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『世界を護るために』
ラルフla0044

●不本意な渡り
 黄金の小さな甕に、名のある兵士達の名前が篆刻された鉛のメダルが数枚入れられていく。豪奢な身なりに身を包んだ青年が、甕を揺すって右手を突っ込む。そんな光景を、ラルフ(la0044)は欠伸交じりに見つめていた。またしても何やらの思いつきで王子が何かをやっている。そんなのに構わず、さっさと訓練に戻りたい。半ば呑気にそんなことを考えていたラルフは当然気付いていなかった。この『籤引き』とかいう催しが、彼の運命を丸々変えてしまうことに。
「決まりだ。派遣するのはラルフ、君だ!」
「……は?」
 咄嗟に欠伸を噛み殺し、ラルフは鼻面に皺を寄せる。王子は高らかに手を叩き、ラルフへつかつかと歩み寄っていく。彼はにこやかにラルフへ手を差し伸べた。
「宜しく頼むよ」
 屈託のない、腹立たしい笑みを浮かべて王子は言う。何事か尋ねる前に、傍仕えの魔導士達が足早に押し寄せ、彼をある部屋へと引き立てていった。

 魔術師に連れ込まれた部屋の中で、ラルフは事の次第を事細かに聞かされる。聞けば聞くほどうんざりするような話で、思わず彼は溜め息を零した。
「……はあ。この世界に不穏を齎す可能性のある異世界があって、その様子を見て必要なら対処せよ、と?」
「ええ、そうです」
 一人がこくりと頷く。この世界は伝統的に異世界からの干渉を受けやすい。異世界から流れてきた者達は例外なくこの世界に流れる魔素『エーテル』に対する影響力が強く、誰もが一騎当千の騎士にも勝る力を得た。しかし彼らがその力に相応しい心を得ようはずもなく、彼らが望むままに力を振るったお陰で、この世界は荒れに荒れた過去を持つ。そんな世界において、『異世界から軍勢が大挙して押し寄せてくる』などと言う託宣が下れば、誰もが泡を喰って王子――彼も実は異世界より来たった者なのだが――に対処を求めるのだ。
 そして王子は皆へ命じた。座して待つのではなく、自ずから異世界へと発ち、世情を探るのだと。
「でもって、その使者に私が選ばれたと」
「そうです」
 ラルフは話しながら周囲を見渡す。既に魔術師たちがラルフを取り囲み、呪文を唱えてエーテルを練り上げ始めていた。足元にぼんやりと魔法陣が浮かび上がる。ラルフは肩を竦める。
「準備の時間すら与えてもらえないというのですか?」
 魔導士達は応えない。彼らは六人がかりであっという間に魔法陣を完成させ、異世界転移の魔法を唱え始めた。こうなったらどうしようもない。ラルフは不服極まりないとばかりに溜め息をつき、その場にずんと腰を下ろした。
「なるほど、私に拒む機会を与えないというわけですか。いかにも貴方達の考えそうな事だ」
「これも大義の為です」
 一人が呟いた瞬間、魔法陣が光を放つ。光に包まれたラルフは、にわかに頭が朦朧とし始めた。その場に蹲る彼であったが、その耳に、微かに声が響く。彼の様子が変だの、魔法陣に綻びが見える、だの。
(何だって……?)
 不意打ちで儀式を始めた上に、その出来もお粗末と来れば、腹立たしくて仕方が無い。立ち上がって抗議の一つでもしたいところだったが、今や顔を上げる事もままならない。不意に体が光の奔流へ投げ出され、今度こそ彼は深い眠りの中へと落ちていった。

●エーテルとIMD
 数か月後、ラルフは送り込まれた世界で、簡素な槍を担いでナイトメア討伐の任務へ臨んでいた。逃げ惑う市民達を掻き分けて、ラルフは大鎌を振り回して暴れ回っている蟷螂目指して突っ込んでいく。
「邪魔だな……」
 怯える市民を槍の石突で小突いて押しのけ、彼は蟷螂の正面へと回り込む。彼にとってナイトメアとの戦いは、故郷の危機の排除にほかならない。良くも悪くもそれ以外は眼中になかった。蟷螂はそんなラルフに気付くと、くるりと身を転じて彼へ向き直る。振り回される二振りの鎌。一方を紙一重で躱し、もう一方を槍の柄で受け止める。
「戦い方そのものは単純なんだけどなあ」
 彼は溜め息をつくと、敵の鎌を弾いて蟷螂の頭を突く。全身のばねを活かした渾身の一撃――だったが、透明の見えない障壁によってその一撃は阻まれ、致命傷には至らない。耐えた蟷螂は、しぶとく鎌を振るう。ラルフもまた咄嗟に障壁を展開してその一撃を受け止めた。
「その見えない結界さー、本当にめんどくさいんだよなぁ……」
 ラルフの世界にも似たような術式は存在する。しかし、力づくで割れたその物理結界と違って、この障壁はどうにもしぶとく、中々割れない。ラルフは間合いを取り直した。
(戦いの気構えが正反対なんだよな……)
 故郷の世界に満たされたエーテルは、本人の素質と弛まぬ鍛錬、そして無我の境地によってその力をモノにして引き出す。ラルフも当然、精神鍛錬といえば山や森の奥地でひたすら自然と向き合いながら黙想するとか、そんな手法が当たり前だと思っていた。
 しかしここでは話が違う。IMDとは想像力を働かせることによって最大限の機能を発揮するもの。無心で槍を振るってもまともに機能しない。自らの望む結果、それも己の力量で実現できる結果を的確に思い浮かべる必要があるのだ。つい元の世界と同じ感覚で鍛錬を重ねてしまうが、それではIMDは中々答えてくれないのである。ラルフは跳び上がると、蟷螂の頭を踏みつけその背後へと回り込む。
「さっさと慣れないとダメか……」
 蟷螂の首を刎ねる瞬間を正確に思い浮かべる。ラルフは素早く踏み込むと、甲殻の隙間へ槍の切っ先を捻じ込み、そのまま蟷螂の首を撥ね飛ばした。

●何のために
 小さな喫茶店。ラルフは隅の席に陣取って、甘いケーキを食べていた。故郷の世界にも甘味の類はあるが、精糖技術がこの世界ほど発展していないから、甘みを付けたブリオッシュ程度が関の山である。魔導士の無理な転移魔法の行使で狼としての機能を失ったり、そもそも王子の思惑が分からなかったりと散々な目に遭ったラルフだったが、未知の料理には惹かれるものがあった。
(これも故郷で似たもの作れないもんかな)
 そんな事を思いながら、彼はアサルトコアのマニュアルを捲る。細かい字をぼんやり目で追っている間にも、その耳には周囲のサラリーマンたちの商談が漏れ聞こえてくる。その騒がしさに、彼はぽつりと溜め息吐いた。
 この世界は忙しない。常々ラルフはそう感じていた。ナイトメアの侵略抜きにしても、目まぐるしく政局や商売の流行り廃りが移り変わっている。故郷の世界で一日過ごしているうちに、この世界では一週間ほども経ってしまうように感じてしまうほどだ。この世界にてそれなりの知己は得たものの、故郷の緩やかな風の中で、趣味の狩りでもしながら平穏無事に暮らしたいという思いは、日に日に強くなっていた。
(まあ、ナイトメアがこの世界を支配するようなことになったら、次の標的に俺達の故郷も選ばれかねないのは間違いないよなあ。その為にも、ここで食い止めなければなんないってのは確かかあ)
 そもそも、今のところ帰還の手段さえ見当たらない。望むと望まざるとに関わらず、今は戦い続けるしかない。彼はマニュアルを閉じると、ウェイターに代金を払って店を出た。

 そしてラルフは、今日も鍛錬を重ねるため、ナイトメア討伐の任務を請け負うのであった。



 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物
 ラルフ(la0044)

●ライター通信
 お世話になっております。影絵企我です。この度はご発注いただきまして誠にありがとうございます。
 異世界とこの世界の違いについて色々とイメージしてみましたが、想像に沿う出来になっているでしょうか。もし何かありましたらリテイクなどをお願いします。

 ではまた、ご縁がありましたら。

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2019年10月23日

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