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『ある老兵の話』
クレア・マクミランaa1631)&リリアン・レッドフォードaa1631hero001)&アルラヤ・ミーヤナークスaa1631hero002




 ――かつて一人の兵士がいた。
 これは異世界との接触から始まった激動と混沌、その時代を戦い抜き、生き抜いた、とある兵士の物語。



 麗らかな午後である。
 英国北部のとある町、とある公園。
 季節は秋だが、朝晩の冷え込みはぐっと厳しくなっていた。
 朝に降った雨は既に止み、今は涼やかに晴れている。
 紅葉する木々に雨の痕跡がキラキラと、昼下がりの黄色い日差しに煌いていた。

 クレア・マクミラン(aa1631)はそんな風景を、ベンチに座って眺めている。
 数年前なら、こんな時間に公園でだらだらしているなんて考えられなかった。
 とはいえ、別に失職したわけじゃない。年月と老いによって、彼女は遂に退役したのである。
 それからは自由なものだ。かつてのような忙しさはなくなった。
 尤も、何もしていない訳ではない。講演に出たり、取材に応じたり、後輩達の指導をしたりと、できる範囲でできることをやっていた。根っからの仕事人間であるクレアにとっては、ある意味『趣味で過ごす老後』ではあるか。

 退役して当初は、突然できた自由時間を持て余したものだ。
 だが今は、この『何もしない時間』も悪くない、と思えるようになっていた。

 ――老いたものだな、とクレアは皴に囲まれた目を細めた。

 病気の類こそしていないが、最近は特に老いによる『ガタ』を感じている。
 しかし別に老いることを否定している訳ではない。人間ならば当たり前のことだ。だから焦燥も嘆きもなく、クレアは穏やかに『今』を受け入れていた。

 遠くで子供達が遊んでいる。ハトが芝生の上をつついている。ビジネスマンが腕時計を見ながら歩いている。それをランニングしている者が追い越して、向こうの道路ではバスが通り過ぎる。

 ――いい天気だ。平和な時間だ。

 ふと、クレアは自分の過去に思いを馳せる。
 結局、結婚して子を授かることはなかった。家庭を築くことを一切考えなかったわけではないし、子供は嫌いじゃないし、知人から紹介されて悪くない条件の男性と食事をしたこともあるし、「これは自分にアプローチしているな」という男性と出会ったこともあるけれど、なんやかんやで今に至っている。
 仕事と結婚しているようなものだったな、とクレアは思い返す。けれど、そんな生き方に後悔なんてしていない、むしろ心から誇らしく思っている。

 苦労の多い人生だったと思う――激動と混沌の時代。悩み、迷い、怒り、惑い、それでもクレアは、『クレア・マクミラン』を貫き続けてここまで来た。過去の全てが100点などとは言わないが、それでも今は――「これで良かった」と思うのだ。酸いも甘いも、今までの積み重ねが、今のクレアを形成しているのだから。

 ――ああ、こんな風に感傷に浸るのもまた、老いかな。

 クレアは微かに苦笑を浮かべた。
 と、紅葉を踏んで足音が近付いて来る。大柄な男のもの、クレアの遠くなった耳でも判別できる。彼女の第二英雄、アルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)だ。

「サニタールカ、そこの屋台でアイス買って来たぞ」

 はい、と差し出されるのはコーンに乗ったアイスクリーム。
 ……ものすごいカラフルだ。バニラの白はいいとして、水色、ピンク、黄色、ライトグリーン、そこにさらにカラースプレー。これでもかと着色料だ。第一英雄が見れば「うわ添加物」とギョッとしそうな。

「こういうのはなかなか、食べたことがないなと思ってな。見ろ、すごい色だ」

 確かに、こういった子供向けというか――着色料がすごいというか、健康にあんまり良さそうなものじゃないものは、衛生兵という健康に携わる立場もあってか積極的に食べることはなかったな、とクレアは顧みる。
 まあたまにはこんなのも悪くないか。クレアは甘いものは好きだ。アルラヤの中の数多に少年兵がいるのなら、こういうチョイスも納得がいく。

「ありがとう。ちょうど口寂しかったんだ」

 クレアはアルラヤに礼を述べ、カラフルなアイスを受け取った。
 すると、ちょうどそこにリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)もやって来る。向こうで転んで泣いていた子の処置をしていたのだ。「お待たせ」と戻って来た彼女であるが、クレアとアルラヤの手にあるアイスを見るなりギョッとした。

「……うわ添加物」
「「言うと思った」」
「え? 何よぉ……」

 ちょっと口を尖らせながらも、リリアンはアルラヤから差し出されるアイスを「ありがと」と受け取るのだ。食べ物は粗末にしないのと、正直に言うとリリアンはちょうど小腹が空いていて、しかもちょうど甘いものが欲しいな〜と思っていたのだ。

 クレアを挟むように、英雄達もベンチに腰を下ろす。アルラヤが大柄なものだから、ちょっと詰めることになったけれど、引っ付き合うのは気にならない。もう家族よりも深い仲だ。
 3人並んでアイスを食べる。甘い甘い夢のような味だ。老いたクレアの両隣の英雄は、二人とも外見に老いはない。一見して奇妙な3人組である。若い女性に、老婆に、顔を包帯で隠した巨漢。彼らが仲良く並んで、ティーンエイジャーが喜びそうなカラフルアイスを黙々と食べているのだから。

「クレアちゃん、とうとう禁煙しなかったわねぇ……」

 口寂しかったんだ、というクレアの言葉を聞いていたのだろう。リリアンが口の中で七色を溶かしながら言った。

「煙草は古来より続く人間の伝統だからな」

 クレアはしれっと答える。相変わらずの様子に、リリアンはくすりと微笑んだ。

「普段、健康的な飲食をしていると……たまに摂取するこういったものの、背徳感がいいな」

 普段からウォッカをラッパ飲みするようなアルラヤが言うと、あまり説得力がないかもしれない。とはいえ、アルラヤの意見についてクレアは概ね同意である。しかし長年アルラヤと過ごしていて未だに謎なのだが――

「なぜどんなものを食べてもその包帯は汚れないのか」

 スープやシチュー、日本のカレーうどん、いずれを食べても不思議とアルラヤの口元の包帯は汚れない。今このアイスを食べている瞬間もそうだ。頬がもごもご動いているので確かに口に含んで食べているはずなのだが。「言われてみれば……」とリリアンも目をパチクリさせる。

「ライヴスの何かしらだろう」

 アルラヤの答えはおそらく適当だ。「そうか」とクレアはアイスに視線を戻した。きっとこの謎は、クレアが死ぬまで解明されないのだろう。

 ヒンヤリしたアイスを食べ進めていく。溶け始めたアイスを吸ったコーンを齧れば、安っぽい香ばしさとありふれた香料が口の中に広がった。
 さっきリリアンが処置した子――膝に絆創膏をこさえている――が、母親と手を繋ぎながら近くを通りかかる。「おねえちゃん、ありがとう!」「どうもお世話になりました」との声に、リリアンが笑顔で手を振った。
 クレアはそんな様子を――何度も振り返り手を振ってくれる子供と、その子と手を繋ぐ母親の背中を眺めながら、ふと。

「なあ、お前達」

 誓約者に呼ばれ、英雄達がクレアを見る。老兵は遠くを見ながら言葉を続けた。

「私は人間だ。先もそう長くはない。……どうするつもりなんだ?」

 誓約がなければ英雄は消える。クレアが天寿を全うすれば、リリアンとアルラヤをこの世界に留める誓約は消えてしまう。そうなれば、そのまま消えるか、誰かと誓約を結ぶか、あるいは確立された異世界渡航技術によって元の世界に帰るか、と選択肢は定められる。

 まず答えたのはアルラヤだった。迷いのない声だった。

「故郷と家族のもとに帰れるならばそれは素晴らしいことだが、生憎――我々はもう、帰還するには膨大かつ希薄になってしまった」

 家族や友の顔も、祖国の旗も、もうアルラヤは覚えていない。つまり帰る場所が思い出せない。

「だが、ただ消えるのも味気ないな。ここは我々の故郷でこそないが、数十年と過ごせば情も湧く。アイスがうまい世界だしな。――とはいえ、サニタールカが寂しいのなら、共に虹の橋を渡ることもやぶさかではないぞ」
「虹の橋、ねぇ」

 後半は軽口だとクレアも理解している。クレアは含み笑った。天国か地獄か、自分が逝くのはどちらだろうか? そう考えながら、次に眼差しでリリアンの言葉を促した。アルラヤと違って、リリアンは少し思案気な様子だった。

「救える命があるのなら、手を差し伸べ続けたいのが私の本音。……ふう、正直なことを言うとね、クレアちゃんの存命中に新しいパートナーを探したり、その話題を出すのは……なんだか、気が引けて」

 リリアンは溜息と共に肩を落とした。まだパートナーが生きているのに次のパートナーを探すのは、薄情めいた罪悪感を覚えてしまう。
 それに――リリアンはクレアの死を考えると、やはり、どうしても、幾つの死を看取って来た名医であっても、寂しくて辛いものがあった。だってクレアとは、彼女の人生の半分以上を共にしているのだから。天命は仕方のないことではあるが、何も感じないわけではないのだ。

「そうか」

 クレアはリリアンの横顔から、様々な感情を察し取る。
 ――いい英雄に恵まれたものだ。クレアは穏やかな笑みと浮かべ、空を見上げた。風に揺れる昼下がりの木漏れ日に、青い瞳を細める。

「二人ほどの英雄ならば引く手数多だろう。私のことは気にするな、とは言っておく」

 結論を急かすことはしない。それを汲み取って、アルラヤが「まあその時になったら考えるさ」とアイスの最後の一口を頬張り、リリアンも「私もそうしようかしら」と微笑んでみせた。

 ――それからほどなくである。
 突然、平和な昼下がりを引き裂いたのは悲鳴だった。

「イントルージョナーだ!」

 逃げ惑う民が叫ぶ。パニックは伝染していく。聞こえてくるおぞましい咆哮がそれを加速させた。

「行くぞアルラヤ、仕事だ」
「了解」
「ドクター、市民の避難誘導を頼む」
「任せて」

 立ち上がるアルラヤが差し出す掌に、クレアは自らの老いた手を重ね――立ち上がると共に共鳴する。幻想的な蝶が翻る光と共に、老兵は『かつての姿』となる。
 古めかしい軍装、くたびれた軍靴、手には随分と旧式の銃。けれど眼差しだけは、衰えを知らず。
 リリアンは二人を信頼しているからこそ、己にできる責務を全うする。振り返ることはなく、良く通る声を投げかけ、人々を安全な方へと導いていく。
 そして同時に、クレアとアルラヤもリリアンを信頼している。彼女がいるから、自分達は戦いに専念できるだろう。逃げ行く人々が進む方とは反対側へ、クレアは足を踏み出していく。
 クレアは口笛を吹いた。そうすると、この世のモノならざる魔獣が振り返り、暴力的な牙を剥く。

「こっちだバケモノ。お前の相手は私だ」

 ただの人間ならば竦み上がるだろう怪物。
 なれど、対峙する兵はどこまでも冷徹に、恐れることなど欠片もなく。

「我らの平和を侵したな?」

 祖国を護るその為に。
 命を護るその為に。
 クレアは迷うことはない。

「その罪、ここで贖ってもらおうか」

 慣れた動作で銃口を向けた。
 引き金を、引く――天に高く、轟く銃声は歌のように。


 ――万民に平等な救いの手を。
 ――命のために最前線に立つ。


 それはどれだけ時が経とうとも変わらず、褪せず、揺るがない、高潔なる鋼の誓い。
 手折られることを良しとせず、力強い命を謳う、厳格なるアザミのように。


 ――これは天命を迎えるその時まで誇り高く生き続けた、ある兵士の物語。
 ――歴史書に刻まれることはない、しかし多くを護り救い続けた、ある『英雄』の物語。



 その老兵の名は――クレア・マクミラン。



『了』

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました!
リンブレでもたくさんお世話になりました。
こうして3人の最後のお話に関われまして嬉しく思います。
色々と自己解釈のもとに執筆させて頂きました。
クレアさん達は書いていてとても楽しいPCさんの一人でした。
ブレない芯、折れない気高さがとてもかっこよくて素敵です。大好きなPCさんです。
彼女はこれからも、彼女が生きる世界で彼女らしく、英雄さん達と一緒に戦い抜くのでしょう。老いてこそなお美しいです。
最後に、書き手として最大の感謝を。
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2019年11月01日

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