きつけた異形達は、琴美の事を我こそが倒してみせるのだと躍起になっているようだった。
「ムキになって、みっともないわね……。そんな奴らに負ける気なんてないわ。私の体には、指先一つ触らせないわよ」
 少女が浮かべるのはやはり、余裕に溢れた微笑みだ。むしろ、向こうの方から琴美の事を狙ってくれるのなら、わざわざ倒しに赴く手間が省けるとさえ少女は思う。
 次の任務では、いったいどのような相手と戦えるのだろうか。どのような悪魔を――蹂躙出来るのだろうか。
 彼女は、自らの明るい未来へと、思いを馳せる。今後どのような悪魔を相手にしようとも、決して負けない自信が琴美にはあった。
「次の任務も楽しみね。どのような強敵であろうとも、私が徹底的に叩きのめしてあげるわ」
 琴美の麗しい唇から、ひどく自信に満ちた容赦のない残酷な宣告が零れ落ちる。
 けれど、そう言って笑う少女の顔はやはり美しく、この場にもし悪魔がいたならば一層彼女に対する執着を強めるに違いなかった。

 ◆

 暗い闇の中、とある悪魔は笑っていた。配下の悪魔から送られてくる映像の中には、決まって軍服に身を包んだ美しい少女の姿がある。
 ……水嶋・琴美。敗北を知らない気高き軍人は、まさに完璧という二文字が相応しい華麗な動きで戦場を舞い、今回も多数の悪魔を倒してみせた。圧倒的な実力を持つ彼女に敵う悪魔など、この世にいるはずがない。
 ――そう、信じて疑ってないであろう琴美の事が愛らしくて仕方なく、悪魔は笑声をあげる。
 はたして琴美の前に、彼女が予想すら出来ない程の強大な力を持った敵が現れた時、いったい彼女はどんな顔を浮かべるのだろう。その夜空のような美しい黒色の瞳は絶望に染まり、可憐な唇は「ありえない」と歪むのだろうか。
 琴美は自分が敗北する事はおろか、苦戦する未来すら考えた事はないようだが――この世には彼女のまだ知らぬ異形が多数いる。今こうやって、彼女を観察している悪魔も含めて。
 琴美のベレー帽が、彼女の血により一層赤く染まってしまう事になってしまったら、その時……琴美はみっともなく声と体を震わせて、悲鳴をあげるのだろうか。自身の力を盲信し過信した末に惨めに死んだあの大悪魔や、無限の命がある自分達が負けるはずがないと信じて疑わなかったあの悪魔達のように。
 琴美に対する憎悪と興味は、本人の預かり知らぬ内に異形達へと広まっていく。目に見えぬ悪意が、いったいどこまで広がっているのかを確認する術はない。
 何も知らない琴美は、満足げな笑みを浮かべながら拠点に向かい歩いていた。その足取りは堂々しており、自信に満ち溢れている。
 そんな彼女の自信を打ち砕こうと狙う多数の異形達は、今も闇の中で不気味に笑っているのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
悪を華麗に叩きのめす琴美さんのお話……このような感じになりましたが、いかがでしたでしょうか。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、今回もご依頼誠にありがとうございました! また機会がありましたら、お気軽によろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年10月23日

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