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『元気でやれよ。』
百目木 亮aa1195)&シロガネaa1195hero002

 第二英雄――シロガネ(aa1195hero002)がそう呼ばれていたのも、既に過去の話だ。
 シロガネの誓約者である百目木 亮(aa1195)、彼の第一英雄は天寿によってこの世を去った。以来、彼が新たに英雄と誓約を結ぶことはなかった。

 季節は秋、還暦を超えた亮の外見は流石に「おじさん」よりも「おじいさん」となっていた。
 今、亮は公園のベンチに座り込んで、一息を吐いている――H.O.P.E.エージェントとして敵性異世界生命体イントルージョナーの討伐を請け負い、それを無事にこなし、帰り道の只中である。

(疲れた……)

 はぁ、と亮は背を丸めて息を吐いた。『現役』時代から既に50代ではあったが、ここ最近はことさら老いを感じるようになっていた。とはいえ共鳴中は若い体になり、体も軽いのだが……問題は共鳴を解いた後だ。それに目も老眼が進んで、提出する書類やらの確認が大変になってきた。

 風景は秋めいて、そこかしこに黄色いイチョウが敷かれている。涼しくなって過ごしやすくなったものだ。老体に日本の真夏は本当に厳しい。だが秋は秋で気温差でちょっと体がしんどい。それもこれも老いなのか――そう思えば亮は今一度の溜息を吐いてしまうのである。

「おーい、オヤジはん」

 そうこうしているとシロガネの声がして、亮は顔を上げた。目の前に来た彼は「はいカフェオレ」と彼に自動販売機で買ってきた缶コーヒーを差し出した。

「冷たいのんしかなかってん」
「もう10月なのにな。……ありがと」

 亮は缶を受け取る。隣にシロガネが、同じものを手に腰を下ろした。
 パキ、と缶の開く音。公園の横をバイクが通り過ぎていく音を聞きながら、二人は特にあれこれ会話をするでもなく静かに甘いカフェオレを飲んでいた。
 ありふれた、任務後のひとときだ。イントルージュナーはかつて跋扈していた愚神や従魔よりは格段に弱く、亮とシロガネが傷を負うことはなく。まあ楽な仕事で金が入るのは理想的なので文句はない。
 ……『が』、とシロガネは思うのだ。横目に、ボンヤリとベンチに身を預けている亮を見る。

 ――今日も言い出せないままでいる。

「……」

 シロガネは手元の缶へなんとはなしに視線を落とす。
 あれから10年以上が経って、この世界の技術は進んで。
 なんでも、異世界へ行き来できる技術が確立したという。尤も、隣町への旅行のような気楽なものではないどころか、宇宙旅行並に大変なことなのだけれども。

(元の世界に、帰れる……)

 シロガネは目を細める。10年前なら諸手を上げて飛びついただろう。元の世界に大事なものを置いてきた気がする、だから元の世界に帰ることこそがシロガネの目標だったのだ。

 なのに。

「元の世界に戻ろうと思う」――その一言が、亮に言い出せなくて、今日もシロガネは溜息を飲み込む。
 亮はそんな相棒を横目に見た。スチールの缶を、金属の掌がカラカラと回している。

「……いい加減、話してくれないのか?」

 いくつかの間の後に、不意に亮がそう言った。

「そっちから切り出すまで待ってようかと思ったんだが……そうも景気の良くない顔をずっとされるとな」
「あー……オヤジはん、さっすが」

 顔を上げたシロガネは苦笑をこぼした――そうか、こんな心の機微すら読み取られてしまうほど、亮とずっといるのかとしみじみ思いながら。
 そうして、そろそろ黙ってはいられないことをシロガネは察する。今こそ亮にキチンと話さねばならないと、決意した英雄は口を開いた。

「あんな、……元の世界に戻ることやねん」
「ああ、やっぱりな。……でもどうして黙ってたんだよ? 戻りたかったんだろ?」

 シロガネが元の世界へ帰ることは約束であり、誓約だった。だから亮は不思議なのだ。どうしてシロガネが躊躇うのか。かれこれ10年、ずっとずっと願い続けてきた悲願だろうに。亮としては「これでアイツも帰れるな」と、ニュースを見て安堵していたというのに。
 その疑問に、英雄は困ったように眉尻を下げて、小さく笑うのだ。

「オヤジはん、誰とも誓約したがらへんねんもん」

 第一英雄の死後、亮がH.O.P.E.エージェントとして戦えるのはシロガネがいるからだ。シロガネが帰るということは、亮はもう二度と戦えなくなることを指していた。
 それだけじゃない――そう、「それだけじゃない」のだ。

「オヤジはんのことや、自分がいなくても何とかなる思う。老後をどないかする程度のお金もあるしな。……けど、残してええもんかって、素直に置いてけないんや。……一人ぼっちにしてまうやろ」

 10年。――遠慮なく去るには、情が湧き過ぎた。
 時が経つにつれて亮は老いていく。外見が一切変わらないシロガネと違って……だからこそ「ああ、オヤジはんは歳を取ったな」と放っておけない気持ちが強くなってしまうのだ。
 だからずっと、シロガネは悩んでいたのだ。元の世界の人達も、この世界も人達も、大好きだからこそ。

「なるほどなぁ」

 亮は後頭部をガシガシと掻いた。髪も髭も、随分と白髪が多くなっていた。

「……他に英雄の誓約を交わさない限り、確かに俺は戦えねえ。誓約云々についても、消えそうな英雄の仲介役以外には、本格的に誓約を交わす予定はない。お前さんが……最後の俺の相棒だ」

 亮とシロガネの視線が合う。初めて会って誓約を交わした時のように、互いの目をしっかりと見据えて。

「だが、直接戦う以外にもできることはある。爺さんやシロガネとの手合わせも続いてたしよ。それに――自分で言うのもなんだが、俺ももう歳だ。H.O.P.E.も次世代戦力の育成は十二分だしな、ジジイ一人が抜けた程度で世界が滅んだりはしねぇよ」

 むしろ、いい引退のキッカケだと亮は肩を竦めた。
 亮の言う通り、確かにリンカーの戦闘能力は非常に優れたものではあるが、次世代戦力アメイジングス達だって十分に優秀だ。あれから時も経ってノウハウも確立して、彼らはかつてのリンカーのように世界を護っている。
 イントルージョナーや残存愚神など懸念が完全に払拭された訳ではないが、この世界はもう大丈夫なのだ。そして……その世界でこれからも生きていく亮もまた。

「だから、遠慮しないで帰れ。まだ真人間とは胸張って言えねえけどよ、俺なら大丈夫だ。……仕事も、H.O.P.E.で裏方作業でもやってくからさ」

 ぽん、と隣のシロガネの肩を柔らかくたたく。
 もう大丈夫なのだ。心配しなくっていいのだ。どうにかこうにか、それでもちゃんと、生きていけるから――……それは亮が、英雄達からたくさんもらってきたからこそ、心から言える言葉だった。恩返しのように、感謝のように。

「ほんまかいな」

 茶化すようにシロガネが言った。けれどその声は潤み、顔はうつむき、肩は震えていた。

「ほんまに、大丈夫なんやろな……また昼夜逆転したり、酒浸りなったり、ギャンブルしたらあかんで。せっかく貯金してきたお金、全部使いきったらあかんで……」
「うん、うん、ちゃんとやってく」
「もう共鳴できないから、イントルージョナーにケンカ売ったり、危ないとこ近付いたらあかんで……」
「分かってる。大丈夫さ」
「長生きするんやで……自分が帰ってすぐポックリとか、嫌やで……」
「うんうん……人間ドックとかにもちゃんと行くから」
「……、……」
「ああ。うん。……うん。……心配してくれてありがとな、シロガネ」

 鼻をすする英雄の頭をくしゃくしゃと撫で、亮は穏やかに微笑んだ。
 空は綺麗な秋晴れ空で、昼下がりの太陽が並ぶイチョウを黄金色に照らしていた。



 ●



 そうして、別れの日はやって来た。
 大きな扉が亮とシロガネの目の前にある。異世界へと続く装置が。
 セットアップは完了し、後は――それを開くだけ。

「それじゃあ、」

 最後の日は湿っぽくならないように。いつも通りに。亮は片手を上げて――「あ」とおもむろに懐を探り始めた。

「これ。……やるよ」

 亮が差し出したのは、随分と古びたライターだった。彼がずっと大切にしていたものである。
 湿っぽいのはなしと言った。それでも、何か――絆が存在した証があった方が、ちょっとぐらい幸せかなと思ったのだ。女々しいかもしれないが。
 同時に、亮はこのライターに願いを込めた。シロガネが本当に帰れるとして、彼の世界にある大切なものがどうなっているかは分からない。だからこそ、彼らが息災であるように。無事にシロガネと会えるように。……シロガネの外見はずっと変わっていなかった。だからこそ、彼の元の世界では、時間は動いていないんじゃないか。そんな期待も込めておいた。

「……ありがと」

 多くは語らず。シロガネはそれを、大切に大切に右掌の中に握り込んだ。

 そして――扉が開く。光が溢れる。
 シロガネは妹分と共にそちらへ歩き出しながら――亮の方へと最後に振り返った。
 心からの笑みを浮かべて、彼に敬愛があるからこそ、再会は望まずに。

「本当にお世話になりました。ほな、さようなら!」
「じゃあな、元気で。……ありがとう」

 亮も笑みを浮かべて、手を振った。
 光が視界に満ちていく。
 手を振るシロガネのシルエットが、どんどん見えなくなっていく。

 ――別れは寂しいものだ。
 だけど心配はひとつもない。悲しい気持ちもかけらもない。
 彼なら大丈夫だ。なぜなら、自分の相棒なのだから。
 きっと大丈夫だ――相棒は相棒の人生を、これからも生きていく。

 二人は互いにそう願い、そして、瞬きを一つ。


 ――さあ、これからも物語は続いていく。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。
リンクブレイブではたくさんシナリオにご参加いただき……こうして彼らの最後のお話を書くことにしみじみとした心地を覚えます。
どうか彼らのこの先が、幸せで光に満ちたものでありますように。
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リンクブレイブ
2019年10月28日

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