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『漢と漢の愚痴酒場』
トリプルJka6653

 ダウンなライト。
 伸びやかで落ち着いたジャズのBGMを纏うかのようにその男は店内を見回した。
 まだ宵の口でバーに客は少ない。
(ま、普通の客はそうだろうな)
 店に入った男は、トリプルJ(ka6653)という。テンガロンハットをかぶった筋肉質の男だ。
「ん?」
 J、早速自分が入店したことでこちらを向いた客の中から見知った顔を発見した。
 奥のカウンターだ。こっちこっちと手を振っている。
「よ。待たしちまったようで悪ぃな」
「先にやってますからお気になさらず。それに、初めての店だから早めに来ただけですよ」
 カウンターに座っていた男は、イ寺鑑(kz0175)だ。和風のいで立ちは、同盟領のタスカービレという村が東方風の村づくりをしていることと、本人自体がサムライ像を追い求めているからだ。
「それにしても、どういう風の吹き回しです?」
 私と誘うなんて、と鑑。
「吹き回しも何も、知ってるやつとたまに酒を飲みたいことぐらいあんだろ。……マスター、いつものと裏のメニューを一つだ」
「ま、そういうこともありますか」
 それだけいってカクテルを飲む鑑。Jは隣に座って注文を済ませた。
 マスターは半ば分かっていたのだろう。ブランデーの水割りをすぐに出した。
「とりあえずこの間の依頼はお疲れさんだったな。ポカラ村だったか? うまく復興できりゃいい」
「そうですね。やり直せる、ってのはいいことです」
 改めて乾杯するJと鑑。からん、と氷の音が響き、グラスの合わさった音がする。
「やり直しか……鑑の関わってるタスカービレのことだろうが、他にもありそうな言い草だな」
「ま、人生いろいろです。こっちに移民しようとする人物はそういうのを抱えてるもんじゃないですかね?」
 ここで出前がやってきた。マスターが受け付けるとJたちに皿を出した。
「裏メニューの出前料理です。この時間だけ、常連さんだけのサービスですのでご内密に」
 マスターの説明。
「分かってるよ。……この時間からこの店に来れるのは、これがあるからだ。腹ごしらえしようぜ」
 というわけでテキサス風の揚げ物料理各種を突きつつ、酒を飲む。
「それよかいいよなぁ、鑑は」
 突然、ぽつりとこぼすJ。
「何がです?」
「綺麗な嫁さん2人も貰ってよ」
 1人くらい寄こせたぁいわねぇけどよ、とかしみじみこぼす。
「Jさんなら綺麗な嫁さん3人くらいはいけるんじゃないです?」
「……まさかそう返されるたぁ思わなかったぜ。っていうか、幸せそうだなオイ」
「これまで女性を幸せにしてきた人数でJさんに勝てるつもりはないですよ」
「お前は俺を何だと思ってんだ?」
「女たらし」
「お前がいうかよ!」
 突っ込むJに鑑が笑う。
「冗談はさておき、Jさんは周りを自然に元気にできる人ですよ。ウチの村の白茶を卸ろしてる娘さんもそんなことをいってましたから」
「アイツの事か?」
「ええ」
 二人とも知ってる娘だ。Jが難しそうな顔をする。
 一方の鑑。おや、と怪訝そうにするが沈黙してグラスを傾ける。
 Jも口をつぐんだままだ。
 しばらく無言で酒が進み、時間だけが流れる。ジャズのスイングだけが生き生きとしている。
 ――からり……。
 グラスの中で踊る氷を見るJ。やがて言葉を絞り出した。
「……2年以上好きだった。ずっと目で追ってた。頑張ってるのを支えたかった。告白前に消し飛んじまったがな」
「2年以上?」
「あーあー、見てるつもりで見てなかったのは俺だよ、分かってんだよ」
 聞いた鑑に、思わずむっとして聞かれた以上に答えてしまった。もちろん自分自身では気付いていない。
「誰の話をしてます?」
「……アイツの話に決まってんだろ」
 J、くいっとあおるとダブルでお代わりをした。
 鑑、これは絡み酒だな、と理解。慎重に言葉を選んだ。
「確かに、とても頑張ってましたね」
「頑張って生きてるだけなら俺だってお前だってそうだろが。俺が支えたかったのは帰るために頑張ってる奴なんだよ!」
 J、ダブルの水割りをあおって言い捨てる。ややイラついているか。鑑の方は「これは不味い」と認識。防衛モードに入った。
「だけど……違った?」
「……そうだな、俺の我儘だな」
 微妙にすれ違っていた話が、すれ違っていながらも同じトーンになった。ほっと安堵のため息をつく鑑。
 そしてJは続ける。
「地面が崩れた気がしたんだ……1人じゃもう立ってられねぇと思った」
 Jはグラスを持ったまま前を見ている。やや、暗い。店内の間接照明よりも。
 カウンターに並んで座る鑑も前を見たままだ。
 しばらくして酒に口を付けると、Jは失意に細めていた瞳を少し開いた。口元は苦くねじられている。
「帰る手伝いなら何でもするって約束してた奴が居てな」
 そのまま続けるJ。もちろん鑑もそのまま聞く。
 男の、誰にも見せない傷跡。
 誰にも見せないし、知らせない。
 だから、鑑はJの方を見ないし、聞いてはいても聴きはしない。男の作法だ。
 J、続ける。
「で、そいつに縋った。恋人云々は無しでも、帰るって約束はして貰えた。俺はそれで息がつけた」
 息をつく。酒を飲む。瞳に力強さが戻って来た。
 鑑、声はかけずにグラスを揺らし氷を軽く鳴らした。「そうか」という響きを込めて。
 ジャズがスイング。
 何度も、何度も。
 奏者のひねりが音を通して伝わってくるようだ。
「もう俺にゃあいつしか居ないからな。……またプロポーズに行くさ。駄目でもあいつは俺と一緒に帰ってくれる。それだけで充分だ」
 半身になり、ここでようやく鑑の方を向いた。
 すでにJの顔に迷いも苦しみもない。
「そうですね」
 鑑、酒を飲みほした。お、とJ。
「傍にいて、何かあれば支えてあげるのがいいですよ。……頑張っていてもくじけそうになることはあるんですから」
 少し陰らせた瞳。
 J、鑑の方を向いていたがそっぽを向き、酒を飲みほした。
 聞いてはいても聴きはしない。男の作法だ。
 ただ、救われたような気がした。
 だから、立ち上がった。
 そして声をかけるのだ。
「……悪かったな、鑑。奢るから飲み直そうぜ」
 ありがとう、の気持ちを込めて。
 BGMもちょうど、次の曲に入っていた。


●おまけ
「……で、飲み直す店がここですか」
「いいじゃねぇかよ、鑑。ぐだぐだいわずに食えよ」
 河岸を変えた先は赤のれんの焼き鳥屋だ。
 上品なバーからの、雑然とした大衆酒場。普通逆じゃないのか、と突っ込む鑑だが、Jはそういう気分なのだから仕方ない。
「大体な、鑑は気取りすぎなんじぇねぇのか? ちったぁ気楽にしろってんだ」
「気取ってんのはJさんの方でしょ。飲んで忘れたいなら最初からこっちに来ればいいじゃないですか」
「何だと? 俺の大切な話がこんな安っぽい酒場にお似合いだってのか?」
「いってないいってない。ほら、飲んで飲んで」
「まてまて。せっかくこういうとこ来たんだからよ、まずは焼き鳥だろーが」
「はいはい。ええと、モモにハサミにハツにツクネに……」
「何めんどくせぇ事してんだ、鑑。こういう時は串盛りからだろうが。おい、兄ィちゃん。串盛り2人前だ」
「……そういう人に限って苦手なのを人に食べさせようとするでしょ?」
「俺は嫌いなものなんてねぇよ」
「じゃ、塩とタレどっちにします?」
「タレだ」
「私は塩ですね」
「テメェ!」
「はいはい。とにかく、かんぱ〜い!」


   おしまい




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
トリプルJさま

 いつもお世話さまになっております。
 Jさんとイ寺鑑さんのヤケ酒風景をお送りします。
 私の担当するメイド娘の件ではいろいろとご心労をおかけして申し訳ありませんでした。
 それはそれとして、そうですか、あっちはそうなっちゃいましたか(しょぼん)。事後報告を受ける形となり、しみじみと執筆させていただきました。
 これは気晴らしも必要だな、と感じてアドリブで二軒目を。
 とにかく飲んで食ってしゃべって感情爆発させて、明日また頑張りましょう!

 この度はご発注、ありがとうございました♪
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2019年10月23日

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