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『向日葵』
木霊・C・リュカaa0068)&紫 征四郎aa0076


「きゅ、救急、違う、タクシー!」

 ドッタンバッタン、という表現が正に当てはまる。
 古本屋『金木犀』。その主である木霊・C・リュカ(aa0068)はテンヤワンヤのテンテコ舞の渦中であった。

「まって待ってて保険証とさいふどゴイ゛っだァア゛!」

 ドガシャーン。すったもんだの果てにタンスとハードラックとダンスっちまうリュカ。なんでそんな姿勢になった? というポーズでひっくり返っていると、散らばったタンスの中身から若い女――紫 征四郎(aa0076)、否、『木霊 征四郎』が保険証とサイフを拾い上げた。

「リュカ! その、気をつけてください、怪我をしますよ……というか、大丈夫です……?」

 征四郎は眉尻を下げてリュカを覗き込む。サングラスのずれた顔で、リュカはそれでもキリッとした。

「大丈夫! 俺に任せておいて! ええと110番だっけッ!?」
「それは警察です、リュカ!」
「あ!? まあ、ある意味、大事件だけど……ねッ!」
「落ち着いて下さい……!?」

 征四郎は肩を竦め――「あいたたた」と顔をしかめて大きなお腹を抱えた。
 そう、征四郎のお腹にはリュカとの子供が宿っており、出産予定日を迎え陣痛の真只中なのだった!

「あ、ああわわわ、タクシー呼ぶねタクシー! ちょっとー! 誰かー! 俺と共鳴してー! 早くぅううう」

 リュカはドッタンバッタンしながらも立ち上がり、視界を得るために英雄を呼びながら電話の方へ駆けて行った。追加で聞こえたドッタンバッタンは、リュカの声に応えた英雄の足音だろう。



 ――リュカ40代前半、征四郎20代直前、これは二人の忘れられない一日の出来事である。



 道中のタクシーで、リュカはずっと征四郎の手を握っていた。征四郎より大きな手は、手汗でじっとりとしているし、緊張で小さく震えているし、口に至っては30秒に一回は「せーちゃん大丈夫?」と聞いてくるのだ。共鳴姿ではあるが、状況が状況なので今はリュカが体の主導権を担っている。
 まるでリュカの方が妊婦みたい――征四郎はクスリと笑ってしまう。

「ふふ、大丈夫ですよ。きっと……いたた」

 征四郎の額には陣痛による汗が浮かんでいた。かつてない痛みだ。ぐっと眉間にシワが寄る。リュカがすぐさま心配を見せるが、征四郎は「苦しんでも仕方ありませんもの!」と気丈に笑みを浮かべてみせた。
 が――痛みもそうだが、征四郎は初産への不安がないと言えば嘘になる。怖いものは怖い。技術が進歩したとはいえ、出産とは古来より命懸けの行為であることに変わりはない。お腹の子が無事に生まれてくれるだろうかという不安は拭い去れない。

 けれども。

「せ、せーちゃん、俺がついてるからね……!」

 隣で征四郎より冷や汗をかいて涙目になって狼狽えているリュカを見ていると、征四郎はどこか安心してしまうのだ。彼がこんなに慌てているなんて珍しいし、そんな無垢な少年のような部分を可愛らしいと思ってしまう。

「大丈夫です、きっと無事に産まれてくれますよ」

 そうだ、きっと大丈夫だ。征四郎はそう言って、リュカの体に身をもたれさせる。そうするとリュカの腕がそっと征四郎を抱きしめ支える。幻想蝶の中では英雄達も心配そうにしている気配を感じた。

(母さまも、きっと大変だったのだろうなぁ……)

 征四郎はお腹を撫でながら、ふと思った。どうかこの子が無事で生まれてきますようにと、願ってくれていたのだろうか。

(頑張れる、頑張れます、私は)

 乙女は深呼吸を一つした。
 八月の暑い日のことである。通り過ぎるタクシーの後ろ、アスファルトの上では陽炎が踊っていた。



 ●



 一秒をこんなに長く感じたのは初めてだ。

 リュカは分娩室の外でうずくまるように座り込んでいた。
 医者達の様子からして非常事態にはなっていないようだが、であるが、征四郎のうめき声が聞こえるとどうしても心臓が縮み上がるような心地がする。

(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)

 あれだけ本を読んで予習をしてきたのに、ちっとも役に立たなかった。慌てっ放しの自分を苦く思いつつも、しかし、男であるリュカには祈りながら待つしかできないのだ。それが歯がゆくて堪らない。何もできないのはこんなにも辛い。
 腕時計を見た。秒針め、どうしてそんなにノロいのだ。
 と……その時である。

 ――産声が、聞こえた。

「……あ、!!」

 我を忘れて立ち上がる。冷静でいようと思っていた矢先なのに、もう頭が真っ白だ。
 そこからのことを、リュカはイマイチ覚えていない。力強い産声を聞きながら、分娩室の入り口にどうにか立っていたことは覚えている。気付けば共鳴も解けてしまっていて、そのままのリュカになっていた。

「……入って大丈夫?」

 リュカは震える声で呆然と言った。
 瞬きも忘れた視線の先には、生まれたばかりの小さな命を抱いた、愛するひとが微笑んでいる。弱視ゆえにボヤけた輪郭しか見えないはずなのに――不思議だ――ありありと見えるのだ。見えたのだ。

 なんて綺麗なんだろう。なんて美しいんだろう。なんて……なんて眩しいんだろう。

「ええ、大丈夫、ぜひ抱っこしてあげてくださいませ」

 征四郎は疲れている様子ながらも、ニコリと笑ってリュカを手招いた。
 リュカはよろめくように、一歩、二歩、家族へと歩み寄る。差し出した手は笑ってしまうぐらいに震えていた。
 おっかなびっくり――思ったよりも重たくて、それにとっても温かくて、小さくて、小さくて、動いていて、存在していて。リュカの腕の中に、抱かれている命。

「……うわ、小っさい」

 じっと赤ん坊の顔を見る。見えにくい視界だけれど、顔を寄せて焼き付けるように。どちら似だろうか。そんなことを考えていると、リュカの視界がどんどん潤んでボヤけてきた。

「すごい。……すごい、赤ちゃんだ……俺達の……ああ……」

 込み上げて来て、たまらなくて、ボロボロと溢れ出してくる。赤ん坊を抱っこしているから拭うことができなくて、そのまま頬を伝っていく。
 月並みな表現、ありふれた反応、それでも、リュカは幸せで感情が決壊する。

「ううぅうぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜……」

 もう40も過ぎたのに、みっともないほど大泣きだ。鼻水も出てしゃくりあげて顔もくしゃくしゃになって、酷いことになっている。それでも赤ちゃんを抱く手が不安定にならないようにしっかり抱っこしているのは、流石と言えよう。

「――……」

 征四郎はそんな二人に目を細める。幸せと、愛おしさと、慈しむ気持ちと。最愛の人が、愛の結晶を抱いて、喜びに涙している。こんなに幸せな光景はないだろう。そして、征四郎はこの光景をずっとずっと忘れないだろう。
 ……でもあんまりリュカが豪快に泣くものだから、ちょっとだけ貰い泣きしてしまった。征四郎は思わず苦笑してしまい、指で目元を拭った。それから看護婦さんにティッシュを貰って、リュカの目元を拭って、「はい、チーンして」と鼻も拭ってあげたのだった。

「……もっと大事にする……、幸せにします。二人とも」

 ようやっと嗚咽が落ち着いた頃、リュカは絞り出すようにそう言った。征四郎はゆっくりと頷き、こう返す。

「お酒、控えてくださいね」
「頑張って長生きします……お酒……おさけ、も、……ちょっと減らします……」
「ふふ、これからもしくお願いします」

 征四郎が頭を下げる。そうするとリュカも「こちらこそです……」とお辞儀を返すのであった。

 ――子供の名前はもう決めている。
 八月の一番暑い日の出来事。
 空の天辺で太陽が力強く輝いていた日。
 そんな太陽のように咲き誇って欲しい。
 であれば、あの夏の花の名前こそが相応しい。

 征四郎はお乳を飲む赤ん坊を柔らかく見下ろしている。
 元気いっぱいに生まれてくれた。母子ともに健康だ。征四郎は安堵に包まれていた。

「私達のところに生まれてきてくれて、ありがとう」

 新たに生まれたその子に囁きかける。貴方は望まれて生まれてきた子なのだと。征四郎とリュカはもちろん、英雄達、友人達から、たくさん祝福されて生まれたのだと。

「リュカも。ありがとうございます」

 顔を上げて、まだぐすぐすしているリュカに征四郎は微笑みかけた。大好きなひと。幸せをたくさんくれるひと。幸せをたくさんあげたいひと。

「俺の方こそ」

 リュカは目を拭って、表情を引き締める。征四郎の手を握って、彼は真っ直ぐにこう告げた。

「――ありがとう」

 それは穏やかな微笑みと共に。
 これは、とある男が、世界で一番幸せであった日の物語。リュカにとって、最も愛おしい物語。
 生まれてくること、存在していること、それは途方もない奇跡なのだと思い知る。

 征四郎はそっとリュカの手を握り返した。
 向き合う二人の間には、二人の愛の証。
 きっとこの子は、家族としての幸せにたくさん、たくさん包まれるだろう――征四郎は小さな命の未来を願う。どうかこの子の未来が、キラキラ輝いていますように。
 そうして、未来がどこまでも楽しみだ。この子はどんな風に成長していくのだろう。ああ――明日がこんなにも尊くて、待ち遠しいなんて。征四郎にはそれがとても……とても嬉しいのだ。

 ――空には大きな入道雲。
 真夏の日差しが、世界をキラキラと照らしている。

 ――満開の、ヒマワリの花が咲いていた。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
リンクブレイブでもお世話になりました。
お二人の物語に関われたことを嬉しく思います。
これから家族として、護り抜いた明日を生きていくのですね……とても感慨深いです。
どうか彼らの未来が、たくさんの幸せで満ちていますように。
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リンクブレイブ
2019年10月31日

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