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『仮装束に秘めた恋 』
フェリシテla3287

「こちらでございます」

「は、はい」

 接客係のアンドロイドに案内され、フェリシテ(la3287)は衣装部屋に足を踏み入れた。
 広い部屋の端から端までを埋め尽くすほどのコスチュームの数に圧倒され、思わずぼんやりしてしまう。

「当写真館は様々な仮装を取りそろえております。きっとお客様にぴったりの服も見つかるでしょう」

 接客係の言葉を耳にし、フェリシテは気を取り直す。
 もうすぐハロウィンだ。ハロウィンには仮装を楽しむものだと聞いた彼女は、いつもと違う姿を恋人に見てもらいたいと考えた。
 あわよくば可愛いと言ってもらいたい。綺麗だと言ってもらいたい。
 そこで、コスプレ衣装を借りて記念撮影できるこの写真館の予約を取り、今日訪れたのだ。

 ただ、フェリシテはまだどの仮装をするのかを決めていない。写真を撮るにはまず衣装を選ぶ必要がある。



 衣装の列の前を歩き、まず目に留まったのは妖精のコスチューム。
 童話『ピーター・パン』に出てくる妖精ティンカー・ベルのような服だというのがフェリシテの第一印象だった。
 緑色のドレスは体にぴったり沿うようにデザインされていて、デコルテは大胆に見せつけるようになっている。スカートの前面の一部分だけが短く他の部分は長いという趣向は、艶やかさと上品さを感じさせた。薄く透明な羽は幻想的だ。

(悪くないですね……)

 フェリシテはそっと妖精の仮装を触りながら考える。
 悪くない。試しにちょっとしたセクシーさを恋人へアピールしてみるのもいいかもしれない。
 そうすればきっと、顔を赤らめながらも褒めてくれるだろう。
 しかしフェリシテは決断できなかった。比較検討してみようと、他の衣装に目を移す。



 次にフェリシテの目に飛びこんできたのは、人魚姫のコスチュームだった。
 足にはめる魚の下半身の部分が、本物の魚と見まごうほど精巧で、かつ美しいことに惹かれたのだ。
 近寄って、その仮装をよく見てみる。それで上半身に着るのは貝殻を模したブラジャーだけだということに気付き、フェリシテは頬を赤くした。

(だ、大胆ですね)

 恋人にもここまで肌を露出してみせたことはないので、ひょっとしたら照れられて写真を直視してもらえないかもしれない。

「……人魚姫、ですか」

 ぽつりと呟き、フェリシテは人魚姫の童話を思い出す。
 恋した男の元へ行くために、声を犠牲に足を手に入れた乙女。それでも男への恋が叶うことはなかった。最後は男を殺して生き延びるより、泡となって消えることを選ぶ。
 恋した相手のためならば、何を差し出すことも厭わない。美しい話。この仮装もいいかもしれない。

(……でも、もしもフェリシテが泡となって消えましたら)

 自分が泡と消えれば恋人は悲しむだろうとフェリシテには確信できた。
 人魚姫の仮装に伸ばしかけた手が止まる。
 決めるのは、他の服を見てからでも遅くないだろう。



 どの仮装をするか、フェリシテは衣装部屋をうろうろとさまよう。
 その途中で女海賊のコスチュームが目に付いたのは全くの偶然だった。
 しげしげと眺めてみる。
 先程まで見た仮装と違い、荒くれ者を束ねる快活な女船長といった趣だ。腰に下げる銃のレプリカまである。

(いつもとは全く違うフェリシテになってみるのも面白いでしょうか)

 普段の自分と、自ら進んで部下を率いて危険な海を航海する女海賊とでは真逆のイメージだろう。

「……ギャップ萌え?」

 ぽつりと呟く。この言葉の正確な意味はよく分からないが、正反対の雰囲気の服装をしてみるのも手だということだったかとフェリシテは記憶していた。
 この仮装をするのもありだとは思う。しかし決定打に欠けた。



 何の仮装をしようか。
 たくさんの候補を前にして、フェリシテは決断できずにいた。
 様々な仮装の前をあちらに行ったりこちらに行ったり。

 悩みながらもそれが目に飛びこんできたのは、その衣装が恋人の故郷に似ているという日本風のものだったから。
 透けるように薄い生地で作られた和服に近付き、フェリシテは首を傾げる。

「すみません、これは何の仮装なのですか?」

 接客係のアンドロイドに尋ねると、天女の仮装だと答えが返ってきた。
 天女とは何かとフェリシテが重ねて尋ねる。ここの仮装についての知識を網羅しているアンドロイドはよどみなく応答した。

 昔々ある所で、天女が地上に降りてきて水浴びをしていた。
 それを見た男が、天女の羽衣を隠してしまった。
 羽衣がないために天へ帰れなくなった天女は、男と結婚することになる。
 しかし天女は男が隠していた羽衣を見つけ、それを纏って天へ帰っていった。

 この仮装は、その羽衣伝説の天女をモチーフにしたものだと。

「この服を着て、天女は男性のいる地上から、故郷である天へ帰っていったのですか」

 しばらく考えこみ、フェリシテは接客係に告げた。
 この仮装にします、と。



 仮装が決まれば、後はとんとん拍子に進んでいった。
 接客係の手を借りて、桃色の薄い着物と透き通るような水色の羽衣を身につける。

 撮影部屋に移り、フェリシテはカメラの前で微笑みを浮かべた。

 デジタルカメラで撮られた写真はすぐに確かめることができる。
 天女の自分は、美しい羽衣をたなびかせながら心底幸せそうに微笑んでいた。
 撮影の出来映えに満足し、笑みがこぼれる。

「この仮装を選んでよかったです」

 フェリシテは目を閉じて愛する人を思う。

 ――たとえ羽衣を纏っていたとしても、フェリシテはこの地上におります。

 天へ帰れる自由を手にしたとしても、自分は愛する人のいる地上に留まる。
 天女の仮装写真に秘められたのは、フェリシテの深い恋の誓い。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ご発注くださり、誠にありがとうございました。
 ハロウィンの仮装を通じてフェリシテさんの恋心を表現させていただきました。
 どうか恋人さんと末永くお幸せに。
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錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年10月28日

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