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『かつてへと馳せる』
神取 アウィンla3388


覗けば映り込みそうなほど磨かれた床は、歩けばかつかつと実に小気味よく音が鳴る。
吹き抜けのホールフロアは既に数多の人が行き交っていた。
お客様は大人から子供まで千差万別。誰もが高級そうな召し物や豪奢な仮装を身に纏い、マスカレイドで顔を隠していた。
息を呑む煌びやか。アウィン・ノルデン(la3388)はカクテルを乗せた盆を片手に、もう片方の手で自身の≪狼≫の仮面を付けなおす。



『異国の舞踏会の給仕を頼まれてくれないか』
SALFの本社にて、そう声をかけられたのは一週間ほど前のこと。
何でも成人したライセンサーであり、最低限のマナーを備えている者を探している、とのことで。
「成程。それで私に声がかかったということか」
一見にして理知的、それでいてどこか浮世離れした雰囲気もある。第一印象こそ堅いアウィンという男はその実大変人柄が良い。
急に欠員が出てしまったんだ、なんて手を合わせられると断るべくもなく。
聞けば古城を貸しきっての舞踏会。表向きは給仕ではあるものの、半分は護衛のようなものだ。
順調に仕事が片付けば、多少場を楽しむこともできるという。
予定の都合も偶然に空いている。二つ返事でOKを出すと、声をかけた職員は嬉しそうに頭を下げた。

――そうして、現在に至る訳だが。
(これは。恐らくは社交界のようなものか)
自身の『舞踏会』の印象とそう相違なく、安堵と共に内心で独り言ちるアウィン。とはいえ、そこに気後れのような感情はまるで見えない。
この如何にも優美な場において、彼は傍目にも臆さずごく自然に溶け込んでいた。
そうして颯爽と歩く≪狼≫のマスカレイドの男。その出で立ち、立ち振る舞いは決して派手ではないが、そこには確かな品性がある。
手持無沙汰な≪鷹≫の青年へカクテルグラスを渡し、来たばかりであろう≪蝶≫の女性には柔らかくテーブルへ促す。
すれ違った≪羽根≫の婦人は、その立ち姿に振り返ってほうと息を吐く。……なお、当人は気づかぬまま空いた皿を片付けるのみなのだが。
仮面で顔が見えないからこそ、身に染みついた気品は一層に際立つ。
「いらっしゃいませお客様。仮面舞踏会へようこそ」
落ち着いた声で呼びかける。そう、ここは――詰め込んだ非日常を思い思いに楽しむ、やや時代錯誤とも思える仮面舞踏会だ。



かくして充分以上に仕事を熟し、時計の針がそろそろ休憩の時刻を指し示す頃合い。
招待客のほとんどが到着したためか、先程までの慌ただしさも幾分か和らいでいる。
気は緩ませずに、アウィンはそっと懐から出した城内の地図を広げた。
(元が古城であるだけに、意外と抜け道は多いのだな……)
『滅多にあることではないけど、念のため』とは仰せつかっているものの、これは護衛の仕事でもあるのだ。
予め警備が手薄になりそうなところは印をつけてある。休憩前にざっと確認して回ってもいいだろう。
そういう算段でアウィンは、ホールより少し離れたところを歩いていた。――だから、その声に真っ先に気付くことが出来たといえる。

それは幼く、小さな悲鳴だった。すぐさま顔を上げてそちらへ向かうと、ドレス姿の子供が一人。そして、その脇をするりと抜けていく黒い影。
やや大きめの黒猫、のように見えた。ナイトメアの気配ではない。振り向きざま、きらりと何かが光った気がした。
「髪飾り……あの猫さん、私のバレッタをもって!」
「あれか!」
蹲った少女らしき声に、廊下の突き当りを曲がって走りゆく猫の姿を視線が追う。アウィンは逡巡し、仮面で顔の見えない少女の髪を一度撫でた。
「ここで待っていてくれ。必ず取り戻す」
穏やかに言うと、少女は頷く。その落ち込んだ様子に息を吐き、手袋を直すと、アウィンは間もなく猫の消えた方角へ駆け出した。

角へ差し掛かった時すでに猫の姿は消えていたが、建物内の構造は頭の中にある。
石造りの古い建物は鼠一匹通さぬとはいかないものの、充分に堅牢なものだ。新たなルートを易々と開拓できるものでは無い。
(そうするとこの方向ならば……裏庭か)
ホールで響くオーケストラの音色が徐々に遠ざかっていく。アウィンは構わず真っ直ぐに庭へ続く廊下を抜けた。

途端に、顔に当たる外の夜風はしんと冷たく、華やかな匂いが鼻をくすぐる。綺麗に整えられた花の垣根が、微かに揺れて音をたてた。
外灯と月明りで見えるとりどりの花が何であるかまではわからない。少なくともグロリアスベースではあまり接する機会のない、どこか古き良き香りだと感じる。
時代錯誤の舞踏会に、古い城。そして庭園。現代社会を生きる現地の者にとって、なるほどこれは確かに非日常だろう。
そこに懐かしさとまではいかないが、どこか落ち着くような空気があるのは――そこまで思考して、アウィンは首を横に振った。今はそれどころではない。
そっと仮面を外し、目を瞑って耳を澄ます。賑やかだったホールに比べ、ここはあまりにも静かだ。
すると近く、がさりとひとつ葉のこすれ合う音はすぐに聞こえた。
「そこか? 何、悪さを懲らしめようというつもりはない。出て来てはくれないだろうか」
猫の影を見つけ、アウィンはしゃがむとゆっくりと言う。
表情こそ見えなかったが、少女にはもう取り返せないかもしれないというような絶望があった。そのままにはしておけない。
「お嬢さんの大事な品だ。返してくれると有難い」
その丁寧な言葉が通じたのかはわからない。それでも猫は咥えていたそれを足元へ落すと、再び地を蹴って走り去ってしまった。
「…………、ん?」
バレッタを拾い上げて、アウィンは目を見開く。月明りの下でもはっきりとわかる、黒ずんだ銀製のそれは、少女が髪に飾るにはあまりにも古く朽ちていたからだ。



後日のこと。
舞踏会は滞りなく、輝かしき非日常は朝と共に終わりを迎えた。
あっという間に元の古城へと戻っていく様子に、まるで魔法が解けるようだとアウィンは内心に思う。
仕事が無事に終わり安堵すると共に、気がかりもひとつ。あの時の髪飾りの少女は、結局見つからないままだった。
何度か責任者へも問い合わせたところだが、心当たりは無いというから不思議なものだ。
顔は見えなかったし服装も特徴的では無かった。本人が居ないとなると、探すことは困難ではあるだろう。
そして何より、
「これは、一体どういうことなのだろうな……」
明るい場所で改めて見るバレッタは、やはりとても古いものに見える。事情を知らなければ、そのままうち捨てられてしまいそうなほどに。
だから、拾得物として預けてしまうことも躊躇われた。

ハロウィンとはサウィンの祭り。この世と霊界の間の門が開き、双方の世界の行き来が可能となる日だと聞く。
であれば死者が生者に混ざり、あの非日常を楽しんでいた可能性はあるまいか。
だから少しだけ迷って、アウィンは髪飾りを置いた。ちょうど少女が蹲っていたあたりだ。
その時、一度強く風が吹いた。どこから吹いてきたかはわからない。目を瞬かせアウィンは周囲を見回した。
遠く、花の香りがする。ありがとうと幼い声が、確かに耳に聞こえた気がした。



【了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ハロウィンギリギリになってしまい申し訳ありません……。
マイページなど一通り伺って、そこにいらっしゃった
かっこよくて優しいアウィンさんを描きたかった一心ですが、
お気に召して頂けたら幸いです。
リテイクはお気軽にお申し付けください。
このたびはご依頼、ありがとうございました!
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夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
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2019年10月31日

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