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『ありのままにさかしま』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 全力で『人外の巣窟です!』と叫び散らしているかのような、朽ちていながら目に見える損壊のない古洋館。
「私、すでにやな予感でいっぱいなんですけど……」
 錆びた格子門の陰から、恐る恐る館をうかがっていたファルス・ティレイラ(3733)がくるりと振り向いた。
「飲まれちゃだめだよ。怪異って、人間の恐怖とか弱気とかにつけこんでくるんだからね」
 と、もっともらしい顔でティレイラを前へ押し戻すのはSHIZUKU(NPCA004)である。
「うう、私すでに恐怖と弱気でいっぱいいっぱいなんですけど……」
 泣きそうになりながらもSHIZUKUを背にかばって前にいるのは、SHIZUKUがクライアントで、自分はボディガードだからだ。“なんでも屋さん”の看板を掲げる以上は、半ばどころかほぼほぼ騙されたとはいえ引き受けてしまった仕事を投げ出せない。
 それにお姉様から「がんばってらっしゃい」って(お仕事中でこっち見てもらえなかったけど)言ってもらったんだもん! 絶対ぜぇったい! やり通すんだからっ!
 拳をぎゅっと握り締め、ティレイラは館の向こうで薄笑むシリューナ・リュクテイア(3785)の幻影に誓った。
「行きましょう! 私、ぜったい――」
「しーっ! あんまり大きな声出さないでよ! 怪異に見つかっちゃうかもでしょ!?」
「えーっ!? SHIZUKUさんが言ったんですよ!? 恐怖と弱気はだめだーって!」
「だからって大騒ぎして引き寄せるのはちがうでしょ! 体と心の準備して、万全のコンディションで立ち向かわきゃ怪異に失礼だから!」
 と、そんな騒ぎもありつつ、ふたりは息を詰めて洋館へと踏み入っていくのだった。

 一方、シリューナ。
 なんとない予感に眉根を引き下ろし、鑑定していた魔法具から目線を外して書斎の窓へと向ける。
 ティレ、また厄介な場所に踏み込んだのかしら?
 思ってはみたが、立ち上がることはしなかった。
 毎度のことではあったし、ティレイラは魔法の腕こそ未熟ながら、身に秘められた魔力量は埒外だ。正直、竜族の内でも最上位に入るだろう。そしてその魔力は防壁となり、彼女の命をあらゆる危険から守り抜くのだ。
 もっとも、守られるのは命の危険からだけなのだけれど。シリューナは小さく息をつき、魔法具へ目線を戻した。
 自分が立つのは最悪の寸前でいい。
 不出来な弟子には試練と課題が必要だから――いや、そんなことよりなにより。ティレイラの不幸がもたらす余録を絶対もらい損ねたくないのだ、シリューナという業深き竜は。


「お姉様が邪竜オブ邪竜――?」
 どこからともなく飛んできたなにかを受信し、ティレイラははっと振り向いた。
「おっと、気は抜かないでよ。なにが起きるかわかんないんだから」
 中腰で進んでいたティレイラの後を、スマホで撮影しつつついてきていたSHIZUKUが唇を尖らせる。
「でも、もう一周しちゃいましたよ?」
 肩をすくめるティレイラに、SHIZUKUは眉を困らせる。
 実際そうなのだ。館へ入って10分足らず、どの部屋もただの空き部屋で、残されているのは怪異の痕跡ならぬ主の失せた蜘蛛の巣くらいなものだった。
「んー、おっかしいなぁ。あたしのアンテナが久しぶりにビビってなった噂だったのに……」
 オカルト系アイドルであるSHIZUKUの事務所には、ファンによって日々多くのマイナーな心霊スポットの紹介や妖怪出現情報、ネットでささやかれる怪談等々が届けられる。その中のひとつが、この館の話だったのだ。
【館に入った者はこの世のものならざるなにかに捕らわれ、“さかしま”に封じられる】
 さかしまとは、逆さまあるいは邪(よこしま)を指す言葉だ。いったいなにがどうなって“さかしま”なのか?
 SHIZUKUは強くうなずいたものだ。こういうちっちゃな疑問が正解につながる手がかりだったりするんだよね! それにこういう導入に謎があるネタ、テレビとかにも売り込みやすいし!
「とりあえず帰ります?」
 ティレイラの言葉に、SHIZUKUはふと我に返る。
 いけない。先ほどティレイラに注意したのは自分なのに。最後の最後までなにが起きるかわからないのだから、気を抜いてはだめだ。
 うん、しょうがないね。と応えた上であらためて。
「そいえばお姉様ってお師匠様でしょ? ジャリューなの?」
 SHIZUKU的には邪道とかなんだろうな程度の心持ちだったのだが、ティレイラの重苦しく押し詰まった表情を見て、どうやらそんなレベルのものではないことを思い知る。――いや、実際はただの思いちがいだったのだが。
「SHIZUKUさんはちょっと待っててください。なんだかよくない感じがするんです」
 ティレイラがすがめた目を向けたのは、ドアからいちばん近い位置にある、真っ先に確認したはずの応接間だった。
 弾帯よろしくたすき掛けにしたスマホ用モバイルバッテリー群の残量を確かめて、SHIZUKUはティレイラに了解のハンドサインを送る。
 うなずいたティレイラは忍び足で応接間のドア脇まで前進、ひとつ息をついて、ふわりと内へ踏み込んだ。

 そこは先ほどとなんら変わらない空き部屋だった――見かけだけは。
 ちがうものは空気だ。
 やけに重くて、硬くて、粘っこくて。呼吸するのが辛いだけでなく、肺がきしきし痛む。
「居るのか在るのか、どっちでもいいけど。わかってるんだからね」
 存在を見抜かれることで、多くの怪異はいくらかの力を失くすものだ。怪異とは“知らぬうちに這い寄る恐怖”であってこそ十全に力を発揮できるものだから。しかし、残念ながら当てはまらない例もある。たとえば、そう。
 応接間という幻影が解かれ、怪異が正体を顕わした。
 それは、鏡。
 床、天井、壁、窓、ドアまでも、すべてが鏡で構成されたこの部屋は、空間そのものが怪異なのだろう。
 だったら思いっきりやるしかないよね!
 竜力のいくらかを解放し、半人半竜の姿をとったティレイラは、右腕を触媒に魔法の炎を燃え立たせた。
「たああああああっ!」
 迷うことなく、周囲の鏡へ炎の拳を叩きつける。
 相手が鏡である以上、そこに映され続けているのはなにより危険。だからこそ、全力で打ち壊そうというわけだ。
 周囲の鏡はあっさりと割れ砕け、狭間からもともとの応接間の壁や天井が垣間見え始める。
 私だっていろいろ経験してきたんだから! この程度の怪異に負けてられない!
 果たしてドアを塞ぐ鏡をファイヤーボールで噴き飛ばし、かろやかに脱出しようとしたティレイラだったが。
 彼女は鏡に映っていた。1、10、100、1000、10000――たった今、彼女が打ち割ってきた鏡の欠片のすべてにだ。
 声は出せなかった。外に発したはずの音は反転し、“内”へ響くばかりで。
 無数の欠片は速やかに寄り集まり、自らに映るティレイラを重ね合わせていく。
 その間にもティレイラは必死で逃れようとしたが、鏡はそのあがきのすべてを映し取り、やがて1枚の鏡を成して……ひとつの像として結ばれたティレイラを抱き込み、完全に沈黙した。


「ええ、もう前まで着いているわ。とにかくその鏡へは触れないように。ああ、部屋の戸口から監視していて」
 スマホの通話を切り、シリューナは古洋館のドアを見やる。
 本当であればSHIZUKUを外へ出してしまいたかったのだが、ドアにも窓にも魔法的な封印が施されていて、このままでは不可能だ。いや、解錠するのは簡単だが、それをオカルトフリークの前で演じてみせれば、余計な厄介を背負い込んでしまう。
 知られているのと見られるのとではちがうものね。
 息をついて、ドアに触れた。
 すでに編み上げてある術式を指先から送り込み、さも普通に開けたかのようにドアを押し開ける。
「お師匠様、こっち!」
 応接間と玄関とを交互に見ながら手招きするのは、スマホを構えて動画撮影中のたSHIZUKUだ。
 人は魔法や怪異に惑うものだが、文明の利器はなにものにも惑わせられない。そんなものが拡散してしまった世界は、魔法使い人外にとってどんどん生きにくい場所となりつつある。
 そんなことを思いつつ、シリューナは自らのスマホの電源を落とし、SHIZUKUの手からスマホを取り上げた。
「あ! お師匠様ご無体!?」
「電源を入れたままだと困ることになるかもしれないわよ? 電子機器のパルスが怪異を引き寄せるなんて、昭和の時代から云われているでしょう」
 オカルトに詳しいSHIZUKUだからこそ、シリューナの言葉は無視できなかった。怪異に狙われてしまえば、自分もティレイラのようになるかもしれない。

 そしてシリューナはティレイラとの再会を果たした。
「なるほど、“さかしま”ね」
 ティレイラは1枚の大鏡に浮き彫られていた。ただし外へではなく、内へだ。
 鏡の向こうは亜空間化しているのだろうが、この世界の裏側に獲物を閉じ込めることで二重の封印をかけているわけだ。
 鏡を割ってしまえばティレも砕かれる。自分のもろさを逆手に取るなんて、なかなか考えるものだわ。
「お師匠様、どう? ファルちゃん助けられそう?」
 戸口からそわそわ声をかけてくるSHIZUKUに薄笑みを返し、シリューナは術式を編み上げる。逆の逆は「順」。裏返った理(ことわり)を解いて順へと反転させれば。
「ひとつめの封印は解除できる」
 鏡の内から外――こちらの世界へ浮き彫られたティレイラ像を見て息をついた。
 さて。もうひとつの封印を解く前に、余録をいただいておこうか……
「うわ、なにこれ!? お師匠様、ファルちゃん生きてるの?」
 いつの間にかシリューナの背に貼りついていたSHIZUKUが首を伸ばし、まじまじと像をながめやっていて。
「封印されているだけで命の危険はないわね。それから外への害も。――まあ、せっかくだし、触ってみる?」

 半人半竜の少女像、それを形作るものは鏡だった。いや、正確には義やアルミをメッキした鏡ではなく、魔力そのものを反射材としたガラス素材でだ。
「鏡、すごい透明じゃない?」
「ガラスの純度が高いせいね。酸化鉄の青みが含まれていない分、透過率が高いのよ」
 シリューナの解説を受けたSHIZUKUがそっと触れてみれば、ガラス特有のつるりと硬い感触ではなく、なんとも言えないやわらかな冷たさが返ってくる。
 ガラスになった産毛だ! そう気づいたSHIZUKUはあらためてティレイラの様を見た。
 捕らえられるまで、激しく身悶えしていたのだろう。ねじられたボディラインに苦悶の表情が添えられることで、ひどく艶めかしい有様を晒している。
「……綺麗」
 SHIZUKUのささやきに、シリューナの背筋にぞくぞくと快感が這い上った。いつもなら独りで堪能するばかりのティレイラの美を、他者から讃えられる。それは好事家としてたまらない瞬間だ。
 業が深くて困るわね。コレクションを見せびらかしたがる悪い趣味に目覚めそう。
 負けじとティレイラの感触を指先で確かめ、掌でガラスの頬をなぜる。ああ、硬い。でもそれはたやすく壊れてしまう儚さ――予感を併せ持っていて。
 まるでティレという命の一瞬を切り出されて見せつけられたような、けしてそのまま留めることなんてできない寂びしさが、ここにはある。
 心を打ち据えられながら、必死でシリューナはティレイラを味わい続けた。
「ファルちゃんはお師匠様のことジャリューって言ったけど、さかしまだよねぇ」
 さかしま? シリューナは一瞬考えて、すぐに答へ辿り着いた。さかしまは逆というほか、邪という意味もあるのだと。
「そうね。でも、なにひとつ飾ることのない私がさかしまなら、それはもうさかしまではありえない」
 さかしまであることは嗜好ではなく、シリューナの有り様そのものだ。ならばそれを貫くことそが本道であり、彼女の素直。
「そんなことより、この尾てい骨から伸びた尾のラインよ。ここだけを切り取ってもティレの抵抗が見える。テーマ性の強さは高評価よね」
「あたし的には肌の産毛が好き! 触ると気持ちいいし!」
 どこからか響いてくるティレイラの『お姉様は――』に苦笑を向けて、シリューナは胸中で言い切った。
 邪竜オブ邪竜がありのままの私だもの。ティレを相手にそれ以外を演じるつもりはないわ。


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2019年10月28日

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