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『星に願いを、行く先に光を』
夜城 黒塚aa4625)&ウーフーaa4625hero002)&エクトルaa4625hero001


「りゅーせーぐんっていうの、見てみたい!」

 エクトル(aa4625hero001)がそう声を弾ませたのは、ウーフー(aa4625hero002)のお腹が随分と大きくなってきた頃のことだった。

「あのね! ニュースでやってたの! りゅーせーぐんっていうのが、来るんだって! すごいんだよ!」

 身振り手振り、あどけない外見らしくエクトルはウーフーと夜城 黒塚(aa4625)にそう説明する。

「流星群?」

 黒塚は片眉を上げた。それからエクトルの言葉を確かめるようにスマホで検索すれば、なるほど確かに流星群とやらが見られるらしい。

「流れ星、ですか。素敵ですね」

 横からスマホを覗き込んでいたウーフーが微笑んだ。「でしょ?」とエクトルが得意気にする。

「流れ星にお願いすると、願い事が叶うんでしょう? 僕、いっぱいお願いしたいことがあるんだ! 流れ星たくさん来るなら、いっぱいお願いできるよね!」

 エクトルのきらきらした眼差しが黒塚に向けられる。ウーフーも流星群の話に興味を持って、期待するような上目遣いで黒塚を見た。

「……あー、」

 黒塚は後頭部をガシガシと掻いた。多数決とあらば仕方がない。「分かった、しょうがねェな」と呟いた。
 正直に言うと嫌ではないし反対ではなかった――ただ、楽しいひと時というものを、黒塚という男が素直に受け止められないだけだ。もう一つ言うと、身重のウーフーが出歩いても大丈夫だろうかという心配があった。
 それを察し取ってか、ウーフーがくすりと笑む。

「私なら大丈夫ですよ。むしろ偶には軽くでも運動しないと」
「……そうか」

 そう言うと、エクトルが「決まりだね!」と嬉しそうにハシャいでみせた。
 こうして、3人の小旅行が決定したわけである。



 ●



 文字通りの小旅行だ。車で出かけ、戻って来れるぐらいの。本当にささやかなお出かけ。それでも――それでも、こんなに他愛ないのに、一秒一秒が愛おしい。
 夕方に車で出発し、ちょっといいレストランで食事をして、高速道路を通り、都会を抜けていく。

「こんな夜にお出かけなんて……!」

 エクトルはずっと、後部座席でワクワクとした様子だった。夜に出歩くなんて、H.O.P.E.エージェントの依頼以外では滅多にない。

「お食事も、おいしかったですね」

 助手席のウーフーが、バックミラー越しにエクトルを見て言った。

 窓の外は夜だ。オレンジ色の街灯が定間隔に通り過ぎていく。
 車が進むほどに周囲の町灯りは消えていった。

「エクトル、寝るなよ」

 黒塚がそう言うと、後部座席で静かになっていたエクトルがビクッと肩を跳ねさせた。

「はッ――ねてないです、ねてないです!」
「一瞬ウトウトしてたろ」
「ううっ……」

 エクトルが気まずい顔をする。ウーフーが「お腹いっぱいになりましたもんね」とクスクスと笑った。

 そうして、目的地への到着はほどなく。
 小高い丘陵の草原だ。周囲にひとけも町灯りはなく――それでも真っ暗じゃないのは、空が満点の星々で明るいからだ。

「わぁ――……!」

 エクトルは目をいっぱいに開き、大きな瞳に星々の煌きを映し込んだ。

「すごい、すごい、すごーい!」

 居ても立ってもいられず、エクトルはたっと駆け出した。「足元が暗いから、転ばないように気を付けて」とウーフーがその背に声をかける。「だいじょーぶー!」とエクトルは相変わらずの様子でウーフーへと手を振った。

「……ウーフー、転ばないようにってのはお前もだからな」

 第二英雄の隣、黒塚は溜息のように言う。星灯りがあるとはいえ夜らしい暗さだし、星ばかり見上げていては足元への注意が疎かになる。身重のウーフーが転ぶのは大変だ。だからこそ、黒塚は何かあった時にすぐカバーできる位置にいた。

「ありがとうございます、マスター」

 ウーフーは傍の黒塚を見上げる。その艶やかな黒い髪は星空をかすかに映し込んで、静かな光を湛えていた。
 綺麗だ、と――黒塚は感じる。表情にも言葉にも出ないが、サングラスの奥の目が少しだけ細められた。そうして気付く。最近はH.O.P.E.から依頼を請けていないこと、今こうしてウーフーの隣にいることは、ウーフーへの気遣いゆえの行為なのだと。
 誰かを気遣う。そんなことを自分がするようになるなんて――黒塚は自らの自覚に少しだけ驚いた。

「――見て! 流れ星!」

 その時、エクトルの声が響いた。黒塚が顔を上げれば――星の降る空。光の雫がひとつまたひとつ、白い軌跡を描いていく。

「わー! わぁー! わあ〜〜!」

 エクトルはこの光景を言葉にできないようで、まるで降る星を受け止めるように両手を広げて、丘の上を駆け回る。
 ……英雄達と出会う前なら、きっと黒塚は、子供がきゃあきゃあハシャぐ声に「キンキンうるさい」と顔をしかめたことだろう。けれど今の黒塚は、楽しそうに歓声を上げて駆ける少年の姿に平穏を感じていた。もっというと、もうすぐ父親になることを心待ちにしている。
 と、ウーフーが黒塚を呼んだ。そちらを見やれば、黒塚の視界へと手を伸ばすウーフーの姿が映った――第二英雄は、彼のサングラスをそっと取ってしまう。

「これ、取った方がよく見えますよ?」

 ここに黒塚の凶相を悪く言うような者はいない。素顔のままでいい。ありのままの光景を見て欲しい。そんな思いを、ウーフーの細い指先が物語る。
 黒塚は何か言い返したりはしなかった。「それもそうだな」とだけ呟いて、今一度、流星群の空を見上げる。黒いフィルター越しではない星空は眩しくて、眩しくて――チクリと胸が痛む。
 感傷めいた感情。これは何だろうと黒塚はただ、中天を見据える他にない。穏やかな夜風が頬を撫でる。立ち尽くすように垂らされた手の甲に、ふとウーフーの手が触れた。ウーフーが彼の手をそっと握る。温かい。生きている温度だ。

 ――また、黒塚の胸がチクリと、けれど温かく、疼くのだ。

 そうか、これが幸せなのだろう。黒塚は自らの心を見つめる。
 そうすれば過去の記憶が這いあがって来る。生きる為なら何でもやった。誰かを踏み躙り、汚いことにも手を染めた。世間的に言うと黒塚は『いい人』じゃない。それは黒塚本人も理解していて、後悔もなくて――だからこそ、「こんな自分に人並みの幸せなど」と、自罰めいた諦念があった。あるいは「自分は幸せになってはいけない人間だ」と自らに呪いを吐いていたのかもしれない。

 だから――英雄達との絆がなければ、きっと黒塚はここにはいない。
 こんな平穏を知らないまま。こんな安寧を知らないまま。星が綺麗だと思うこともないまま。夜空を見上げるなんてことをしないまま。ゴミのように生まれ、ゴミのように生き、ゴミ溜めのような場所でゴミのように死んでいたんだろう。

 であるならば、幸せの度に感じるのは、凍った心が溶けていく感覚なのだろうか。

(らしくねェ。本当にらしくねェ)

 でも、黒塚は今の自分は嫌いじゃないのだ。こんな感覚は嫌いじゃないのだ。甘くなった、弱くなったと唾棄することもない。護るものが増えたことを、面倒くさいとは思わない。
 流れ星にお願いすると、願い事が叶うんでしょう――エクトルの言葉を思い出し、黒塚はフッと口元を緩ませて、星に目を細めた。

(流星群、俺の願いはもう叶ってるが……どうか、こいつらの笑顔がずっと絶えないように)

 それだけを願った。
 ウーフーはそんな黒塚の肩に、そっと頭をもたれさせる。繋いだ手が温かい。

(マスター……強く、孤高で、時に冷徹で、抜き身の刃のようなひと)

 だけど、拳を向ける先をちゃんと知っている。出会った時からずっと、燃えるような魂の熱さを変わらずに宿したひと。
 ウーフーはそんな黒塚が好きだった。孤独な彼の隣に在りたいと心から願い、それはいつしか愛になり――新たな命となった。
 幸福だと思う。これ以上、望むものが思いつかないほどに。煌く景色はどこまでも美しい。吐息を忘れるほどに、美しい。そしてそれは――皆がいるからこその幸福なのだと、ウーフーは感じる。
 そっと、ウーフーは大きなお腹を撫でた。

「この子もきっと覚えていてくれるでしょう、この素晴らしい日のことを。これからどんなことが待ち受けていても、今日のこの日が支えてくれる――」

 私は、そう確信していますよ。ウーフーは星の輝きを心に焼き付けながら、そう呟いた。
 と、その時だった。ふわり、ウーフーの肩にかけられるのは薄手のブランケットだ。

「うーちゃん、体冷えたらいけないから、はい!」

 エクトルだった。少年が向ける笑みに、ウーフーは目尻を下げる。小さいながらも自分と赤ん坊を気にかけてくれる、この小さな英雄は紛れもなく騎士だと感じながら。
 少年騎士は赤い頬で微笑むと、ウーフーとは反対側の方へ――黒塚を挟むように、相棒へとくっついた。その大きな手をぎゅっと握る。
 そうして3人、寄り添って並んで星を見上げるのだ。

「クロが怪我せずお仕事できますように。うーちゃんの子供が元気に生まれて育ちますように。楽しい思い出たくさん作れますように」

 星が流れる度、エクトルは願い事を口にする。彼が願うのはいつだって、黒塚とウーフーの幸せだ。
 ……また一つ、星が瞬いた。

「クロに遊んでもらえる時間が増えますように」

 ぽつり。これは本当に小さな声で。そして再びの流れ星で、今度は大きな声を張り上げるのだ。

「皆とずーーっと一緒にいられますように! ……欲張りかな?」

 えへへ、と少年英雄ははにかんだ。すると隣の黒塚が星を見上げたまま答える。

「これだけ流れ星があるんだ……別にいいだろ」
「ほんとだ! クロ、頭いいね!」
「……そーかい」

 黒塚の柔らかな口調に、エクトルも温かい気持ちになる。嬉しい気持ちのまま、最近タバコ臭くなくなった彼の腕にぐりぐりと額を押し付けた。……きっと、このあったかさを幸せと呼ぶのだろう。

「僕、クロの英雄でいれて良かった」
「おう」

 返事は簡潔だった。だけど、その一言にどれほどの絆と想い出と感情があるのかを、エクトルは理解している。それぐらい――ずっと一緒に戦ってきたのだから。そう、この世界を護ったほど!

「……この世界を護れて良かった」

 エクトルは目を細める。眩しいぐらいの星の海。愛する人達が生きていく世界。
 その未来に、この星々のような輝きが満ちていますよう。騎士は静かに目を閉じる。

 ――3つ並んだ人影。
 絆で繋がった、かけがえのない存在。
 死闘を越え、つかみ取った未来。

 ――彼らはまだ知らない。この先に待つ別離を。
 それでも。今は。この瞬間は。
 微笑みを浮かべ、隣の体温を感じて、輝きを見上げ、幸せを願ったこの一夜は。
 紛うことなき幸福なのである。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました、リンクブレイブでもお世話になりました!
こうして3人のストーリーに関われたことを嬉しく思います。
エクトルくん、この先どうなってしまうのか……! 少しでも3人が幸せでありますように。
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2019年10月30日

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