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『ロンドン塔の一幕』
リィェン・ユーaa0208

 ロンドンと北海を繋ぐテムズ川。
 そのほとりに、宮殿であり要塞でもあったロンドン塔がある。
 現代は宝物などの保管庫として、または礼拝堂、観光資源として活用されている場ではあるが、たった今――内に押し詰まった夜闇の淵より這い出した“それ”により、かつての姿を取り戻した。
 怨嗟の叫びが跳ね、悔恨の呻きが這う、監獄としての姿を。


「ドロップゾーンじゃないのね?」
 テレサ・バートレット(az0030)の問いに、リィェン・ユー(aa0208)は小さくうなずいた。
「敵はデクリオになりたての愚神。まわりの囚人は全部、そいつのお供ってわけだ」
 テレサはロンドン塔の門を跳躍で乗り越えて着地。辺りを窺いながら駆け、正面扉の横でハンディタイプの複合センサーで安全確認を終えた。
 ハンドサインで呼ばれたリィェンは奇襲を警戒しながらテレサの元へ向かい、さらにその死角をカバーできるポジショニングへ自らを置く。
「ま、中に入らないうちは危険もないんだが」
「さすが、詳しいのね」
 当然のことではある。なにせ情報提供者は古龍幇で、その迅速な通報のおかげで一般への被害を出さないうちにH.O.P.E.は行動を起こせたのだから。
 そしてリィェンこそ、情報を携えてロンドン支部へ駆け込んできた幇の使いなのだ。
『この騒ぎは最少の範疇で解決するべきだ。事をでかくするほど、H.O.P.E.は幇に付け入られる隙を作ることになる。ただし、幇の面子を潰すのもまずい。……そこで提案がある』
 添えられた提案を飲んで、特務班は出動した。
 テレサの役割は、各所から塔へ侵入して従魔の処理へあたる班員から愚神の目を逸らす囮だ。
 リィェンは彼女のサポート役なのだが、それはジーニアスヒロインを助ける名目で幇の面目を保つためのこと。
「大兄は俺っていう足がかりを活用してH.O.P.E.へ食い込もうとしてる。幇の長としちゃ当然の手だが、H.O.P.E.には悪手だからな」
 苦い笑みを浮かべて言うリィェンの頭をテレサはかるくなぜ、内へ踏み込んだ。
「エージェントの正義を忘れずにいてくれるのは、H.O.P.E.にとって幸いだったわ」
「ふたりきりで戦える機会を逃したくなかっただけかもしれないぜ?」
 実際リィェンにとってはなによりの理由である。語ったことに偽りはないが、これほどに「ちょうどいい」機会、なかなか得られるものではない。

「結果的に幸いならそれでいいってこと」
 襲いかかってきたミイラ型従魔へ二丁拳銃を突きつけたテレサは、ホローポイント弾を速射で撃ち込んだ。
 そして乾いた肉が爆散する様を確かめもせず踏み出し、骸骨型従魔へ前蹴り。爪先を肋の内へ引っかけて引きずり寄せ、逆脚の膝蹴りで顎を弾き飛ばす。さらに、頸椎から外れて浮き上がった頭蓋骨が床へ落ちるより迅く、射撃で撃ち砕いてとどめを刺した。
「すっかりガンフーが板についたな」
 賛辞を贈るリィェンもまた、屠剣「神斬」煉獄仕様、“極”を斜に構えて戦闘態勢を整えていた。
 眼前には襤褸を引きずるミイラども。ここで処刑された王族を摸しているのだろう。歯の抜け落ちた歯茎を剥き出し、錆びた剣を手に向かってくる。
 手を尽くしてやるまでもねぇよ。
 一体を無造作に斬り上げ、その遠心力を殺さぬよう刃を返してもう一体を斬り下ろし、床を抉った切っ先を支点に体を反転。柄頭を打ち込んで三体めの頭を噴き飛ばす。怒濤乱舞という技ではあれど、けしてリィェンの“渾身”ではありえぬ攻めである。
「設定が甘過ぎだぜ。囚人が剣なんぞ持たせてもらえるわけねぇだろ」
 外功で包んだ肩を四体めへ打ちつけ、テレサへパス。
「愚神なりの敬意なのかも」
 軽口を添えたテレサはその頭蓋を右の銃のグリップで叩き潰し、胸元へ左の銃から弾を撃つ。
「だったら無断使用なんざするべきじゃない」
 体の内を炸裂した破片にかき回されたミイラは、続くリィェンの唐竹割りで両断され、床へ落ちると同時に爆ぜ散った。
「今日はあたしのサポートじゃなかった?」
 鼻を鳴らすテレサにリィェンは苦笑を傾げ。
「踏み出した先を邪魔されたからしかたなくだ。――君に置いていかれるわけにはいかないしな」
 やっと追いつけたんだ。これからは一歩だって遅れない。
 リィェンは胸中で噛み締め、テレサを促した。

 愚神はその頭に王冠をつけていた。
「レディ・ジェーン・グレイ」
 テレサがつぶやき、新たな弾倉を叩き込んだ二丁拳銃を構える。
 ジェーン・グレイとは1553年7月10日からわずか9日の間女王位に就いて廃位され、このロンドン塔幽閉を経て処刑された“九日間の女王”である。
 肖像画に描かれたとおりの暗赤のドレスをまとった女性型愚神が、声ならぬ咆哮を響かせると同時、中空に太い刃が顕われた。
「ギロチンの刃か。で、あのレディとかってのの時代にはもうあったのか?」
 テレサを背にかばったリィェンが背中越しに問えば、テレサは小さく肩をすくめ。
「200年以上後」
「時代考証もできてないんじゃ、映画のタネにはならないぜ」
 首をさして滑り込んできたギロチンの重刃を“極”のはばきで受け止め、弾いたリィェンが愚神へ口の端を上げてみせた。
「ギロチンを選んだまちがいは歴史的なことだけじゃない」
 一、二、三、足を繰って弾みをつけたリィェンが跳ぶ。
「首刈りは俺の専売だぜ!」
 愚神の細い首筋へ突き込まれた“極”の切っ先。
 それが届く寸前、愚神の前に生じた重刃の腹に阻まれ、押し止められたが、それこそはリィェンの策であった。
 一撃必殺だけが武の有り様じゃねぇんだよ。
 跳びかかったと見せて、彼の足はすでに床へついていた。
 瞬時に重心を落として体勢を据えたリィェンは、“極”の刃を下からかるく突き上げる。
 彼の攻めを「押し止めた」と思い込んでいた愚神は惑った。ギロチンの腹に突き立ったはずの切っ先が、これほどたやすく外れるはずがないのに。
 惑っている間に、重刃の盾を乗り越えた切っ先がするりと伸びてきて首筋を削った。
「テレサ!」
 リィェンの背とギロチンとが塞いだ愚神の死角からスライディングで滑り込んできたテレサが、下から二丁拳銃を連射した。
 愚神の脚が爆ぜ、腰が爆ぜ、ドレスが消し飛び。支えを失った愚神はずるりと倒れ込む。
「せっかくのお膳立てだ。使わせてもらうぜ」
 うつ伏せに這う愚神、その半ばちぎれた首へ、リィェンの踵に蹴り落とされたギロチンが降り――斬首を為した。


「これなら俺がやったってことにゃならないだろ」
 得意げなリィェンに、テレサはやれやれと苦笑を向ける。
「今回はそういうことにさせてもらうわ」
 あたしのためじゃなくてH.O.P.E.のためにね。言い添えるテレサにうなずき、リィェンはふと思いついたように口を開いた。
「口止め料にパブで一杯飲ませてくれよ。そしたら俺の記憶もいい感じで薄れるだろうしな」
 明日になれば、幇への報告でひと芝居打たなければならないリィェンだ。きっとそれはかなり難しいミッションになる。それがわかっているからこそ、テレサは彼の軽口に真っ向から乗った。
「了解。H.O.P.E.は最高の礼をもって幇の使者へ報いたって伝えておいて」
「酔っ払って忘れちまわないように気をつけるさ」
 果たしてふたりは歩き出す。
 けして簡単な話では収まらない仲ではあったが、それでも同じ先へ向け、肩を並べて。


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2019年10月24日

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