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『あきのじょしかい、いん・えるろーど』
ノゾミ・エルロードla0468)&三代 梓la2064)&海付 深羽la0767


 これは平和で、いつもどおりのメイドたちの一日の記録である。

 今日も世界の何処かで、ナイトメアとの熾烈な戦いは繰り広げられている。
 そんな喧噪から隔絶され、穏やかな空気を纏った邸宅があった。青い屋根と白亜の壁が瀟洒で美しい。エルロード邸である。

 敬愛する主のために、仲間のために、来栖・望(la0468)は、メイドとして勤勉に働いていた。
 洗濯、掃除、料理に備品の手配。やるべきことは色々ある。それがまた嬉しい。
 臣下に寛容な主のお陰で、紅茶に興味を持って学び、知識も増えた。茶葉やインテリアを選んだり、家具の配置に悩んだり、とても自由に過ごしている。
 主と過ごす一日を思い浮かべ、朝起きてから、お休みするときまで……と考え頬が赤く染まった。慌てて首を振って火照りを冷ます。

 この屋敷に来たばかりの頃には、得意で無かった料理が、今では人に褒められるほどの腕前になっている。
 それは、きっと、自分の料理を喜んで食べてくれる人々がいるおかげだ。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。アンティークの振り子時計が、三時の刻を告げた。

「あら、もうこんな時間でしたか」

 あれこれ没頭しすぎて、こんなに時間がたっていることに気づいていなかった。
 三時のティータイムの時間だ。準備の前に、仲間達を呼びに行かないと。メイド服の裾を押さえ、背筋をぴんと伸ばし、可憐な所作でしずしずと邸内を歩き始めた。


 三代 梓(la2064)もこの邸宅のメイドであるのだが、その立場は特殊である。
 ライセンサー・メイド・バーテンダーと三足の草鞋で忙しく、いつもここにいるわけではない。屋敷の主とは親友であり、臣下としての上下関係は希薄である。メイドは仕事というより趣味だ。
 対等な立場でもって、少し距離を取って俯瞰する。だから冷静に物事を見つめられる。それが補佐として、客将としての自分の仕事だと自信を持っていた。
 今日は館の武具の整理整頓をしながら、合間にロシアの戦況報告を纏め、今後の小隊の課題と方針への提案をリストアップしていた。
 いつ、何処で戦うのかわからないが、少しでも皆の助けになるように、今から準備しておいて損はない。
 ふと目をあげると、窓の向こうを歩く望の姿が目に入った。微笑みながら小さく手を振っている。

「休憩にしませんか?」
「良いわね」

 おっとりとした問いかけに、頷いて大きく伸びをする。甘い物好きの梓は、望の用意する菓子を楽しみにしていた。
 それにもう一つ。昨日買っていた物を思い出し厨房へ向かう。お茶の準備も手伝おう。


 色づき始めた木の葉を見上げ、海付 深羽(la0767)は、ほうとため息をつく。今日はお日様ぽかぽか暖かいが、もう少ししたらこの息も白くなるだろう。
 これからの季節、落ち葉が増える。庭掃除を手伝ってもらう必要があるかもしれない。
 深羽はこの屋敷の庭師であり、広い庭の管理人だ。今日も鎌で雑草を刈り、樹木の剪定をする。広い庭の管理を任された誇りでいっぱいだ。

「季節の草花を育てるのは飽きないし、涼しくなり生き物も増えてきて、庭も楽し気になってきたな」

 梢が揺れる音が、鳥が羽ばたく音が聞こえ、思わず狩人の本能で振り向いてしまった。その時、遠くから望が呼ぶ声が聞こえた。手を振っている。

「休憩にしませんか?」
「来栖さんありがとうだ!」

 ぶんぶんと大きく手を振り替えし、是非にと答えを返す。
 料理が得意とは言えないが、せめてテーブルを彩る花くらい……そう思って、秋薔薇の咲く場所へ赴いた。



 深羽が花瓶に赤い八重咲きの薔薇を生ける。薔薇の種類はまだ覚えきれないが、においが弱いのを選んだ。お菓子の美味しいにおいの邪魔にならないように。
 望が選んだテーブルクロスは、秋色のブラウンに繊細な刺繍が美しい。秋の草花の中に、小さくうさぎさんがいるのが、深羽のお気に入りだ。
 ふわりとただよう、小麦の香ばしさ、バターと甘いお菓子のにおいに、思わず鼻がひくひく。くるりと振り向くと、シルバートレイにデザートプレートを乗せ、望が歩いてきた。

「お待たせしました」

 望が持ってきたのはふわふわパンケーキだ。
 上にバニラアイスと洋梨のコンポート。キャラメリゼした林檎と、カシスのムースがサイドを彩り、フレッシュな柿とショコラも添えられた。
 秋の味覚がたっぷりの一皿だ。

「!?」

 白く四角い皿に美しく並べられたスイーツのあまりの美しさに、思わず深羽は言葉を失った。ぱーっと目を輝かせ、頬が緩んだ表情は、小動物のような愛らしさだ。
 ティーセットを持ってきた梓は、その可愛い後輩の姿を眺め、ほっこり癒やされた。

「食べるのがもったいないなぁ……」
「食べないのはもっともったいないわ」
「そうだな。もったいない気持ちと、でもおいしそうという気持ちが戦っているな……。みんなで食べれば怖くないだ!」
「アイスが溶ける前に、召し上がれ」

 三人席についてお茶の時間……の前に深羽は何かを思い出し、ぱっと立ち上がった。たたっと走って何かをとってくる。
 お皿の端に、ちょこんと紅葉の葉を一枚と、どんぐりクッキー。さらに秋らしい一皿になった。

「綺麗ですね。このクッキーも可愛らしい」
「どんぐりを繰り返しゆでて、灰汁を抜いてからつぶして練って焼くのだ! 結構時間がかかるがな……素朴な味だぞ」
「それは美味しそうですね。楽しみです」
「望さん。紅茶はアッサムのセカンドフラッシュでよかったかしら?」
「はい。夏に摘まれたお茶を寝かせて、ちょうど飲み頃だと思います」

 金の縁に白磁のティーカップは、唐草模様と薔薇が描かれている。柄は色違いのおそろいで、望は赤、梓は緑、深羽は青だ。
 紅茶から立ち上る湯気のにおいが、不思議と甘い。黒っぽい紅の水面に、ミルクをたらし、スプーンでぐるりとひとまわし。

 今度こそメイド達の『じょしかい』の始まりです。

 梓はさっそくアイスとコンポートをすくって、そっと口にはこんだ。
 ぱくり。口の中でとろける冷たいバニラの香りと、洋梨の酸味と濃厚な甘みが広がった。そのままティーカップを手に取った。
 ごくり。やさしい甘さと濃厚なミルク。それに負けないアッサムのコクとほのかに甘い香り。

「……美味しいわね。甘さと果物の酸味、キャラメルやチョコのほろ苦さ、バランスが最高だわ」

 その見事な相性に、思わず頬を押さえ、うっとりとため息がこぼれる。

「ふふふ、かわいくて甘くておいしい! これが『じょしかい』というものなのだな」
「『女子会』なるほど、これがそうなのですね」
「そうね」

 可愛いはともかく、甘くて美味しいは、『女子会』ではなく菓子だと想うが、梓はツッコミをいれない。それは野暮というものだ。

「この林檎、カリッとするぞ! 香ばしくて甘くて、凄いな! パンケーキもふわふわだぞ」

 キャラメルで包まれた林檎はカリカリで、パンケーキはふわふわで。甘くて、すっぱくて、何よりとびきり美味しい。
 思わず夢中でもぐもぐ食べてしまう姿は子リスのようだ。

「このどんぐりクッキーも、優しい味わいで美味しいですね。チョコと交互に食べるのも楽しくて」

 望はニコニコとクッキーのかりっとした食感を楽しむ。
 三人ともお菓子に夢中で、笑顔を抑えきれない。愛らしい唇は、美味しい、美味しいとさえずるばかりだ。
 しっかり食べて落ち着いたところで、望はそっと声をかけた。

「ライセンサーとメイド業の両立もすっかり慣れましたが……お二人は如何ですか?」
「忙しいのは良いことだけど……最近はライセンサーに偏りがちなのはちょっと心苦しいわね」

 ニュージーランドに、ロシアに、次はヨーロッパ。どこもかしこも戦場だらけ。こうしてのんびり過ごす一日が貴重だ。
 もう少しのんびりとこの屋敷で過ごす時間を味わいたいものだ。この豪奢なお屋敷はいろいろは刺激的で、何度来ても飽きない。

「そういえば近頃はのんびりしすぎて、狩りの差し入れもできていなかったな。今度こうして食事会をしたり集まったりするときには、私からもおいしいお肉を用意したいものだ」
「それは楽しみにしていますね。一緒にお料理をしましょうか」
「そうだな、いっしょに料理をしよう!」

 望の申し出に、飛びつく勢いで深羽大きく頷いた。
 野山の動物たちも、秋の味覚をたっぷり食べてよく太り、美味しい季節。久しぶりに狩りにでかけたくて、うずうずする。
 しかし、庭師の仕事をおいて狩りにでかけるわけにはいかない。むむむと悩んでいた時に、梓が声をかける。

「庭の手入れ大変よね。手伝いましょうか?」
「はわわ! ありがとう、三代さん。落ち葉掃除を手伝ってもらえたら、嬉しい。みんなで葉っぱを集めて、芋を焼くのも良いな」
「焼き芋ですか……それは美味しそうですね」

 皿の上のスイーツは食べ尽くしたが、芋と聞いてまた食欲が湧いてくる。

「まだ食べられるわよね。まだお菓子を用意していたの」

 ふふっと笑って梓が持ってきたのは白い箱だ。かぱっと開けると、白いホールケーキがあらわになった。

「このチーズケーキは!」
「そう。前に小樽の任務で深羽ちゃんが買ってきてくれたの、美味しかったからお取り寄せしてみたの」
「懐かしいですね」
「小樽は初めて見るものばかりで、とても楽しかったぞ」

 深羽と望は目を合わせて微笑みあった。今年の夏に小樽に行く任務に一緒に行ったのだ。あの時聞いたオルゴールの音色が、まだ耳の奥に残っている。
 お土産に買った風鈴は、この一夏の間、屋敷に涼をもたらしてくれた。

「まるで粉雪が積もったみたいに綺麗なケーキですね。……そういえば」

 ぽんと望は手をうって、いそいそとうさぎのピックを取り出した。
 ケーキの上に突き刺すと、まるで雪景色に佇むうさぎさん。

「雪うさぎさん!」

 深羽は思わず飛びつきそうになって、ぐっと堪えた。
 可愛い物が大好きだ。特にうさぎさんが。じーっと見つめて、はっと気づく。二人に優しく見守られている事に。恥ずかしそうに慌てて椅子に座り直し、大人しく梓がケーキを切り分けるのを待つ。

「新しく紅茶を入れ直しましょうか。チーズケーキでしたら、ウヴァが合うと思います」

 望は鮮やかな手つきで、ティーポットをさっと温め、茶葉をティースプーンで計って入れ、お湯を注いでコゼーをかぶせた。蒸らし時間を計る為に、砂時計をくるっと回す。
 砂が落ちるのを待つ間、深羽はちらちらとうさぎのピックを見ては、嬉しそうに目を輝かせた。
 この屋敷の誰もが、深羽を喜ばせたくて仕方が無い。誕生日祝いにみなが駆けつけて、盛り上がったこともあった。
 素直で可愛らしく、感謝と礼儀を欠かさない。律儀なところも魅力なのだろう。

「来栖さんや三代さん、みんなが用意してくれるものは、いつもとても嬉しい気持ちをくれるのだ」
「みんなが楽しく、居心地の良い場所であれ。それは主の望みですから」

 望の言う『主』の言葉が甘く聞こえ、梓は目を細めた。きっと望は無意識だから。

 砂が落ちきったのを確認し、望はポットを手に取ってそっと注いだ。
 新しいカップに入れられた紅茶は、ルビーのように鮮やかな赤で、すーっと爽やかな香りが立ち上る。
 チーズケーキはレアの層とベイクドの層の二層になっていて、フォークが吸い込まれるような柔らかさだ。生地をすくって、望の桜色の唇に運んだ。
 はむっ。濃厚なチーズのコクと、爽やかな酸味、蕩ける甘さにうっとり。ほっぺたが落ちそうだ。紅茶を口にふくむと、爽やかな香りがすっきりと口の中を洗い流してくれる。
 甘い、さっぱり、エンドレスで食べ続けられそうだ。

「チーズケーキならお酒も合うと想うの。今度はワインと一緒に食べたいわね」
「それは主もきっと喜ばれますね」
「ワインセラーに良いワインを揃えておきましょ」

 バーを経営するほどに酒に詳しい梓は、この屋敷のワインセラーの管理を担当している。時には主と臣下では無く、友人として、グラスをかわし飲む日もあった。

「そういえば小樽はワインも有名だったわよね。小樽に行く機会があれば、チーズケーキと一緒にワインも買いたいわね」
「今度小樽に主と一緒に……いえ皆さんで行きたいですね」

 あの日深羽と一緒に見た運河の景色が美しくて、もう一度行きたいと望は想ったのだ。

「二人っきりでデートの方が良いんじゃないかしら」
「いえ、そんな……ことは……」

 恥ずかしそうに頬を赤く染める望の姿を見て、梓は口元をほころばせる。
 いつも一生懸命で可愛いこの友人は、主と恋仲である。
 知らぬ者はいない程に有名なカップルなのに、毎回頬を赤く染めて恥ずかしそうにする愛らしさは、甘酸っぱいチーズケーキの様な初々しさだ。
 濃厚なチーズの甘さを堪能しつつ想う。頬を赤く染めた望を愛でるのも、この屋敷のひそかな癒やしである。



 お菓子と紅茶を味わい、おしゃべりに夢中になってるうちに、あっという間に窓から差し込む光が、赤みをおびていく。
 振り子時計の音に、はっと気づいて窓の外を見れば、空が夕焼け色に染まっていた。
 秋の日が暮れるのは早い。

「あっ、いけません仕事に戻りましょう……! 今度は休憩の合間だけでなく、パジャマパーティ……なんてこともしてみたいですね」
「パジャマパーティ……じょしかいの続きだな」
「たまにはそういう可愛い夜も良いわね」

 梓の夜はライセンサーの仕事か、バーの仕事に明け暮れる。たまの休みは、大切な人との二人きり、とびきりの時間を過ごすのだ。
 だから女子だけで集まって夜にわいわいなんて事は、どれくらいぶりだろう。
 その日が来るのが待ち遠しいような気持ちを抱えつつ、三人は立ち上がった。

「細やかな希望を胸に抱いて、本日の残り時間も、頑張りましょう」

 望と梓は頷きあって、優雅にスカートの端を摘まんでカーテシー。まだ作法がわからない深羽は、ぺこりと頭をさげた。
 テキパキと片付けて、各自の仕事に戻っていく。


 エルロードは邸宅であり、同時に小隊でもある。時に危険な戦場に赴く事もあるだろう。
 されど、ここに集いし者は、みな、主に誓っている。

『生きて皆の為に協力し続けること』

 自己犠牲は許さない。主の想いに同意するものが集う優しい場所。それこそがエルロード邸だ。
 甘く優しい一日が終わりを告げ、明日はまた忙しい一日となるのだろう。
 願わくば、ずっとこんな日が続きますように。そんな小さな祈りを叶えるため、彼女たちは戦場へ赴く。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
●登場人物一覧
【来栖・望(la0468)/女性/21歳/おとめいど】
【三代 梓(la2064)/女性/33歳/すいーつめいど】
【海付 深羽(la0767)/女性/17歳/うさぎにわし】

●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。
筆の赴くままに書いたら、スイーツ飯テロになりましたが、ご満足いただけたでしょうか?
じょしかいなので、柔らかくしました。

エルロードの皆さんは、本当に仲が良く優しい空気が流れているので、それが上手く表現できていると嬉しいです。
何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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2019年10月29日

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