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『あたたかくてやさしい世界へ』
荒木 拓海aa1049)&メリッサ インガルズaa1049hero001)&レミア・フォン・Waa1049hero002

 深まりゆく、秋。
 夜の訪れは早まり、明けるまでの時間は日ごと遅くなっていく。
 そんな長い夜のただ中、荒木 拓海(aa1049)は静かに息をついた。
 もうすぐ冬が来る――

「電気くらい点けたらいいのに」
 かけられた声音に顔を上げれば、電灯の光が夜闇を押し退け、ひとりの女性の姿を浮かび上がらせる。
「リサ」
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は、拓海が身を投げ出したソファの端に腰を下ろし、口の端をかすかに上げた。
「思い出して落ち込むの、まだ早いんじゃない?」
 言い聞かせるように問うたのは、拓海と同じ感慨と感傷を抱いた自分を戒めるため。
 わかっていればこそ、拓海はなんでもない顔をして肩をすくめてみせる。
「雪が降ってからにしろって?」
 自らが発した疑問に、そのとおりだと思ってしまった。感傷へ沈みたいならせめて、冬の雪を見るまで待つべきだろう。
 でも、慣れておきたい気持ちもある。忘れたふりで過ごして、いざそのときを迎えてしまえば、心へ雪崩れ込む激情の重さで押し潰されてしまうだろうから。
「あっちはもう雪、降ってるのかな」
 夜の先を透かし見るように目を細めた拓海へ、メリッサは同じように細めた目を向けて。
「きっとね」
“雪娘”と呼ばれた愚神と、彼女を追って逝ったかけがえのない友が過ごすにふさわしい彼の岸は、なにものにも侵されることない凍土であってほしい。
 それが残された拓海やメリッサと、そして“彼女”の願い。


 物語はこれより過去へと遡る。

“彼女”は誇り高き真祖の王女だった。
 一度は拓海が今も忘れえぬ友と二世の契りを交わし、共連れて飛ぶ比翼として過ごした少女。
 なのにその友は誓いを破ったばかりか彼女を振り捨て、雪娘の後を追ったのだ。
 肯定してやれようはずがなかった。それでも無言を貫いたのは、誰よりも深く心を痛めた拓海と、能力者を喪い、ライヴスの絆断たれていつ消え失せるとも知れぬ境遇へ落とされた“彼女”が何も言わなかったからだ。
 せめて“彼女”がわめいてなじって、男の墓を蹴りつけてくれたなら……拓海も胸の詰まりを吐き出せるだろうに。
 恨みがましくにらみつけてもみたのだが、“彼女”は淡い笑みを返してくるばかりで。
 結局耐えきれなくなったのはメリッサのほうだった。
『あなたをこのまま喪いたくない』
 切り出したメリッサに“彼女”は謝意を返すばかり。ありがとう。そのあたたかさを、わたしは最期の先でも忘れない。
 たったそれだけの言葉に込められた絶対の意志。
“彼女”の意志は、どれほど言葉と思いを尽くしたところで覆せない。そうなればもう、メリッサに言えることはひとつきりだった。
『だからってあきらめるつもり、ないから。わたしが見つけ出してみせる。契約しなくちゃ存在することすら許されない英雄の理(ことわり)をぶっ飛ばす、わたしたちの希望を』
 あなたが喪われなくていい世界を、わたしが。
 言外へ込められたメリッサの決意に“彼女”はまた薄笑み。
 わたしにその世界を見るつもりはないけれど、もしかしたら――


“彼女”の消失を見届けたメリッサは、傍らに立ち尽くす拓海へ問うた。
『どうする?』

 この世界へ顕現した“彼女”は、元々備えていた膨大な力の半ばを置いてきたのだという。
 膂力をもってドレッドノートとなった“彼女”から分かたれた力は魔力。それを持つもうひとりの“彼女”が、どこかに在る。
 そして“彼女”は道を示した。もうひとりのわたしは、わたしの故郷と繋がる狭間にいるはず。
 もし“わたし”が望むなら見せてあげて。あたたかくてやさしい世界を。

 メリッサからそのことは伝えられていた。この後どうするかも、託されている。
 あらためて考えてみれば、本当に最期の最後まで振り回してくれたものだ。こちらの望みに一切耳を貸すことなく強情を貫いて逝ったくせに、置き土産まで託したのだから。
 本当に我儘な男だった。
 本当に勝手な少女だった。
 だから。
『――オレたちだってひとつくらい、我儘言ってもいいよな』
 瞳を強く輝かせた拓海の背に、メリッサは力を込めた手を添えた。
『一度くらい身勝手になってもいいわよ』
 うん。これまでちゃんと弁えて、立ち尽くして見送ってきたんだ。ひとつくらい、一度くらい、オレたちにだって身勝手に我儘を貫いていい権利がある。
『オレはこんなバッドエンドに納得しない。トゥルーエンドじゃなくても、オレやメリッサ、この世界で生きてるみんなでグッドエンドを迎えたいんだ』
 一音ごとに熱を高めていく拓海の言葉に、メリッサは再び問う。
『どうする?』
 拓海は自分の頬を平手打ちで挟み込んで気合を入れ、言い切った。
『もうひとりの“彼女”を迎えに行く!』


 共鳴した拓海とメリッサは、異世界と繋がる狭間――底知れぬダンジョンへと踏み入った。
 しかけられたトラップを避け、愚神や従魔とは異なるモンスターたちを迎え討つ。
『拓海、緊急回避!』
 トロールが振り下ろしてきた太い棍棒を転がり避けた拓海は、魔剣「ダーインスレイヴ」の切っ先を地へ突き立てて自らの回転を縫い止める。向こうはこちらの倍以上の巨体だ。距離を開けるほどこちらの間合は失われ、トロールに利を与えてしまう。
 かくて跳ね起き、反撃に移ろうとする拓海だったが。
『敵はどこだ!? 体勢は!?』
『わたしもいっしょに回ったんだから見えてない!』
 緊急回避が仇となった。視界から失せた敵の姿を探し、拓海と内のメリッサがあわてて視線を巡らせたとき。
 ――右へ。
 どこからともなく響いた声がふたりを導いた。それはまぎれもない“彼女”のもので、拓海は思わず口の端を吊り上げる。
 オレとリサの我儘につきあってくれるのか。悪いけど甘えるよ。
 声の示す右へ駆け出す拓海。その眼前に、棍棒を地へめり込ませたまま固まったトロールがいて……だから拓海は魔剣の切っ先をがら空きの左脇へとあてがい、一気に押し込んだ。
 肋の隙間をくぐった刃は心臓を突き抜き、トロールを悶絶させる。埒外のしぶとさを誇るモンスターであれ、巡る血を止められれば長くは保たない。
 ――前へ、まっすぐ。
『了解だ』
『わかったわ』
 拓海とメリッサは斃れ伏したトロールを跳び越え、共鳴体を深層のさらに奥へと進ませた。

 かくて拓海は限りなく深いところにまで到達した。
 地上とはまるでちがう空気。息はできているはずなのに、吸い込むにも吐き出すにも力を絞り出さなければならないような、不可思議な重さがまとわりついている。疲労した体にはことさらに堪えた。
『これが異界の空気ってことかな』
 言いながら、拓海は肩に担いだ魔剣を滑り落とした。
 体から力が抜けた分、五感は鋭く冴えている。新たな敵の到来が、まさに考えるまでもなく感じ取れていた。
『拓海、スキルの出し惜しみはなし。最初から全力で行くわよ』
 メリッサが低く警告し、共鳴体にライヴスを張り詰める。
 生まれながらの戦士であるメリッサだが、こうしたときの彼女の言葉はとにかく「当たる」。数多の経験によって研ぎ澄まされた感覚は、一般人として暮らしてきた拓海とはケタ違いに鋭いのだ。
 こうして心身の備えを終えた拓海は見る。視界の向こうから伸び来る太い火炎を。
『それっ!』
 余裕をもって飛び退いたはずだった。
 なのに炎線は途切れることなく彼の足元を追い立てる。
 拓海はさらに一、二、三、飛び退いた四歩めでようやくサイドステップで炎の描く一直線から逃れおおせた。
『ファイアブレス! っていうことは』
『ゲームでおなじみのアレだよな!』
 メリッサに応えた拓海が、大きく開いた両足で体を据えた直後。
 強靱な赤鱗で身を鎧ったドラゴンが、象すらも握りつぶせるだろう爪を突き出し、降り落ちてきた。
『間合を離さないで! トラップのマーキングはわたしが見る!』
『了解!』
 竜爪に抉り取られた地の縁をなぞり、その脚へへまとわりつくように回り込む。
 案の定、辺りの空気は竜翼のはばたきでかき乱されていて、この“爆心地”を外れていればあっさり噴き飛ばされていたはずだ。
『今!』
 再び飛び上がろうとしたドラゴンの右後脚へ魔剣を斬り下ろす拓海。下へ向かったヘヴィアタックが上へ向かう脚をカウンターで叩き――あっさり撥ね除けられた。
『やっぱり硬い!』
 この反動と翼のはばたきが生む風圧に吹き流されるを寸前で踏み止め、拓海が呻く。
『鱗は気にしなくていいから、同じところを叩くのよ!』
 いかに竜鱗が硬くとも、生物である以上はやわらかな肉があり、血と水分とで満たされているはず。つまりは。
『揺らすってことだよな』
 吐きつけられたファイアブレスを魔剣の腹で受けて流し、拓海はドラゴンをにらんだ。
『そんなところからじゃオレたちは殺せない!』
 防御をすり抜けてきた熱で肌は火ぶくれ、激しい痛みが彼を苛んだが、それでも口の端を吊り上げてみせる。

 ブレス、爪、牙、風、プレス……あらゆる距離から無尽の攻めを放つドラゴン。
 しかしそのすべてに拓海は耐え抜き、渾身の刃を打ち込んだ。
『ラスト!!』
 メリッサの声に、拓海は肩を裂かれながらも魔剣を野球のバッターよろしく振りかぶる。
 今、彼を裂いた竜の右後脚は地へめりこんでいた。こつこつと攻めを重ねてきたその脚目がけて、フルスイングを叩き込む。
 ぐじっ。湿ったものが潰れる濁音が爆ぜると同時、竜鱗の隙間から鮮血が噴いた。これまで叩かれ続け、揺さぶられ続けてきた肉が、ついにちぎれたのだ。
 がくりと体勢を崩すドラゴン。その間にも拓海を打ち払おうと翼を振り込んでくる。
 ――上へ。
『上よ!』
“彼女”とメリッサの声音が重なり、拓海を導いた。
 ああ、わかってるさ!
 殴りつけてきた翼を踏んで跳んだ拓海は中空で笑む。さあ、来いよ。オレたちは、ここにいる。
 誘いになど乗るものかと思ったものかは知れないが、そこにある拓海へドラゴンは噛みつきには行かず、顎を開いてファイアブレスを吐きつけた。
 言っただろ、そこからじゃオレたちは殺せないって!
 先と同様、剣の腹を盾として炎を受ける。ただし流すのではなく、真っ向から。
 ブレスの圧は拓海を突き上げ、高く放りあげた。そう、拓海の狙いどおりにだ。
『竜殺しの方法なんて、昔から決まってる!』
 降り落ちながら重力、自重、膂力、すべての力をもって加速。果たして拓海は大きく開かれた竜の口腔へチャージラッシュの切っ先を突き下ろした。


 ドラゴンの巣の内で、拓海とメリッサは探してきたものを見いだした。
『卵の中にいるみたい』
 丸くなって眠るそれを見やり、メリッサがささやいた。起こさなければいけないのに、起こしてしまうのはしのびない。そんな相反する思いが、その声にはある。
 気持ちは拓海も同じだ。だってこんなにすやすや眠ってるんだもんな。
 でも。
 ヒロインがいてくれなくちゃ、オレたちの新しい物語は始まらないから。
『起きて』
 拓海の声がそれを揺り起こす。
 それはゆっくりと目を開けて、拓海と内のメリッサを見上げ。
『……誰?』
“彼女”と同じ顔を傾げて問う。
 拓海は万感を飲み下し、名乗った。
『荒木 拓海。内にいるのはメリッサ インガルズ。オレたちは君を迎えに来たんだ』
 少女はこくりとうなずいて、また首を傾げる。
『どうして……?』
『君を新しい世界へ連れていきたくて』
 体を起こす少女へ、拓海は手を伸べた。
 少女はその手を困ったように見つめ、おずおずと。
『行ったら、いっしょにいて……くれる?』
 その紫瞳を曇らせるものは、孤独。
 少女がどれほどの時間をここで過ごしてきたものかは知れないが、眠りの底で彼女がなにを噛み締めてきたものかは十二分に知れた。
『そばにいるわ。あなたが望む限り、ずっと』
 メリッサのやわらかな声音が添えられて、拓海は力強くうなずいた。
 もう誰にも置いていかせない。オレたちが置いていかない。だから。
『いっしょに行こう、レミア』
 掌に重ねられた小さな手を握り締めて、拓海は言葉を継いだ。
『オレたちがいるこの世界――ここに居る君を見せてほしい』
 少女がうなずいたそのとき、“彼女”の気配がふと遠ざかった。離れるにつれ溶け消えて、ついにはかき消える。
 ああ、今度こそさよならなんだな。
 オレたちはレミアと行くよ。明日の先で待ってる、新しい世界に。


 時巻き戻り、再びの現在。
“彼女”を思い、押し黙る拓海とメリッサは、ドアの先に灯った気配にそろって顔を上げた。
「……ん」
 ふたりの目に映るのは、犬のぬいぐるみを抱えた少女、レミア・フォン・W(aa1049hero002)。半ば眠りに落ちたまま立っているものだから、ふらふらと体を揺らがせていた。
「うわー、ごめんごめん! 起こしちゃった!?」
 あわてて拓海が支えに走るが、そのときにはもうメリッサがレミアを抱きかかえていて、彼の手は虚しく宙を掻くばかりである。
「もう寒くなってきてるんだから、気をつけなくちゃだめよ」
 そのへんにかかっていたショールを一枚二枚三枚とレミアへ巻きつけ、ついでに自分の体を押しつけ、あたためる。その気づかいと手際は幼子を守る母のようで、拓海は思わず苦笑してしまった。
「あのメリッサがママになっちゃうんだもんなぁ。かわいい子の力ってすごいね」
「パパになり損ねた男は黙ってて?」
 うーん、いろいろ含みがあって刺々しいな。
 これ以上メリッサに障らないよう両手を挙げて、拓海はレミアへ語りかけた。
「みんなでホットミルク飲もうか。明日寝過ごしちゃったら困るしね」
 レミアがいる明日を、一秒だって無駄にしないために。
 その思いを察したメリッサもまたうなずいた。
「じゃ、わたしたちは待ってようか。用意も洗い物も全部拓海がしてくれるみたいだし」
 しかしレミアはかぶりを振り、メリッサへしがみついて。
「みんなで……いっしょに……」
 拓海を見上げ、その紫瞳で訴える。
 そうだ。見かけこそ少女だが、レミアは長い孤独の眠りから醒め、この世界へ生まれ出でたばかりなのだ。
「よし。みんなでキッチンに行こう」
 君が自分らしく生きられるようになるまで、オレはずっとそばにいる。その誓いを果たさなくちゃ。
 メリッサもレミアを抱きしめたまま、あらためて誓う。
 能力者と誓約しなくても、あなたが自由に生きられる世界をわたしが創る。それまでわたしはわたしの全部を尽くしてあなたを守るからね。
 ふたりの思いに気づかぬまま、しかしぬくもりに包まれたレミアは満足げな笑みを浮かべ、共に歩き出すのだ。
 拓海とメリッサ、そして多くの誰かがいて――そのあたたかさとやさしさに満ち満ちているからこそ彼女が彼女として生きられる、レミア・フォン・Wの世界を目ざして。


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2019年10月25日

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