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『交道』
リィェン・ユーaa0208)&赤城 龍哉aa0090)&オーブaa0090hero002)&ヴァルトラウテaa0090hero001)&イン・シェンaa0208hero001)&aa0208hero002

 香港島の中西区は香港の中心地で、そして古龍幇の本拠たる九龍城区の南西に位置する“ご近所”だ。
 岸を乗り越え、中西区へ突入したエア・クッション型揚陸艇より跳び降りたリィェン・ユー(aa0208)は、早速向かってきたリザードマンの頭部を屠剣「神斬」煉獄仕様“極”で叩き割る。
『まだ抜くなよ!』
 内の零(aa0208hero002)が鋭く告げる間にも、彼は体の内へ押し詰めた息を丹田へ落とし込み、「気」を為して「功」を成す。
「おおっ!」
 外功で固めた肩をオークに突き当て発勁。次いで拓かれた足場目がけて震脚。勁を乗せた“極”を1、2、3、紫電のごとくに駆け巡らせ、周りを塞いでいたものをもれなく斬り払った。
 と、ここでリィェンは残る息を吹き抜きつつ、振り向いて。
「ここまでは打ち合わせどおりだ。後は自分のカバーを頼むぞ」
 後に続こうともたついていた古龍幇の戦闘員たちが、救われたようにうなずいた。実際、救われたのだ。幇長の義弟の心配りに。跳び出せなかったのが打ち合わせどおりなら、彼らが演じたものは失態ならぬ作戦となる。
「気功ならず気を遣うようになるとはのう」
 くつくつと喉を鳴らすイン・シェン(aa208hero001)に鼻を鳴らしてみせ、リィェンは絞った声音で返した。
「立場ってのはつくづく厄介なもんだ」
 そして戦闘員の展開を確かめて、今度はは太い声を張り上げる。
「イントルージョナーなんぞとたいした名前はつけられてるが、ようは刃弾で殺せる化物だ! 遠慮なくうちのシマで好き勝手に遊んでくれた代償を払わせてやれ!」

 同じ頃。
 赤城 龍哉(aa0090)はヴィクトリア・ピークの中腹にある公園より駆け出した。
「ったく、せわしねぇな」
 H.O.P.E.東京海上支部のトップエージェントとして名を馳せる彼は、昨日の晩まで香港支部での戦闘講習の講師を務めてきた。慣れない仕事をようやく終えて、今日こそは観光を……そう思った矢先、香港支部からの緊急出動要請を受けたのだ。
「下で対処している方々、H.O.P.E.のエージェントではありませんわよね?」
 共に駆けながら、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が疑問を発する。
 イントルージョナーは愚神や従魔とはちがい、通常兵器での対応が可能だ。しかし、その対処は主にH.O.P.E.が請け負っているし、通報も優先的に繋げられるはずなのだが……
「軍か警察か、とにかく行ってみりゃわかるだろ」
 香港支部のエージェントもすでに出動しており、中西区の内にイントルージョナーを封じるよう包囲網を形成中だという。合流も考えたが、任せることにした。覚えたことを実戦で確かめられる機会だ。邪魔はしたくない。
「私たちは豆腐花、速やかに首魁を楊枝甘露、倒さなければなりません涼粉。マンゴープリン、牛乳プリン、亀ゼリー!」
 龍哉が真面目なことを考えている間、香港が誇るスイーツの名を並べたてるヴァルトラウテ。
 龍哉は肩をすくめ、彼女の腕の内に抱かれたオーブ(aa0090hero002)へ視線を落とした。
 豆柴の子犬と言われれば誰もが信じるだろう、実に犬々しい姿だが、よく見れば背の上に翼を摸した丸まっこいオブジェクトが浮いていることに気づくはずだ。
「ヴァルはこんな調子だし、今日はおまえにも暴れてもらうぜ」
 面を傾げ、オーブは「あん!」、舌足らずながら強い声音で応えた。


 戦闘員の戦いに口を出す必要はなかった。
 彼らもまた幇の面目を背負う手練れ。怖れることなく化物へ向かい、十二分の仕事ぶりを見せている。
「でかいのが来やるぞ」
 殿を務めていたインがするりとリィェンに並び、告げた。
 無手に見える彼女だが、その右手の内には峨嵋刺が握り込まれており、左手の指には角指が嵌められている。左で打ち、右で穿つ、言うは易いが行うに難い武芸の極みである。
「ボスっていうにはいろいろ足りてないがな」
 雑魚の相手を戦闘員に任せ、リィェンは三又の大蛇へと踏み出した。
「頭三つを潰すは面倒じゃな?」
「三つを潰そうと思えば、だろ」
 インのぼやきは弟子への問いだ。だからリィェンは正解を口にし、重心を肚から鳩尾にまで引き上げる。
 右の頭から吐きつけられた毒をサイドステップで回避し、突き込まれてきた左の頭の顎を“極”の鎬で弾いて流し、真ん中の頭が降り落ちる溜めを為している間に懐まで踏み入って――
「胴はひとつだ」
 震脚で一気に重心を落とす。
 地より跳ね返る反動で螺旋を描く中、気と筋力とを練り合わせて腕の先まで運び。
「破!!」
 気合一閃、大蛇の腹を縦一文字に割り裂いた。
 ジークンドーのステップワークと伝統拳法の発勁とを組み合わせた、リィェン・ユーという武人ならではの技である。
『悪くないな、小僧』
 暴れる大蛇をまわりの雑魚ごとストームエッジで巻き上げ、零が口の端を上げた。
 と、ここでインが顔を上げて。
「しかし気になるのは敵の後続じゃ。押し込まれているこの戦局で、なにゆえこうも動きが鈍い?」

「あっちにでかいのがいるな」
 眉根を上げた龍哉は雑魚どもの足元へ黒羽手裏剣を打ち込んで足止め、オーブに呼びかける。
「飛ぶぜ!」
『あん!』
 背に顕現させた縛られぬ者の透翼がはばたき、龍哉を雑魚の手が届かぬ空へと舞い上げた。
 大群を討つにはその戦意を支える軸を折るのが常道だ。ゆえに、イントルージョナーの群れの中央、巨体を揺すって咆哮するトロールを目ざす。
 と、ガーゴイルどもが飛び立ち、その先を塞ぎにかかった。
 龍哉は渦風で鎧われた両腕を十字に組み、突き抜ける構えを取ったが。
「龍哉、標を辿って行きなさい!」
 地上に在るヴァルトラウテの投げ放った槍がガーゴイルの包囲を突き崩し、噴き飛ばす。
「戦乙女の加護と導き、ありがたくいただくぜ!」
『あおん!』
 ヴァルトラウテの槍は弧を描き、トロールへの肩へ突き立った。硬い外皮を貫き、肉を抉った穂先は痛みを伝え、トロールをわずかにひるませる。
 その間に翼を畳んで加速した龍哉は、左に佩いた白夜丸“煌漣”の柄に置いた手へ力を込め、鯉口を切った。
『合わせろよ』
 息を詰めた身の内でオーブに言い、龍哉はトロールの首筋へ横蹴りを打ち込む。もちろんその程度で巨体を打ち倒すはかなわず、外皮を穿てようはずもない。そう、攻めの蹴りならば、無意味。
『あん!!』
 蹴りが食い込んだ瞬間、オーブが金の掌を発動させた。トロールの向こう側、その足元に。
 龍哉と土壁とで挟まれる形となったトロールはバランスを崩し、斃れぬよう踏ん張る。その体は硬直し、完全に動きを止めていた。
「しぃっ!」
 裂帛の息吹を追い、“煌漣”が鞘から抜き打たれた。文字どおり、抜けたときにはもう打っている。打ったときにはもう、終わっている。
 地ならぬトロール自身の重量を蹴る反動に乗せた刃はトロールの首筋へ滑り込み、骨まで断ち斬ってその命の火を吹き消した。
 かくて倒れゆくトロールから跳び降りた龍哉の背に背を合わせ、ヴァルトラウテが告げる。
「前から新手が来ますわ。来ますけれど……数が妙に少ないのはなぜですかしら?」

 ふた組が顔を合わせたのはそれから十数分後のことだった。
「誰かと思えば相棒か!」
 叩き潰した猿人の向こうに見えた龍哉の顔へ、リィェンが口の端を上げてみせる。
「鈍ってないようで安心したぜ、リー!」
 斬り飛ばしたゴブリンの向こうに見えたリィェンの顔へ、龍哉が片眼をつぶってみせた。
 こうなればもう疑問はなかった。敵の勢いが奮わなかったのは、龍哉が、リィェンが、知らぬうちに挟撃の型を作って押し込んでいたからなのだと。
「戦場にてなにより頼もしき友と出遭えようとは僥倖じゃ」
「インさんもお変わりない様子、幸いですわ。ただ、旧交を温めるのはこの喧噪を収めた後にいたしましょう」
『あぅあん!』
『おう、ずいぶんとかわいらしき声音だ。後で顔を合わせるが楽しみよ』
 インとヴァルトラウテ、オーブと零が挨拶を済ませ、ふた組はあらためてそれぞれの死角をカバーしながら敵陣を突き進んでいく。

『呵々々! ようも群れてくれたものよな! これならばどこへ技を繰ろうと外れぬわ!』
 零の大笑が世界の壁を割り砕き、異界にてまどろんでいた同胞を呼び寄せる。
 一様に“極”の形を映した彼らは中空にて切っ先を揃えて静止、『行け』の声音を聞いたと同時、リィェンの先へと降り落ちた。
 かくてウェポンズレインの刃雨は雑魚どもを突き抜き、地へ縫い止めて、続く雑魚どもの足を骸の壁にて鈍らせた。

『うぉおおおおん!!』
 龍哉の四肢を鎧う風渦が、オーブの咆哮を受けてするりと解けた。放たれたそれは速やかに縒り合い、竜巻となって雑魚どもを飲み下す。
 竜巻の正体は碧の髪まとわせた碧の王である。その風圧は雑魚を巻き上げて拘束したばかりか真空の刃でずたずたに斬り裂き、空へとばらまいた。

「はっ、妾たちもただ眺めておるわけにはゆかぬわな!」
 暗器を関刀――青龍偃月刀。関羽の獲物であったことから、中国ではそう呼ばれている――に換えたインが、背に背を合わせたヴァルトラウテへ言い置いて前へ。
「ですわね! 雨や竜巻を越えた嵐を見せてさしあげましょう!」
 戦乙女の代名詞である槍を手に、ヴァルトラウテもまた踏み出した。
 互いの長物の先が触れるや触れぬやの間合を保ち、インは豪快な斬撃、ヴァルトラウテは優美な刺突、それぞれに蹴り技を合わせて巡る、巡る、巡る。
 雑魚どもはそれこそ大嵐に直撃されたかのごとく翻弄され、死んでゆくよりできなかった。

「ふん」
 飛び込んできたヘルハウンドの顎を、リィェンは“極”の柄頭で突き上げる。ほんのわずか、1センチに満たない距離でありながら、勁を乗せたその突きは魔獣を大きくのけぞらせ、やわらかな腹を晒させた。
「はっ!」
 絶招神拳を巻きつけた左掌が魔獣の腹に触れた、次の瞬間――魔獣は口から引きちぎられた臓物を吐き散らして真下へ落ちる。衝撃を標的の内へと爆ぜさせる、発勁の妙技だった。

「しぃ、しぃしぃ」
 正眼に構えた“煌漣”の切っ先を揺らし、龍哉が噛み合わせた歯の隙間から絞り込んだ息を吹く。リズムも長さもばらばらで、さらに切っ先の動きとも連動しない音。赤城波濤流の伝書に記された幻惑の術である。
 それは人ならぬモスマンどもをも惑わせた。奴らは充分な弾みもつけられないまま打ちかかり、為す術なく斬り落とされて、地へ転がるばかり。

 数えきれぬほどの敵を討ち、ふた組はついに戦場の中央部――今は最奥となった場にまで至る。
「雑魚の頭数をいくらそろえようと物の数にもならん! もっと骨のある奴を出せい!」
 わめくインへ、ヴァルトラウテがぽつり。
「インさん、それはフラグですわよ」
 まさにそれはフラグとなった。
 撒き散らされた骸のただ中より沸き出でたそれは、慈しむように掌を地へと向け、骸どもを立ち上がらせる。
 かくて死の軍勢の奥より虚の眼を生者たちへと向けた、豪奢な外衣をまとう漆黒の骸骨――死霊の魔法使いたるリッチが。
『ふん、噂をすれば影、いや、骨か』
「確かに骨のある輩ですわね。骨しかありませんし」
 零の言葉にヴァルトラウテがうなずき、『あぅ』、オーブががっかりと息をついた。
「妾のせいではないじゃろう! たまたまの偶然じゃ!」
 あわてるインに応えたのは、仲間たちではなくリッチの音なき声音である。
「………………」
 無音がひとつ紡がれるごとに重さを増し、この世のものならぬなにかを形造りゆく。
「詠唱ですわ!」
 ヴァルトラウテの警告に、龍哉とリィェンが視線を合わせた。
 リッチはイントルージョナーとして幾度か顕われている。たとえエージェントであれ生半な攻めを打てば無効化されると知れていたし、なによりあの詠唱が完成して大魔法を発動されたなら、中西区はおろか香港島が危ない。
「全力で邪魔しにいくぜ」
 龍哉とオーブにヴァルトラウテが共鳴し。
「元祖【BR】の突撃、見せてやるか」
 リィェンと零にインが共鳴して。
 世界が双なる轟きのデュオに高く、低く震えあがった。
 二重共鳴、それは愚神王との決戦に臨んだエージェントが実現した新たなる絆の有り様。ふたりの英雄との共鳴でふたつの力を得る術である。
『ただでさえ狭苦しい小僧の内でじゃじゃ馬と肩を並べねばならぬとは、いやはやホネだな』
『ふん、小賢しい皮肉を歌っておる暇あるならば己の皺でも数えておれ』
 零とインのやりとりに苦笑し、リィェンが龍哉に声を投げた。
「上は頼む」
『オーブ、ここで交代ですわ』
『ぐぅ』
『……後ほどささみジャーキーを進呈しますわ』
『あん!』
 ヴァルトラウテとオーブの取引にこちらも苦笑しつつ、龍哉がリィェンに応える。
「下は任せた」
 呼吸はすでに合わされていた。ゆえに同時、ふたりはリッチ目ざして一歩を踏み出し。
「どけ!」
 リィェンが、地より沸き出したボーンナイトどもを“極”で叩き割って駆ける。
「挟み撃ちはさせねぇよ!」
 二重共鳴を為した龍哉が、アンデット化したオークどもを踏みつけて飛び、空にあるアンデッドへ向かう。
『不死なれども微塵にされらば立ち上がれまい』
『塵は塵に、灰は灰に、じゃな』
 ライヴスとスキルをもってリィェンを支える零とインが嗤い。
『不死というなら、その不浄なる死ごと滅するのみですわ!』
 ヴァルトラウテが、今は飛ぶことに集中する龍哉に代わって共鳴体を繰り、ヴァリアブル・ブーメランを投じた。1体を討って戻り来るそれを、体の回転に合わせてもう一投。さらに戻り来たそれを蹴りで弾いて三投を為す。
『あん!』
 彼女がもたらした戦果は、オーブの元気な声が保証した。

 この間も、リィェンと龍哉は目線を合わせることは一切しない。互いのポジショニングなど、見なくとも知れる。あの大戦から同じ戦場に立つことはなかったが、共に同じだけの時間を研鑽してきた。同じ先へ全力で進めば、すなわちあるべきポジションに互いがあるのだ。
 信じてるからな。なんて、口が裂けたって言わないが。
「初手は担う!!」
 リィェンは零のスキルで砕け散ったアンデッドどもを超過駆動で踏み越え、神経接続の深度を最大に引き上げてクロックアップ。
 五感からのフィードバックが跳ね上がり、彼の神経を掻きむしる。痛い、辛い、苦しい。全身が剥き出された虫歯さながらの有様だったが、それでもリィェンは加速、加速、加速。
 おおおおおお――己が咆哮すらも置き去り、疾風怒濤の三連撃にさらなる三連撃を重ねてリッチの腹を打ち据えた。
 ばぢん! なにかが焼き切れるような衝撃がはしり、リィェンは倒れ込んでいくが、心ばかりは背後へ向けて。
 あ い ぼ う !
 音なのか念なのか、龍哉には判別がつかない。しかし、リィェンの促しは確かに届いていた。
 以心伝心とは、恥ずかしくて言えねぇけどよ。
「二番槍、託されたぜ!!」
 透翼を拡げて急制動をかけた反動に乗せ、脇に構えたブーメランを投げ放つ。それは弧を描いて飛び、リィェンの六連撃でくの字に折れたリッチの両眼孔を一文字に打ち据えた。
 脛骨を押し詰めて動きを止めたリッチが、自らの顔にめりこんだブーメランを引き剥がそうとあがく。そしてそれはもうすぐに果たされるだろう。
 10秒、眼を塞げればいいんだよ!
 翼を畳んで地へと降り立った龍哉は鋭いにじり足でリッチへと迫り、その内で新たな獲物を抜き放った。
 それはドレッドノートの魂である大剣にして、赤城 龍哉の繰る武具の筆頭であるブレブザンバー。
「“凱謳”! チャージスタート!」
『Roger Master』
 鍔元に装備された戦闘支援AIが主の要請へ平らかに応え、ディスクユニットを超回転させる。カートリッジとしてセットされた秘薬がチャージされゆくライヴスを魔法と化し、剣身を金色に輝かせた。

 ついにブーメランを払い捨てたリッチが、周囲に虚なる視線をはしらせる。
長詠唱が断ち斬られた。つまり敵はこの魔法防御を脅かす力を備えているということ。しかし、短詠唱の基礎魔法であれ、自らの魔力をもってすれば十二分な破壊力を見せる。
 ひと言に凝縮した魔法語を唱え、リッチは頭上にファイヤーボールを顕現させたが……そのときにはもう、リィェンがその背後に腰を据えていた。
 見なくてもわかるんだよ、相棒がどこにいてなにするかなんてな。
 リッチの眼前に腰を据えた龍哉もまた、胸の奥で言い切ってみせる。
 見なくてもわかるさ。リーがどこにいてなにをするかなんざよ。
 同時発動させた究極共鳴が、リィェンと龍哉を共に燃え立たせた。不完全なるリンクバーストが与える加護から、ふたりは同じ祝福を選び取る。すなわち、クリティカル率の上昇。
「行くぜ!」
 振りかぶられたリィェンの“極”がチャージラッシュの一閃を振り落とし。
「終わらせる!」
 脇に構えられた龍哉のブレイブザンバーがチャージラッシュの一閃を振り上げて。
 魔法防御ごと前後から砕かれたリッチは宙を舞い、地へ叩きつけられて跳ねるがしかし。
 まだだ、まだ、終わらない。
 頭上に置かれたままだったファイヤーボールを自らへ撃ち込んだリッチは、業火の内で溶かされながらギチギチと笑んだ。

「相棒!」
 押し迫る炎波を“極”の腹で流し、リィェンは熱で激しく揺らぐ爆心地をにらみつける。
「わかってる!」
 同じようにブレイブザンバーを盾とした龍哉が、内の英雄ふたりへ「もうひと仕事だ」。
 果たして、炎と熱とを押し分け、それは立ち上がった。
 ハイ・リッチ――自らを贄と捧げてより深き不死へと進化した高位リッチである。
 周囲のアンデッドを放たれるオーラで消滅させながら、それはふたりのライヴスリンカーへと迫る。
「結局アンデッドは越えられないわけだ」
 白けた顔で息をつき、“極”を構えるリィェン。
「ようは悪あがきってことさ」
 ブレイブザンバーの腹で自分の肩を叩いた龍哉が一歩、踏み出した。
「俺たちは俺たちを越えるぜ」
「進化じゃねぇ。超越をな」
 言い放ったふたりの体から、凄絶なライヴスが噴き上がり、世界を染め上げた。
 究極共鳴を信管に点火されたリンクバーストが、能力者とふたりの英雄を完全なる三位一体と成し、真のライヴスリンカーを顕現させる。
 ハイ・リッチが無詠唱で雷魔法を降りそそがせた。その恐ろしいまでの魔力はリィェンと龍哉を過たずに打ち据え、貫いたが、ふたりの構えをわずかにも揺るがすことはかなわない。
 ハイ・リッチはようようと悟った。我が進化、彼奴らの超越に及ばぬか――
「赤城波濤流、激浪刃斬」
 龍哉が打ちつけた刃はハイ・リッチの左鎖骨を断ち割り、次いで右鎖骨を叩き斬って肋の中程まで食い込んだ。
 力で押しつけられるのではなく、重心そのものを抑えられたハイ・リッチは動けない。動けないまま自らが斬り裂かれる様を見せられ、最後に突き込まれた切っ先に背骨を貫かれ、今度こそ押さえつけられた。
「冥土の土産に刻んでいけ」
 ささやきかけて、リィェンはエクストラバラージで“極”を呼び寄せる。
 一が十、十が百、百が千、千が万……世界を埋め尽くした“極”は主たるリィェンの手でひと振りを成した。まさに天界にあるという神にまでも届かんという、長大なる“極の極”を。
「これがライヴスリンカーだ」
 大上段に構えた刃を超えし刃を、唐竹割りに斬り下ろした。
 頭蓋から尾てい骨までを両断されたハイ・リッチは、悲鳴すらあげられぬまま、欠片すら残せぬままに消滅した。


「これでようやくちゃんと挨拶できるな。古龍幇のリィェン・ユーだ。まあ、H.O.P.E.にも籍は置いてるからエージェントでもある。っと、相棒はまだ東京海上支部か?」
 後始末に駆け回るH.O.P.E.香港支部と古龍幇の面々を背景に、リィェンは笑みと手とを龍哉へ差し出した。
「ああ。本部からの誘いもあるんだが、これでも師範代だからな。……戦闘演習の客員講師ってことで、世界中引きずり回されてはいるんだが」
 リィェンの手をがっしり握り、龍哉も笑みを返した。
 思えばもう、同じ大戦で肩を並べてから何年もの時間が流れているのだ。互いの道を進み、それぞれの日々を重ねる中で思い出すこともないまま過ごしていて。
 それでもいざ共連れて戦場へ立てば、あの日々の有り様があたりまえに蘇る。
 離れていても、忘れていても、俺たちは確かに戦友で、相棒ってことだ。
 そんな感慨を振り切りたくて、龍哉はかるい口調で言葉を投げた。
「積もる話は後にして、とりあえず朝飯だ。オーブの散歩の途中で呼び出されちまってまだなんにも食ってねぇんだ」
「だったら俺に任せとけ。人気の店に融通利かせてもらえるくらいには偉くなったんだぜ」
 と。向こうからインがふたりを呼びつける。
「急げ! ヴァルトラウテは甘味への欲を抑えきれず、今にも駆け出しそうな有様じゃぞ!」
「インさん! 私は確かにやっと甘味が楽しめますわねと申しましたが、抑えきれずに駆け出すなんてはしたないことはいえ足が勝手に」
 ふらふら歩き出してしまうヴァルトラウテに、やれやれと肩をすくめるインだった。
「オーブよ、あの様子では娘どもが不埒を働くやもしれん。いざとなれば割って入るぞ」
「あん!」
 零の言葉に、においを嗅ぐのに夢中だったオーブが顔を上げた。シッポを振り振り、転がるように零の後を追って駆けていく。
「……信じられねぇ。オーブがああなったら、俺とかヴァルがなに言っても絶対動かねぇのに」
「馬が合うんだろう」
 俺たちみたいにな。胸中で噛み締めて語らず、リィェンは龍哉の背を押し出した。
 零ではないが、ヴァルトラウテを放っておくと面倒なことになりそうだし、もちろん酒を飲むのだろうインも心配だ。ああ、オーブがいることを店に知らせておかなければ。
「なるようになるって」
 リィェンの算段を見透かしたように、龍哉がリィェンの肩を叩く。
「――だな」
 気の置けない友の言葉に急ぎかけていた足をゆるめ、リィェンも押し詰まっていた息を吹き抜いた。

 道行の中、彼らはゆっくりと昔を語る。その合間に今を語り、やがては先を語るのだ。
 いつかまた互いの道が交わる次というとき、なにが話せて聞けるものか、そんなことを思いながら。


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2019年10月30日

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